国家屋台骨の巨大企業の税金について一考
この本のセールス文句と捉えれば、特段騒ぐこともないが、それにしてもソフトバンクの納税500万というのは、やはり、ウムムとなるし、ではカラクリはどうなっているのか、と知りたくなる。

これに対して反論意見も出ていて「これは同グループの持ち株会社であるソフトバンク単体のもので、同社を含む売上高6.6兆円の巨大コングロマリット全体の納税額ではない」
と否定する。

それにしてもソフトバンク売上高6.6兆円、と訊かされて、日本にはそれと同等の法人がゴロゴロいるはずで、そこから高額税収したら、一般平民の税負担率と、年金生活者の自殺率が下がると予想するが。

安倍さん~、どうなんだろうか。おまじない手品増刷ばかりしていると、かちかち山と泥船は、あっけなく沈没、というのが筋書きと決まっていんだが。

記事には「法人擬制説」と「法人実在説」とが出てきて、会社組織を法人とみなし、それを人格とみたてたやり方で、税をとる、というのが通説となっている。それは商法でもきっちり書いてあるはずだが、その法人を擬似、すなわちバーチャルとみるか、実在する人間とみたてて税を掛けるか、というのが争点となっているようだ。

なにを今更と、疑心暗鬼してしまうが、実際の現場では、そうしたあやふやな解釈のままで所得税算出していのだろう。そうなると500万円というのもうなずける。

なにしろ税計算はややこしい。また頻繁に改定されるので、年度によって税率がことなり、延べ年数になると、ますます複雑になる。 そういえばどこかの企業が税の摂られ過ぎだ、と訴えて、それが承認されかえってきたというニュースがあった。プロの税務、財務省、国税庁、国税局の所員でも間違いをやらかす複雑な税法である。

富岡幸雄著 『税金を払わない巨大企業』 
著者インタビュー
PRESIDENT   2014年11月17日号
著者 西川修一=文 石橋素幸=撮影
税務会計学の創始者であり、御年89歳を数える富岡氏。

かつて中曽根内閣当時、売上税導入に真っ向反対の論陣を張り、その廃案に一役買ったという同氏が「遺言のつもりで書いた」という本書は、グーグルほかグローバル企業の節税手法や富裕層への優遇ぶりを盛り込みつつ、「大企業が法人税を真っ当に支払っていれば、消費増税の必要ナシ」と明快に主張。発売約1カ月で3万部超という勢いだ。
その一因は恐らく本書の帯にある。「ソフトバンクの納税額500万円」という煽り文句に目を奪われる。
が、これは同グループの持ち株会社であるソフトバンク単体のもので、同社を含む売上高6.6兆円の巨大コングロマリット全体の納税額ではない。ここをあえて混同させている、というのが本書に批判的な人々の見方だ。

一般に完全子会社・関係法人株の配当全額と、それ以外の投資先の配当の50%については、二重課税を避けるために「益金不算入」として課税額から除外される。納税額が少額となるのはそのせいなのでは……。
富岡幸雄(とみおか・ゆきお) 1925年生まれ。中央大学名誉教授、商学博士。横浜高等商業学校(現横浜国立大学経済学部)、中央大学法学部卒業、同大学院商学研究科修士課程修了。国税庁を経て中央大学商学部教授。現在は日本租税理論学会理事、税務会計研究学会顧問。


「法人に法人税を課すことへの疑問」
日の出事務所 落合正博 日の出だより 22年2月号 
 
多くの方々は、法人の稼ぎ出した所得に法人税が課されることに対し何ら疑問をお持ちでないと思います。
ところが、この当たり前に古くから疑問の声があるのをご存じですか?

法人に対し課税されるようになったのは、明治32年です。 「…時恰も日清戦役の終局に際して戦後経営に伴う歳入増加の必要に迫られしを以て、政府は茲に所得税法の全体に互りて改正を行うこと」(明治大正財政史)とされ、法人税は個人が負担する所得税の一種として取り扱われました。昭和15年に法人税は所得税から独立し、戦後、アメリカ人のシャウプ氏によって整備され現在に至ります。

法人税法を語るうえで学者の間で二分する意見があります。「法人擬制説」と「法人実在説」です。

法人擬制説は株主集合体説ともいわれます。法人の本質は個人(出資者)の集合体であり、最終的には法人の稼出した利益は法人に出資する個人に帰されることになるので、法人はフィクションにすぎないとする考え方です。

