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『二つの川の間』という意味のメソポタミア(現在のシリアやイラクの地方)の神話である。紀元前3千年頃のシュメール文明で生まれたシュメール神話を起源とし、バビロニア王ハンムラビがアッシリアを制圧した紀元前1750年頃に成立した。その中には一部、旧約聖書の創世記モデルとなったような部分も存在する。(ウトナピシュティムの洪水物語がノアとノアの箱舟の大洪水物語の原型となったとする説もある)。この神話で有名な部分は天地創造や半神の英雄ギルガメシュの冒険などが挙げられる。(検索ウキペディア)

イスラエルの軍事費はどこから出ているのか
2009年01月16日 政治ブログ
イスラエル軍のガザ侵攻、国連の停戦決議も無視して継続されているようですが、この戦いは一体いつまで続くのでしょうか。イスラエルは1948年の建国以来、ほぼ途切れることなく60年間闘い続けています。かれらはどうやって戦費を調達しているのでしょうか。イスラエルの軍事費について調べてみました。
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■軍事費の割りに、以外と小さな国イスラエル
イスラエルの軍事費は125億ドルでGDPの9.7%もあります。軍事大国のアメリカでGDP費4.1%、日本は1%、世界平均が2.2%ですから、その突出ぶりは目立ちます。
イスラエルの国は以外と小さなものです。面積は2.2万平方kmで日本の四国程度、人口は約700万人で日本の17分の1。しかし2006年のGDPは1378億ドルで、日本の4400億ドルの約3分の1もあります。イスラエルの産業を支えているのが、ダイヤモンドとIT産業です。

■昔からユダヤ人が独占するダイヤモンド
ダイヤモンドは古くからユダヤ人が独占してきた産業です。ダイヤモンド取引の歴史をまとめたサイトがありましたので要約して引用します。
ダイヤモンド産業とデビアス社

現在もその取引の殆どをユダヤ人系の企業であるデビアス社が支配しています。イスラエルは建国以来、ユダヤ人ネットワークを通じてダイヤモンドの研磨と販売に力を入れてきました。
そして1980年にはダイヤモンドの輸出額が 14億 900万ドルとイスラエルの輸出の4分の1をしめるまでになります。しかし、イスラエルとデビアス社がダイヤモンド市場の覇権を巡って対立することになります。
現在では、原石の買い付けはデビアス社、研磨加工はイスラエルという住み分けが進んでイスラエルのダイヤモンド産業も以前の活況を呈するようになってきています。

■世界有数のIT産業
次に、近年のイスラエルの産業を支えているのが、IT産業です。紹介記事を抜粋します。
イスラエル、ハイテク産業の強さの秘密を探る!

軍事技術が、イスラエルのハイテク産業に大きな変化をもたらしたことも注目したい。独自で開発した数々の暗号技術や、データ圧縮技術、独特のアルゴリズムの発想などは、軍での経験が生んだといっても過言ではないだろう。
米ソ冷戦以降、旧ソ連からの大量の科学者の移民などの頭脳の流入はすさまじい。それを証拠にIT産業の主要なR&D(研究開発)ディビジョンがほとんどイスラエルに集結してきている。たとえば、ハイファには、マイクロソフト、インテル、IBMが軒を連ね、ヘリツィスでは、サイテックスを古参として、インターネット、マルチメディア関連のスタートアップカンパニーが200社を越える勢いで生息している。あのWindowsNTやペンティアムがこのハイファでデザインされたことはあまり知られていない。
またイスラエル政府が、ハイテク、IT産業を最も重要な輸出産業として捉え、政府みずからベンチャーキャピタル的な投資に積極的である点にも注目したい。

■イスラエル・ロビーと米国の外交政策
ユダヤ人の歴史とユダヤ人の世界的なネットワークを駆使し、そして、国家を挙げて主要な産業を支援することで、小さな国家でありながら高い収益構造を維持しています。しかし、これだけで60年間も戦争を継続できるはずもありません。イスラエルが戦争を続けられる最大の理由はアメリカの支援によるものです。
反ロスチャイルド同盟の資料室:イスラエル・ロビーと米国の外交政策から関連する部分を抜粋します。

1973年の10月戦争以後、米国政府は他国への援助を矮小化させるほどの水準の援助をイスラエルに供与してきた。その総額は2004年のドル換算で1400億ドルを越える。イスラエルは毎年約30億ドルの直接援助を受ける。
多くの軍事目的の被援助国はその全額を米国で支出することを必要とされるが、イスラエルは配分額の約25%を自国の軍需産業への補助金に使うことを許されている。
ユダヤ系米国人は米国の対外政策に影響力を行使するために多数の強力な組織を作り上げた。その中でもアメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)が最も強力で有名である。
ユダヤ系住民は全体の3% 未満の人口しかいないのだが、彼らは民主党と共和党の両方の候補者に多額の選挙献金を行う。ワシントンポスト紙は、民主党の大統領候補は選挙資金の60% をユダヤ系の支援者から得ているとかつて推計した。
イスラエルとイスラエル系圧力団体からの圧力は2003年3月のイラク攻撃を決定した唯一の要因ではないが、決定的に重要であった。この戦争は石油のための戦争と信じている米国人もいるが、その主張を支持する直接的な証拠はほとんどない。そうではなく、この戦争はおおかたのところ、イスラエルをより安全にしたいという欲望が動機であった。

■電話一本でアメリカ大統領を動かすイスラエルの首相
イラク攻撃もイスラエルロビーからの圧力でイスラエルのために行ったというのは、少し疑問も感じますが、今回の国連決議をアメリカが棄権したのも、イスラエルの首相が電話をかけた結果だと明言しています。
米の停戦決議賛成、10分前に阻止=ライス長官「恥かく」-イスラエル首相

1月13日19時23分配信
エルサレム13日時事】イスラエルのオルメルト首相は12日、パレスチナ自治区ガザでの即時停戦を求めた8日の国連安保理決議について、採決の10分前にブッシュ米大統領に電話をかけ、賛成しないよう要求していたことを明らかにした。これが奏功し、米国は棄権に回る方針に転換したという。ロイター通信などが伝えた。
 オルメルト首相は「ライス国務長官は自ら作成した決議案を棄権することになり、恥をかくことになった」と語った。

■世界のユダヤ人ネットワークが政治を動かしていることの証明
ユダヤ陰謀論を全くの捏造と考える人もいるようですが、イスラエルが60年間戦争をし続けることが出来るのは、世界に網を張るユダヤ人ネットワークと、そのロビー活動により世界の政界が大きな影響を受けていることの証だといえます。
世の中に流布している陰謀論の中身は捏造が多いかもしれませんが、ユダヤ人の世界的ネットワークが強い意思を持って、世界の政治経済に大きな影響を与えていることは間違いのない事実でしょう。
(記事引用)







ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正
 fujipon 2018年02月08日 10:46琥珀色の戯言
【読書感想】ロケット・ササキ
 佐々木正はシャープの技術担当専務である。カシオ計算機との激しい「電卓戦争」でシャープの陣頭指揮を執り、後に「電子工学の父」とも呼ばれた。電卓は当時、電子工学のあらゆる先端技術が詰め込まれた最先端のハイテク商品だった。
 1964年に早川電機(シャープの前身)が発売した世界初のオールトランジスタ電卓は、重さ25キログラムで価格は53万5000円。机の上を占拠する大きさで、自動車が1台買える値段だった。

 だが激しい開発競争の中で、電卓は劇的に小さく、安くなっていく。それを可能にしたのがLSIだ。軍需産業でしか使われていなかったLSIを「電卓に使う」と決めたのが佐々木である。
ダウンロード

 シャープは1969年に世界初のLSI電卓(9万9800円)を発売した。製品の重さはわずか1.4キログラム。わずか5年で重さは18分の1、価格は5分の1に減った。その後も電卓は進化を続け、1985年にはついに、胸ポケットに入る重さ11グラムのカード電卓(7800円)が発売された。凄まじい技術革新である。

 20年間に及ぶ「電卓戦争」は日本メーカーの独壇場だった。半導体を発明した米国も、電卓を発明した英国も、日本メーカーが仕掛ける激烈な小型・低価格化競争についていけず、続々と脱落した。電卓は日本が外貨を獲得する輸出産業としても、重要な役割を担った。

 今となっては、携帯電話の基本アプリの片隅にひっそりと入っている電卓が、日本のハイテク技術の最前線だった時代があったのです。

 僕も子供のころ、父親が買ってきた「電卓」(いまのiPadくらいの大きさ)に、いろんな数字を入れてみて、本当に複雑な計算が一瞬でできることに驚いた記憶があります。  

 佐々木さんは、京都大学工学部を卒業後、日本軍の施設で「殺人電波」を開発させられていたのです。
 実用化にむけて、人体実験が行われようとしていた直前に日本が降伏したとき、佐々木さんは「科学者として死なずに済んだ」と思ったそうです。

(ちなみに、この「殺人電波」と同じ技術が、のちに「電子レンジ」に応用されています)

 その後、さまざまな実績を築きながら川西機械製作所から神戸工業に移った佐々木さんだったのですが、48歳のときに、神戸工業の業績不振の責任をとる形で、母校の京大で研究者として生きる決心をしました。

 ところが、そこで「技術がわかる幹部」を求めていた早川電機の佐伯勉専務の熱心な誘いを受け、シャープの前身である早川電機へ入社することになったのです。

 あらためて考えてみれば、48歳になっての転身だったわけで、僕なども、まだまだ諦める年齢でもないのかなあ、なんて励まされるところもあるんですよね。  

 早川電機の開発陣は、苦心の末、1台53万5000円の「卓上計算機」をつくりあげます。しかしながら、その時点で、「自分たちの能力やこの会社の資金力では、これ以上は無理だ」と、燃え尽きた状態になっていたのです。

 佐々木と大阪市立大学教授の三戸左内が早川電機に入社したのはそんな時だった。三戸は笹尾の後任の研究室長になり、佐々木は浅田や鷲塚がいる産業機器事業部の事業部長になった。
(助かった)

 浅田は「地獄に仏」の思いで佐々木を迎えた。
 だが佐々木の第一声を聞いた浅田は、途端に不安になった。

 浅田や鷲塚が進めてきた電卓研究の資料を一通り読んだ佐々木は、開口一番、こう言ったのだ。
「浅田君、これ面白いね。この回路はいつかチップになって人間の脳に埋め込まれるかもしれないよ」

(この人は、本当に大丈夫か)
 地黒な浅田の顔が少し青ざめ、丸い目が一段と丸くなった。

(俺たちが死ぬ思いで小型化しても、まだ卓上を占拠している計算機が、たった一つのチップになる? それが人間の頭に入るだと?)
 突拍子もなさすぎて話にならない。宇宙人と話しているようだ。

 だが浅田と鷲塚が佐々木の部屋に入り浸るようになるのに、たいした時間はかからなかった。電卓の開発で何か問題に突き当たると、佐々木は必ず解を与えてくれるのだ。
「ああそれなら、三菱電機に頼みなさい。僕から電話をしておいてあげよう」

「それは(当時、世界最大の電機メーカーだった)RCAに聞くのが早い。向こうが朝になったら電話しよう」
 部屋に入って、課題を相談すると、その場で解決策が飛び出してくる。

 全ては人脈のなせる技だった。ベル研究所のショックレー、ブラッテン、バーディーンから始まったアメリカの人脈は半導体、エレクトロニクス業界全体に及んでいた。RCAの経営陣ともクリスマスカードをやり取りする仲。のちにインテルの経営者となるロバート・ノイス、ゴードン・ムーア、アンドリュー・グローブも友人だった。

 浅田たちが「今まで狭い研究室でひざを突き合わせて悩んできた俺たちは何だったのか」と嫌になるほど、佐々木の見識と人脈は広かった。

「いいかい、君たち。わからなければ聞けばいい。持っていなければ借りればいい。逆に聞かれたら教えるべきだし、持っているものは与えるべきだ。人間、一人でできることなど高が知れている。技術の世界はみんなで共に創る『共創』が肝心だ」

 佐々木が座右の銘とする「共創」の思想を披歴すると、浅田と鷲塚は「なるほど」と頷いた。浅田たちは尊敬を込め、佐々木のことを「ドクター」と呼ぶようになった。

 なんてカッコいい人なんだ……
 佐々木さんは、優秀な技術者、というだけではなく、その技術を世の中に活かすことを考えていたし、生き馬の目を抜くような技術開発の世界で、その懐の広さで、多くの人に信頼されていたのです。

 佐々木さんはその「人脈」を惜しげもなくシャープのために使っていきました。
 自分にできないことは、できる人の助けを借りればいい、その代わり、逆の立場になったときには、惜しみなくサポートする。

 そんな佐々木さんも、マイクロプロセッサー(MPU)の開発で、インテルの遅れをとってしまったことを、ずっと「痛恨の失敗」として語っておられたそうです。

 ベンチャー企業だったインテルの創業期に、佐々木さんが救いの手を差し伸べたこともあったのに。  

 海外に送るクリスマスカードは5000枚を超え、そのすべてに直筆のメッセージを添えた。

「取締役20人で接待費が年間に2000万円」という質実剛健のシャープにあって、佐々木が使う交際費は群を抜いていた。社長の佐伯をはるかに上回る交際費を、「使いすぎだ」と問題視する役員もいたが、佐伯は「ドクターだけはしゃあない」と目をつぶった。佐々木の人脈によって会社にもたらされる利益もまた桁違いだった。

 本当に「破格の人」だったのだなあ、と。
 そして、当時のシャープの佐伯社長も、「ドクター」の価値と動かし方をよく知っていたのです。

 ただし、佐々木さんに対する評価は、必ずしも好意的なものだけではありません。

 それは1970年のことだった。半導体の開発で行き詰まったサムスン電子の会長、李健熙(イ・ゴンヒ)が佐々木の下を訪れた。
「佐々木さん、助けてください」
 韓国帽を脱いだ李健熙は、プライドをかなぐり捨て、佐々木に半導体の技術指導を求めてきた。その時、佐々木の頭に浮かんだのは、終戦直後、発見したばかりのトランジスタを教えてくれたベル研究所のバーディーンの顔だった。

(日本人だってアメリカに教わってここまで来た。技術は会社のものでも国のものでもない。人類のものだ)
 シャープはサムスンと技術提携し、4ビットマイコンの製造技術を供与した。これがきっかけとなってサムスンの半導体事業は大躍進を遂げ、日本の半導体メーカーは壊滅的な打撃を受けた。サムスンに技術を渡した佐々木を、人々は「国賊」と呼んだ。

 だが佐々木は、自分が間違ったことをしたとは露ほども思っていない。

 たぶん、佐々木さんがその決断をしなくても、誰かが同じことをやっていた、あるいは、いつかは追いつかれていたのではないかとは思うのです。
 佐々木さんは、自分自身の利益のためにやったというよりは、自分の研究者としての信念を貫いたにすぎない。

 しかしながら、これが直接のきっかけになったことは事実ですし、人というのは「そういう時代」という解釈よりも、わかりやすい「犯人」を探してしまうものなのです。

 世界の技術者・研究者が、みんな佐々木さんのような人なら、人類は、もっと先に進めているのではなかろうか。
 でも、現実は、そんなに綺麗なものじゃない。

 世界にとっての正しさは、身内を不幸にするかもしれない。
 そんななかで、君たちは、どう生きるかのか?

 佐々木さんの人生は、読者に、そう問いかけてくるのです。

(記事引用)







仮想通貨、換金なら流出先特定も
ネム扱う国際団体、捜査協力へ
ジェイソン・リー氏
 【シンガポール共同】580億円相当の仮想通貨「NEM(ネム)」が取引所大手コインチェック(東京)から流出した問題で、ネムを扱う国際団体「ネム財団」の幹部が30日、共同通信の電話インタビューに応じ、問題のネムに「汚れたお金」と識別できる目印を付けたことを明らかにした。「換金されれば、特定できる可能性がある」と述べ、流出先の割り出しにつながるとの考えを示した。

 日本の捜査当局から要請があれば「財団側は全面的に協力する」と語ったが、換金されなければ特定が進まないことから、現状を「手詰まり状態だ」と指摘した。

(記事引用)

「whitehack.jk17」
コインチェック事件にからんで書いた一口コメント一覧
Twitter.Facebook~
早速読んでいただいでどうも~。
VALUにはさほど影響はないとおもわれますか、予断は許されません。
この騒動、自分が会員交流のなかで学んだ推理推測です。

仮想通貨もしくは新機軸としての金融決済方法は、このスタイルに移行するのは必然です。
その前に整理すべきがマネーロンダリングで、これを完全排除しないと前へ進まない。今回の事件でそれが明らかになった。
さらにはっきりしたのが、我々は多少の知恵は持っているが報道するメディア記者が、まったくこれらを理解していない、ということがわかった。社会が、このシステムを知ることが大事で、それを解説すべきメディア記者たち、猛省して勉学精進しないといけないとおもいます。
「JK17」が話題です。むかしのJFk映画みたいで、興味をそそる。意外や意外、早々に正体を晒して、追跡結果も明かし、なお飄々としているのがいい。自称オタクとしているが堀江氏対談を断っているくらいだから、オタクではない。たぶんステータスを明かせないのでそうしている。ということは今後もメディアにでないし、シャドウスタッフに徹する。ホントの刺客で肝心なところでブスッとやる。最近、そうしたタイプがいなくなったので余計に注目される。お願い、絶対でないで。

「JK17」が話題です。自称オタク・・・嘘でしょ。堀江氏対談を断ってるから。
誰だかブログで「JK17」映画つくれってさ。じゃオレ曲つくるよ、
ref_l「whitehack.jk17」タイトル、どうかな?















トルコの空爆で3000年前の神殿破壊 シリア北部
シリア北部アレッポ近郊にあるアインダラ神殿のライオン像とスフィンクス(2012年1月7日撮影)。
(c)Frederic Soreau / Photononstop
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 2018年1月29日 11時34分 AFPBB News
シリア北部アレッポ近郊にあるアインダラ神殿のライオン像とスフィンクス(2012年1月7日撮影)。(c)Frederic Soreau / Photononstop
【AFP=時事】トルコによるシリアのクルド人武装組織に対する軍事作戦が続くなか、3000年前に建造されたシリア北部の神殿がトルコによる空爆で破壊されたことが分かった。シリアの文化財保護当局と在英NGOのシリア人権監視団(Syrian Observatory for Human Rights)が明らかにした。

 破壊されたのは、鉄器時代のヒットタイト新王国のアインダラ(Ain Dara)神殿。紀元前1300年から紀元前700年ごろにさかのぼり、現在、クルド人勢力が支配するアフリン(Afrin)地域にある村にちなんで名づけられた>
(記事引用)

不毛な不倫記事・・・
2018年01月29日 09:15
なぜ人々はヤフコメだと上から目線なのか
著名人の不倫が報じられると、ヤフーニュースのコメント欄(ヤフコメ)には、激怒する書き込みが相次ぐ。なぜそこまで“上から目線”で怒るのか。情報社会学者の塚越健司氏は「ネットの普及によって、目の前の自分に向き合うことより、何かの立場から社会を論じているほうが、心理的満足感が得られるようになったからだ」と指摘する――。

■なぜ人々は「芸能人の不倫」に怒るのか
2017年も芸能人の不倫や大相撲の問題などがワイドショーなどで特集された。多くの人にとって芸能人の問題も大相撲の問題も他人事であるにもかかわらず、なぜ人々は怒りを込め、問題を論じようとするのだろう。それだけ人々はニュースを「自分のこととして」共感したからかと言われれば、そうではないようにも思う。ではなぜ我々は自分と関係ない事件にあれほどまで怒るのだろう。この問題について考えたい。

英犯罪学者のジョック・ヤング(1942-2013)は2007年に著書『後期近代の眩暈』を出版している(翻訳は2008年出版)。SNSが本格的に普及する前に書かれた本だが、その後の社会を見通す上で示唆に富んでいる。

我々は社会問題を論じる際、排除されている人と富裕層などの包摂されている人々の二項対立で考えることが多い。しかしヤングによれば、問題はむしろ多くの人々が社会に包摂された多数派と思ってしまう点にあるという。以下ヤングの議論を概観しよう。

■「私も一発逆転できるかも」という思考回路
言うまでもなく日本社会に生きる多くの人々が不安に苛まれている。不況やグローバル化などによる年功序列制度の実質的な崩壊や、非正規雇用が増大化し、未来に向けた見通しが立てづらい世の中だ。金銭による労働者のインセンティブ=動機づけが困難な社会において、職場環境の向上など、新たなインセンティブ獲得のための試行錯誤が求められている。

他方、職業選択の自由や様々な価値の多様化によって、労働の自由も拡大している。職業においては「ユーチューバー」などが典型だが、芸能界とも異なる新しい労働形態が出現している。まだ人数は少ないが、社会的な成功を収めた人もいる。

こうした新たな成功パターンは、努力よりも発想が重視される。従来であれば成功は、専門技術を獲得する努力の対価だった。だが近年は「一見すると」自分でもできそうなことで成功しているように受け止められる。「発想があればユーチューバーで稼げる」と考える人は、一昔前に比べて増えているはずだ。

無論成功には発想だけでなく努力が不可欠だ(当然ユーチューバー等の人々が努力していないなどと考えているわけではない)。しかし「報酬の恣意性」とヤングが呼ぶように、どうすれば儲かるか、成功するかという道筋は複雑化し、そのため「私も一発逆転できるかも」という思考回路も増える。創造性はその性質故に、創造的であるための道筋を教えてはくれない。したがって現代社会は不安定化する一方、「夢(だけ)は無限に増殖する」中で一発逆転を夢みるという、期待と不安が同居した状況を呈している。

■自分も「セレブ」になれるかもしれない
セレブという言葉は欧米と日本で用いられ方が異なる概念だが、日本では単純化すれば概ね「成功した裕福な有名人」といった意味で語られる。付け加えるならば、セレブは有名であるだけでなく、エリートのように難しい言葉を使うこともない、常に私たちの身近な存在である。

上述の通り不安が常態化する一方、それを拭うかのように人々は突如セレブの仲間入りをするような「一発逆転」を夢みており、実際にそのような成功者を生み出すチャンスが存在する。さらに現代社会はSNSによって、セレブにでも直接意見を送り、時には本人から返答が返ってくることもある。

加えてテレビではセレブの生活が余すところなく放映されている。100年前の階級社会と異なり、セレブも一般人と同じような生活をしている姿が映し出され、セレブを身近に感じる一方、豪邸など成功者としての一面をのぞかせることから、人々は成功者に憧れと親近感を覚える。なぜなら、セレブは生まれながらのセレブだけでなく、自分ももしかしたらセレブ=celeblrity(名声)、つまり賞賛に値する有名人になれるかもしれない、と思わせてくれるからだ。

このことは、自分が現在生きている厳しい暮らしを忘れさせてくれるものであるが、それ故に一発逆転幻想を強化する側面もある。ヤングは米法学者ローレンス・フリードマン(1930-)の「金持ちや有名人のライフスタイルは大衆のアヘンである」という一節を引用する。インスタ映えするセレブの姿に慣れを抱く社会に、重くのしかかる一言だ。
■「視点の自由化」と「自分のモノ化」
不安と期待が入り乱れる日々の中でセレブと同じ目線を可能にする社会では、自らが社会に排除されていると思うより、むしろ社会の多数派でいると感じるほうが心理的な満足を得られる。つまり、心理的な防衛反応として、自らをセレブの目線に位置づけて論じようとすることが多くなるというわけだ。

これはセレブへの同化だけを意味しない。SNSやテレビをみれば、日々あらゆる意見があらゆる立場から発信されている。そこで、こうした意見の中から現在の自分が心理的に満足できる視点を自分の意見と重ね合わせれば、個人の心理的な視点に立てば「コスパがいい」。したがって、我々は常に自分にとって都合のいい立場から発信する「視点の自由化」を心理的に内包していると言えるだろう。

簡単にいえば、自分の立ち位置は一貫しないまま、ポジションによって意見が変わるユーザーが多いということだ。昨今はツイッターやヤフーニュースのコメント欄でこうした事例が散見される。不倫は悪いと激昂したかと思えば、同じユーザーがセクハラ発言を平気で投稿する。例えばあるアイドルファンは、運営の立場からファンを否定したかと思えば、アイドルの立場から運営を否定し、しかしアイドルがスキャンダルを起こせばファンの立場からアイドルを否定する。どの立場から発言するかによって、投稿内容が変化する好例であろう(SNSは発言の履歴が残るので、投稿内容を参照しやすい)。

■何かの立場から社会を論じることで心理的満足を得る
自分が社会的に強者でも弱者でも、都合のいいときに都合のいい立場から社会問題を論じることが可能な社会では、主に社会的強者の目線から問題を論じることが安心につながる。ヤングは、それ故に人々は本当に苦しんでいる弱者が発見されず、むしろ弱者が弱者をたたくことで、社会的連帯が困難になっているとも指摘している。日本で数多く生じている問題にも通底しているのではないか。

SNSが悪いというわけではないが、日本で発信される様々な怒りの背景には、上述の問題があるように思われる。怒っているというよりも、何かの立場から社会を論じることで心理的満足を得ようとする人が多くなっている、と捉えられる。

しかし「視点の自由化」は、都合の悪い他者を排除するというより、「自分が自分を排除する」、そうした心理的傾向の表れでもあるだろう。視点の自由化は、もともと自分が何をどう捉えているか、といった問いを発する前に他者の意見を採り入れてしまう。故に問題は、目の前の自分に向き合うことを放棄すること、あるいはそうでもしなければ生きていくことが困難な状況にあるのではないか。

他人をモノのように扱う人がよく批判される。だがより問題なのは「自分のモノ化」だ。怒りを表明しているようで、実は問題に関心があるのではなく、何かの立場に立つことで自らの不安を打ち消そうとする傾向が、あるのではないか。

自分のモノ化は根深い問題だ。他人の立場に立って考えることは重要だが、どういう意図で他人の立場に立つか、なぜそのような立場に立つのか。そうした自分自身の心理的問題と向き合うことなく他者の意見を内在化しているからだ。しかし、自分自身の心理に向き合うのは難しい。

■SNSでの「祭り」が企業の儲けになる時代
自分のモノ化の背景について付け加えておきたい。スマートフォンやSNSの普及に並行して「アテンション・エコノミー」という言葉が注目されている。SNSを通じて常に目の前でアテンション(注目)を集めるお祭りが行われることで、人々はスマホから離れられず脊髄反射的な反応を行うが、それも含めて企業の儲けになる、というものだ。

自分の考えを練ろうとしても、スマホの先が常に「お祭り状態」であれば、そこから身を引き離すのは難しい。目の前の他者の声に、自分の言葉がかき消されてしまう。逆に自分をモノ(対象)として扱い、どうすれば社会で成功できるかを考えれば、必然的に(悪しき)自己啓発などにたどり着き、自己そのものが操作の対象となってしまう。自己実現という旗印のもの、仕事や美容、健康など、さまざまな意味で自分を輝かせることが求められる社会の中で、我々は逆説的にも自分自身に関わることが最も困難な時代を生きている。

とはいえ、自分自身に関わるという問い自体も曖昧だ。人は自分自身について適切に理解できるほど賢くもなければ、意志が強い存在でもない。しかし少なくとも、スマホを含めた情報技術から距離を取るなど、意志の力ではなく、環境を整えることで心に余裕を持つことはできるだろう。そしてまた、情報技術を避けるだけでなく、技術を利用することで自己との関わりを刷新するような、そのような技術が求められている。

問われた問題は重く、また簡単な解決策があるわけでもないが、こうした問題設定を理解して2018年を生きていくべきではないだろうか。(情報社会学者 塚越 健司 写真=iStock.com)
(記事引用)



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"失われた二十行の復活" ギルガメシュ叙事詩、第五の書板からストーリーが復元される
<<  webry.info 作成日時 : 2015/10/08 00:10   >>
2011年にイラクの博物館が盗掘業者から買った粘土板の中から、ギルガメシュ叙事詩の第五の書板部分が見つかり、そこに今まで欠けていた行が残っていたというニュース。
original

報告書自体は2014年に出ていたようなのだが、あらためて内容を整理して再度発表したのが今回のニュースらしい。ちなみにギルガメッシュ叙事詩は今のところ見つかっている人類最古の叙事詩で、元々はシュメール語で語られていたものがバビロニア語、アッシリア語などに翻訳されて後世に伝わっていった。今回見つかっているものは新バビロニア時代(626-539 B.C.)のバージョン。(なので叙事詩の発祥はめちゃくちゃ古いが、見つかった粘土板自体はやや新しいめ、ということになる)

Lost 'Epic of Gilgamesh' Verse Depicts Cacophonous Abode of Gods
http://www.livescience.com/52372-new-tablet-gilgamesh-epic.html

報告書

Back to the Cedar Forest: The beginning and end of Tablet V of the Standard Babylonian Epic of Gilgameš
http://eprints.soas.ac.uk/18512/

買い戻した博物館はクルド人勢力のいる地帯となるSlemaniにある、Sulaymaniyah Museum(スレイマニア博物館)。

盗掘業者からまとめて買った80枚~90枚の粘土板の中に今回のものも入っていたという。不法取引に手を出していいの? という話もあるが、とにかくそうしなければ散逸していく遺物を守れない、という判断だったのだろう。そして今回の場合、その判断は正しかった。もしも博物館が買っていなければ、叙事詩の未知の行は失われたままになっていたかもしれない。

実際に展示されている現物の詳細な写真などは、別ソースにある。

The Newly Discovered Tablet V of the Epic of Gilgamesh
http://etc.ancient.eu/2015/09/24/giglamesh-enkidu-humbaba-cedar-forest-newest-discovered-tablet-v-epic/

意外と小さいなって思うかもしれない。そう、意外と小さいのだ。だからなのか業者から買うときのお値段が800$とかむちゃくちゃ安い。売るほうは価値分かって無かったんだろうなぁ(´・ω・`)

さて、今回発見された第五の書板だが、ストーリー前半のクライマックスとでもいうべきフンババ退治のまさにそのシーンが描かれている部分である。今まで欠損していて分からなかった部分が残っていたため、新たにストーリーが分かることになった。追加されているのはこの3点。

 ・フンババの住む杉の森に到着したシーンでの森の描写
 ・フンババとエンキドゥが昔なじみであったという描写
 ・フンババ退治後の神々の世界の動揺

これらがどこに当て嵌まるのかが良く分かるのが、以下の月本版。

ギルガメシュ叙事詩岩波書店 

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ギルガメシュ叙事詩 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

杉の森に到着したシーンでの欠損部分。
ここの大きく欠けている部分に入ると思われるのが、今回の粘土板に残っていた森で騒ぎ歌う多くの動物たち、豊かな緑の森の描写。

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エンキドゥとフンババの関係については、現存する欠損部分にすでに仄めかされているが、かけている部分に昔仲間だったというようなセリフが入るのだろうか。

昔からここは、初対面にしてはフンババの語り方が親しげで、「お前はよそもの(敵)とともに私の前に立つのか」と問いかけているあたりから元々仲間だったんじゃ? 的な説もあったが、今回の発見によりエンキドゥが若い頃フンババとともに過ごしていたことが明らかとなり、二人の関係が決定付けられた。

ちなみにエンキドゥはギルガメッシュを諌めるため神々が作り出したライバルだが、怪物フンババもまた、杉の森の守護者として神々の生み出した存在である。エンキドゥが若い頃フンババとともにいたといっても、幼馴染だったのか、同郷の仲間だったのか、同僚という意味なのかは取り方次第だろうが、フンババがわざわざ「お前を殺しても何も嬉しくない…」と言っているあたり、好意を抱いていたのだろう…
新発見により、このシーンのせつなさが一気に急上昇である。

(もうこのギルと二人がかりでフンババを退治するレリーフを冷静な目で見られない)
ちなみにギルガメッシュ叙事詩の訳本は他にもあるが、今回の発見に関して調べたいなら、この本がベストだと思う
。なぜかというと、他の訳本は底本が微妙に違うからだ。

ギルガメシュ叙事詩
岩波書店 

アソシエイト by ギルガメシュ叙事詩 の詳しい情報を見る / 

先に書いたようにギルガメシュ叙事詩は複数の言語で時代を越えて書き続けられている。なのでどの時代のものを中心として翻訳するかによって、若干ストーリーが変わってくる。また、全体のうち半分程度しか残っておらず、訳本では足りない部分を別々の粘土板から持ってきて継ぎ接ぎにしているため、訳者ごとに内容が少しずつ異なってくる。

月本訳の底本は、主にニネヴェ版(前二千年紀末期以降に使われたアッカド語=標準バビロニア語)に、後期バビロニア版(前七世紀以降、アケメネス朝ペルシャを経て前三世紀ごろまで)を足したものとなっている。とくに第五の書版の部分は今回新たに発見されたものと同じ後期バビロニア語から多く補われているため、話がスムーズに繋がるのだと思われる。

注目すべきはやはりエンキドゥとフンババの関係だろうか。

杉の森への出発前にウルクの長老たちが「森への道はエンキドゥがよく知ってる」と言ってるのだが、それはエンキドゥがもとは野人だからではなくて、かつて杉の森でフンババと一緒に暮らしてたからなんだろうなと。で、その昔の仲間を今の親友と一緒に倒しにいく展開なわけですよ。戦いの際にギルガメッシュはちょっとフンババにビビってるのにエンキドゥは余裕ぎみで助言とかしてるのも、昔なじみだから弱点とか色々知ってたからなんだろうなって、こう…もうね…

しかも倒したあとフンババは命乞いをするんだけど、エンキドゥはギルに「彼を撃ち殺せ」って言っちゃうし。
「二人のうちどちらかは死なねばならない」っていう神々の怒りもエンキドゥが引き受けて死んじゃうし。

蘇った物語は、現代でも十分通用する深い話なのであった。

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さて、気になるのは、そもそもこの粘土板がどこかから盗掘され、闇ルートで流されていたということである。
イラクは多国籍軍の攻撃によってフセインが失脚した後の政治的混乱の中、多くの博物館が略奪され、遺跡も盗掘を受けている。スレイマニア博物館も、その時に流出してしまった遺物の買戻しのために業者に接触していたようだ。つまり他にも、貴重な遺物が闇ルートに流されて消えてしまった可能性が高い。

今回は運よく博物館が買い入れたからいいようなものの、どこかへ消えてしまったか、永遠に失われてしまったものも多いのではないか。そう思うと、この発見を手放しで喜ぶことは出来ない。一体どれほどの遺物が闇に流れてしまったのか。あるいは、まだ流れているのか。

少しでも多くの遺物が、しかるべき場所に戻ってくるようにと思わずにいられない。


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ギルガメッシュ叙事詩を改めて読み比べしたらバビロニア語版だけおかしい気がして来た
http://55096962.at.webry.info/201510/article_11.html

仮面サイト画像 http://kowabana.jp/demons/78  

(記事引用)







バーニング社長・周防郁雄氏が初めて語る「芸能界と私」
あの「移籍騒動」からサザンのことまで
田崎 健太ノンフィクションライター
2016/11/30 メディア・マスコミエンタメ週刊現代
マスコミの前には決して姿を見せなかった重鎮が、週刊現代とノンフィクションライター・田崎健太氏の取材に口を開いた。彼の仕事と人生には、さまざまな噂話がつきまとう。2時間にわたって語った真相は、そのまま芸能界の「歴史」だった。
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「バーニング」の名の由来

芸能界に限らず、訳知り顔の「事情通」の話は疑ったほうがいい。

例えば、芸能界には「ドン」がおり、全てを仕切っていて、刃向かうことは出来ない――という類いだ。そういう人に限って、「ドン」には会ったことがなかったりする。

そうした噂話で常に名前が挙がるのが、バーニングプロダクション社長の周防郁雄(75歳)である。彼はどのような人物で、なぜ「ドン」と呼ばれるようになったのか。

そこで今回、バーニングプロダクションに質問状を送ると、会ってもいいと答えが返ってきた。週刊誌はもちろん、彼がメディアの取材に応じるのはほぼ初めてのことだ。

なぜぼくの取材を受けたのか。後述するが、それには理由があった。

彼は仕立てのいいグレーのスーツを着て、待ち合わせ場所の都内のホテルに現れた。その落ち着いた様は週末を利用して孫たちにご馳走するためホテルへやって来たという風情だった。彼は「こういうのは慣れていなくて緊張するね」と笑って呟くと席についた。

歴史を語る周防氏

周防がまず芸能界で働いたのは、新栄プロダクションという演歌専門のプロダクションだった。

新栄プロは、'58年に設立された、浪花節専門プロダクション「西川興行社」を前身としている。その後、浪曲師だった村田英雄が『無法松の一生』で演歌歌手としてデビューしたのに合わせて新栄プロと改名した。

「新栄の(西川幸男)社長の家に住み込んで、村田さん、バンドと一緒に年間100日ぐらいは地方をドサ回りしていました。マネージャーの下について仕事を覚えるわけです。給料も安かったですが、自分で車を運転して荷物を運んだり、サイン色紙を売ったり、とにかく何でもやった」

村田は、'61年11月発売の『王将』が100万枚を売り上げるヒットとなり、人気歌手の仲間入りをすることになった。さらに翌年には北島三郎がデビューし『なみだ船』で人気を博した。こうした歌手の面倒を見るのが周防の仕事だった。

その後、ホリプロダクションを経て、'71年10月にバーニングプロダクションを設立する。

「(当時、バーニングに所属していた歌手の)本郷直樹さんのデビュー曲『燃える恋人』からバーニングという名前を取ったという噂があるようですが、事実と違います。『燃える恋人』の発売のほうが後でした。藤圭子さんを担当していたあるディレクターの方が、バーニングという名前を考えてくださったんです」

TBSの音楽プロデューサー・渡辺正文を主人公とした、作家・なかにし礼の小説『世界は俺が回してる』に、当時の周防の姿が描かれている。

〈9月の初めには(※筆者注・ペドロ&カプリシャス『別れの朝』の)テスト盤ができあがった。「おい、周防、ちょっとこの曲聞いてみてくんないか」

音楽分室に来ていたバーニングプロダクション社長の周防をつかまえて正文は言った。バーニングプロの野路由紀子の『私が生まれて育ったところ』が(※筆者注・渡辺のプロデュースする音楽番組)『ロッテ歌のアルバム』の「今月の歌」になっているくらいだから、周防は正文を敬愛してやまない。

聞くなり、周防は、

「こんないい曲、めったにあるもんじゃないすよ。俺にも手伝わせてくださいよ。金なんかいらないから」〉

郷ひろみ「移籍」の真相

実際に、周防はバーニングプロダクション立ち上げ前後に『別れの朝』のプロモーションを無償で手伝っている。しかし、この時の経緯は、少し小説と違っている。

「渡辺さんがぼくに『別れの朝』を聞かせて、お前が(プロモーションを)やってくれ』と言った。

ぼくは、曲を聴いたときに『これは売れる』と直感しました。ただ、プロモーションには当然、少なからぬ経費が掛かる。すると渡辺さんは『お前はこの曲を売って、男になるんだ』と言う。

なるほどな、と思って、必死でお金を集めました。結果的に、大変な借金を作ってこの曲を売ることになりました。うちは1円も貰っていません。『男になりたい』という思いだけだったんです」

「男」とは、芸能界で認められる一人前の人間を意味する。芸能界の実力者を借金を作ってまで助けることは、この世界で仕事をしていく上でのいわば「通過儀礼」だった。

今回、周防が取材を受けたのは、そうした生き方を貫いてきたにもかかわらず、あまりに曲解、誤解されていることが我慢ならなかったから――特に、ぼくが送った質問のうち、少なくとも2点を明確に正しておきたいと考えたからだという。

ひとつ目は、「郷ひろみ」について、である。

郷ひろみは'72年1月、NHK大河ドラマ『新・平家物語』で平清盛の弟、経盛役で俳優デビュー、8月に『男の子女の子』で歌手デビューした。翌'73年には紅白歌合戦に出場している。ジャニーズ事務所社長のジャニー喜多川が手塩にかけて育てたタレントだった。

ところが――。

郷は'75年3月の契約終了をもってジャニーズ事務所からバーニングプロダクションに移籍した。バーニングにはすでに南沙織なども所属していたが、絶大な人気を誇る郷ひろみの加入が、成長の大きな弾みとなった。そのため、郷ひろみをジャニーズ事務所から周防が「強奪した」というのが定説となっている。

周防はこう明かした。

「郷ひろみが人気が出たあと、ジャニーさんとトラブルになったらしい。彼がどんな経緯で辞めたのかはよく知りませんが、ぼくは当時、松竹芸能とある大手プロダクションが彼のマネージメントを引き受けることになった、と耳にしたんです。

しかし、いろいろと調べてみたところ、どうもその情報は間違っていて、移籍先はまだ決まっていなかったらしい。ぼくとしても、郷ひろみはぜひうちでやりたい、という思いがありました」

メリー喜多川と話したこと

そこで、渡辺プロダクションの渡辺晋社長と、田辺エージェンシーの田邊昭知社長が仲介役となって、周防はジャニーズ事務所のメリー喜多川副社長と話し合うことになった。場所は渡辺の自宅だった。

「(渡辺の妻の)美佐さんに、メリーさんを呼んでもらいました。そこで『メリーさん、私に(郷ひろみを)やらせてください』と頼んだら『いいわよ』と言ってくれた。ですから、ぼくはジャニーズ事務所とは全く揉めていないんです」

周防は「この話をするのは、これが初めてです」と付け加えた。

同じ年には、演歌歌手の細川たかしもバーニングからデビューした。

「知り合いが『北海道のナイトクラブにすごく歌の上手い子がいるから、どうですか』という話を持ってきた。それで東京に来てもらい、スタジオで歌ってもらったんです。同席したレコード会社の人も彼の歌を気に入って、すぐにデビューさせましょうという話になった」

その翌々年には、高田みづえがデビュー。彼女を見つけたのは、日曜日の朝のテレビだった。

「『目ン無い千鳥』という昔の歌を、彼女がフジテレビの『君こそスターだ!』で歌っていたんです。それを聞いてぼくは飛び起きた。すぐフジの人に電話すると、『もう所属事務所は決まっている』と言うので、『譲ってくれませんか』と頼みに行った。そして(彼女の住んでいた)鹿児島まで行き、スカウトしたんですよ」

NEXT ▶︎ サザンとの本当の関係

小泉今日子の奇跡

バーニングプロダクションの地位を確固たるものにしたのは、小泉今日子の登場だった。彼女は'81年のオーディション番組『スター誕生!』で合格、翌年『私の16才』でデビューしている。

小泉について、周防は「売れる」という確信があったという。

「彼女は最初から、自分をどのように売っていくかを考えていましたね。もちろん曲は作曲家の先生に頼みますが、彼女は自分で詞を書くこともあった。また、彼女は偉ぶることなく幅広く誰とでもつき合える。人間的に素晴らしい女性ですよ」

ナベプロ、ホリプロなどの大手プロダクションと比べると、バーニングの所属タレントの数は少ない。にもかかわらず、芸能界で大きな力を持っているのは、バーニングが「音楽出版権」ビジネスに早くから目をつけたからだと言われている。

一例として挙げられるのが、サザンオールスターズの音楽出版権の一部をバーニング傘下のバーニングパブリッシャーズが保有していることだ。

音楽出版権とは、この連載でも度々触れてきたように、作詞作曲者から楽曲の権利を預かることを言う。

サザンオールスターズはご存じのように、'78年『勝手にシンドバッド』でデビューした国民的バンドである。サザンが所属しているプロダクションはアミューズ。同社は福山雅治をはじめ、100人を超える歌手・俳優が所属する大規模プロダクションだ。

アミューズと資本関係のないバーニングがサザンの音楽出版権を保有しているのは、周防が何らかの圧力を掛けたからではないか――と巷間囁かれてきた。

今回、周防が取材を受けたふたつ目の理由が、このサザンの音楽出版権についてだった。

「アミューズとぼくの関係をここではっきりとさせておきたい。ぼくはアミューズ設立、そしてサザンのデビューに深くかかわっているのです」

周防はこう切り出した。

「まず、(歌手の)吉田拓郎さんから人を通じて『広島に凄い子がいる』という話を聞いたんです。それで会いに行ったのが原田真二。彼はぼくにこう言いました。『周防さん、遠いところまで来ていただきありがとうございます。ひとつ、希望があります』。何かと訊ねると、『自分のための会社を作って欲しい』と。ぼくは彼を一目見て気に入った。そこで彼のためだけに、バーニングとは別の会社を作ることにしました」

課題は、新会社で原田を担当するマネージャーだった。周防は「いいマネージャーを育てるのは、タレント育成と同じくらい難しいのです」と言う。

「3~4ヵ月マネージャーを探したのですが、見つからない。そのとき、ナベプロの社員が1人、アメリカに勉強に行くという話を聞いたのです。その社員は、渡辺晋さんとぼくとのメッセンジャーボーイみたいな存在だったので面識がありました。彼と話し合って、50対50の出資で会社を作ることになった。それがアミューズだったんです」

サザンとぼくの関係

その社員の名前は大里洋吉といった。現在、アミューズの代表取締役会長を務めている。

「アミューズという名前は、彼が考えました。そしてぼくは資金は出すけれど、2人の連名だとこちらにも欲が出るかもしれないし、君もやりにくいだろう、ぼくの分も持っていてくれという約束をしたんです。文書はありません。口約束です」

周防はその後数年間、アミューズの運営資金を出していたという。

'77年10月、原田は『てぃーんず ぶるーす』でデビューし、ファーストアルバムはオリコン史上初の初登場1位を獲得した。作詞作曲も手がけ、ピアノを弾きながら歌う天才ミュージシャンとして、一躍人気となった。

しかし、原田はわずか2年ほどでアミューズから独立している。原田が去った後、アミューズの屋台骨を支えたのがサザンオールスターズだった。

周防はこう振り返る。

「うちの所属歌手だった石野真子の打ち合わせをビクターでやるというので、ぼくが同行しました。すると、ビクターのディレクターの東元晃さんが『いいグループの曲が出来たから、聴いてくれ』と言ってきたんです。東元さんは、日本コロムビアでちあきなおみさんの『喝采』などを担当した方です。

それで5曲聴いたら、全部良かった。中でも気に入ったのが『勝手にシンドバッド』でした。それで思わず東元さんに、『この曲で行きましょう!』と言った。

すると『お前にあげるとは言ってないぞ』と。こんないい曲を聴かせておいて、それはないでしょう――そんな感じで、1時間ほど粘って、東元さんが彼らを誰に預けることにしたか聞き出したのです」

サザンが所属する予定になっていたのは、「りぼん・なかよしグループ」というプロダクションだった。ホリプロ社員だった奥田義行が、歌手の井上陽水と立ち上げた会社だ。周防と奥田は、ホリプロ在籍期間は重なっていないが、面識はあった。

「奥田君はぼくより1つ年下なんです。それで『東元さんから、グループ預かったって?』と連絡をとりました。『5000万円で譲ってくれないか』と持ちかけると、『周防さんがそう言うなら、わかりました』。

その後、ぼくは大里君に電話を入れて『いいグループを見つけたぞ』と言った。そうして、サザンはアミューズ所属になったんです」

周防にとって、アミューズはバーニングのグループ企業という意識だった。しかし――。

「サザンの曲の中で、バーニングパブリッシャーズが音楽出版権を持っているのは、デビュー曲から『いとしのエリー』までの5曲だけです。その後、サザンがあんまり売れたせいか、アミューズから『音楽出版権を返してほしい』と弁護士を通じて内容証明が届いたんですよ。

実は大里君は、ぼくが奥田君に5000万円払ったことを知らない。ただ、弁護士まで頼んで喧嘩してもしかたがないと思ったので、それ以降のサザンの曲は、音楽出版権を持っていません。

アミューズからは、ぼくが出した運営資金は返してもらっていません。アミューズが株式上場したときにも、何の挨拶もなかった。大里君が上場して豪邸を建てた、という話を聞いたから、当時のうちの役員に『アミューズに、10億円貸してくださいと言って来てくれ』と行かせました。見事に断られてしまいましたけれどもね(笑)」

ぼくは口下手なんですよ

周防が早くから音楽出版権に目を付けたのは、これが経営上の鉱脈になると考えたからではないか、と訊ねると「そんなことは、考えたこともない」という素っ気ない答えが返ってきた。

「自社のタレント(からのマネージメント収入)だけで食べていくというのは、あまり好きじゃないんですよ。それよりも、よそのプロダクションに所属するタレントのお手伝いをして、プロモーション費や音楽出版権を頂いたほうがいい。それだけだったんです」

前述したように、バーニングは、その影響力と比較すると驚くほど小規模である。周防の名刺の裏側には、郷ひろみや小泉今日子をはじめ10人のタレントの名前が書かれているだけだ。

「ぼくは自分の目の届く範囲しかやりたくないんですよ。マネージャーに対しては『将来、自分が社長になるつもりで頑張ってくれ』と教えている。だから、みんな独立していくんですが、それは仕方がないことです」

こうしたバーニング出身マネージャーのプロダクション、加えて周防との関係が深いプロダクションが、巷では「バーニング系」と呼ばれている。

「バーニング系を名乗って威張っているプロダクションがあるのだが、本当か、という問い合わせを受けたこともあります。しかし、全く知らない会社でした。直接電話して抗議しようとも思いましたが、さすがにそれは周囲から止められました」

マスコミでも、周防については様々な報道がある。そのほとんどが悪いものだ。反論しようと思わなかったのか。

ぼくの問いに周防は、どう答えたらいいのか分からない、という困った顔になった。

「ぼくは元々、口下手なんですよ。もう何でもいいや、という気持ちもありました」

周防が今もこだわっているのは、いい歌を世に出すことである。

「ぼくは、良い歌が売れないということが納得できないんです。自分がいいと思った歌が売れなければ、ぼくはこの業界を辞めなきゃいけないと考えている。それは、自分のところの歌手でなくてもいいんです。利益にならなくても、良いものは良い。全く関係なくても応援する」

想像とは異なり、芸能界の「ドン」は最後まで控えめな男だった。(文中敬称略)

「週刊現代」2016年11月26日号より
(記事引用)









新しい経済成長の経路を探る
ビットコイン消滅も、送金コスト高騰問題の行方
HOME 政治・経済  野口悠紀雄 2017.11.23
野口悠紀雄:早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問   
 ビットコインの価格が8000ドルに近づいた。分岐したビットコインキャッシュの価格上昇率はもっと激しく、わずか3日間で価格が4倍以上に暴騰する事態も生じた。
値上がり期待の購入者は満足しているだろう。

 しかし、価格上昇は問題をもたらした。送金手数料が自動的に上がってしまったのだ。これはビットコインを送金に用いる際に大きな問題となる。

 ビットコインは、手数料上昇問題をどう解決するのだろうか?

分裂後も価格高騰で
手数料も上昇

 ビットコイン(ビットコインキャッシュについても同様)の送金手数料は、ビットコイン建てで決められている。

 したがって、ビットコインの価格が上昇したために、手数料は上昇した。

 例えば、取引所の一つ、ビットフライヤーの場合は0.0004BTCなので、仮に1BTC=80万円で計算すれば、320円となる。

 ところで、銀行の口座振替の手数料は、図表1に示す通りだ。

銀行の手数料と比較すれば分かるように、送金額が3万円未満の場合には、すでにビットコインは銀行の手数料より高くなってしまった。

 今後、ビットコイン価格がさらに上がると、手数料はさらに上がる。

 ビットコインのメリットとして、今年の初め頃までは、「極めて低い送金手数料で送金ができる」と言われていた。
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 確かにそうだったのだが、そのメリットが急速に失われようとしている。

 手数料が数百円になっても、送金金額が数十万円以上であれば、あまり大きな負担とは考えられないだろう。しかし、数千円程度未満の送金を行なうためには、かなり大きな負担になる。

 そして、ビットコインが本来、活躍すべきは、この程度の範囲の金額の送金だ。

 数年前には、ビットコインによって、マイクロペイメントが 可能になると考えられていた。これは、1円未満といったごく少額の送金だ。しかし、ビットコインの価格が現在のように上昇してしまっては、とてもマイクロペイメントなどできない。

 ビットコインは、送金に使って初めて価値あるものとなるのであって、持っているだけでは価値を生まない。

 だから、この問題をどのように解決するかが、ビットコインの今後を決めると言えよう。

優れた送金手段だが……
マイクロペイメントができない恐れ

 もちろん、送金にあたって問題となるのは、手数料だけではない。

 これまでの送金手段に比べて、ビットコインが以下の諸点で優れた特性を持っていることは間違いない。
(記事引用)





 

米トランプ政権のパリ協定離脱は正しい…地球温暖化論は間違っている可能性
文=筈井利人/経済ジャーナリスト 2017.07.06biz-journal.jp
 米トランプ政権が6月、気候変動対策の国際的枠組みである「パリ協定」から離脱すると表明し、「人類の未来に対する背信行為」(毎日新聞社説)などと非難を浴びている。米国内でも一部の保守系メディアを除き、批判が多い。ニューヨーク・タイムズは「同盟国を動揺させ、ビジネス界に背き、競争力や雇用を脅かし、米国のリーダーシップを無駄にする」などと論じた。
 しかし、これらの批判は本当に正しいのだろうか。
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 多くのメディアでは「温暖化はでっち上げ」というトランプ大統領の発言を「非科学的」と切り捨て、「温暖化の進行は、科学的知見に基づく国際社会の共通認識」(前出・毎日新聞社説)と強調する。地球温暖化に関する主流派の主張によれば、温暖化は水資源の不足や穀物生産の減少などで人間の生存や地球の生態系に悪影響をもたらし、途上国での貧困拡大や地域紛争につながる危険もあるとされる。
 だが、この主張にはさまざまな懐疑論が唱えられている。「そもそも気温は上昇していない」「温暖化の原因は人為的な温室効果ガスの増加ではなく、自然の活動」「なぜ数十年以上も先の気候が正しく予測できるのか」――などだ。
 懐疑論のなかには誤りもあるかもしれないが、すべてを「非科学的」と決めつけるのは乱暴に思える。4月3日に配信された日本経済新聞の記事は「人為的な二酸化炭素の排出を気候変動の主因とする温暖化論はいまだ仮説の域を出ていない」と冷静に述べている。
 筆者は科学の専門家ではないので、地球温暖化に関する主流派の主張が正しいかどうかこれ以上議論するつもりはない。しかし間違いなくいえるのは、もしかりに主流派の主張が正しいとしても、パリ協定を支持しなければならない理由にはならないということだ。
 なぜなら、パリ協定は科学研究の結果だけを述べた論文ではなく、特定の政策を実行するよう求めた政治文書だからである。科学と政治は違う。別々の独立した問題だ。
 
 同協定には、「すべての国に削減目標の作成と提出、5年ごとに現状より向上させる見直しを義務づける」「先進国に途上国支援の資金拠出を義務づける」「先進国は現在の約束よりも多い額を途上国に拠出する」といった義務が盛り込まれている。
 地球温暖化は正しいと主張する科学者の多くは、当然のようにパリ協定を支持する。同協定が義務づける政策によって、人間や環境への悪影響が防げると信じているからだ。しかし科学者は科学の専門家ではあっても、経済や政治の専門家ではない。パリ協定の政策が正しいかどうかは、経済や法の原理に照らして考えなければならない。

 かりに主流派が主張するように、地球規模の気候変動が起こっており、海面が上昇しているとしよう。しかしパリ協定を支持するには、いくつかの条件をクリアする必要がある。たとえば、「パリ協定の政策は、気候変動が人々の生活に及ぼす悪影響を本当に和らげることができる」「政策のコストは気候変動がもたらすコストよりも小さい」「政策のコストは他の解決策にかかるコストよりも小さい」――などである。
 パリ協定の政策がこれらの条件をクリアできなければ、その実施はやめなければならない。政策実施の結果、人々がより貧しくなるのであれば、意味がないからだ。 
 しかし同協定では、気候変動がもたらすコストは強調するが、政策のコストがそれより小さいという証明はしていない。政策実施は増税というコストを伴い、化石燃料の使用を制限することでエネルギーのコストも高くするが、それらが家計に及ぼす悪影響については何も言わない。
 発展途上国のこれまでの経済発展を支えてきたのは、石油に代表される化石燃料エネルギーである。化石燃料によって機械化や大量輸送が可能になり、工場で農村の10倍以上の収入を得ることができるようになった。労働者は高齢の家族に仕送りできるようになった。工場での労働は確かにきついが、伝統的な農業よりも多くの食糧、よりよい医療、よりよい住宅を手に入れられるようになった。
 パリ協定を支持する人々は、化石燃料に対する規制が途上国の人々の生産性を低下させ、貧しくするというコストが、温暖化のコストよりも小さいことを証明しなければならない。
 主流派は、温暖化が進むと海面上昇による高潮や沿岸部の洪水のリスクが高まると警告する。しかしそうなる前に、パリ協定とは違う方法で対処することはできる。経済の自由化で国々を豊かにし、適応力をつけることだ。数十年のうちに、水位が上昇しても安全で健康に生活できる都市をつくるチャンスは十分ある。
 
 逆に、同協定が定める政策を実行すれば、一番打撃を受けるのは、工業化が遅れた貧しい国の人々だろう。
 パリ協定を支持する人々は、同協定による規制は主に裕福な国を対象とし、途上国には配慮していると反論することだろう。しかし、それこそ経済の原理を理解していない証拠である。先進国の富は、それが途上国に投資されることによって、途上国の生産力を高め、経済活動を活発にし、貧困を減らすのに役立っている。もし規制によって先進国の経済活動が衰えたら、途上国の経済成長を妨げ、貧しい人々をさらに貧しくするだけである。
大企業のご都合主義

 トランプ大統領のパリ協定離脱表明を米大企業のトップが相次いで批判したが、正義感にあふれた発言と無邪気に受け取らないほうがいい。協定に従って政府が規制や課税を強化するとき、それに十分耐えられるのは体力のある大企業である。もし補助金などのメリットが規制や課税のコストを上回るのであれば、中小企業や個人への悪影響など構わず、自社の利益のために協定参加を望むだろう。
 たとえば電気自動車(EV)で急成長を遂げたテスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)はパリ協定からの離脱に抗議するとして、大統領の助言組織を辞任し、トランプ政権に批判的なメディアはこれを好意的に取り上げた。しかし同社は太陽光発電や風力発電の事業で米政府から補助金をもらっている。トランプ政権は同協定離脱とともにこれら再生可能エネルギーへの補助金見直しも検討中とされ、マスク氏には都合が悪い。
 日本政府は米国のパリ協定離脱表明に対し「気候変動問題は国際社会全体が取り組むべきグローバルな課題である。(中略)協定を着実に実施していくことが重要である。(米国の表明は)残念である」などとする声明を発表した。しかし世界の貧しい人々の暮らしを本当に気にかけるのなら、こんなときこそ堂々と米国に追随し、同協定にノーを突きつけるべきだろう。
(文=筈井利人/経済ジャーナリスト)

(記事引用)






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