五木寛之 雑文録
連載10513回 「心の相続」とはなにか <1>
公開日:2018/10/15 17:00 nikkan-gendai
 
 最近、ふしぎなところから、しきりと講演の依頼がくるようになった。
 これまでほとんど縁のなかった分野の業界である。経済団体とか、新聞社・雑誌社の経営セミナーとか、ときには信託銀行などの企業だ。
 私はふだんは文化ホールや学校、また地方の公民館やお寺さんなどで話をすることが多い。経済やビジネスの世界などには全く関係がないので、けげんな気がした。
 それでも頼まれれば出かけていく。私は講演というか、人に話をすることを大事な仕事だと思ってきたからだ。

 しかし、行ってみて改めてとまどうことが多い。いわゆる文化講演会ではなく、何時間もプログラムされたセミナーの一部だからである。一部と三部には、著名な評論家や経済学者などの名前が並んでいる。ときには竹中平蔵などというビッグなゲストもいた。

 そんな場ちがいな場所で、小説家にどういう話をさせようというのか。
 演題を見ると『心の相続』となっている。私はいつも即興でしゃべるので、タイトルはなんでもいいのだ。それにしても『心の相続』とは何か。
 どうやら集ってきている聴衆は、相続問題について勉強をしようという人びとであるらしい。
「どうしてぼくがこういう会に呼ばれたんでしょうね」
 と担当者にきくと、相手はうなずいて、
「五木さんが先ごろ経済雑誌のインターヴューでお話しになっていたことに、各方面から非常に関心が集っておりまして」
「ぼくがどんな話を――」
「魚の骨ですよ。あれは私もなるほどと、すこぶる共感いたしました」
「え? 魚の骨?」
「ほら、若い女性編集者が、秋刀魚の焼いたのを見事に綺麗に食べる話」
「ふーん」

 そう言われてみれば、そんな話をしたような気がする。
 先日、打合わせの後で、近くの食堂で編集者数人と食事をした。そのなかに20代と思われる新人の女性編集者がいて、控え目に皆の話を聞いていたのだ。なよなよした感じの全然ない、ボーイッシュな娘さんだったが、食事のあと彼女の前のお皿を見て、ひどく感心したのである。

 ―

 私は昔から魚の食べ方が下手だった。魚料理は好きなのだが、食べ終えた皿の上を見て気恥かしい思いをするのが常だった。
 魚の残骸というか、骨や皮や頭や尻っぽがグチャグチャになって、見るに耐えない惨状を呈している。

 ところが、そのとき焼魚定食を食べ終えたあとの、若い女性編集者の皿の上を見てびっくりしたのである。
 魚の骨がまるで標本みたいに、じつに綺麗に皿の上に横たわっていたのだ。最近、そんなふうに見事に魚を食べる若者を見たことがない。
 私がまじまじと皿を眺めているのを見て、同席した男性編集者が、けげんな顔で、
「どうかしましたか」
 と聞く。
「いや、彼女、すごいね。最近こんなに綺麗に焼き魚を食べる人は見たことがない」
「たしかに」
「きみの皿なんかひどいもんだ。遺跡を掘り返したみたいじゃないか」
「イツキさんだって爆弾が落ちたジャングルみたいな――」
 自分の皿が話題になって、照れくさそうにしている女性編集者が、笑いながら言った。
「家は母が魚の食べ方にうるさくって。母も祖母からいつも叱られていたそうです」
「なるほど」
 祖母、母親、娘と、3代続いた魚の食べ方とあれば見事なのも当然だろう。
 ふとかたわらの若い男の編集者を見れば、箸を棒のようにワシ掴みににぎって、飯をかきこんでいる。

 そのときふと思ったのは、親や家から相続するのは、財産ばかりじゃないな、ということだった。土地や、株や、貯金などを身内で相続するのは当り前だ。しかし、人が相続するのはモノだけではない。目に見えない沢山のものを私たちは相続するのである。
 魚の食べ方などはその一つにすぎないだろう。実際には驚くほど沢山のものを、私たちは相続しているのではあるまいか。

 自分は両親から何を相続したのだろうか、と、そのときふと考えた。
 引揚者で生活に苦労していたので、財産どころか借金を相続しかねない暮しだった。しかし、よく考えてみると、目に見えない沢山のものを私は相続している。あらためてそのことをふり返ってみた。私は両親から何を相続したのだろうか。
ーー
 コンビニで週刊誌を見ると、やたら相続の記事が目につく。
 どうやら「孤独」の後は「相続」がジャーナリズムの次の焦点であるらしい。
 ところで、私の両親は共に学校教師だった。母は福岡女子師範、父は同じ福岡県の小倉師範学校の出身である。当時、貧しい農村の青年子女が、官費で勉強できる場所は限られていたのだ。
 卒業後、2人とも地方の小学校の教師となり、どこかの職場で知り合って結婚したのだろう。残念なことに2人とも早世したので、くわしいことはわからない。

 私がいまになって残念に思うことの一つは、彼と彼女の若い頃の話をほとんど聞いていないことだ。どういう青年だったのか、当時はどんな本を愛読していたのか。何を望み、どんな夢を描いていたのか。

 その意味で、私は両親から何の記憶も相続していないにひとしい。父は剣道の有段者だったが、いつ稽古をし、どんな大会に出たのか。母はどんな歌をうたい、どんな服を着ていたのか。当時の世相はどうだったのか。

 今にして思えば、もっと親の話を聞いておくべきだった、とつくづく後悔する。両親の思い出を知ることも相続の一つなのだから。

 父親は勉強家で、本棚には本居宣長、賀茂真淵、平田篤胤などのあいだに、西田幾多郎やヘーゲルの本などが石原莞爾と一緒に並んでいた。丸山真男のいう当時の下層インテリの典型である。毎晩、夜中におきて何か書いているので、こっそり留守中にのぞいてみたら、『禊の弁証法』という題名がついた原稿だった。どこかの専門誌にでも、送るつもりだったのだろうか。

 私が父からしつけられたものの一つは、やたらと本を大切にする、というマナーだった。文庫本でも、それをまたいで歩いたりすると物差しでピシャリと足を叩かれたものだ。私はいまでも本をまたぐのは避ける習性がある。
 また、読みさしのページを折ったりすることも、ひどく嫌った。母がこぼしていたことがある。「父さんは、ページの隅を折ったりすると、すごく怒るんだから。それはドッグ・イヤーといっていけないことなんだって」

 父は武道会の役員で、詩吟の愛好家でもあった。毎朝、私を叩きおこして『古事記』の素読をやらせたあと、庭で一緒に詩吟をうたう。おかげで今でも私はいくつかの漢詩を暗記している。これも見えない相続の一つだろうか。
 ーー
 私が両親から相続したものをふり返ってみると、まだまだいくらでもある。
 たとえば、私の喋り方は形の上では共通語であるが、アクセントやイントネーションはまったくの九州弁だ。正確にいうと福岡の筑後弁である。柿と牡蠣の区別がつかない。橋も箸も一緒である。若いころは三バカ方言作家としてからかわれたものだ。

 寺山修司、立松和平、そして私の三人である。
 この喋り方は、まぎれもなく私が父母から受けついだものである。両親ともに福岡人だから、家庭内の会話は百パーセント九州弁だった。この年になってもまだ両親から相続した喋り方が消えていない。
 食べ物に関する嗜好もそうだ。味つけの好みもそうである。

 私の家では正月の雑煮に入れる餅は、丸餅だった。餅とはすべて円いものだと思い込んでいた。東京へ来てから四角い餅の存在を知ったのだ。 
 また正月の雑煮に鶏肉を入れ、味噌仕立てにするのも、私の家の流儀だった。
 ほかにも数えあげてみれば、いくらでもある。
 私は中年期に達するまで、私の家の宗旨に無関心だった。だが、ときたま子供の頃に両親が仏壇の前で、なにかとなえているのを思い出すことがあった。記憶の底をたどってみると、

<キーミョームーリョージューニョーラーイ>

 という呪文のような文句が浮かびあがってくる。これが『正信偈』という真宗門徒のとなえるお勤めの経文であることを知ったのも、かなり後になってからのことだった。蓮如が定めた真宗の作法である。
 人との挨拶の仕方、お礼の言い方、そのほか数えきれないほどのものを私は両親から相続しているのだ。残念ながら綺麗な魚の食べ方は相続してはいない。
 昔、韓国の地方の駅のキオスクで、買物をしたとき、売り子の娘さんが釣りを差し出すときに、右手の肘の下にそっと左手をそえて渡してくれたのが、すごく優雅に感じられたことがあった。昔、長袖の服を着ていた頃の名残りだろうか。家というより、社会から相続した身振りだったのかもしれない。
 家や親や先輩からだけではない。私たちは土地や資産だけでなく、見えないさまざまなものを相続しているのである。それを仮りに「心の相続」と呼んでおくことにする。 
(この項つづく)
 ――協力・文芸企画
(記事引用)














「夢の技術」量子コンピューター、実用化まであと一歩!
大手企業が開発を急ぐ背景には多分野での応用を見据えた戦略が
松ヶ枝 優佳/2018.9.26 jbpress.ismedia
 9月19日、理化学研究所がNTTやNEC、東芝などと共同で次世代の高速計算機である「量子コンピューター」の開発に乗り出すと報じられた。研究は文部科学省の事業として実施され、年間約8億円規模のプロジェクトとなる予定だ。
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 IBMやGoogleが積極的に投資を行ない、開発を進めていることでも知られる量子コンピューター。スーパーコンピューターにも答えが出せないような問題も一瞬で解いてしまうとされ、かつては実現性に乏しい「夢の技術」とされていたが、今や実用化直前と言われるまでに研究が進み、開発競争も激化する一方だ。

 様々な企業や研究機関が一丸となって実用化を急ぐ量子コンピューターとは一体どんな技術なのだろうか。

量子コンピューターとは
 量子コンピューターとは、簡単に言えば「スーパーコンピューターを大幅に上回る処理速度を持つ、次世代のコンピューター」のことだ。量子力学という、従来のコンピューターとは全く違う原理を採用することで、圧倒的な情報処理能力を持つ。

 私たちが知る通常のコンピューターは「ビット」という単位を用いて演算を行なうが、量子コンピューターは「量子ビット」という量子力学上の単位を使う。情報を扱う際、ビットでは「0と1のどちらの状態にあるのか」を基礎とするが、量子ビットでは量子力学特有の「重ね合わせ」という概念を用いる。これにより、複数の計算を同時に進めることができるのだ。

 「0であり、1でもある」という量子の性質を活用することで、従来のスーパーコンピューターでは何年もかかる計算を一瞬で終わらせることができる。

 スーパーコンピューターをはじめとする従来型コンピューターは、技術革新の限界が近付いている。1年半でコンピューターの性能が2倍になっていく「ムーアの法則」も近く通用しなくなると言われる今、根本から異なる原理、異なるハードウェアで動く量子コンピューターに期待が集まっているのだ。

 さらに、量子コンピューターは従来型コンピューターに比べて圧倒的に低コストで運用できると言われており、エネルギー問題の観点からも注目されている。事実、後述の「D-Wave Systems」が開発した量子コンピューターは、現在のスーパーコンピューターの100分の1の電力で稼働させられるという。並べると良いことづくめのようにも思えるが、現状は従来型のように何でもこなせるわけではない。

 量子コンピューターは、大別すると「量子ゲート」モデルと呼ばれる汎用タイプと「量子イジング」モデルと呼ばれるタイプの2種類がある。現在のスーパーコンピューターの上位互換と言える「万能選手」は量子ゲート型であり、古くから量子コンピューターとして研究されてきたのもこちらだ。実用化が切望されているが、技術的な問題をクリアして実用化されるにはもう少しかかるだろう。

 ちなみに量子コンピューターと言えば、クレジットカード等の情報保護等に使われている「暗号化技術の解除」を簡単にできるもの、というイメージを持っている読者もいるかもしれないが、それができるとされるのも量子ゲート型だ。

 一方、量子イジングモデルの中でも数種類あるうち「量子アニーリング型」と呼ばれる量子コンピューターは、用途は絞られるものの2011年にカナダのベンチャー企業、D-Wave Systemsによって既に商用化されている。こちらについて詳しく見てみよう。

実用化間近? 「量子アニーリング型」でできること
 量子アニーリング型の量子コンピューターは、1998年に東京工業大学の門脇正史氏と西森秀稔氏によって提案された理論を応用して作られた。量子ゲート型に比べればシンプルに実現できるため、いち早く商用化にこぎつけることができたのだ。

 汎用性は高くないが、「組み合わせ最適化問題」を解くことに関してはスーパーコンピューターでも歯が立たないほどの処理能力を持つ。いわば一点特化型の能力だが、昨今様々な分野で重要視されるAIや機械学習、ビッグデータの処理においては非常に有用な能力と言える。

 例えば複数の組み合わせの中から最適なものを選び出すカーナビのルート検索。自動運転時代を目前に控えた自動車業界では最も必要とされる技術の1つだろう。他にも低コストで高いパフォーマンスを発揮する回路を設計したり、効果的な投資先や経営戦略を選択する際にも活用できる。また、従来のコンピューターでは長い時間を要した分子の構造解析も短時間に終えられるため、新薬の開発にも役立つと期待されている。上手く機械学習に応用すればAI(人工知能)の性能向上に役立てることも可能だ。

 膨大な情報の中から最適な組み合わせを導き出す。シンプルなようだが、情報社会においては非常に価値のある能力と言える。データを収集することはできても、その情報をどう解析し、価値を持たせるかということについては、多くの企業が腐心している部分だろう。こうした問題を一瞬で解決してしまう可能性を持つ、量子アニーリング型の量子コンピューターが私たちの生活を変える日は遠くなさそうだ。

オープンイノベーションで競争加速、各社の開発状況
 では実際のところ、量子コンピューターの開発はどの程度まで進んでいるのだろうか? 代表的な3社を紹介する。

IBM

量子ゲート型の「IBM Q System」を開発。これに関心を持つ企業や学術研究機関による「IBM Q Network」というコミュニティーも組成しており、研究・開発と並行して量子コンピューターの活用法を積極的に探求している。日本でも今年5月17日に慶應義塾大学と共に「IBM Q ネットワークハブ」の開設を発表し、実用化に向けてグローバルな知見を集めている。

Google

2013年にD-Wave Systemsによる量子アニーリング型の量子コンピュータをいち早く導入。NASAと共にこのコンピューターの研究を行った。一方、自社でも量子ゲート型の量子コンピューターを開発。IBM同様、実用化に向けて研究を進めている。

Microsoft

量子ゲート型の量子チップや量子コンピューターを稼働させるための冷却装置、そして量子コンピューター向けの最新プログラミング言語を開発・発表している。本来同社はソフトウェア企業だが、量子コンピューターへの投資を拡大している。

 各社、より汎用性が高い量子ゲート型の研究を急いでいることがうかがえる。ビジネスに実装されていくのは量子アニーリング型が先行するかもしれないが、冒頭で取り上げたニュースやIBMの例を見ると分かるように、量子コンピューターの研究・開発には様々な企業や団体がパートナーとして加わるオープンイノベーションの形で進むことも多い。

 全く新しい技術ということもあり、技術的な部分はもちろん、様々な分野からの知見を集めて実用化を加速させようとしているのだ。ハードウェア的な面で言えば、Microsoftは冷却装置の開発はフィンランドの装置メーカー、BlueForsと共同で行っている。そしてIBM Q ネットワークハブの初期メンバーに三菱UFJ銀行、みずほフィナンシャルグループなどが名を連ねていることなどを見ると、特に金融系企業における同技術への関心の高さを伺い知ることもできる。実装に向けて、開発速度は今後いっそう加速していくだろう。

 NASAとGoogleの研究により、得意分野を任せればスーパーコンピューターの1億倍の速さで計算できるという結果が明らかになっている量子コンピューター。途方もない技術が数年後の社会をどう変えてしまうのか。引き続き各社の動向を見守りたい。
(記事引用)









なぜ血みどろの「米中貿易戦争」は日本にとって良いことなのか?
MAG2 NEWS2018年09月26日 09:17
9月24日、米国は中国への関税UP第3弾として日用品など2000億ドルに10%の関税UPを実施しました。ますます激しさを増す「米中貿易戦争」ですが、この「血みどろ」の戦いに日本も巻き込まれてしまうのでしょうか? メルマガ『国際戦略コラム有料版』の著者・津田慶治さんは、この米中貿易戦争は日本にとって良い面もあるとして、その根拠や背景を詳しく解説しています。
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地経学で見る米中貿易戦争と中東情勢
今週も米中貿易戦争やシリア内戦で大きな動きがあり、その検討を継続する。

0. 「日本4.0」
エドワード・ルトワックの本『日本4.0』を読んだが、1.0の江戸幕府で平和の構造ができ、2.0の明治維新で西洋文化を取り込み、3.0の戦後体制で軍事から経済にシフトして発展してきた日本が、今変革の時を迎えている。米国が世界の覇権を放棄して、日本は自分で自分を守る必要があり、独自の戦略が必要になっている。『日本4.0』は、その変革をどのように考えたらよいかの提案である。

日本は、敵国に侵入して情報を取る情報機関や少人数で作戦ができる特殊部隊が必要であるが、米国のような大掛かりな特殊部隊ではなく、イスラエルのような少人数で犠牲を覚悟した作戦ができる部隊の育成が必要であるという。

もう1つが、政治軍事の地政学より地経学の時代になるという。大規模な軍事作戦ができない状況になり、経済的なツールによる外交が重要になってくるとしている。

この「地経学の戦い」が米中間で始まった。それが貿易戦争であるようだ。この本の内容は、このコラムで議論したことばかりであるが、ルトワックの良さは、そのネーミングの仕方でしょうね。

詳しく知りたい方は、エドワード・ルトワックの本『日本4.0』を読んでください。

1. 米中貿易戦争の第3弾
米国は、第1弾として7/6に半導体など340億ドルに25%の関税UP、第2弾として8/23に化学品など160億ドルに25%の関税UP、そして今回、第3弾として9/24に日用品など2000億ドルに10%の関税UPを実施する。中国が対抗処置を取ったら、2370億ドルの輸入品にも10%の関税UPを行うと警告した。

対して、中国も第1弾、第2弾までは同額の処置を取ったが、第3弾では600億ドルに10%関税UPと米国と同額にできなかった。輸入量が1300億ドルしかないので、追従できなくなってきたことによる。そして警告を無視し、かつ米国との通商交渉も拒否した。

今後を見ると、米国は、2370億ドル分の輸入品への関税UPや為替操作国指定や投資制限、留学生制限、国有企業への制裁などができる。特にドル決済を使わせないことで、国際決済を難しくできる。

対する中国は、米国債売却という大きな武器がある。その他に米国企業製品への不買運動、人民元通貨圏を拡大して、国際決済ができない制裁を掻い潜るために、米国の地経学上の武器であるドル基軸通貨制度を崩壊させる方向になる。

米国債の売却は不利益もあるが、新規米国債を買わないだけで、米国債の金利上昇が起きる。事実、最近10年国債の金利が3.4%になり、もし、本格的に米国債売却が始まれば、金利6%になるとアナリストは言う。米国債の暴落が起きる。

米中貿易戦争は、中国も大変なことになるが、米国の経済も弱めることが確実である。貿易戦争に勝者はいない。血みどろの戦いになるだけだ。

2. 工場再編
そして中国は経済会議で、米国と血みどろの戦いを覚悟した。それが、通商交渉の拒否である。李克強首相は、人民元を下げないで価値を維持し、人民元通貨圏を拡大するようだ。米国の為替操作国指定を恐れているわけではないと感じる。

米国企業は、中国産部品を使えなくなり、世界的なサプライチェーンの再構築が必要になる。今回の関税UPで日本企業の中国工場から米国への出荷も少なくなる。このため、日本企業も工場の再編が必要になる。そして、次に中国の輸入品全部に25%の関税UPになり、米国への輸出品は、どこで作るかという問題が起きる。

米国は、輸入品を撲滅するべく、同盟国からの輸入品に対しても関税UPをするというので、欧州も日本も、中国と米国の中間に立つしかない。そして、人民元・ユーロ・円通貨圏拡大という、ドル基軸通貨圏を侵食することを共同で行うことになりそうだ。地経学では、基軸通貨を取ることが勝つことになるので、米国の衰退を加速させる。

それと、米中が血みどろの戦いになると、欧州と日本は中国市場の攻略という意味では、米国企業の抜ける分だけ有利になる。漁夫の利になる。13億人の市場を米国は放棄することになる。それにより、米国企業の衰退を加速させる。

そして、米企業のバーゲンセールが来る。内部留保を積み増している日本企業は、積極的に買うことだ。ダウ株価も大幅な下落になる。地経学の基本を無視したトランプ大統領により、米国は衰退を早めることになる。

3. 日米通商交渉の武器
米国の問題点が明確化してきた。税金を低くしたことによる米国の財政赤字が拡大して、より一層の米国債を発行する必要があるが、最大の購入者である中国が少なくとも買わないことになる。次の購入者は日本であり、本来は日本に通商交渉では強く当たれないはず。

それを強く当たるなら、日本も米国債を買わないし、売却も考えるというしかない。米国債金利上昇が起き、米国経済は逆回転して、11月までに景気が後退することになり、中間選挙も負けることになる。このため、トランプ大統領は11月までは交渉を継続して、景気後退を避けるはずで、交渉を引き延ばせるはずだ。

米国が、目標を中国に定めたなら、日本を米国の味方にするべきなのである。という意味では、米中貿易戦争が血みどろになったことは、日本にとっては良いことになる。

もう1つの問題点は米国産農産物、LNGなどの米輸出品の売却先確保である。この部分でも関税的には日本の工業製品の関税は0%であり、米国は2%で、畜産物の関税は、日本は平均約35%、米国は平均25%であり、TPPレベルの関税にすると米国と同等程度になる。

非関税障壁での安全性能などについては、安全性に問題がないなら、法律を変える必要がある。畜産品は消費者の選択の幅を確保するために完全自由化にするべきである。

4. イスラエル対ロシアの戦いか?
シリア内戦で、トルコとロシア、イランの間でイドリブ総攻撃を中止して非武装地域を作り地域を分離して、トルコとロシアが共同で非武装地域の監視を行い、両者でアルカイダ系武装勢力をせん滅するという合意ができた。

しかし、イスラエル空軍機がシリアのイラン軍を空爆、その戦闘機へのミサイルがロシア偵察機に命中して墜落した。ロシア兵14人が犠牲になった。シリア軍の防空システムは、北朝鮮製であり精度が悪く、イスラエル空軍機はロシア偵察機を盾にしたようである。

それと、イスラエルはシリア攻撃場所を事前にロシアに通報することになっていたが、攻撃1分前に通報したことで、ロシア偵察機が回避行動を取れなかった。

このため、ロシアのショイグ国防相は、イスラエルのリーベルマン国防相に対し、報復措置を検討すると伝えた。

これにより、この地域でトルコ、シリア、ロシア、イラン対イスラエル、米国の戦争が起きる可能性が出てきた。サウジなどはロシアを敵にしての戦いには参加しないので、実質、イスラエル対ロシアの戦いになる。そうすると、ロシア軍が使用するイスラエル製レーダー部品を、どう回避するか見物である。イスラエル製半導体の代わりに日本製半導体を使う可能性がある。

米海軍は、イスラエルの軍港を使わず、中国海軍が使用しているなど、トランプ大統領はイスラエルを支援するが、マティス国防長官などはイスラエルから離れている。しかし、トランプ大統領は、イスラエル支援のためにシリアに駐留する米軍を長期に滞在させるとしたが、特殊部隊2000名しかいないのでメインにはなれない。クルド人部隊もロシアを敵にしないので、参加しないと思われる。

イスラエルの孤立化という嫌な感じになってきた。そして、相手がロシアであり、今までの中東戦争とは様相が大きく違うことになる。

さあ、どうなりますか?
(記事引用)




音楽の古典(雅楽・神楽)
ジャズとクラッシック音楽 ジャズ理論 架空民族音楽  

 どのような音楽も、特定の文化や歴史の刻印を帯びています。今、自分を辺境に辿り着いた民族音楽学者だと想像してみてください。 
 そして今、聴いている音楽を、自分がフィールドレコーディングしているのだと、考えてみてください。その音楽は、なんのために存在して、どのような様式や歴史をもっているでしょうか。それはどのような言葉でだれのために発せられているのでしょうか。 

 この感性を磨き、自己省察するための手助けを、このプログラムでは提供します。異言語への翻案や、あたらしい楽器の開発に伴う、音楽の様式の変容は、創造的なプロセスであり、我々にとってのかけがえのない社会的リソースです。 
 個人にとって、それは技法の集合以上の意味を持ちます。今、昔覚えたなにかの曲を、思い出しながら歌ってみてください。オリジナルとどう違っているでしょうか。それを観察することが、あなた自身が文化のただ中にいる存在であり、あなた自身が同時に民族音楽学者であるということなのです。  
 
「小俣 友海氏」著者、は民族音楽についてそう説明する  
#「なぜいま北欧サウンドか」、というタイトルにして記事を書いたのが昨日のことだった。 
 20歳<28歳<、欧州最北端の小さな島国から、なぜ次々と才能あふれる若手音楽家が登場するのか。よもや40年前の「ビートルズ」出現、とまではいわないだろう。「アウスゲイル」の「サウンド オブサイレンス」は秀逸、こちらはサイモンとガーファンクル、さすが北欧の冷めた風を感じるのは、どうしたわけだろう。とその感想綴った。 

 我々(私)が古典音楽を語ると、その話は、能、狂言、越前琵琶、雅楽、神楽など純粋な東洋音楽になるのは必然である。それをどれほど理解しているかいないか、ということは別にして、開口一番そう答えるに違いない。歴史的に外国から閉ざされていた日本は、日本古典音楽以外を知らなかった。(詳しく云えば雅楽は古代中国唐の渡来音楽である)

 ながらく五線譜上の音階というものを理解していなかった日本は、明治以降の文明大変革の洗礼を受けて、その西洋音楽を学ぶこととなる。 

 その基礎が成熟しないまま、世界的な戦争に突入、そして敗戦。その後、怒涛のごとくアメリカポピュラーミュージックのエンターテイメントが席巻した。現代時間で時代的にその足跡をたどることはできる。 

 結論的に、そのことを語るのはいま、いましかない。あと数年もすると、そんな話はオトギ話として子孫に語り継がれるようになるだろう。 

 個人的には「ジャズ」の歴史足跡、本質、理論を知りたいとおもった。もともと自身は古典音楽奏者であり、五線譜とは縁がない。昨今の教育は、日本の古典でも五線譜で学習するようになっている。が、現場では一切そんなことはしない。あるのは師匠の口伝のみである。 

 ジャズはアメリカの音楽である。そのことは、世界中のジャスアーティストが証明している。基本的な西洋音階を学び、ある程度の研鑽を積めば、あとは言葉がなくとも、五線譜で会話ができる。それほとスタンダードな音楽がジャズである。 

 ジャズの旋律は独特で、他のどの民族的な音楽とも違う。もちろん、譜面に起こしたメロディーでどのような音楽ともジョイントできる。 

 それでも、ジャズらしい音楽にするには、一定の約束事か必要で、それにはジャズ理論が欠かせない。それらを学ぶには西洋音楽、とくにクラッシック音楽理論を理解していないと、ジャズの音階の組み立てができない。 #
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雅楽の本道 「式部職楽部の八仙」(2017年NHK元旦放送されたもの)
八仙 由来 utamai.com
八仙(はっせん)とは、もともと渤海楽と呼ばれるジャンルの楽曲でしたが、高麗楽に編入されました。崑崙八仙または鶴舞などの別名が、古学書に表記されています。

八仙 三五要略「鶴舞」ト号ス 別装束舞
   面甲有リ 小曲
「崑崙八仙」ト云フ。破、拍子十三、又十ニ。急、拍子十三
古代中世芸術論「教訓抄 巻第五」-日本思想体系-より筆者読み下し
楽曲・舞とも由来は不明ですが、一説には鶴の一群が大空に飛びかう姿を舞にしたとも言われています。
舞人の装束は別用装束で、鯉の繍文様に網をかけた貫頭衣の袍に、鳥の頭と嘴をイメージしたような、冠と面を着用します。舞の途中で「か~ごめ、かごめ~♪」を連想させるような、4人が輪になって回るような舞振があり、非常にユニークです。

※サンサーラ. 輪廻 - インドの伝統的な転生観である輪廻。サンサーラ(梵、巴: saṃsāra). 転生 - 生まれ変わりの観念全般。 輪廻 (ジャイナ教) - インドの古代宗教における輪廻。サンサーラ。断食による入滅。(ウイキペディア)

いやこれがテレビ番組? それも民放??? 驚きだ。こんなときの形容詞「日本もまんざらすてたもんじゃないさ」、という語句が浮かんだが、みな一様にそう感じているのだろう。

このところ、隣の隣人が突然テレビに出て、なんのことやらとおもったら「素人の新鮮さ」がウリのようだった。もはや手垢のついた芸能関係もネタが見えてきたか、という感慨だ。

そんなことで思い当たるフシがある。地元千葉長生で古典芸能を40年して以来、中にはアメリカ、ニューヨークからわざわざ、それをしたいがためにALTを希望して、仕事をしながら雅楽を演奏する人がいる。すでに彼の滞在は20年が経過した。国内で結婚し日本人妻との間に3人の子がいる。
いまでは日本人の奏者とかわらない。むしろ他にも弓とか琴とか、いろいろやっている。彼は完全にクールジャパン化している。

そうした外人を全面にアピールしたテレビ番組がある。
「私が日本に住む理由」BS.JAPAN ホスト高橋 克典 月曜日21時だ。それはすでに見て知っていたので、これだったら彼も該当するのではと、局にメールを送った。
しばらくして返信があり、本人「ホール・ブライアン」先生を紹介した。あとは本人と局(担当外注)の折衝なので、それで私は退いた。

1月ほど経過して不採用の通知があったらしい。残念な話しだが、相手側の判断であるからどうにもならない。それですべて終わったと思っていたら、そのネタが業界筋に回され、関西の放送局が受けることになったらしい。この時点で私の手は離れているので、進捗状況はまったく知れない。

結果的に3次段階まで下って番組制作の運びとなったらしい。そのリハーサルと本番は地元神社で撮られたので私も立会いで見ていた。

内容は日本の風景のなかで演奏するその姿と、両親の住むニューヨークとの間でネット交信の模様が放送された。
本人いわく、日本の恩師、私と雅楽師匠の堀川氏に感謝しているというものだった。
やはり、こうした外人は特異であるし他にも何人かいたが持続しているのは彼だけだし、それにむくいてやりたといおもった老婆心である。

それはまったく私事であるからさしたる意味はないが、【サンサーラ】と同様の上質なドキュメントという点で共通するとおもい書いてみた。



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自分の名刺代わりになる仕事の方が大事――「年収100万円の差」なんて意味がない。スタートトゥデイ 田端信太郎×サイボウズ 青野慶久 
サイボウズ式2018年08月07日 09:21
「会社のためにがんばっている」「会社は何もわかっていない」……。このように、私たちは「会社」をどこか巨大な、抗えないものとして捉えがちです。でも本当にそうなのでしょうか?

7月6日に発売された『ブランド人になれ! 会社の奴隷解放宣言』(幻冬舎)の中で、田端信太郎さんは「会社なんてただの共同幻想だ」と語っています。

"最強のサラリーマン"と言われる田端さんと、サイボウズ社長・青野の対談から、「会社とどのように付き合えばいいのか」「働くことで幸せになるための方法」について探ってみましょう。
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※当対談は公開取材イベントとして応募者を募り、抽選で100名をご招待しました。

帰りたきゃ帰ればいい。奴隷じゃないんだから

イベント参加者の皆さん、「自分は会社の奴隷だ」と思っている方って、どれくらいいますか?



パラパラと手が挙がっていますね。

一般的な大企業だと、転勤の辞令を拒否できないんですよね。拒否すると正当な解雇の理由になる。

残業が多いとか、そういった時間的な自由がないだけではなく、住む場所すらも自分で選べないわけです。

そういった関係性ってもはや「奴隷」じゃないかと思うんですよ。「それが当たり前だ」、と受け入れて無意識のうちに奴隷になっている人もいるかもしれませんね。

サイボウズにはアメリカに支社がありますが、部署を異動した瞬間に現地の社員から給料の交渉が始まります。

でも日本の場合、ほとんどはそのまま「はい分かりました」って受け入れるしかない。制度的な奴隷になっていますよね。

青野慶久(あおの・よしひさ)。1971年生まれ。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立した。2005年4月には代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を行い、2011年からは、事業のクラウド化を推進。著書に、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、「会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない」(PHP研究所)など。

先日、日本労働組合総連合会の会長と対談する機会があって、「一律の給料アップや底上げを求めるより、合意なしの転勤をやめるべきだ」と提言したんです。でも、すごく反応が悪くて……。

2018年5月 9日
従業員の同意がない転勤を禁止してほしいです──サイボウズ青野慶久、連合の会長に働き方について意見してみた

それは、解雇をしないことと転勤を受け入れることがセットになっているから、じゃないですかね。

日本は「解雇ダメ」っていう意識が強いですよね。

とにかく大事なのは、会社と自分とは対等の関係なんだということを、気構えとしてどれくらい強く持っているか、ということだと思うんですよ。

残業するとき、上司から明示的に「これをやってくれ」と本当に言われていますか? なんとなく周囲の空気を読んで、緊急の必要性もなく、被害者意識を持ちながら、やっている残業はないですか? 

帰りたきゃ帰ればいいんですよ、奴隷じゃないんだから。

田端信太郎(たばた・しんたろう)さん。1975年生まれ。NTTデータを経てリクルート、ライブドア、コンデナスト・デジタル、NHN Japan(現LINE)で活躍。今年2月末にLINEを退職し、ファッション通販サイト「ZOZOTOWN」やPB「ZOZO」を展開する株式会社スタートトゥデイ コミュニケーションデザイン室 室長に就任。7月には著書『ブランド人になれ! 会社の奴隷解放宣言』(幻冬舎)を上梓した。

青野さんの本にもあるけど、上司と交渉するべきなんですよね。「今日は都合が悪いので帰らせてください。その代わり明日の朝までにやればいいですよね?」とか。

官僚には「忖度するな」と言っときながら、意外とみんな忖度しながら働いているのかもしれないですね。交渉は悪いことだというイメージを抱いている人が多い。

交渉というと大げさに捉える人が多いから、何事もまずは言ってみる、相談してみるぐらいに思っておけばいいんですよ。

そう、受け入れられなくてもちゃんと言わなきゃ、っていう感覚ですよね。

左から田端さんの著書「ブランド人になれ!会社の奴隷解放宣言」(幻冬社)と青野の著書「会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない」(PHP研究所)

年収100万円の差よりも、実質的な裁量権のほうが大きい

上司に「給料を上げてください」って交渉したことがある人はいますか?
(パラパラと手が挙がる)


おー。意外といますね。

その時って、ただお願いする感じでした? 「受け入れられなかったら辞めて他社に行こう」くらい思っていましたか?

辞めてもいいという覚悟があれば、相手にも伝わる。それが対等な関係ですよね。

では、新卒で入った会社でずっと働いている方っていますか? 

……ちょうど半分くらいですかね。こういうイベントに来るってことは、うっすら不満があるんじゃないのかな?(笑)

事前アンケートによると、今日の来場者の属性は、大企業が3分の1、中小企業が3分の1、残りがその他(フリーランスなど)ですね。

一つ思うのは、「大学を卒業して大企業に入るのが勝ち組で、それ以外が負け組」と思いこまされていることが多いけど、実は違う。どう働けば楽しく生活できるのか、疑っていいような気がしますね。

新卒で就職するときは、そもそも会社に対して何を求めているのか、わからない人が多いんですよね。

給料が高ければいいというわけでもない。仕事の中身が面白い、知的好奇心が満たされる、社長が好き、お金じゃ買えない経験など。自分が会社に対し、何を求めているのかを書き出してみればいいんですよ。


田端さんは会社に求めることをリスト化しているんですか?

はい、自覚的にやっていますね。

面白いですね。その内容は変わりますか? 次の会社ではコレが欲しいな、とか。

そうですね、年齢のステージや給料の額によって、だんだん変わっていきます。

でも、田端さんぐらいまでブランド化できちゃうと、次に何を求めるんですか?

経験です。時代を作っているような、面白い人、凄い人を間近で見ながら、一緒に仕事をする経験って、お金じゃ買えないので。

その上で、自分なりの爪痕を社会にどう残していくか?ということを考えています。

今日の来場者は20~30代前半くらいが多いですね。この世代だと何を求めるべきでしょう?

自分がもらう給料の面で、年収100万円の差よりも、その人が仕事を通じて行使できる、実質的な裁量権や発注権限の差のほうがはるかに大きいと思うんですよ。

なるほど。

与えられている裁量の中で、どれくらい自分の名刺代わりになるような案件をできるか。

僕は27~28歳ぐらいのときに「R25」を立ち上げました。初年度で売上10億円、支出が20億円。つまり10億円の赤字でした。

でもそういう仕事内容のほうが、目先の年収100万円の差よりも、長期的にはずっと重要なんです。


「R25を作りました」っていう実績は、一生残りますもんね。会社に入ると、どうしても同期との給料の差が気になるけど、長い人生でみると気にすることじゃないよ、と。

「おっさん、キレイゴト言ってるな」と思うかもしれないですが。お金にこだわることが悪いわけじゃないけど、裁量権がほとんどなくて、つまらない仕事をやっていてもしょうがないでしょ?
仕事がつまらないと、稼いだお金を使ってストレス解消しないといけない。これってある意味、浪費ですよね。

仕事が楽しければ、さらにお金をもらえるわけだから、そのほうが経済的にみてもプラスじゃないか、という見方もできます。

「新規事業リーダー」の募集があったときに「それって、どのくらい裁量権あるんですか? 発注金額で言えば、どれくらいのサイズの予算を任せて貰えるのですか?」という質問をするほうが、年収を気にしている人よりもイケてるじゃないですか。

事業に対してコミットする姿勢ですね。

権限と責任は、コインの裏表なんです。権限がないのに、責任だけ押しつける上司はアンフェア。常に対等に交渉し、責任を負うなら、権限もくださいという気構えを持たないと、気づいたら奴隷のようになってしまう。

日本の大企業って、権限があいまいですよね。「結局、最後は部長に相談しないといけない」みたいな。

むしろ、あいまいなことを利用するべきだと思いますよ。

それはどういう意味ですか?

社内世論も含めて、断りにくい雰囲気をどうやって醸成するかということですね。

さきほど「R25」の話をしましたが、もちろん平社員であった当時の僕に、明示的に10億円の決裁権があるわけない。結果的にそうさせてしまうようなムードをどう作れるのかが腕の見せ所であり、クリエイティブな部分なんですよ。


なるほど、面白い!

自分の意見をさりげなくアピールしながら、そのプロジェクトをやる意義をどう訴えかけるか。偉い人が断りにくい雰囲気を作ったうえで、新規事業提案コンテストでぶち上げるとか。

「あの偉い人が賛成するなら」みたいに。

会社のなかで、どういう意思決定の力学、構造があるのかを見抜けるかがめちゃくちゃ大事。

そんな当たり前の努力をやらずに「うちの会社はバカだから、俺の考えていることが通らない」とか言う奴がいるけれど、やれることやってないじゃないか、と。

いつか素敵な王子様が迎えに来る!と思っているお姫様のように、一般社員が頭の中で思っていることを掬い上げて実現してくれる会社なんて、あるはずないですよ。

そういう意味では大企業ほど、大きな金額を動かせるかもしれないですよね。

「会社を利用しろ」というのは、そういうことなんです。他人のふんどしですからね。

上司や担当役員も含めて、さりげなく連帯責任の共犯者に巻き込んでしまえばいい。

引くに引けない状態になっていくわけですね。組織のメカニズムを利用する力なんでしょうね。


こういう話って、卑怯だなと思いますか?

そんなの無理だよ、という人が多いのかもしれませんね。田端さんみたいに上手く立ち回れないよ、みたいに。
面接でホメても意味がない。「御社のここがダメなんです」というマインドでぶつかる

自分が是非とも転職したい会社があったとします。もし、入りたい部門の責任者が明確で、人相も分かっていたら、面接される前にその会社のオフィスに張り込んだっていいわけですよ。

出勤や退勤のときに、その人が出てきたら「実は御社の採用試験を受けていまして……ちょっといいですか?」とナンパのように声を掛ける。


これを裏口入学みたいだと思う感性は、はっきり言って学生!あまちゃんです。 こんなの卑怯でもなんでもない。

みんなに開かれたチャンスじゃないですか。もし、僕がそんなことされたら、「お前、やるな!」って感じますよ。

そういう努力をちゃんとできる奴だ、と。

そう。でもみんなやらないんですよね。あと、僕が面接でよく聞くのは「今日の面接のために、どんな努力をしてきましたか?」という質問。

例えば、サイボウズさんであれば、会社の製品に関する評判とかクレームとか、ネットで調べればすぐ出てきます。それを紹介しながら、「私ならこのユーザーのクレームになってる事象をこのように解決できますよ」と仮説を語ってみるとか。でもあんまりこのように調べて来る人っていないんですよ。

一歩踏み出して情報を集める努力ですね。誰でもできることですからね。

リサーチした上で鋭いことを言えるのが最強ですが、そもそも公開情報で分かる概要の情報を見てすらいないのは甘すぎると思います。とくに新卒の学生は、浅いリサーチで30~40社受けて、どこでも同じような自己アピールをしてしまったり。

それだったら3~5社に絞り込んで、「御社のここがダメなんです」「こうしたほうがいいですよ」と仮説をぶつけるくらいのマインドで行くのが、正しい面接のスタイルですよ。

どこかでマインドチェンジしないといけないですね。田端さんはもともとそういう性格だったんですか?

学生の頃からウェブサイトの制作でお金を稼いでいたので、別に就職しなくてもいいやと思いながら面接を受けていたんです。

だから求人ページを見て「これ、制作費いくらかかってます? 100万円? それ高いですよ」とか言って。

「僕が作りますよ」って?

そうそう(笑)。「Flashで音楽が流れるけど、何の意味があるんですか?」と。それで案外通るんですよ。逆にダメなのは、会社をほめるやつ。

うわべだけじゃ、ダメですよね。

面接も営業ですから、「私が入れば、あなたの会社の悪いところを改善できる」って言うべきなんです。
真面目な人ほど「土俵は与えられるものだ」と思っている

いま社畜のように働いている人は、どこから変えればいいんでしょうか?

自分が何に優先順位に置いているのか、何が嫌で、何を守りたいのか。これを考える必要があると思います。

転勤が嫌な人もいれば、全然OKっていう人もいますしね。「好きなもの・嫌いなものリスト」を作ると、見えてくるかもしれませんね。

それが今の会社で得られるものだったら続けてもいいし、得られなさそうだったら転職したほうがいい。


会社に勤めるのは、自分が幸せに生きるための手段でしかないんですよ。

それなのに「年収いくら欲しいの?」と新卒の面接を受けにきた学生に聞くと、急にみんな「うーん」って表情になる。

漠然と考えてはいるけど、具体的にイメージができていない、と。

例えば、僕が考える理想的な答えは、

「サーフィンが大好きで、千葉の九十九里の海沿いに住みたい。生活費は手取りで月15万円あれば十分です。そのかわり、波がいい日は休ませてください」。

そう言われると、この人は人生で何を優先したいかがはっきりしているじゃないですか。

みんな、なんとなく「人気ランキング上位の会社に入れば幸せになれる」と思っているんじゃないかな。


入社しても、会社が求めるものと合っていないケースもありますよね。

そうですね。ミスユニバース日本代表の女性と結婚したからといって、すべての男性が幸せになれるとは限らない。

「美人じゃなくてもいいから、料理上手がいい」とか、はっきりさせたほうがいい。

それ、日本人は意外とやっていないかもしれませんね。

まじめで優秀な人ほど、「土俵は与えられるもの、自分で選ぶのは身勝手だ」と思っている。

何が欲しいのかを明確にできないと、マッチングもできないですよね。
(第2回へ続く)

文:村中貴士/編集:松尾奈々絵(ノオト)/撮影:栃久保誠/企画:小原弓佳

(記事引用)


















マイクロソフトはなぜスマホ時代の敗者となったのか、
元アスキー西和彦が語る
ダイヤモンド2018.7.17 
西 和彦:東京大学工学系研究科IoTメディアラボラトリー ディレクター

 ビル・ゲイツとWindowsを開発、その後、袂を分かって日本に帰国し「アスキー」の社長になった西和彦氏。現在は、東京大学でIoTに関する研究者として活躍している。日本のIT業界を牽引したと言っても過言ではない西氏に、まずはWindowsの開発について語ってもらった。
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自叙伝をまとめて改めて思う
15年刻みで転機迎えた私の人生

 2016年、松の内が明けると同時に、私は、「自叙伝」の執筆を始めた。そんな気になったのは、2月に60歳を迎えることに加え、マイクロソフトのビル・ゲイツと共にMS-DOSやWindowsの開発に没頭した過去のいきさつなどについて、書き残しておくことが重要だと思っていたからだ。そして、パソコンやインターネットの創生期から関わってきた者として、これからの未来についても考えを記しておく責任があると考えていたこともある。

 自伝をまとめてみて改めて確認できたのは、私の人生は「15年刻み」で転機を迎えていることだった。今、62歳だから、結局、私の人生は四つの“時代”で成り立っていたことになる。

 最初の15年は、「電気少年」の時代だ。物心ついた頃から、プラモデルやラジオの製作、アマチュア無線などに夢中になった。身の回りにあるものは、何でも分解して中身を確認しないと気が済まなかったほどだ。初めてコンピュータに触れたのは1972年、16歳の時だった。

 二つ目の15年は、大学在学中にパソコン雑誌(当時はマイコンと呼ばれていた)を創刊したことから始まり、米国では同世代のビル・ゲイツという若者がWindowsの開発を進めていることを知って、その開発に参画すると共に、Windowsベースの日本語版のパソコンOSの開発を進めていた時代だ。大学生から30歳くらいまでの頃だ。

 80年代初頭だったこの頃、私は日本と米国を毎月2往復するような生活を続けていた。今でこそ、海外を飛び回るビジネスマンは当たり前になったが、当時は、海外赴任を命じられたら数年は帰国できないような時代。そんな頃に、日米を頻繁に往復する生活は特異なもので、それだけパソコン革命の胎動に並々ならぬエネルギーを感じていたのだ。

 三つ目の15年は、半導体開発をめぐる方針の違いからビル・ゲイツと袂を分かち、日本に帰国してアスキーの社長に就任した時代だ。株式公開の喜び、バブルの熱狂、そしてリストラの苦しみなど、良くも悪くも会社経営のすべてを体験した時代だ。結果的にアスキーをCSKに売り、私自身もアスキーを去る。それが2002年のことだ。

 四つ目の15年は、教育者、研究者の時代だ。アスキーの仕事から身を退く前から大学で講師をしたり、1999年には博士号を取得したりするなど、研究に目が向き始めていた。アスキーのすべての役職を退いて以降は、マサチューセッツ工科大学(MIT)の客員教授に就任したのを皮切りに、祖母が創立した須磨学園(神戸)の学園長と、尚美学園大学の教授を兼務する生活が続いてた。

 2017年には、東京大学工学系研究科の「IoTメディアラボラトリーディレクター」に就任。学部生や院生に「設計工学」や「産業総論」を共同で教える一方、インターネットを軸としたクラウドとIoT、つまり「ポストスマホ」時代のIT技術を研究している。具体的には、16Kカメラやディスプレイ、次世代の光ディスク、次世代FM音源チップの開発などだ。

 と、これまでの人生を振り返ったところで、まず語っておかなければならないのが「Windowsの蹉跌」についてだろう。

スマホにフルスペックWindowsなら
競争の風景は変わっていた
 東大でこうしたテーマに取り組んでいる背景には、ITのパラダイムシフトの中で、マイクロソフトもビルも、そして私自身も「負けた」という意識があるからだ。

 マイクロソフトはWindowsに磨きをかけていく過程で、必然的にCPUやメモリーといったハードウエアの問題に直面した。簡単に言えば、自らが作ったOSを動かすためのハードを自ら用意すべきなのか、それとも他社に委ねるのかという問題だ。
 当時、私はマイクロソフトで、OSの受け皿となるパソコンの開発を担っていたから、必然的に自社開発を主張したのだが、ビル・ゲイツは最終的にハードウエアは他社に委ねることにし、ソフト開発に特化することにした。この戦略によりマイクロソフトは、半導体の景気サイクルに巻き込まれることもなく、ソフト開発で莫大な収益を獲得していく。

 Windowsが果たした偉大な功績は、改めて紹介するまでもないだろう。パソコンは、1992年頃から世に出始め、マイクロソフトが1995年に発売したWindows95を契機に劇的に普及する。また、業務用ソフトとしても発展を続け、ビジネスオペレーションのインフラにもなっていった。

 そんな巨人が、初めてうろたえるほどの衝撃を受けたのが、スマートフォンの登場だった。

 マイクロソフトも、「Windowsモバイル」というスマホを開発した。このOS自体は、「iOS」や「アンドロイド」に決して負けない優れたOSだった。しかし、最大の戦略ミスは、Windowsのフルスペックをスマホに移植しなかったことだ。スマホでWindowsが動く世界、言い換えればWindowsがプラットホームとなるスマホを創らなかった。それが最大の敗因になった。

 スマホでWindowsがフルで動かせたならば、絶対にWindowsが勝者になっていただろう。なぜならば、日常の暮らしや仕事で使っているOSが、そのままスマホというユビキタスなツールでも使えるからだ。

 しかし、マイクロソフトにその発想はなかった。「スマホにはスマホのOSが必要だ」と考えたのだ。フルスペックWindowsのスマホへの移植に挑戦していれば、今の状況は大きく変わっていたはずだ。

 こうしたマイクロソフトの戦略ミスを誘引したのはインテルだ、というのが私の見立てだ。

 皆さんご存じの通り、マイクロソフトとインテルは、“ウィンテル”と呼ばれるコンビで躍進を続けてきた。「卵が先かニワトリが先か」ではないが、Windowsの機能向上にCPUの機能向上が呼応し、CPUの機能向上にWindowsの機能向上が呼応した。

「複雑な作業をとにかく早く」がウィンテルの基本思想だが、スマホにそれほどの機能はいらない。むしろローパワーな機能で十分だった。インテルにとっては“うまみ”がないが、もしマイクロソフトが彼らにローパワーなCPUを作らせていたら、戦いは変わっていただろう。
スティーブ・バルマーの辞任で

スマホ戦略に幕引き
 マイクロソフトのスマホOS戦略は、CEOだったスティーブ・バルマーの実質的な引責辞任という形で幕を閉じる。

 スティーブの辞任については、ちょっとした裏話がある。ビルは、その前からスティーブを辞めさせる時期を模索し続けていたのではないか。その絶好の機会となったのが、スマホOSの覇権をめぐる中でスティーブが手掛けた、ノキアの買収と失敗だった。

 スティーブは、ビルの後を受け2000年にCEOに就任した。当時は、Windowsが覇権をさらに拡大させようとしていたと同時に、静かに“ポストWindows”とでも言うべき新たなITの主役が模索されていた時代でもあった。

 スティーブは、Windowsの覇権拡大については、辣腕営業マンとしての力量をいかんなく発揮していた。しかし後者の、次なるIT世界の主役の模索と開拓については、まったくと言っていいほど成果を出せていなかった。その象徴が、ゲーム用機器「Xbox」への多額投資の決断と挫折だろう。ただスティーブは、自分の失敗でも人のせいにするところがあり、言い方は妙だがなかなか汚点を残さなかった。

 ノキアの買収が持ち上がったときだ。私は「そもそも、失敗するつもりで買ったら犯罪だけど、ノキアを買って失敗してもマイクロソフトが揺らぐことはない。ならば買ったらいいんじゃない」と思った。

 これはあくまでも私の推測だが、このときにビルには、「ノキアを買収してもスマホ分野で勝ち名乗りを上げるのは難しい。だが、ノキア買収に失敗すれば、その責任を取らせる形でスティーブを平和に辞めさせることができる」というシナリがすでにあったのではないだろうか。つまり、ノキアに投じた金は、スティーブ・バルマーを辞めさせるための“工作資金”的な色合いを備えていたと思えて仕方がないのだ。

 寄り道になるが、一つ思い出話を書けば、私はビルがスティーブを雇う現場に立ち会っていた。
1980年夏のことだ。私と妻、そしてビルとその彼女ら6人は、カリブ海でヨットクルーズを楽しんでいた。そこで話題に出たのが、ビルに参謀役をつける時期が来たのではないかということだった。

 私が、「ビルにもそろそろ男の秘書役がいるんじゃないの」と言ったらビルは、「東京に行くと、お偉いさんは皆、運転手つきのクルマに乗っているけれど、あれは贅沢だと思わないか」と反論する。

 そこで、「それは日本の常識であって、今、言っていることは話が違う。女性の秘書はすでにいるけれど、男の秘書は役割が違う。君の分身として動く人物だ。メールを送っても返事が遅いし、電話もつながらない。そんな状態は、今後、ビジネスが拡大していく中で会社のリスクになっていくのではないか」と言った。

 ビルが納得したようなので、「誰かいないか」と聞くと、「スティーブがいい」という話になった。

 スティーブは、ハーバード時代にビルと学生寮で同じ部屋に住んでおり、第2優等で卒業した秀才だった。学校を出た後はP&Gに勤め、当時はMBAを取得するためにスタンフォードの経営大学院に学んでいた。

 カリブ海のヨットから、スティーブに無線経由で電話をかけた。「年俸5万ドルでマイクロソフトに来ないか」。当時の無線電話は、秘話システムなどないから話の内容はダダ漏れだったろう。と言っても、マイクロソフトという会社名など、一般の人はまだ誰も知らない頃のことだから、なんら問題はなかった。

「コンピューターはメディアである」
具現化で決まるIT世界の栄枯盛衰
 
 結局、ビルも私も、パソコンやネット、デジタルメディアの分野ではそれなりの仕事を残せたものの、スマホでは仕事らしい仕事はなにもしていない、いや、できなかった。それは、われわれにとって蹉跌であった。

 だからこそIoTやクラウドでは、結果を残したいと頑張っているのだが、基本的な考えは、初期の頃と何ら変わっていない。「コンピューターはメディアになる」という認識だ。

 私が仲間と『月刊ASCII(アスキー)』を創刊したのは1977年のこと。その創刊号のコラムで、私は「コンピューターはメディアになる」と書いた。その意味するところは、コンピューターはまず数字を扱い、次に文字を扱うようになり、そして写真やグラフィックスを扱うようになる。そこでとりあえずの成熟を迎え、そこからさらにオーディオ編集やビデオ編集などの世界が始まってくるというものだった。
なぜそんな認識を持ったかといえば、私がアマチュア無線をやっていたからだ。無線そのものは、音声や電信での通信を楽しむものだが、実はアマチュアでも電波を利用して音声映像を送受信したり(つまりテレビだ)、テレタイプをやったり、ファックスのような送受信を行うなど「上級者ならではの」楽しみ方があった。

 無線家にとって、コンピューターは通信機に他ならなかったし、ならば通信機と同様に数字や音声、映像などさまざまなメディアを展開できると考えるのはすごく自然な発想だったのだ。

 メディアとは、具体的には「情報を運ぶ」「情報を売る」「情報に広告を載せる」という三つの要因で成立している。従前は、運ぶを郵便や電話が担い、売るを新聞や雑誌が担い、広告を載せることはテレビが担うという形で、事業として成立させてきた。

 それぞれ個別の事業が、IT革命でどんな変容を迫られているかは、次回で詳しく述べてみようと思うが、いずれにしもスマホというツールが、メディアとしてどのような機能を発揮するかについて私は具体的な認識を持たず、技術的にもソフト的にも具体的な関わりを持つことができなかった。これは非常に悔しい。

 15年周期の第4時代である45歳以降は、研究者や教育者として生き、成果物も少なくなかった。マイクロプロセッサー「ネクスジェン686」、日本初のメディアセンター、世界初の64ビットパソコン、日本最速スーパーパソコンクラスターなど、自慢できる成果はあるのが、主流となるスマホに関わっていくものではなかった。

 ネットを軸にしたIoTとクラウドの新しいIT世界は、私が取り組んできたことを存分に活かせる場でもある。コンピューターはメディアとなる、という基本認識をどのように拡張していけるか、また流れに重ねていけるか。それが具体的にどのような形で展開されるか。次回は、その展開のアイデアについて既存メディアの変容などを踏まえつつ述べてみたいと思う。

*次回は7月30日(月)公開予定です。

(記事引用)


「ジョブズの再来」ともてはやされた女性起業家の虚構を暴く あのマードックも騙された   - 森川聡一 
WEDGE Infinity2018年07月13日 15:38
実用化できていなかった技術
 名門スタンフォード大学を中退し19歳の若さで血液検査ベンチャー、セラノスを起業したエリザベス・ホームズは、大学の教授や大物政治家、有名ベンチャーキャピタリスト、大企業トップたちを次々と味方につける。若くて美貌と知性を兼ね備えたエリザベスは、アップルのスティーブ・ジョブズの再来ともてはやされ、テレビや雑誌などマスメディアがこぞってとりあげスターダムにのしあがる。

 しかし、一滴の血液からいろんな検査をするという肝心の新技術は実はエリザベスの夢に過ぎず実用化できていなかった。世界を変える革新的なスタートアップとしてセラノスと、そのCEOであるエリザベスを世間がもてはやすなか、2015年10月にその虚像を暴くスクープ記事を掲載したのが米経済紙ウォールストリート・ジャーナルだった。その調査報道を手掛けた同紙の記者が上梓したのが本書だ。

 セラノス側は資金力を盾に全米ナンバーワンの弁護士を雇い、取材を続けるウォール紙に圧力をかけると同時に、記者の取材に応じているらしい元従業員らにも脅迫まがいの手法を使い口を封じようとする。しかし、ウォール紙が報道した後、セラノスは当局から血液検査業務の免許を取り消された。2018年3月には、アメリカのSEC(証券取引委員会)から、投資家をだましたとして提訴された。さらに、同年6月には検察当局がエリザベス・ホームズらを刑事訴追した。
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 アメリカ経済の革新性の象徴であるシリコンバレーで発生した詐欺事件で、世間を騒がせただけに、硬派の内容ながら本書は6月10日付のニューヨーク・タイムズ紙の週刊ベストセラーリスト(単行本ノンフィクション部門)で10位で初登場した。ランクイン4週目となった7月15日付リストでも8位につけた。いまや、多くの日本企業もイノベーションの種をもとめてシリコンバレーのスタートアップへお金を投じている。うますぎる話に騙されないよう、日本の経営者やビジネスパーソンたちこそ本書を手にとるべきかもしれない。


『Bad Blood』 (John Carreyrou,Knopf

各界の大物を味方につけたエリザベス
 セラノスを創業して間もなく、CEOのエリザベス・ホームズは600万ドルの資金調達に成功する。最初に、世界的に有名なベンチャー・キャピタリストであるティム・ドレイパーから1000万ドルの出資をとりつけたことが追い風となった。人脈や口コミを重視するシリコンバレーでは、有名な投資家を引き込むことで会社にはくがつく。ところが、エリザベスは幼いころドレイパーと家が近所で、その娘と友達だった縁を利用しただけだった。

 エリザベスはさらに、ドナルド・ルーカスという古参のベンチャー・キャピタリストからも出資を仰ぎ取締役にも就任してもらう。エリザベスは父親が政府系機関で働いていたときの人脈もたどり、元国務長官のジョージ・シュルツやヘンリー・キッシンジャー、今ではトランプ政権で国防長官を務めるジェームズ・マチスまで、セラノスの取締役会のメンバーに据える。ほかにも、大手銀行の元CEOや元国防長官のウィリアム・ペリーといった政財界の大物たちがセラノスの取締役に就いた。いずれも高齢で社会的な名声を確立した大物で、バイオテクノロジーの専門知識はない。才気あふれる若き美貌のCEOの魅力にほだされたといったところだろう。

 大手ドラッグストアのウォルグリーンのCEOら大手企業の経営者もエリザベスを崇拝し業務提携のために多額の資金を投じる。ウォルグリーンの社内では、話題先行で実証データを示さないセラノスの対応に疑問を持ち提携に反対する声も出た。しかし、経営トップがエリザベスを気に入り慎重論に耳を全く傾けなかったという。

 各界の大物を取り巻きとして味方につけながら、エリザベスの野望だけは大きくなる。起業家として成功することを夢見てきたエリザベスは当然ながら、スティーブ・ジョブズを崇拝しており、自身も黒のタートルネックを日ごろ着るようになりジョブズの真似をすることが多くなった。2011年11月にジョブズがなくなった直後のエリザベスの言動に関する、セラノスの従業員グレッグの次の証言は滑稽であると同時に、そうした単純な思考のCEOが率いるスタートアップが多額の資金を集めた現実に唖然とさせられる。

 A month or two after Jobs’s death, some of Greg’s colleagues in the engineering department began to notice that Elizabeth was borrowing behaviors and management techniques described in Walter Isaacson’s biography of the late Apple founder. They were all reading the book too and could pinpoint which chapter she was on based on which period of Jobs’s career she was impersonating.

 「ジョブズの死後、一カ月か二カ月たった後、グレッグのエンジニアリング部門の同僚たちは気づき始めた。エリザベスが、ウォルター・アイザックソンの手によるアップル創業者の伝記に書かれている行動や経営手法を借りていることを。みなも同じその本を読んでいたので、エリザベスが真似しているのがジョブズのキャリアのどの時期のもので、本のどの章に出ていたかをピンポイントで分かった」

 自らをジョブズの再来と信じるエリザベスの独善的な振る舞いを助長し、反対意見を許さない企業文化の醸成に一役買ったのが、セラノスのナンバー2だった通称サニーで知られる元起業家の男だった。エリザベスより20歳以上も年上にもかかわらずサニーはエリザベスと恋愛関係にあったという。

 サニーは徹夜してでも働くことを従業員たちに求め、監視カメラで社員の出社や退社時刻を監視した。社員のメールでのやり取りにも目を光らせ、会社に対して批判的なことを言う人物は次々に解雇した。辞める人間には会社の内情を洩らさないよう守秘義務契約に改めて署名することを求め秘密主義を徹底した。

 一滴の血液だけでは実際には正確に検査できないことを訴えてきた誠実な社員たちも退職を余儀なくされていく。エリザベスが新技術を開発したと対外的に喧伝していたのとは裏腹に、開発中の製品では基礎的な血液検査もできず、セラノスはシーメンスなど他のメーカーの血液検査装置を使って検査をしていた。しかも、十分な検査体制を整備せず間違いだらけの検査結果を利用者たちに伝えていた。
 たった一滴の血液だけで病気を検査する、という自分たちのビジョンを信じるあまり、それを否定する人たちの意見を全く寄せ付けなかった。自分たちのことをイノベーションで世界を変えるカリスマ経営者だと信じこんでいたのだろうか。もちろん、真に革新的なことを成し遂げるにはそれなりの信念がいるだろう。それでも、次の指摘のように現実と夢の区別がつかないようではまさに喜劇だ。

 Part of the problem was that Elizabeth and Sunny seemed unable, or unwilling, to distinguish between a prototype and a finished product.

 「問題のひとつは、エリザベスとサニーは、試作品と完成品の違いを理解できない、あるいは理解しようとしないことだった」

脚光を浴びることで崩壊が速まった
 シリコンバレーでは、これまでは夢でしかなかったことをテクノロジーの力で実現するというサクセストリーには事欠かない。その神話の磁力から逃れるのはなかなか難しい。スーパーマーケット・チェーンのセーフウェイもセラノスの虚像に取りつかれた大企業のひとつだった。店舗の一部を改装して顧客が気軽に血液検査を受けるコーナーを開設し、セラノスの製品を使う業務提携を結んでいた。計画は遅れに遅れ、セラノスとの提携を主導したセーフウェイのCEOは業績低迷の責任をとってついに退任させられる。それでも、セーフウェイは提携解消には消極的だったという。

 What if the Theranos technology did turn out to be game-changing? It might spend the next decade regretting passing up on it. The fear of missing out was a powerful deterrent.

 「もし、セラノスのテクノロジーが本当に物凄いものだとなったら、どうなる? セーフウェイは今後10年、それを見過ごしたことを後悔することになりかねない。チャンスを見逃すことになるかもしれないという恐れが、決断を鈍らせる大きな障害となった」

 シリコンバレーのスタートアップへの投資は、いま目の前にあるものへの投資ではなく、未来に大きな革新を起こすというまさに期待への投資だ。今の時点で具体的な成果がなくても、5年後、10年後に業界そのものの構造を変えてしまうイノベーションの芽があるかもしれない。だから、日本の企業も多額の資金をベンチャー企業に投じ始めている。将来への期待値が投資判断に影響するだけに目利きするのはかなり難しい。ましてや、セラノスのように、有名な投資家が株主に名を連ね、おまけに政財界の大物たちが取締役会にも名を連ねている場合、簡単に騙されてしまう経営者が出るのは想像に難くない。 

 セラノスがマスメディアで名声を築く過程では、セラノスの取締役だった元国務長官のジョージ・シュルツの果した役割が大きかった。シュルツは90歳を超える高齢にもかかわらず保守派の論客として一目おかれており、ウォールストリート・ジャーナルの論説委員会と太いパイプをもっていた。そのおかげで、ウォール紙にセラノスCEOであるエリザベス・ホームズのインタビュー記事が大きく掲載される。これがきっかけとなり2014年6月に、経済雑誌フォーチュンがエリザベスをカバーストーリーで取り上げ、エリザベスは一気に時代の寵児となる。新聞や雑誌などさまざまな媒体が競ってエリザベスを持ち上げテレビ出演も相次いだ。

 世間で脚光を浴びたことが逆に、セラノスの崩壊を速めたのは皮肉だ。いろいろな記事やインタビューのなかで、エリザベスが自社の技術の素晴らしさを訴える一方で、実証データや学術論文での裏付けなどが一切ないことに疑問を持つ専門家が出てきたのだ。そして、ウォールストリート・ジャーナルの記者である本書の筆者が本格的な調査へと乗り出す。元従業員やセラノスの血液検査サービスを利用して誤った検査結果で迷惑した開業医や患者たちに取材を重ね、セラノスの虚構をあばく記事を15年秋に報じるにいたる。重要な内部情報を記者に提供した元従業員の一人が実は、セラノスの取締役を務めるジョージ・シュルツの孫だったというのも驚きだ。

 記者が真相に迫るにつれて、セラノスの大物弁護士からの取材源への干渉も目立ち始める。大物弁護士はセラノスの株式を報酬として受け取っておりセラノスを守ることに必死だ。なんとか記事の掲載を止めようとするセラノスの弁護士がウォール紙のオフィスに来訪し、記者や編集幹部らと長時間の押し問答をするなど、報道にいたるまでの手に汗握る展開も読ませる。

調査報道を大切にするアメリカの新聞社
 なお、前述の通り、主要メディアのなかで最初に大きくセラノスのことを好意的に取り上げたのはウォール紙そのものだった。最初の記事は論説委員会が扱ったものとはいえ、同じ新聞の別の記者がセラノスの虚構を暴く記事を書くことにウォール紙の社内では何も問題はなかったのだろうか。本書の筆者は次のように書き、その疑問に答えてくれている。

 I thought: my newspaper had played a role in Holmes's meteoric rise by being the first mainstream media organization to publicize her supposed achievements. It made for an awkward situation, but I wasn’t too worried about it. There was a firewall between the Journal’s editorial and newsroom staffs. If it turned out that I found some skeletons in Holmes’s closet, it wouldn’t be the first time the two sides of the paper had contradicted each other.

 「わたしは考えた。自分の新聞は、主要メディアのなかで最初にエリザベスの偉業を報じ、彼女を一気にスターダムにおしあげるのに一役買った。やっかいな状況ではあったが、わたしはその点について悩まなかった、ウォールストリート・ジャーナルの論説委員会と報道記者の間にはファイアーウォールがある。もし、自分がエリザベスのクローゼットのなかで骸骨を発見したとしても、ウォール紙の論説委員会と報道記者の見解が相違するのは初めてのことではない」

 つまり、調査報道に従事するニュース記者の独立性が守られているわけだ。実際、不幸にしてセラノスを好意的に最初に報じたウォール紙が、手のひらを返して批判記事を掲載した事実が、調査報道を大切にするアメリカの新聞社の姿勢を如実に物語る。

 そしてもうひとつ、報道の独立性めぐるエピソードを本書は明かす。ウォールストリート・ジャーナルの親会社ニューズ・コーポレーションを率いるルパート・マードックも実は、セラノスに対し個人で100億円を超える出資をしていたのだ。本書の筆者がちょうど取材を進めている最中にセラノスは新たな資金調達を進めており、知人から紹介されてエリザベスと知り合ったマードックは何も調べずにセラノスの株式を購入したのだ。

 ウォール紙の記者はマードック個人がセラノスに出資したことを知らなかった。しかも、エリザベスはマードックに何回か接触し、ウォール紙に調査報道の記事が出ないようにしてくれと頼んだ。しかし、マードックは報道には介入しないと繰り返し答えたという。メディア王として毀誉褒貶のあるマードックだが、報道の独立性を守るその姿勢には感銘した。

 さて、ウォール紙の報道をきっかけに、凋落の道をたどったセラノスの株式をマードックはどう処分したのか。エリザベスらを相手取り訴訟を起こす投資家が多くいたなか、マードックの対応は一味違った。

 One notable exception was Rupert Murdoch. The media mogul sold his stock back to Theranos for one dollar so he could claim a big tax write-off on his other earnings. With a fortune estimated at $12 billion, Murdoch could afford to lose more than $100 million on a bad investment.

 「注目すべき例外のひとつがルパート・マードックだった。メディア王は持ち株をセラノスに1ドルで売却することで、多額の損失を税務上の損金として他の収入と相殺できた。個人資産が推定で120億ドルにのぼるマードックだからこそ、1億ドルを超える投資損失にびくともしないのだった」

 シリコンバレー神話の危うさと、アメリカのジャーナリズムの健在ぶりを示す好著である。スタートアップ投資に熱をあげる日本の経営者にはぜひ読んでほしい。

(記事引用)






EVにまつわる数々の「うそ」 既存産業が保身のため拡散
フォーブス ジャパン2018年07月05日 11:30
石油業界と自動車業界では、電気自動車(EV)に関する誤った情報を流布する試みが露骨さを増している。その目的は、地球環境や人々に害を及ぼすとの認識が日々高まるビジネスモデルを守ることだ。この問題については、英紙ガーディアンや米CNBCテレビなどが報じている。
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こうした偽情報の中には、EVは従来型自動車よりも大きな汚染源であるとするものがあるが、この説はこれまで再三に渡り否定されてきた。多くの州や国では持続可能な発電への切り替えが進んでいる。仮に化石燃料から発電する場合でも、EVの使用によって都市部の大気汚染は大幅に改善できる。

ほかの虚偽情報としては、交通手段は真の問題ではなく、汚染の実際の原因は暖房や産業だとする主張がある。だが実際には、乗用車やトラックの排ガスは二酸化炭素排出量の3分の1以上を占めている。そのうちの多くが、私たちが住み働く場所で排出されており、排出量を少しでも減らせれば私たちの生活改善につながるだろう。

また、EVは高過ぎるとか、航続距離に不安が残るといった声もある。だが、EVの航続距離は伸び続けており、既に化石燃料車の航続距離に近づいたり、さらにはそれを超えていたりする場合もある。メルセデスによると、同社の次世代EVの航続距離は500kmに到達した。さらにテスラは、次世代ロードスターなどで約1000kmの航続距離を実現する予定だという。これらEVは一般向けではないかもしれないが、このトレンドは明らかだ。バッテリー性能の飛躍に伴い、EVの走行距離は伸びる一方なのだ。

バッテリーもまた、偽情報の標的となっている。バッテリーはリサイクル不可能な希少鉱物がなければ製造できない、という主張だ。まず、バッテリーはリサイクル可能だ。バッテリーの材料は完全に再利用可能であり、さらに一般的な認識とは異なり、使用や時間経過によって劣化はしない。厳密な研究の結果、バッテリーの劣化率は3万km毎に約1%と、内燃機関よりもかなり効率が良いことが示されている。

全てのEVを充電するのには発電能力が不足している、との偽情報を広め、恐怖を煽る者もいる。英国では、国内のエネルギー供給事業者団体によりこの主張が既に否定されている。同団体によると、メンバーとなっている事業者らは今後数年間に生産されるEV数百万台分を超える電力を供給できる見通しだという。

メンテナンス性はどうだろう。従来の内燃エンジンは、潤滑油や定期交換が必要な1万個以上の可動部品でできている。マイカー持ちなら誰しもが知るとおり、部品の交換は非常に高くつく。一方、一般的なEVの可動部品の数は18で、劣化率は低く、内燃エンジンと比べメンテナンスの必要性も圧倒的に少ない。

私たちは、ハイブリッド車を完全に飛び越え、EVへの移行を迅速かつ効率的に進める必要がある(ハイブリッド車は非効率的であり、その唯一の目的は、今すぐにでも販売が禁止されるべきである時代遅れのテクノロジーとなった内燃エンジンの延命だ)。これから自動車の購入を検討している人は、ディーゼル車、ガソリン車、ハイブリッド車は忘れ、EVを選ぶべきだ。

スペインなどの国々では、自動車業界が今も”技術中立性”という虚構に基づく主張を持ち出しているが、その実態は中立的なものとは到底言えない。実際は極めて長い移行期間を作り出すことにより、既に倫理的にも企業の社会的責任の面からもすべての限界を超えている旧来の産業を守ろうとしているだけだ。

交通の未来については、うわさや半分だけの真実、あからさまなうそではなく、事実に基づいた議論をしようではないか。

EV(電気自動車)は本当にエコカーか
大西宏 2017年12月11日 11:50
世界各国がEV(電気自動車)ポピュリズムとでも言うのでしょうか、遅れてはならじと、つぎつぎに、ガソリン車やディーゼル車を規制し、EVへ切り替える政策が発表されてきています。ドイツはディーゼル車の排ガス不正で次世代の自動車市場をリードする技術を失ったためにEVで再び技術優位を生みだそうという思惑、中国は、ガソリン車やディーゼル車では、とうていドイツや日本には追いつけないため、EVにシフトし、国内産業に競争力をもたせようという思惑などもからみ、なにかEVは国策合戦の様相を帯びてきました。

(記事冒頭引用)














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