法人実在説は法人独立課税主体説ともいわれます。法人は個人の集合体ではなく、個人とは独立して社会的に影響力を有する実体(納税義務者)であると捉え、法人税は法人の所得に独自の担税力が認められて課税されるのは当然であるという考え方です。

現行法人税法は、法人に対し独自の税を課していることからすると法人実在説が採用されているように思われます。
 しかし、税法は法人擬制説に立脚しています。日本の法人税法は法人擬制説を採用している、つまり、フィクションに対し課税しているって、おかしくないですか?それではなぜ、フィクションに課税するのでしょうか。

1つの答えは、国にとって便利だからです。先に触れた税法立法の立役者であるシャウプ氏は、次のように述べています。
「すべての法人がその利益全体を直接配当の形で分配し納税者が受取った配当を完全に申告するならば、問題はないであろう。
かりに法人の利益が関係株主の所で課税されるとする限り、法人に対しては、いかなる課税を行う理由はないであろう」(シャウプ使節団日本税制報告書)。

換言すれば、法人税とは、行き着く先は所得税であるということです。国は全国民の全所得の把握が、その数の多さから困難であるので、法人段階で課税してしまう方が、徴税技術上容易です。
 法人課税は膨大な税収を挙げる可能性を秘めるうえ、個人の財布に直接影響しないので、重い税負担に対する国民的不満を和らげることができます。
俗にいう「取りやすいところから取る」の典型と言えるでしょう。法人に法人税を課している根拠としては、フィクションへの課税という点において、明確なものがあるわけではなさそうです。しかし、それでも日本を含め、多くの国々ではその便利さから法人税法を採用しています。                        
(引用記事〆)











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1.日米安保体制下における離島防衛問題
2.安保法制審議の問題点
3.憲法9条、について

「きちんとした原則を決め、お互いに認識して最終判断をすべき」為政者について、小沢代表 小沢一郎代表・山本太郎代表定例記者会見(2015年5月26日)生活の党2015年05月29日 09:42生活の党記事

5月26日午後、国会内で小沢一郎代表と山本太郎代表が定例記者会見を行いました。会見概要は以下の通りです。 
【質疑要旨】
○安保法制審議の問題点について
○米国追従問題について
○官僚主導問題について
○原発再稼働等問題について
○経済政策について
○野党再結集について 

安保法制審議の問題点について
Q.小沢代表には安保法制に関連して日米安保体制下における離島防衛問題について、玉城幹事長には安保法制について沖縄選出の国会議員と市民の立場から見解をお伺いします。 

小沢一郎代表 
この問題については以前から機会あるたびに申し上げてきましたが、今日の安倍さんの(本会議)答弁を聞いてみても、非常に抽象的な、しかも心情的な表現、言葉を使って国民を、その意味では、あざむくような、悪く言えば、だますようなやり方を依然として続けています。私は、為政者がこういうやり方をするのは、必ず国を誤ると思っております。 

今回の論議では、最初からずっと論理的な説明が全然なくして、抽象的、曖昧な言葉の羅列で国民を説得しようとしているわけです。このままの形で日本の今後の行動が位置づけられるというのは大変困ったことであり、良くないけしからんことだと思っております。 

個別の話は、私から言わせれば、全くくだらん話です。何のことでもそうですけれども、最終的に時の政府の判断になるということはその通りなのです。それにしてもきちんとした原則を決めておいて、それをお互いに認識して最終判断をしなくてはいけないといことだと思います。 

今度のことでメディアもなんもかんもそうですけれども、新3要件がどうのこうのと意味不明なことばかり言っています。そんなことよりも憲法9条、自民党の改憲草案でも9条1項を変えないことになっています。第1項はどういうことなのかと確定しないと、安保論議は始まらないはずです。ところがそういう視点からの質問もなければ、もちろん説明もありません。 

憲法9条には、国際紛争について、常識的に言えば、我が国が直接攻撃されたわけではではない他の国や国々、あるいは地域での紛争・戦争状態に対して、国権の発動たる武力の行使はだめですと書いてあります。
集団的も個別的もないのです。国権の発動たる武力の行使、自衛権の行使はいけませんと憲法9条の第1項に書いてあるのです。そのことを前提にしないと議論にならない。今の安倍さんの話は、そのことを全く無視というか触れないで、ただ国民の生命が危険にさらされた時にどうのと意味不明のありもしない例示ばかり並べ立てています。全くナンセンスな議論だし、非常に国を誤る政府の言動だと思います。 

玉城デニー幹事長 
沖縄が戦後70年、これまで求めてきたのは米軍基地の整理縮小であり、アジアとの連携を深めて経済をできるだけ自立型に振興して行く方向に多くの県民が期待をかけています。 

しかし安保法制が進むことによって、また紛争の犠牲になる不安、あるいは米軍と自衛隊が一体協力化して訓練をする不安。そういうことは具体的に何が不安というよりも、70年たっても軍事機能が強化される、抑止力が高まるという理由で普天間の移設で辺野古が唯一だと政府が強要してくるという全体的な形での法案に対して多くの県民が不安を持っているのは確かだと思います。 

これまで具体的な提案がなかった自衛隊の宮古島や石垣島への配備なども出てきていることを考えると、さらに沖縄における軍事的な色合いが強くなっていくことがこの法案で出てくることに多くの県民は不安に思っています。それが今の沖縄の現状ではないかと思います。 

Q.衆院本会議での総理の答弁について、小沢代表は抽象論が多いと指摘されました。一方で総理は、「戦争に巻き込まれることはない」など断定的に答弁しています。抽象論と断定的するところとのギャップに関して総理が何を持ってそう述べているのかとお考えですか? 

小沢一郎代表 
戦争に巻き込まれないというのも抽象的です。何なの、戦争に巻き込まれないとか、巻き込まれますとか意味不明です。一般的に使っているのも戦争に巻き込まれるとか巻き込まれないとかは具体的にどういうことなのかよく分からないと思います。言葉の綾でもって何やかんや言っています。 

紛争という戦争状態をなくして世界の平和を維持するにはどうしたらいいかということの基本の考え方、日本国憲法では自分で自衛権を行使してはいけませんと言っています。それではどうするのかというと、日本国憲法の論理は、世界の平和と秩序を維持する機能を持った国連を中心とした平和活動に委ねる。そこに日本は全面協力する。 

そういう基本原則がないと、「戦争に巻き込まれません」とか「これは大丈夫です」とか「自衛隊が行ったところが紛争地ではないのです」とか「日本人の生命が危険な時はどうです」とか、安倍さんはじめ政府の説明は、全く説明になっていません。 

日本人は世界中どこにでもいます。ということは日本人の財産も世界中にあります。国益と言えば、何でも国益になってしまいます。日本の生存、生命にかかわると言って、昔から「大日本帝国の生命線はここだ。朝鮮だ。満州だ」と言って大陸進出していったのだから。そんなの定義できない話なのです。戦争と言って、何が戦争なのか。「俺は戦争するぞ。侵略するぞ」と言ってやる国はいない。 

ISだって批判するけれども、ISだってアラーの神様の教えを普遍的にもう一度原点からだといってやっているわけだから。どっちにも理屈があります。どっちが正しいかは神様でも判断できないくらいの話なのです。それではどうしようもない紛争の世界、地球になってしまうから、それではいけませんという理想の下に国連ができたわけです。
日本はあくまで国連を中心に世界の平和と秩序維持のために努力をするということであり、その紛争は、戦争と呼ばれるものであるかもしれないし、テロと言われるかもしれないし、あるいは部族同士の喧嘩かもしれないし、どういう形か具体的には分からない。前にも言ったように具体的に分かっていれば、戦争にならないのです。どういうことが起こるか分からない。分からないけど、一般的には紛争です。 

戦争という言葉でもってごまかしています。戦争に参加しないで紛争に参加するのはいいのか。紛争と戦争はどう違うのと。みんな言葉面だけでしょう。そういう議論はあまり意味がない。そういう全くの定義のない言葉面の遊びになってしまう。そういう意味で今言われていることは、戦争に巻き込まれるから反対だというのもあまり論理的でない。戦争に巻き込まれませんというのも何の意味か分かりません。そういう意味で今の話しというのは、議論にならない全く不毛の論戦とも言えない話だと思っています。 

米国追従問題について
Q.翁長沖縄県知事が5月20日の記者会見で日米安保の重要性は良く分かるが、日本の独立が神話と言われないように安倍総理にがんばってもらいたいと述べました。現政権は戦後レジームからの脱却と言いながら、米国にどんどん追従していく姿勢を強めているように見えますが、いかがお考えですか。 

小沢一郎代表 
アメリカに追従する、従属的な傾向をより強めているということは一般論として国民が感じるところです。私は、安倍さんの心情的なものはそうではないと思います。日米同盟、日米の軍事協力ということを理由にして、今言っている海外派兵やら日本の軍事力の強化を目指しているのだと思います。 

と言いますのは、何度も言っていますが、安倍さんは戦後体制を否定しています。ポツダム宣言、サンフランシスコ平和条約に書かれていること、つまり日本が受け入れたことについて、肯定的な答えを一切していません。むしろ極東軍事裁判を批判しています。どちらかと言えばそうです。 

その人が日米同盟を殊更強調するのは、本当はおかしいのです。安倍さんは、日本の武装独立(論者)です。ある意味(石原)慎太郎さんと同じです。その意味でアメリカと喧嘩をするという政治的な立場を勿論採るわけがないのですけれども、軍事同盟的な中身のものを、日米同盟の強化ということで自らの軍事的な量的、質的な拡大を腹の中で思い描いているのではないかと私は考えております。だからアメリカに従属的になりつつある以上に危険な思想であると思います。 

私は、アメリカとの同盟は対等関係だと言っていますが、それは軍事的に対等になるというわけではありません。日米のそれぞれの立場や考えの違いがあります。ただ同じ独立国として対等の立場で友好と同盟関係を強化するということで私は考えております。安倍さんは自分の心の奥底のことまでは絶対に話さないでしょうけれども、日米同盟を理由として日本の軍事的な質、量ともに強化拡大をしようとしていると私は考えています。 

山本太郎代表 
小沢代表が言われた通り、同盟関係は対等であると思います。アメリカに追従している部分があるのかもしれません。ひいてみれば、アメリカがどうのというよりも、そのアメリカをコントロールしたり、日本の政治をコントロールしたりしているのは、実質企業ではないのかと思うような一年半の議員生活でした。 

とにかく企業に対しての最大限の規制緩和が行われ続けていきました。だからこそ今度の国会でも残業代ゼロ法案、派遣法改悪も行われるし、それだけでなく原発も続ける理由がエネルギーではないことがはっきりしています。TPP、これだけの秘密交渉で最大限の規制緩和が許されるようなことが押しすすめられています。 

ここにも安全保障問題も関わってくるでしょう。国内にも多数の武器製造企業も存在しています。イージス艦一隻で二千五百社の国内企業がかかわる現実もあるし、それ以外の武器を考えると、もっと増えるということを考えると、このグローバリズムの中で、企業が政治をコントロールしている中で最適な踊り手を見つけたのではないかと思います。 

小沢代表から今(安倍さんの思想は)より危険だと。自分自身の思いを成し遂げるためにそのようなポジションにつかれたのであれば、非常に危険だという部分は併せ持って、相乗効果として非常に恐ろしい話しだと思います。 

官僚主導問題について
Q.5月22日にISによる人質事件の検証委員会報告書が出ました。その委員が官僚だけであったり、結論として政府の対応に問題がなかったということであったりしたことは問題だと思います。現政権になってから官僚主導、官僚の増長ぶりが以前にも増して強くなっているように思います。この点について如何お考えでしょうか。 

小沢一郎代表 官僚主導、官僚が実質的権力を握り行使しているという形は、ずっと以前から続いています。特に民主党政権は、官僚主導から国民主導、政治主導と掲げたにもかかわらず、結果的に逆になってしまったということもあります。 

今度の安倍政権の場合は、安倍さんの主張する日本の針路、あるいは日本のあり様に国内政策的な問題ではなくて対外的な問題についてまで、日本の国威発揚、日本の存在感を軍事的な側面から増していこうというのは、官僚の一部あるいは過半数ではないけれど、結構な部分で思い描いているところと共通するところがあるかもしれません。その意味で官僚主導がおかしな方向に安倍政権の下で行われているということだと思います。 

今度の安保関連の法律案でも最初からいろんな例を挙げながら、意味不明の説明をしてきました。ああいう法律とその説明を法制局は勿論ですが、外務省も防衛省の官僚が疑問もなく考えているとしたら、あまりにもお粗末すぎます。常識的には考えられません。 

一部ないしは結構な数の官僚でそういった思惑を描いている人たちがきっといるのでしょう。ですから法律の案文そのものにしても本当に法律家が考えたのかと思うような酷過ぎるものです。変な方向に、変な一握りの政治家と集団が引っ張っていくという方向になってきているような危惧の念を非常に強く持っています。 

山本太郎代表 
有権者が選び続けてきた結果、ここまで来てしまったと思います。選んだ人も選ばなかった人もこの現実を作ったのは、この国に生きる一人ひとりなのだと思います。ここからどういうふうにしていくのかに興味を持つしかないと。興味を持たないと好き放題やるよなと。利害が一致した者たちが実際に力を持って、その中で好き放題やっているという現実があると思います。 

安保法制の中でもよく在留日本人を救うの、救わないのとか、アメリカが助けてくれるの、くれないのと、そんなものの大前提が吹っ飛んだのが先日のイエメンでの出来事だったと思います。サウジの連合軍が爆撃を加える中で、日本人を救ったのは中国人で、アメリカ人を救ったのはロシア人だったということにあらわれていると思います。何のブラックジョークだよ。これが現実だと。一般市民なんか救われないということがはっきりした問題です。 

現状を見れば絶望に近い状況が展開している感があります。これを変えていかなければならないし、変えられると思っているからこそ、今それぞれがここに立っているのだと思います。皆さんがこのように記者会見に来ていただけるのだと思います。何とかして若い人たちにこの現状を伝えていけたらと思います。 

原発再稼働等問題について
Q.川内原発が7月に再稼働することが決定しました。戦争法案が世間の話題になる中で原発再稼働問題が埋もれてしまう懸念があります。福島県では帰還が全てであり、知事も会見の中でそれについて言わないとしています。こうした状況について山本代表がどのように考えますか。 

山本太郎代表 
どさくさに紛れた火事場泥棒です。安保法制について議論している中でいろんなことが決められています。残業代ゼロ法案、派遣法改正案、原発再稼働もTPPもそうです。片っ端からパニック、混乱の中で全てを決めていこうという話です。このままいけば再稼働もされるでしょう。再稼働させないために政治がやれることは限られています。圧倒的多数は向こう側(与党側)ですから。 

それではどうするのか。国会内外がつながり連帯しないといけない部分は絶対的にあります。しかし今や国会の中にブレーキと成り得るものはほとんど存在していないのが現状です。(国会で)どんなことを言っても、どんな言質をとってもなかなか大きく広がりません。それはニュースになりづらいということになります。この国の行方を決めること、この横暴に対して、この国に生きる人が声を上げて行動を起こすことがもっと大きく出てこないと、なかなか難しい問題だと思います。 

20ミリシーベルトでも帰還してもいいし、そこにお金を付けるという正気の沙汰とは思えない法案が国会で通りました。20ミリ(シーベルト)と言ったら事故前の20倍の基準です。放射線管理区域基準の4倍、チェルノブイリ避難基準の4倍という、20ミリ(シーベルト)で帰って大丈夫、復興しろ、そこに帰還しろというのに反対したのは我が党だけです。おかしいでしょう。すごいでしょ我が党と言うのはなく、現実を見てくれよと。20ミリ(シーベルト)の場所に帰る人たちが切り捨てられたのではない。あなたが切り捨てられたということを沢山の人と共有できるようにがんばりたいと思います。 

経済政策について
Q.昨日、日経平均が15年ぶりの高値となりました。アベノミクスと関係があるか定かではありませんが、円安を誘導して輸出産業や製造業を元気にするという政策が株価を上げることで、果たして実体経済にどれほどの影響があるのか。国民の生活が第一を掲げる両代表にとっての経済政策はそのような方向と違うのではないでしょうか。 

小沢一郎代表 
政府はまだ株を買い続けるでしょう。政府という言葉は、本当は変なのですけれども、ご承知のように日銀自体が(株を)買ってしまっているし、年金から共済から郵貯から簡保から皆で買い上げています。これを止めたら株はきっと弾けてしまう。そうすると、アベノミクスの完全な失敗ということから、経済はマインドが占める割合が大きいので、おかしくなってしまうといことがあって、買い続けている間に日本経済も世界経済もプラスの方向に転ずることを願っているのでしょう。 

先のことだから分かりませんけれども、もう一段の金融緩和をやらざるをえなくなるだろうという気がします。金融緩和というお札の印刷だ。これは限界に来た時にどれだけ国民生活に深刻な打撃を与えるかということは皆が分かり切っている。
実際の必要でないお金をいっぱい刷っているわけですから、いずれ不景気のハイパーインフレということも考えられるし、どうなるか分かりませんけれども、必ずこの政策は行き詰り、弾けるときが来ると。内的要因と外的要因の両方要因があるのでしょうけれども、日銀が株を買うというのは不自然であり、こんな形で買うのは、たぶん未だかつてなかったのではないか。これまた政府としては、限界を超えたやり方をしていると思います。 

山本太郎代表 
周りを見ていると、富裕層と言われる方々は海外に確実に資産を移しています。船が沈むということですでに準備はできています。このままいけば、言われた通り弾けるのではないか。ぺんぺん草も生えないような状態にされてから、その後バトンを渡されてもどうしようもない。とにかくそういう意味でも、全ての意味において、今政権についている人たちを引きずり降ろすためにも野党共闘は絶対に必要な条件だと思います。 

野党再結集について
Q.野党再結集志向の強い松野氏が維新の党代表に就かれて、幹事長会談をはじめ民主党との接近の色を感じます。この動きについての受け止めと考えをお伺いします。 

小沢一郎代表 
このことは誰が考えても、子どもが考えても分かる話しです。このままだったら自公に選挙で勝てません。ですから何とかしなければならないという思いを、濃淡は別にして誰もが持っていたことだろうと思います。ただし段々参議院選挙が近づいてきますから、徐々に何とかしなければという思いに皆が少しずつなってきているのだろうと思います。 

私はもともとその話(野党再結集)を機会がある度にしてきましたから、皆がその方向を目指していけるようになればいいと思います。そういう流れに私どもも一員として参加していくというのは、これまた当たり前のことだろうと思います。 

山本太郎代表 
野党の中でそれぞれの考え方は違うのだろうと思います。ここは力を合わせないと、自公政権を引きずり降ろすことは不可能です。まず順番としては、現在政権を握っている人たちに降りてもらわなければいけない。それを達成するためには、多少のデコボコはお互いに納得した上で、第一の目的を達成するために前に進まなければならないと思います。
(記事引用〆)

※一言コメント
記事引用=政府はまだ株を買い続ける。ご承知のように日銀自体が(株を)買ってしまっているし、年金から共済から郵貯から簡保から皆で買い上げています。これを止めたら株はきっと弾けてしまう。そうすると、アベノミクスの完全な失敗ということから、経済はマインドが占める割合が大きいので、おかしくなってしまうといことがあって、買い続けている間に日本経済も世界経済もプラスの方向に転ずることを願っている。 
もう一段の金融緩和をやらざるをえなくなるだろうという気がします。金融緩和というお札の印刷だ。これは限界に来た時にどれだけ国民生活に深刻な打撃を与えるかということは皆が分かり切っている。実際の必要でないお金をいっぱい刷っているわけですから、いずれ不景気のハイパーインフレということも考えられるし、必ずこの政策は行き詰り、弾けるときが来ると。内的要因と外的要因の両方要因があるのでしょうけれども、日銀が株を買うというのは不自然であり、こんな形で買うのは、たぶん未だかつてなかったのではないか。これまた政府としては、限界を超えたやり方をしていると思います。 (〆)

この指摘は、まったく正論で誰でも、玄人筋でも認識している。しかし、誰もそれを本気でストップをかけようとしない。これこそが最悪シナリオで、行くところまで行ってしまう、ということを全員で了解した、ということに他ならない。
アメリカで過去にあった「リーマンショック」の再来がやがて訪れる。ストップができないのなら、すくなくとも、起きた場合の「シュミレーション」だけでも描いてくれると国民は少しは安心できるのではと老婆心ながら思うのだが。

追加記事 2015年5月29日 17時12分
野党結集、小沢氏には無理…浅川博忠氏「過去の人で求心力は期待できない」
「生活の党と山本太郎となかまたち」の小沢一郎共同代表が、うごめきはじめた。維新の党の松野頼久代表が唱える「野党結集」に一枚噛もうとしているのだ。維新、民主両党に散らばった元側近を通じて、介入を模索しているとみられるが、依然根強い「小沢アレルギー」をