日本人アーティストはなぜ世界で通用しないのか?
<芸術起業論> - 村上 隆
幻冬舎plus2018年12月07日 06:00
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海外で高く評価され、作品が高く取引される村上隆。彼は、他のアーティストと何が大きく違ったのか? 稀代の芸術家が熱い情熱と冷静な分析を持って語った名著『芸術起業論』『芸術闘争論』の待望の文庫化を記念して、まず『芸術起業論』の冒頭をお届けします。

芸術には、世界基準の戦略が必要である

 なぜ、これまで、日本人アーティストは、片手で数えるほどしか世界で通用しなかったのでしょうか。

 単純です。

「欧米の芸術の世界のルールをふまえていなかったから」なのです。

 欧米の芸術の世界は、確固たる不文律が存在しており、ガチガチに整備されております。

 そのルールに沿わない作品は「評価の対象外」となり、芸術とは受けとめられません。

 ぼくは欧米のアーティストと互角に勝負するために、欧米のアートの構造をしつこく分析しました。

 仮説と検証の連続から芸術制作マネジメントの技術も磨いてきました。

 アートピースとは、作り方や売り方や伝え方を知らなければ生みだせないものなのです。

 欧米の芸術の世界に挑戦する人のやるべきことは、運動や娯楽で世界に挑戦する人のやるべきことと変わりません。

 勉強や訓練や分析や実行や検証を重ねてゆき、ルールをふまえた他人との競争の中で最高の芸を見せてゆくのが、アーティストという存在なのです。

 日本の美術の授業は、ただ「自由に作りなさい」と教えますが、この方針にしても、欧米の現代美術の世界で勝ち抜くためには害になりかねません。

 自分勝手な自由からは無責任な作品しか生まれません。

 欧米の美術の文脈の下地を把握しなければ、美術の本場に「ルールの違う戦い」を挑むことになり、戦う以前に相手にされないのです。

 欧米を中心にした芸術の世界で取引されているのは、人の心です。

 芸術の世界に踏みこめば踏みこむほど、アーティストの目的は人の心の救済にあるのではないかと感じるようになりましたが、それなら、自分の欲望をはっきりさせなければなりません。

 芸術家は、欲望とどうつきあうのかを強く打ちださなければならないのです。

 ものが欲しい。カネが欲しい。権力が欲しい。女にモテたい。出世をしたい。

 欲望の強さは芸術制作の邪魔にはなりません。むしろ問題は日本の芸術家に強烈な欲望がないことです。

 芸術家になる根拠の濃度を高めれば、やりたいことがはっきりします。

 携帯電話やガングロや下着売りや少女売春などという近年の日本固有の事象や風俗を追いかけるだけでは、外国人への衝撃も与えられません。もちろん既存のアートフォームのおさらいだけでは歯し牙がにもかけてもらえません。

 ニュースは、個人の「業」から出るものです。

 自分自身のドロドロした部分を見つめなければ、世界に認められる作品なんてできません。

 欲望の方向が見つかる。

 走りだしはじめる。

 あとはもう長期戦を覚悟すべきです。

 時間をかけてやるしかありませんが、それに加えて芸術制作を続けるにはそのための資金がそれなりに必要だということは最低限でも理解しておいた方がいいでしょう。

 日本人の芸術家は、商売意識が薄く、芸術を純粋無む垢くに信じる姿勢をとりがちですが、だったら趣味人で終わっていればいいんです。

 芸術の力を生かしたいなら、金銭が要るという事実から、どうして目を逸らしてしまうのでしょう。

 ぼくは、三十六歳になる頃までコンビニの裏から賞味期限の切れた弁当をもらってくるような、お金のない時期を経験しました。

 酒屋やスーパーマーケットの裏から梱こん包ぽう用の段ボールをもらわなければ、作品ができても梱包発送ができなかったのです。

 お金のない時の動きというのはそういうものです。何をするにも異様に時間がかかる。そういう時間を縮めるために金銭の力が必要になるのです。

 金銭があれば、制作する時間の短縮を買えます。

 理想のシナリオを手元にひきよせられます。でもどうしても手に入らない時もある。その時は時間で稼ぐしかないのも事実です。

 芸術には金銭と時間が必要という当たり前のことを貧乏の中で実感したからこそ、ぼくはお金にはこだわるようになりました。たまに「芸術家のクセにお金にうるさい」と批判されますがわからない奴にはわからないのだ! と思ってきました。

 現代社会の競争原理の中で生計を立てるなら、芸術の世界であれ戦略は欠かせません。

 作品を作るための場所や資金の確保も必要です。

 何があっても作品を作り続けたいなら、お金を儲もうけて生き残らなければならないのです。芸術家も一般社会を知るべきです。

 若いアーティスト志望者がまず認識するべきは、アーティストも一人の社会人であり、実社会でタフに生き抜くべきだということです。タフネスこそが芸術家の勝つ秘訣です。

 社会の中で天才として生き続けるのは、ほとんど無理、不可能性が高いことです。

 スポーツ選手が綿密な計画と鍛練を基礎におくように、芸術家は美術史の分析から精神力の訓練に至るまで独創的な作品のための研究修業を毎日続けるべきです。

 突飛な発想を社会に着地させるバランスをあやまれば自分の身を吹き飛ばしかねません。

 率直な話、アーティストには充分な時間も金銭も用意されていません。

 正当な時間や報酬を得て作品を作るには、周囲と自分の関係を醒めた目で把握してゆかねばならないのです。

 芸術を生なり業わいにすると苦しく悔しい局面に立たされます。

 私の美しいものを作りたいという願望にしても、様々な障害が立ちはだかって、十数年間もの間、実現しにくいものだったのです。

 日本の美術大学は生計を立てる方法は教えてくれません。美術雑誌にも生き残る方法は掲載されていません。なぜか?

 ここにも理由はちゃんとあるのです。
(『芸術起業論』「第一章 芸術で起業するということ」より)

村上隆(むらかみ・たかし)
アーティスト。有限会社カイカイキキ代表。一九六二年東京に生まれる。東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。アニメから日本画までを貫く日本独自の美意識を「スーパーフラット」としてコンセプト化し、現代美術の巨匠として世界で活躍している。
(記事引用)











発光現象「スティーブ」
gigazine2018年03月27日 13時00分 サイエンス
オーロラのような新種の発光現象「スティーブ」がアマチュア天文家によって発見される。

画像 太陽プロミネンス
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日本ではなかなか見ることはできませんが、極圏を中心とした高緯度地域でさまざまな条件がそろった時に光の帯が夜空に広がる「オーロラ」と呼ばれる現象は、幻想的さゆえに天体写真の対象として人気があります。このオーロラと同じく夜空に瞬く謎の発光現象「スティーブ」が、2015~2016年頃からアマチュア天文家の間で観測されていたことが、NASA(アメリカ航空宇宙局)によって発表されました。

Mystery of Purple Lights in Sky Solved With Citizen Scientists' Help | NASA
https://www.nasa.gov/feature/goddard/2018/mystery-of-purple-lights-in-sky-solved-with-help-from-citizen-scientists

カナダのレジーナに住むITエンジニアのノタニー・ブラッサさんは、2016年7月25日に夜空を見上げるとオーロラが出ていることに気づきました。ブラッサさんはあわててカメラを取りに行き、オーロラを撮影しましたが、薄紫色の光のリボンという普段と違う姿に気づきました。10代の頃から30年以上もカメラでオーロラを撮影してきたブラッサさんでしたが、自分が見ている薄紫色の光は今まで見たオーロラとは何かが違うと気づいたとのこと。

この謎の光を目撃したという報告は、ブラッサさん以外にも30人ほど行っていました。NASAと国立科学財団が後援を務めるアマチュア科学者によるオーロラ観測&追跡プロジェクト「オーロラサウルス」でも、オーロラに混じる不思議な紫色の光が話題となっていて、参加者の間では、2006年に公開されたCGアニメにちなんで「スティーブ」(Steve)と呼ばれていました。

アマチュア科学者たちは、オーロラサウルスを通じてNASAに連絡を取り、宇宙物理学者のエリザベス・マクドナルドさんに「スティーブ」の写真を送りました。マクドナルドさんは30以上の報告を見て、「スティーブ」が普通のオーロラとは違うものだということに気がつきました。しかし、他の科学者と相談しても、この現象の正体が一体何なのかは分からなかったとのこと。

太陽からは「太陽風」と呼ばれる荷電粒子のガスが地球に吹き付けています。地球の磁気の関係で高緯度にたまった荷電粒子が、大気中の分子と衝突し、発光することによって発生する現象がオーロラです。カーテンのように幅広い光の帯が特徴的で、色は緑や白、赤などさまざまです。

一方、「スティーブ」は非常に細い紫色の光のリボンが特徴です。さらに、紫色の光に重なるように、緑色の光の筋が数本流れる様子も確認されています。夜空を彩る発光現象という点では「スティーブ」とオーロラは同じように見えますが、姿や動きは全く違うものとなっています。

そこで、マクドナルドさんは「スティーブ」を調査するために、ESA(欧州宇宙機関)が打ち上げた地磁気観測衛星「SWARM」を利用して、宇宙からの観測を行いました。

その結果、「スティーブ」を形成する荷電粒子はオーロラのものと違う地磁気層に沿ったもので、極圏よりも比較的緯度の低い場所で発生しているということがわかりったとのこと。

さらに、「スティーブ」が「サブオーロラ帯イオンドリフト」(SAID)と呼ばれる現象と関連があるということが分かりました。SAIDは、地球の磁場や電場のとの関係で荷電粒子が東から西に高速で流れていく過程で粒子が高温になる現象ですが、SAIDが具体的にスティーブの発光現象にどのようにつながるかははっきりと分かっておらず、未知のプロセスがそこに眠っているとNASAはにらんでいます。

NASAは、この新しく発見された発光現象を「Strong Thermal Emission Velocity Enhancement」(強力な熱電子放出速度の増大)と名付けました。この名前の頭文字を並べると「STEVE」という略称になり、これは「スティーブ」を発見したアマチュア天文家たちに敬意を表したものとのことです。
(記事引用)










敗戦国である日本はなぜ「世界の強国」になれたのだろう?
=中国メディア2018年11月30日 22時12分 サーチナ
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 日本は太平洋戦争で敗戦し、国土の多くは焼け野原となった。しかし、敗戦からわずか20年ほどで東京五輪を開催し、さらに世界第2位の経済大国となったことは奇跡的な復興と認識されている。中国メディアの今日頭条は21日、敗戦国である日本は今や「世界の強国」であると主張し、日本が世界の強国になれた原因を分析する記事を掲載し、決定的な役割を果たした要因について分析した。

 日本と中国の間には暗い過去があるため、日本について快く思っていない中国人は少なからず存在する。しかし記事は、日本の食文化や科学技術、文化などは世界に認められているのも事実であると指摘し、歴史問題を別にして中国が日本から学べる点はたくさんあると論じた。

 続けて、日本が世界の強国になることができた理由は複数存在すると指摘しつつ、まず、「教育熱心」であることや「知的好奇心の高さ」を挙げた。日本では子供が幼いときから礼儀やマナーなどの教育がなされていて、高い民度を広く共有できていると指摘したほか、高齢者になっても生涯学習に取り組む人が多いのは「日本の知的好奇心が高いから」であると主張した。

 また、日本人を語るうえで欠かせないのが勤勉さであるとし、日本人の仕事ぶりは非常に細かく、そして、抜け目ないと指摘。「万が一」に備え、万が一の可能性すら排除しようと徹底的に取り組む姿勢があるからこそ、日本製品の品質は非常に高いのだと論じた。

 中国には「馬馬虎虎」、「差不多」という言葉があり、この言葉を口癖のように使う人が多い。「馬馬虎虎」も「差不多」も日本語で言えば「まあまあ」、「だいたい」という意味で使われるが、この表現を好む人が多いという点に中国人の国民性や考え方が現れていると言えるだろう。記事は、日本人は何事も「適当に済ませることはしない」とし、優れているものに更に磨きをかけるのが日本人の気質であり、こうした気質も「日本が世界の強国になることができた理由」である伝えている。
(編集担当:村山健二)
(記事引用)






【昭和天皇の87年】英国首相も脱帽 呼び覚まされた天性の君徳
産経ニュース2018年10月28日 7時6分
欧州へ(4)
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 1921(大正10)年5月12日、ロンドン市のシンボル的建物ギルド・ホールで、日出づる国の皇太子が朗々と演説した翌日、英紙「デーリー・テレグラフ」は書いた。

 「(裕仁皇太子)殿下は実に大なる魅力と謙譲な御態度とを備へられ、その御人格は此(こ)の古建造物、古雅な歓迎の式、及び歓迎設備の華麗と相俟(あいま)つて、実に美しい対照であつた」-

 英国への到着前、随行の供奉(ぐぶ)員らが最も心配したのは、裕仁皇太子の社交性だったことはすでに触れた。しかしそれは杞憂(きゆう)だったと、供奉員の沢田節蔵(のちの国際連盟日本代表)が記録に残している。

 端的な例は、到着5日目の5月13日に駐英日本大使館で行われた、日本側主催の晩餐(ばんさん)会だ。エドワード皇太子をはじめ英政府首脳や各界の名士らを招いた宴の席で、裕仁皇太子は「社交界の勇者たる態度」を示したという。

 裕仁皇太子はロイド・ジョージ首相に、当時英国で起きていた炭坑ストライキ問題を自ら話題にし、英国政府の難しい対応をねぎらった。裕仁皇太子が「多忙な首相の健康を心配しています。世界全体のために十分自重されることを希望します」と述べると、感激したジョージ首相は何度も頭を下げ、裕仁皇太子の手を固く握りしめる一幕もあった。

 このとき、周囲で見守る沢田らを驚かせたのは、裕仁皇太子の抜群の記憶力だ。日本側担当者は事前に、出席者の情報を集めて伝えていた。裕仁皇太子はその情報をもとに、各界の名士らと代わる代わるあいさつしながら「職業趣味の異なるに従ひ、適当な話題で、御会談」したという。

 続いて行われた夜会では600人の参加者の中に進んで分け入り、握手しながら数十人と言葉を交わした。そこで沢田らが見たのは、かつて元老の山県有朋が批判したような、寡黙で「石地蔵の如き」皇太子ではなかった。堂々たる「社交界の勇者」だった。

 日本を出港以来、供奉員らの諫言(かんげん)にも素直に耳を傾け、国際交流の現場で自らの立場を再認識したことが、裕仁皇太子に備わる天性の君徳を呼び覚ましたのだろう。

 沢田が記録に書く。

 「(裕仁皇太子の社交性は)欧州社交界の事情に深く通暁してゐる人々の態度と、何等変りなきのみか、少しも尊大ぶられる所がなく、極めて真摯で、且つ自然な御態度であらせられた…」

× × ×

 英国滞在中、見事な社交性をみせた裕仁皇太子だが、もう一つ、その後の思考や言動に大きな影響を与える出来事があった。

 5月21日~23日、スコットランド北部の山地ハイランドを、非公式に訪ねたときのことだ。

 裕仁皇太子はここで、英国貴族の名門、アソール公爵家のブレア城に滞在、アソール公とともに2億7000万坪に及ぶ緑豊かな敷地内を散策したり、渓流でサケ釣りをして1メートル近い大物を釣り上げたりと、久々に自然を楽しんだ。

 アソール家の接待は、飾り気のないアットホームなものだった。昭和天皇実録には、夕食後に公爵夫人がピアノで邦楽を演奏し、そのピアノ伴奏で夫人の妹が民謡を独唱する様子などが記されている。

 23日夜、惜別の晩餐会が開かれた。

 アソール公とその家臣、裕仁皇太子と供奉員らは、互いに打ち解けて歓談し、アソール公らがスコットランド古来の慣習で椅子に立ち、片足をテーブルに乗せて両国皇室のために乾杯すると、今度は裕仁皇太子らが立ち上がってテーブルに片足を乗せ、日本式に万歳三唱した。

 珍事が起きたのは、その後である。

 食事が終わり、舞踏会が始まると、粗末な平服の男女が数十人、次々と広間に入ってきた。裕仁皇太子らは最初、アムール公の招きで近在の住民があいさつに来たものと思ったが、彼らはアムール公らに近づき、バグパイプの奏楽に合わせて、スコットランド風の舞踏を一緒に踊り始めたのだ。

 昭和天皇実録によれば《正装の公爵が平常服の老婆の手を取り、盛装の公爵夫人が粗衣の老爺と組むなど、いかにも平民的で、なんら主従の差、貴賤の別、上下の隔意なく、屈託のない様子で(舞踊を)繰り広げられる》(7巻164頁)

 実は、踊っている男女はアムール家の使用人らが普段着姿で登場したもので、アムール公の演出だった。あえて日常の生活をみせてこそ、裕仁皇太子の外遊の目的に資すると、アムール公は考えたのである。

 日本では考えられない光景に、裕仁皇太子は強い衝撃を受けたことだろう。同時に、近代国家における君主と国民のあるべき関係について、再認識するところがあったのではないか(※1)。

 2日後、マンチェスター市で行われた歓迎会。裕仁皇太子の演説に、明らかな変化が見られた。これまで「予は~せり」などと文語調が多かったのが、この日は「~であります」と、一般市民にわかりやすい口語調だったのだ(※2)。

 英国滞在も残りわずか。裕仁皇太子の中で、何かが芽生えようとしていた--。(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)


(※1) 外遊中、裕仁皇太子はこの夜のことを何度も供奉員らと話し、アムール公に「滞在中に見たことは、スコットランドの美しい自然とともに、帰国後も長く記憶に残るでしょう」などとする手紙を送った

(※2) 時事新報の特派員記者として外遊を取材した後藤武男によれば、このときの演説は原稿を持たずに行われ、裕仁皇太子は自身の率直な気持ちをよどみなくスピーチしたという


【参考・引用文献】

○二荒芳徳、沢田節蔵著「皇太子殿下御外遊記」(大阪毎日新聞社、東京日日新聞社)所収の「デーリー・テレグラフ」

○宮内庁編「昭和天皇実録」7巻

○後藤武男著「天皇外遊と三人男」(文芸春秋編「昭和天皇の時代」所収)

○後藤武男著「われらの摂政宮」(時友社)
シリーズ
.3 https://www.sankei.com/premium/news/181027/prm1810270013-n1.html
.2 https://www.sankei.com/premium/news/181021/prm1810210013-n1.html
.1 https://www.sankei.com/premium/news/181020/prm1810200015-n1.html

(記事引用)











五木寛之 雑文録
連載10513回 「心の相続」とはなにか <1>
公開日:2018/10/15 17:00 nikkan-gendai
 
 最近、ふしぎなところから、しきりと講演の依頼がくるようになった。
 これまでほとんど縁のなかった分野の業界である。経済団体とか、新聞社・雑誌社の経営セミナーとか、ときには信託銀行などの企業だ。
 私はふだんは文化ホールや学校、また地方の公民館やお寺さんなどで話をすることが多い。経済やビジネスの世界などには全く関係がないので、けげんな気がした。
 それでも頼まれれば出かけていく。私は講演というか、人に話をすることを大事な仕事だと思ってきたからだ。

 しかし、行ってみて改めてとまどうことが多い。いわゆる文化講演会ではなく、何時間もプログラムされたセミナーの一部だからである。一部と三部には、著名な評論家や経済学者などの名前が並んでいる。ときには竹中平蔵などというビッグなゲストもいた。

 そんな場ちがいな場所で、小説家にどういう話をさせようというのか。
 演題を見ると『心の相続』となっている。私はいつも即興でしゃべるので、タイトルはなんでもいいのだ。それにしても『心の相続』とは何か。
 どうやら集ってきている聴衆は、相続問題について勉強をしようという人びとであるらしい。
「どうしてぼくがこういう会に呼ばれたんでしょうね」
 と担当者にきくと、相手はうなずいて、
「五木さんが先ごろ経済雑誌のインターヴューでお話しになっていたことに、各方面から非常に関心が集っておりまして」
「ぼくがどんな話を――」
「魚の骨ですよ。あれは私もなるほどと、すこぶる共感いたしました」
「え? 魚の骨?」
「ほら、若い女性編集者が、秋刀魚の焼いたのを見事に綺麗に食べる話」
「ふーん」

 そう言われてみれば、そんな話をしたような気がする。
 先日、打合わせの後で、近くの食堂で編集者数人と食事をした。そのなかに20代と思われる新人の女性編集者がいて、控え目に皆の話を聞いていたのだ。なよなよした感じの全然ない、ボーイッシュな娘さんだったが、食事のあと彼女の前のお皿を見て、ひどく感心したのである。

 ―

 私は昔から魚の食べ方が下手だった。魚料理は好きなのだが、食べ終えた皿の上を見て気恥かしい思いをするのが常だった。
 魚の残骸というか、骨や皮や頭や尻っぽがグチャグチャになって、見るに耐えない惨状を呈している。

 ところが、そのとき焼魚定食を食べ終えたあとの、若い女性編集者の皿の上を見てびっくりしたのである。
 魚の骨がまるで標本みたいに、じつに綺麗に皿の上に横たわっていたのだ。最近、そんなふうに見事に魚を食べる若者を見たことがない。
 私がまじまじと皿を眺めているのを見て、同席した男性編集者が、けげんな顔で、
「どうかしましたか」
 と聞く。
「いや、彼女、すごいね。最近こんなに綺麗に焼き魚を食べる人は見たことがない」
「たしかに」
「きみの皿なんかひどいもんだ。遺跡を掘り返したみたいじゃないか」
「イツキさんだって爆弾が落ちたジャングルみたいな――」
 自分の皿が話題になって、照れくさそうにしている女性編集者が、笑いながら言った。
「家は母が魚の食べ方にうるさくって。母も祖母からいつも叱られていたそうです」
「なるほど」
 祖母、母親、娘と、3代続いた魚の食べ方とあれば見事なのも当然だろう。
 ふとかたわらの若い男の編集者を見れば、箸を棒のようにワシ掴みににぎって、飯をかきこんでいる。

 そのときふと思ったのは、親や家から相続するのは、財産ばかりじゃないな、ということだった。土地や、株や、貯金などを身内で相続するのは当り前だ。しかし、人が相続するのはモノだけではない。目に見えない沢山のものを私たちは相続するのである。
 魚の食べ方などはその一つにすぎないだろう。実際には驚くほど沢山のものを、私たちは相続しているのではあるまいか。

 自分は両親から何を相続したのだろうか、と、そのときふと考えた。
 引揚者で生活に苦労していたので、財産どころか借金を相続しかねない暮しだった。しかし、よく考えてみると、目に見えない沢山のものを私は相続している。あらためてそのことをふり返ってみた。私は両親から何を相続したのだろうか。
ーー
 コンビニで週刊誌を見ると、やたら相続の記事が目につく。
 どうやら「孤独」の後は「相続」がジャーナリズムの次の焦点であるらしい。
 ところで、私の両親は共に学校教師だった。母は福岡女子師範、父は同じ福岡県の小倉師範学校の出身である。当時、貧しい農村の青年子女が、官費で勉強できる場所は限られていたのだ。
 卒業後、2人とも地方の小学校の教師となり、どこかの職場で知り合って結婚したのだろう。残念なことに2人とも早世したので、くわしいことはわからない。

 私がいまになって残念に思うことの一つは、彼と彼女の若い頃の話をほとんど聞いていないことだ。どういう青年だったのか、当時はどんな本を愛読していたのか。何を望み、どんな夢を描いていたのか。

 その意味で、私は両親から何の記憶も相続していないにひとしい。父は剣道の有段者だったが、いつ稽古をし、どんな大会に出たのか。母はどんな歌をうたい、どんな服を着ていたのか。当時の世相はどうだったのか。

 今にして思えば、もっと親の話を聞いておくべきだった、とつくづく後悔する。両親の思い出を知ることも相続の一つなのだから。

 父親は勉強家で、本棚には本居宣長、賀茂真淵、平田篤胤などのあいだに、西田幾多郎やヘーゲルの本などが石原莞爾と一緒に並んでいた。丸山真男のいう当時の下層インテリの典型である。毎晩、夜中におきて何か書いているので、こっそり留守中にのぞいてみたら、『禊の弁証法』という題名がついた原稿だった。どこかの専門誌にでも、送るつもりだったのだろうか。

 私が父からしつけられたものの一つは、やたらと本を大切にする、というマナーだった。文庫本でも、それをまたいで歩いたりすると物差しでピシャリと足を叩かれたものだ。私はいまでも本をまたぐのは避ける習性がある。
 また、読みさしのページを折ったりすることも、ひどく嫌った。母がこぼしていたことがある。「父さんは、ページの隅を折ったりすると、すごく怒るんだから。それはドッグ・イヤーといっていけないことなんだって」

 父は武道会の役員で、詩吟の愛好家でもあった。毎朝、私を叩きおこして『古事記』の素読をやらせたあと、庭で一緒に詩吟をうたう。おかげで今でも私はいくつかの漢詩を暗記している。これも見えない相続の一つだろうか。
 ーー
 私が両親から相続したものをふり返ってみると、まだまだいくらでもある。
 たとえば、私の喋り方は形の上では共通語であるが、アクセントやイントネーションはまったくの九州弁だ。正確にいうと福岡の筑後弁である。柿と牡蠣の区別がつかない。橋も箸も一緒である。若いころは三バカ方言作家としてからかわれたものだ。

 寺山修司、立松和平、そして私の三人である。
 この喋り方は、まぎれもなく私が父母から受けついだものである。両親ともに福岡人だから、家庭内の会話は百パーセント九州弁だった。この年になってもまだ両親から相続した喋り方が消えていない。
 食べ物に関する嗜好もそうだ。味つけの好みもそうである。

 私の家では正月の雑煮に入れる餅は、丸餅だった。餅とはすべて円いものだと思い込んでいた。東京へ来てから四角い餅の存在を知ったのだ。 
 また正月の雑煮に鶏肉を入れ、味噌仕立てにするのも、私の家の流儀だった。
 ほかにも数えあげてみれば、いくらでもある。
 私は中年期に達するまで、私の家の宗旨に無関心だった。だが、ときたま子供の頃に両親が仏壇の前で、なにかとなえているのを思い出すことがあった。記憶の底をたどってみると、

<キーミョームーリョージューニョーラーイ>

 という呪文のような文句が浮かびあがってくる。これが『正信偈』という真宗門徒のとなえるお勤めの経文であることを知ったのも、かなり後になってからのことだった。蓮如が定めた真宗の作法である。
 人との挨拶の仕方、お礼の言い方、そのほか数えきれないほどのものを私は両親から相続しているのだ。残念ながら綺麗な魚の食べ方は相続してはいない。
 昔、韓国の地方の駅のキオスクで、買物をしたとき、売り子の娘さんが釣りを差し出すときに、右手の肘の下にそっと左手をそえて渡してくれたのが、すごく優雅に感じられたことがあった。昔、長袖の服を着ていた頃の名残りだろうか。家というより、社会から相続した身振りだったのかもしれない。
 家や親や先輩からだけではない。私たちは土地や資産だけでなく、見えないさまざまなものを相続しているのである。それを仮りに「心の相続」と呼んでおくことにする。 
(この項つづく)
 ――協力・文芸企画
(記事引用)














「夢の技術」量子コンピューター、実用化まであと一歩!
大手企業が開発を急ぐ背景には多分野での応用を見据えた戦略が
松ヶ枝 優佳/2018.9.26 jbpress.ismedia
 9月19日、理化学研究所がNTTやNEC、東芝などと共同で次世代の高速計算機である「量子コンピューター」の開発に乗り出すと報じられた。研究は文部科学省の事業として実施され、年間約8億円規模のプロジェクトとなる予定だ。
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 IBMやGoogleが積極的に投資を行ない、開発を進めていることでも知られる量子コンピューター。スーパーコンピューターにも答えが出せないような問題も一瞬で解いてしまうとされ、かつては実現性に乏しい「夢の技術」とされていたが、今や実用化直前と言われるまでに研究が進み、開発競争も激化する一方だ。

 様々な企業や研究機関が一丸となって実用化を急ぐ量子コンピューターとは一体どんな技術なのだろうか。

量子コンピューターとは
 量子コンピューターとは、簡単に言えば「スーパーコンピューターを大幅に上回る処理速度を持つ、次世代のコンピューター」のことだ。量子力学という、従来のコンピューターとは全く違う原理を採用することで、圧倒的な情報処理能力を持つ。

 私たちが知る通常のコンピューターは「ビット」という単位を用いて演算を行なうが、量子コンピューターは「量子ビット」という量子力学上の単位を使う。情報を扱う際、ビットでは「0と1のどちらの状態にあるのか」を基礎とするが、量子ビットでは量子力学特有の「重ね合わせ」という概念を用いる。これにより、複数の計算を同時に進めることができるのだ。

 「0であり、1でもある」という量子の性質を活用することで、従来のスーパーコンピューターでは何年もかかる計算を一瞬で終わらせることができる。

 スーパーコンピューターをはじめとする従来型コンピューターは、技術革新の限界が近付いている。1年半でコンピューターの性能が2倍になっていく「ムーアの法則」も近く通用しなくなると言われる今、根本から異なる原理、異なるハードウェアで動く量子コンピューターに期待が集まっているのだ。

 さらに、量子コンピューターは従来型コンピューターに比べて圧倒的に低コストで運用できると言われており、エネルギー問題の観点からも注目されている。事実、後述の「D-Wave Systems」が開発した量子コンピューターは、現在のスーパーコンピューターの100分の1の電力で稼働させられるという。並べると良いことづくめのようにも思えるが、現状は従来型のように何でもこなせるわけではない。

 量子コンピューターは、大別すると「量子ゲート」モデルと呼ばれる汎用タイプと「量子イジング」モデルと呼ばれるタイプの2種類がある。現在のスーパーコンピューターの上位互換と言える「万能選手」は量子ゲート型であり、古くから量子コンピューターとして研究されてきたのもこちらだ。実用化が切望されているが、技術的な問題をクリアして実用化されるにはもう少しかかるだろう。

 ちなみに量子コンピューターと言えば、クレジットカード等の情報保護等に使われている「暗号化技術の解除」を簡単にできるもの、というイメージを持っている読者もいるかもしれないが、それができるとされるのも量子ゲート型だ。

 一方、量子イジングモデルの中でも数種類あるうち「量子アニーリング型」と呼ばれる量子コンピューターは、用途は絞られるものの2011年にカナダのベンチャー企業、D-Wave Systemsによって既に商用化されている。こちらについて詳しく見てみよう。

実用化間近? 「量子アニーリング型」でできること
 量子アニーリング型の量子コンピューターは、1998年に東京工業大学の門脇正史氏と西森秀稔氏によって提案された理論を応用して作られた。量子ゲート型に比べればシンプルに実現できるため、いち早く商用化にこぎつけることができたのだ。

 汎用性は高くないが、「組み合わせ最適化問題」を解くことに関してはスーパーコンピューターでも歯が立たないほどの処理能力を持つ。いわば一点特化型の能力だが、昨今様々な分野で重要視されるAIや機械学習、ビッグデータの処理においては非常に有用な能力と言える。

 例えば複数の組み合わせの中から最適なものを選び出すカーナビのルート検索。自動運転時代を目前に控えた自動車業界では最も必要とされる技術の1つだろう。他にも低コストで高いパフォーマンスを発揮する回路を設計したり、効果的な投資先や経営戦略を選択する際にも活用できる。また、従来のコンピューターでは長い時間を要した分子の構造解析も短時間に終えられるため、新薬の開発にも役立つと期待されている。上手く機械学習に応用すればAI(人工知能)の性能向上に役立てることも可能だ。

 膨大な情報の中から最適な組み合わせを導き出す。シンプルなようだが、情報社会においては非常に価値のある能力と言える。データを収集することはできても、その情報をどう解析し、価値を持たせるかということについては、多くの企業が腐心している部分だろう。こうした問題を一瞬で解決してしまう可能性を持つ、量子アニーリング型の量子コンピューターが私たちの生活を変える日は遠くなさそうだ。

オープンイノベーションで競争加速、各社の開発状況
 では実際のところ、量子コンピューターの開発はどの程度まで進んでいるのだろうか? 代表的な3社を紹介する。

IBM

量子ゲート型の「IBM Q System」を開発。これに関心を持つ企業や学術研究機関による「IBM Q Network」というコミュニティーも組成しており、研究・開発と並行して量子コンピューターの活用法を積極的に探求している。日本でも今年5月17日に慶應義塾大学と共に「IBM Q ネットワークハブ」の開設を発表し、実用化に向けてグローバルな知見を集めている。

Google

2013年にD-Wave Systemsによる量子アニーリング型の量子コンピュータをいち早く導入。NASAと共にこのコンピューターの研究を行った。一方、自社でも量子ゲート型の量子コンピューターを開発。IBM同様、実用化に向けて研究を進めている。

Microsoft

量子ゲート型の量子チップや量子コンピューターを稼働させるための冷却装置、そして量子コンピューター向けの最新プログラミング言語を開発・発表している。本来同社はソフトウェア企業だが、量子コンピューターへの投資を拡大している。

 各社、より汎用性が高い量子ゲート型の研究を急いでいることがうかがえる。ビジネスに実装されていくのは量子アニーリング型が先行するかもしれないが、冒頭で取り上げたニュースやIBMの例を見ると分かるように、量子コンピューターの研究・開発には様々な企業や団体がパートナーとして加わるオープンイノベーションの形で進むことも多い。

 全く新しい技術ということもあり、技術的な部分はもちろん、様々な分野からの知見を集めて実用化を加速させようとしているのだ。ハードウェア的な面で言えば、Microsoftは冷却装置の開発はフィンランドの装置メーカー、BlueForsと共同で行っている。そしてIBM Q ネットワークハブの初期メンバーに三菱UFJ銀行、みずほフィナンシャルグループなどが名を連ねていることなどを見ると、特に金融系企業における同技術への関心の高さを伺い知ることもできる。実装に向けて、開発速度は今後いっそう加速していくだろう。

 NASAとGoogleの研究により、得意分野を任せればスーパーコンピューターの1億倍の速さで計算できるという結果が明らかになっている量子コンピューター。途方もない技術が数年後の社会をどう変えてしまうのか。引き続き各社の動向を見守りたい。
(記事引用)









なぜ血みどろの「米中貿易戦争」は日本にとって良いことなのか?
MAG2 NEWS2018年09月26日 09:17
9月24日、米国は中国への関税UP第3弾として日用品など2000億ドルに10%の関税UPを実施しました。ますます激しさを増す「米中貿易戦争」ですが、この「血みどろ」の戦いに日本も巻き込まれてしまうのでしょうか? メルマガ『国際戦略コラム有料版』の著者・津田慶治さんは、この米中貿易戦争は日本にとって良い面もあるとして、その根拠や背景を詳しく解説しています。
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地経学で見る米中貿易戦争と中東情勢
今週も米中貿易戦争やシリア内戦で大きな動きがあり、その検討を継続する。

0. 「日本4.0」
エドワード・ルトワックの本『日本4.0』を読んだが、1.0の江戸幕府で平和の構造ができ、2.0の明治維新で西洋文化を取り込み、3.0の戦後体制で軍事から経済にシフトして発展してきた日本が、今変革の時を迎えている。米国が世界の覇権を放棄して、日本は自分で自分を守る必要があり、独自の戦略が必要になっている。『日本4.0』は、その変革をどのように考えたらよいかの提案である。

日本は、敵国に侵入して情報を取る情報機関や少人数で作戦ができる特殊部隊が必要であるが、米国のような大掛かりな特殊部隊ではなく、イスラエルのような少人数で犠牲を覚悟した作戦ができる部隊の育成が必要であるという。

もう1つが、政治軍事の地政学より地経学の時代になるという。大規模な軍事作戦ができない状況になり、経済的なツールによる外交が重要になってくるとしている。

この「地経学の戦い」が米中間で始まった。それが貿易戦争であるようだ。この本の内容は、このコラムで議論したことばかりであるが、ルトワックの良さは、そのネーミングの仕方でしょうね。

詳しく知りたい方は、エドワード・ルトワックの本『日本4.0』を読んでください。

1. 米中貿易戦争の第3弾
米国は、第1弾として7/6に半導体など340億ドルに25%の関税UP、第2弾として8/23に化学品など160億ドルに25%の関税UP、そして今回、第3弾として9/24に日用品など2000億ドルに10%の関税UPを実施する。中国が対抗処置を取ったら、2370億ドルの輸入品にも10%の関税UPを行うと警告した。

対して、中国も第1弾、第2弾までは同額の処置を取ったが、第3弾では600億ドルに10%関税UPと米国と同額にできなかった。輸入量が1300億ドルしかないので、追従できなくなってきたことによる。そして警告を無視し、かつ米国との通商交渉も拒否した。

今後を見ると、米国は、2370億ドル分の輸入品への関税UPや為替操作国指定や投資制限、留学生制限、国有企業への制裁などができる。特にドル決済を使わせないことで、国際決済を難しくできる。

対する中国は、米国債売却という大きな武器がある。その他に米国企業製品への不買運動、人民元通貨圏を拡大して、国際決済ができない制裁を掻い潜るために、米国の地経学上の武器であるドル基軸通貨制度を崩壊させる方向になる。

米国債の売却は不利益もあるが、新規米国債を買わないだけで、米国債の金利上昇が起きる。事実、最近10年国債の金利が3.4%になり、もし、本格的に米国債売却が始まれば、金利6%になるとアナリストは言う。米国債の暴落が起きる。

米中貿易戦争は、中国も大変なことになるが、米国の経済も弱めることが確実である。貿易戦争に勝者はいない。血みどろの戦いになるだけだ。

2. 工場再編
そして中国は経済会議で、米国と血みどろの戦いを覚悟した。それが、通商交渉の拒否である。李克強首相は、人民元を下げないで価値を維持し、人民元通貨圏を拡大するようだ。米国の為替操作国指定を恐れているわけではないと感じる。

米国企業は、中国産部品を使えなくなり、世界的なサプライチェーンの再構築が必要になる。今回の関税UPで日本企業の中国工場から米国への出荷も少なくなる。このため、日本企業も工場の再編が必要になる。そして、次に中国の輸入品全部に25%の関税UPになり、米国への輸出品は、どこで作るかという問題が起きる。

米国は、輸入品を撲滅するべく、同盟国からの輸入品に対しても関税UPをするというので、欧州も日本も、中国と米国の中間に立つしかない。そして、人民元・ユーロ・円通貨圏拡大という、ドル基軸通貨圏を侵食することを共同で行うことになりそうだ。地経学では、基軸通貨を取ることが勝つことになるので、米国の衰退を加速させる。

それと、米中が血みどろの戦いになると、欧州と日本は中国市場の攻略という意味では、米国企業の抜ける分だけ有利になる。漁夫の利になる。13億人の市場を米国は放棄することになる。それにより、米国企業の衰退を加速させる。

そして、米企業のバーゲンセールが来る。内部留保を積み増している日本企業は、積極的に買うことだ。ダウ株価も大幅な下落になる。地経学の基本を無視したトランプ大統領により、米国は衰退を早めることになる。

3. 日米通商交渉の武器
米国の問題点が明確化してきた。税金を低くしたことによる米国の財政赤字が拡大して、より一層の米国債を発行する必要があるが、最大の購入者である中国が少なくとも買わないことになる。次の購入者は日本であり、本来は日本に通商交渉では強く当たれないはず。

それを強く当たるなら、日本も米国債を買わないし、売却も考えるというしかない。米国債金利上昇が起き、米国経済は逆回転して、11月までに景気が後退することになり、中間選挙も負けることになる。このため、トランプ大統領は11月までは交渉を継続して、景気後退を避けるはずで、交渉を引き延ばせるはずだ。

米国が、目標を中国に定めたなら、日本を米国の味方にするべきなのである。という意味では、米中貿易戦争が血みどろになったことは、日本にとっては良いことになる。

もう1つの問題点は米国産農産物、LNGなどの米輸出品の売却先確保である。この部分でも関税的には日本の工業製品の関税は0%であり、米国は2%で、畜産物の関税は、日本は平均約35%、米国は平均25%であり、TPPレベルの関税にすると米国と同等程度になる。

非関税障壁での安全性能などについては、安全性に問題がないなら、法律を変える必要がある。畜産品は消費者の選択の幅を確保するために完全自由化にするべきである。

4. イスラエル対ロシアの戦いか?
シリア内戦で、トルコとロシア、イランの間でイドリブ総攻撃を中止して非武装地域を作り地域を分離して、トルコとロシアが共同で非武装地域の監視を行い、両者でアルカイダ系武装勢力をせん滅するという合意ができた。

しかし、イスラエル空軍機がシリアのイラン軍を空爆、その戦闘機へのミサイルがロシア偵察機に命中して墜落した。ロシア兵14人が犠牲になった。シリア軍の防空システムは、北朝鮮製であり精度が悪く、イスラエル空軍機はロシア偵察機を盾にしたようである。

それと、イスラエルはシリア攻撃場所を事前にロシアに通報することになっていたが、攻撃1分前に通報したことで、ロシア偵察機が回避行動を取れなかった。

このため、ロシアのショイグ国防相は、イスラエルのリーベルマン国防相に対し、報復措置を検討すると伝えた。

これにより、この地域でトルコ、シリア、ロシア、イラン対イスラエル、米国の戦争が起きる可能性が出てきた。サウジなどはロシアを敵にしての戦いには参加しないので、実質、イスラエル対ロシアの戦いになる。そうすると、ロシア軍が使用するイスラエル製レーダー部品を、どう回避するか見物である。イスラエル製半導体の代わりに日本製半導体を使う可能性がある。

米海軍は、イスラエルの軍港を使わず、中国海軍が使用しているなど、トランプ大統領はイスラエルを支援するが、マティス国防長官などはイスラエルから離れている。しかし、トランプ大統領は、イスラエル支援のためにシリアに駐留する米軍を長期に滞在させるとしたが、特殊部隊2000名しかいないのでメインにはなれない。クルド人部隊もロシアを敵にしないので、参加しないと思われる。

イスラエルの孤立化という嫌な感じになってきた。そして、相手がロシアであり、今までの中東戦争とは様相が大きく違うことになる。

さあ、どうなりますか?
(記事引用)




音楽の古典(雅楽・神楽)
ジャズとクラッシック音楽 ジャズ理論 架空民族音楽  

 どのような音楽も、特定の文化や歴史の刻印を帯びています。今、自分を辺境に辿り着いた民族音楽学者だと想像してみてください。 
 そして今、聴いている音楽を、自分がフィールドレコーディングしているのだと、考えてみてください。その音楽は、なんのために存在して、どのような様式や歴史をもっているでしょうか。それはどのような言葉でだれのために発せられているのでしょうか。 

 この感性を磨き、自己省察するための手助けを、このプログラムでは提供します。異言語への翻案や、あたらしい楽器の開発に伴う、音楽の様式の変容は、創造的なプロセスであり、我々にとってのかけがえのない社会的リソースです。 
 個人にとって、それは技法の集合以上の意味を持ちます。今、昔覚えたなにかの曲を、思い出しながら歌ってみてください。オリジナルとどう違っているでしょうか。それを観察することが、あなた自身が文化のただ中にいる存在であり、あなた自身が同時に民族音楽学者であるということなのです。  
 
「小俣 友海氏」著者、は民族音楽についてそう説明する  
#「なぜいま北欧サウンドか」、というタイトルにして記事を書いたのが昨日のことだった。 
 20歳<28歳<、欧州最北端の小さな島国から、なぜ次々と才能あふれる若手音楽家が登場するのか。よもや40年前の「ビートルズ」出現、とまではいわないだろう。「アウスゲイル」の「サウンド オブサイレンス」は秀逸、こちらはサイモンとガーファンクル、さすが北欧の冷めた風を感じるのは、どうしたわけだろう。とその感想綴った。 

 我々(私)が古典音楽を語ると、その話は、能、狂言、越前琵琶、雅楽、神楽など純粋な東洋音楽になるのは必然である。それをどれほど理解しているかいないか、ということは別にして、開口一番そう答えるに違いない。歴史的に外国から閉ざされていた日本は、日本古典音楽以外を知らなかった。(詳しく云えば雅楽は古代中国唐の渡来音楽である)

 ながらく五線譜上の音階というものを理解していなかった日本は、明治以降の文明大変革の洗礼を受けて、その西洋音楽を学ぶこととなる。 

 その基礎が成熟しないまま、世界的な戦争に突入、そして敗戦。その後、怒涛のごとくアメリカポピュラーミュージックのエンターテイメントが席巻した。現代時間で時代的にその足跡をたどることはできる。 

 結論的に、そのことを語るのはいま、いましかない。あと数年もすると、そんな話はオトギ話として子孫に語り継がれるようになるだろう。 

 個人的には「ジャズ」の歴史足跡、本質、理論を知りたいとおもった。もともと自身は古典音楽奏者であり、五線譜とは縁がない。昨今の教育は、日本の古典でも五線譜で学習するようになっている。が、現場では一切そんなことはしない。あるのは師匠の口伝のみである。 

 ジャズはアメリカの音楽である。そのことは、世界中のジャスアーティストが証明している。基本的な西洋音階を学び、ある程度の研鑽を積めば、あとは言葉がなくとも、五線譜で会話ができる。それほとスタンダードな音楽がジャズである。 

 ジャズの旋律は独特で、他のどの民族的な音楽とも違う。もちろん、譜面に起こしたメロディーでどのような音楽ともジョイントできる。 

 それでも、ジャズらしい音楽にするには、一定の約束事か必要で、それにはジャズ理論が欠かせない。それらを学ぶには西洋音楽、とくにクラッシック音楽理論を理解していないと、ジャズの音階の組み立てができない。 #
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雅楽の本道 「式部職楽部の八仙」(2017年NHK元旦放送されたもの)
八仙 由来 utamai.com
八仙(はっせん)とは、もともと渤海楽と呼ばれるジャンルの楽曲でしたが、高麗楽に編入されました。崑崙八仙または鶴舞などの別名が、古学書に表記されています。

八仙 三五要略「鶴舞」ト号ス 別装束舞
   面甲有リ 小曲
「崑崙八仙」ト云フ。破、拍子十三、又十ニ。急、拍子十三
古代中世芸術論「教訓抄 巻第五」-日本思想体系-より筆者読み下し
楽曲・舞とも由来は不明ですが、一説には鶴の一群が大空に飛びかう姿を舞にしたとも言われています。
舞人の装束は別用装束で、鯉の繍文様に網をかけた貫頭衣の袍に、鳥の頭と嘴をイメージしたような、冠と面を着用します。舞の途中で「か~ごめ、かごめ~♪」を連想させるような、4人が輪になって回るような舞振があり、非常にユニークです。

※サンサーラ. 輪廻 - インドの伝統的な転生観である輪廻。サンサーラ(梵、巴: saṃsāra). 転生 - 生まれ変わりの観念全般。 輪廻 (ジャイナ教) - インドの古代宗教における輪廻。サンサーラ。断食による入滅。(ウイキペディア)

いやこれがテレビ番組? それも民放??? 驚きだ。こんなときの形容詞「日本もまんざらすてたもんじゃないさ」、という語句が浮かんだが、みな一様にそう感じているのだろう。

このところ、隣の隣人が突然テレビに出て、なんのことやらとおもったら「素人の新鮮さ」がウリのようだった。もはや手垢のついた芸能関係もネタが見えてきたか、という感慨だ。

そんなことで思い当たるフシがある。地元千葉長生で古典芸能を40年して以来、中にはアメリカ、ニューヨークからわざわざ、それをしたいがためにALTを希望して、仕事をしながら雅楽を演奏する人がいる。すでに彼の滞在は20年が経過した。国内で結婚し日本人妻との間に3人の子がいる。
いまでは日本人の奏者とかわらない。むしろ他にも弓とか琴とか、いろいろやっている。彼は完全にクールジャパン化している。

そうした外人を全面にアピールしたテレビ番組がある。
「私が日本に住む理由」BS.JAPAN ホスト高橋 克典 月曜日21時だ。それはすでに見て知っていたので、これだったら彼も該当するのではと、局にメールを送った。
しばらくして返信があり、本人「ホール・ブライアン」先生を紹介した。あとは本人と局(担当外注)の折衝なので、それで私は退いた。

1月ほど経過して不採用の通知があったらしい。残念な話しだが、相手側の判断であるからどうにもならない。それですべて終わったと思っていたら、そのネタが業界筋に回され、関西の放送局が受けることになったらしい。この時点で私の手は離れているので、進捗状況はまったく知れない。

結果的に3次段階まで下って番組制作の運びとなったらしい。そのリハーサルと本番は地元神社で撮られたので私も立会いで見ていた。

内容は日本の風景のなかで演奏するその姿と、両親の住むニューヨークとの間でネット交信の模様が放送された。
本人いわく、日本の恩師、私と雅楽師匠の堀川氏に感謝しているというものだった。
やはり、こうした外人は特異であるし他にも何人かいたが持続しているのは彼だけだし、それにむくいてやりたといおもった老婆心である。

それはまったく私事であるからさしたる意味はないが、【サンサーラ】と同様の上質なドキュメントという点で共通するとおもい書いてみた。



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自分の名刺代わりになる仕事の方が大事――「年収100万円の差」なんて意味がない。スタートトゥデイ 田端信太郎×サイボウズ 青野慶久 
サイボウズ式2018年08月07日 09:21
「会社のためにがんばっている」「会社は何もわかっていない」……。このように、私たちは「会社」をどこか巨大な、抗えないものとして捉えがちです。でも本当にそうなのでしょうか?

7月6日に発売された『ブランド人になれ! 会社の奴隷解放宣言』(幻冬舎)の中で、田端信太郎さんは「会社なんてただの共同幻想だ」と語っています。

"最強のサラリーマン"と言われる田端さんと、サイボウズ社長・青野の対談から、「会社とどのように付き合えばいいのか」「働くことで幸せになるための方法」について探ってみましょう。
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※当対談は公開取材イベントとして応募者を募り、抽選で100名をご招待しました。

帰りたきゃ帰ればいい。奴隷じゃないんだから

イベント参加者の皆さん、「自分は会社の奴隷だ」と思っている方って、どれくらいいますか?



パラパラと手が挙がっていますね。

一般的な大企業だと、転勤の辞令を拒否できないんですよね。拒否すると正当な解雇の理由になる。

残業が多いとか、そういった時間的な自由がないだけではなく、住む場所すらも自分で選べないわけです。

そういった関係性ってもはや「奴隷」じゃないかと思うんですよ。「それが当たり前だ」、と受け入れて無意識のうちに奴隷になっている人もいるかもしれませんね。

サイボウズにはアメリカに支社がありますが、部署を異動した瞬間に現地の社員から給料の交渉が始まります。

でも日本の場合、ほとんどはそのまま「はい分かりました」って受け入れるしかない。制度的な奴隷になっていますよね。

青野慶久(あおの・よしひさ)。1971年生まれ。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立した。2005年4月には代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を行い、2011年からは、事業のクラウド化を推進。著書に、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、「会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない」(PHP研究所)など。

先日、日本労働組合総連合会の会長と対談する機会があって、「一律の給料アップや底上げを求めるより、合意なしの転勤をやめるべきだ」と提言したんです。でも、すごく反応が悪くて……。

2018年5月 9日
従業員の同意がない転勤を禁止してほしいです──サイボウズ青野慶久、連合の会長に働き方について意見してみた

それは、解雇をしないことと転勤を受け入れることがセットになっているから、じゃないですかね。

日本は「解雇ダメ」っていう意識が強いですよね。

とにかく大事なのは、会社と自分とは対等の関係なんだということを、気構えとしてどれくらい強く持っているか、ということだと思うんですよ。

残業するとき、上司から明示的に「これをやってくれ」と本当に言われていますか? なんとなく周囲の空気を読んで、緊急の必要性もなく、被害者意識を持ちながら、やっている残業はないですか? 

帰りたきゃ帰ればいいんですよ、奴隷じゃないんだから。

田端信太郎(たばた・しんたろう)さん。1975年生まれ。NTTデータを経てリクルート、ライブドア、コンデナスト・デジタル、NHN Japan(現LINE)で活躍。今年2月末にLINEを退職し、ファッション通販サイト「ZOZOTOWN」やPB「ZOZO」を展開する株式会社スタートトゥデイ コミュニケーションデザイン室 室長に就任。7月には著書『ブランド人になれ! 会社の奴隷解放宣言』(幻冬舎)を上梓した。

青野さんの本にもあるけど、上司と交渉するべきなんですよね。「今日は都合が悪いので帰らせてください。その代わり明日の朝までにやればいいですよね?」とか。

官僚には「忖度するな」と言っときながら、意外とみんな忖度しながら働いているのかもしれないですね。交渉は悪いことだというイメージを抱いている人が多い。

交渉というと大げさに捉える人が多いから、何事もまずは言ってみる、相談してみるぐらいに思っておけばいいんですよ。

そう、受け入れられなくてもちゃんと言わなきゃ、っていう感覚ですよね。

左から田端さんの著書「ブランド人になれ!会社の奴隷解放宣言」(幻冬社)と青野の著書「会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない」(PHP研究所)

年収100万円の差よりも、実質的な裁量権のほうが大きい

上司に「給料を上げてください」って交渉したことがある人はいますか?
(パラパラと手が挙がる)


おー。意外といますね。

その時って、ただお願いする感じでした? 「受け入れられなかったら辞めて他社に行こう」くらい思っていましたか?

辞めてもいいという覚悟があれば、相手にも伝わる。それが対等な関係ですよね。

では、新卒で入った会社でずっと働いている方っていますか? 

……ちょうど半分くらいですかね。こういうイベントに来るってことは、うっすら不満があるんじゃないのかな?(笑)

事前アンケートによると、今日の来場者の属性は、大企業が3分の1、中小企業が3分の1、残りがその他(フリーランスなど)ですね。

一つ思うのは、「大学を卒業して大企業に入るのが勝ち組で、それ以外が負け組」と思いこまされていることが多いけど、実は違う。どう働けば楽しく生活できるのか、疑っていいような気がしますね。

新卒で就職するときは、そもそも会社に対して何を求めているのか、わからない人が多いんですよね。

給料が高ければいいというわけでもない。仕事の中身が面白い、知的好奇心が満たされる、社長が好き、お金じゃ買えない経験など。自分が会社に対し、何を求めているのかを書き出してみればいいんですよ。


田端さんは会社に求めることをリスト化しているんですか?

はい、自覚的にやっていますね。

面白いですね。その内容は変わりますか? 次の会社ではコレが欲しいな、とか。

そうですね、年齢のステージや給料の額によって、だんだん変わっていきます。

でも、田端さんぐらいまでブランド化できちゃうと、次に何を求めるんですか?

経験です。時代を作っているような、面白い人、凄い人を間近で見ながら、一緒に仕事をする経験って、お金じゃ買えないので。

その上で、自分なりの爪痕を社会にどう残していくか?ということを考えています。

今日の来場者は20~30代前半くらいが多いですね。この世代だと何を求めるべきでしょう?

自分がもらう給料の面で、年収100万円の差よりも、その人が仕事を通じて行使できる、実質的な裁量権や発注権限の差のほうがはるかに大きいと思うんですよ。

なるほど。

与えられている裁量の中で、どれくらい自分の名刺代わりになるような案件をできるか。

僕は27~28歳ぐらいのときに「R25」を立ち上げました。初年度で売上10億円、支出が20億円。つまり10億円の赤字でした。

でもそういう仕事内容のほうが、目先の年収100万円の差よりも、長期的にはずっと重要なんです。


「R25を作りました」っていう実績は、一生残りますもんね。会社に入ると、どうしても同期との給料の差が気になるけど、長い人生でみると気にすることじゃないよ、と。

「おっさん、キレイゴト言ってるな」と思うかもしれないですが。お金にこだわることが悪いわけじゃないけど、裁量権がほとんどなくて、つまらない仕事をやっていてもしょうがないでしょ?
仕事がつまらないと、稼いだお金を使ってストレス解消しないといけない。これってある意味、浪費ですよね。

仕事が楽しければ、さらにお金をもらえるわけだから、そのほうが経済的にみてもプラスじゃないか、という見方もできます。

「新規事業リーダー」の募集があったときに「それって、どのくらい裁量権あるんですか? 発注金額で言えば、どれくらいのサイズの予算を任せて貰えるのですか?」という質問をするほうが、年収を気にしている人よりもイケてるじゃないですか。

事業に対してコミットする姿勢ですね。

権限と責任は、コインの裏表なんです。権限がないのに、責任だけ押しつける上司はアンフェア。常に対等に交渉し、責任を負うなら、権限もくださいという気構えを持たないと、気づいたら奴隷のようになってしまう。

日本の大企業って、権限があいまいですよね。「結局、最後は部長に相談しないといけない」みたいな。

むしろ、あいまいなことを利用するべきだと思いますよ。

それはどういう意味ですか?

社内世論も含めて、断りにくい雰囲気をどうやって醸成するかということですね。

さきほど「R25」の話をしましたが、もちろん平社員であった当時の僕に、明示的に10億円の決裁権があるわけない。結果的にそうさせてしまうようなムードをどう作れるのかが腕の見せ所であり、クリエイティブな部分なんですよ。


なるほど、面白い!

自分の意見をさりげなくアピールしながら、そのプロジェクトをやる意義をどう訴えかけるか。偉い人が断りにくい雰囲気を作ったうえで、新規事業提案コンテストでぶち上げるとか。

「あの偉い人が賛成するなら」みたいに。

会社のなかで、どういう意思決定の力学、構造があるのかを見抜けるかがめちゃくちゃ大事。

そんな当たり前の努力をやらずに「うちの会社はバカだから、俺の考えていることが通らない」とか言う奴がいるけれど、やれることやってないじゃないか、と。

いつか素敵な王子様が迎えに来る!と思っているお姫様のように、一般社員が頭の中で思っていることを掬い上げて実現してくれる会社なんて、あるはずないですよ。

そういう意味では大企業ほど、大きな金額を動かせるかもしれないですよね。

「会社を利用しろ」というのは、そういうことなんです。他人のふんどしですからね。

上司や担当役員も含めて、さりげなく連帯責任の共犯者に巻き込んでしまえばいい。

引くに引けない状態になっていくわけですね。組織のメカニズムを利用する力なんでしょうね。


こういう話って、卑怯だなと思いますか?

そんなの無理だよ、という人が多いのかもしれませんね。田端さんみたいに上手く立ち回れないよ、みたいに。
面接でホメても意味がない。「御社のここがダメなんです」というマインドでぶつかる

自分が是非とも転職したい会社があったとします。もし、入りたい部門の責任者が明確で、人相も分かっていたら、面接される前にその会社のオフィスに張り込んだっていいわけですよ。

出勤や退勤のときに、その人が出てきたら「実は御社の採用試験を受けていまして……ちょっといいですか?」とナンパのように声を掛ける。


これを裏口入学みたいだと思う感性は、はっきり言って学生!あまちゃんです。 こんなの卑怯でもなんでもない。

みんなに開かれたチャンスじゃないですか。もし、僕がそんなことされたら、「お前、やるな!」って感じますよ。

そういう努力をちゃんとできる奴だ、と。

そう。でもみんなやらないんですよね。あと、僕が面接でよく聞くのは「今日の面接のために、どんな努力をしてきましたか?」という質問。

例えば、サイボウズさんであれば、会社の製品に関する評判とかクレームとか、ネットで調べればすぐ出てきます。それを紹介しながら、「私ならこのユーザーのクレームになってる事象をこのように解決できますよ」と仮説を語ってみるとか。でもあんまりこのように調べて来る人っていないんですよ。

一歩踏み出して情報を集める努力ですね。誰でもできることですからね。

リサーチした上で鋭いことを言えるのが最強ですが、そもそも公開情報で分かる概要の情報を見てすらいないのは甘すぎると思います。とくに新卒の学生は、浅いリサーチで30~40社受けて、どこでも同じような自己アピールをしてしまったり。

それだったら3~5社に絞り込んで、「御社のここがダメなんです」「こうしたほうがいいですよ」と仮説をぶつけるくらいのマインドで行くのが、正しい面接のスタイルですよ。

どこかでマインドチェンジしないといけないですね。田端さんはもともとそういう性格だったんですか?

学生の頃からウェブサイトの制作でお金を稼いでいたので、別に就職しなくてもいいやと思いながら面接を受けていたんです。

だから求人ページを見て「これ、制作費いくらかかってます? 100万円? それ高いですよ」とか言って。

「僕が作りますよ」って?

そうそう(笑)。「Flashで音楽が流れるけど、何の意味があるんですか?」と。それで案外通るんですよ。逆にダメなのは、会社をほめるやつ。

うわべだけじゃ、ダメですよね。

面接も営業ですから、「私が入れば、あなたの会社の悪いところを改善できる」って言うべきなんです。
真面目な人ほど「土俵は与えられるものだ」と思っている

いま社畜のように働いている人は、どこから変えればいいんでしょうか?

自分が何に優先順位に置いているのか、何が嫌で、何を守りたいのか。これを考える必要があると思います。

転勤が嫌な人もいれば、全然OKっていう人もいますしね。「好きなもの・嫌いなものリスト」を作ると、見えてくるかもしれませんね。

それが今の会社で得られるものだったら続けてもいいし、得られなさそうだったら転職したほうがいい。


会社に勤めるのは、自分が幸せに生きるための手段でしかないんですよ。

それなのに「年収いくら欲しいの?」と新卒の面接を受けにきた学生に聞くと、急にみんな「うーん」って表情になる。

漠然と考えてはいるけど、具体的にイメージができていない、と。

例えば、僕が考える理想的な答えは、

「サーフィンが大好きで、千葉の九十九里の海沿いに住みたい。生活費は手取りで月15万円あれば十分です。そのかわり、波がいい日は休ませてください」。

そう言われると、この人は人生で何を優先したいかがはっきりしているじゃないですか。

みんな、なんとなく「人気ランキング上位の会社に入れば幸せになれる」と思っているんじゃないかな。


入社しても、会社が求めるものと合っていないケースもありますよね。

そうですね。ミスユニバース日本代表の女性と結婚したからといって、すべての男性が幸せになれるとは限らない。

「美人じゃなくてもいいから、料理上手がいい」とか、はっきりさせたほうがいい。

それ、日本人は意外とやっていないかもしれませんね。

まじめで優秀な人ほど、「土俵は与えられるもの、自分で選ぶのは身勝手だ」と思っている。

何が欲しいのかを明確にできないと、マッチングもできないですよね。
(第2回へ続く)

文:村中貴士/編集:松尾奈々絵(ノオト)/撮影:栃久保誠/企画:小原弓佳

(記事引用)


















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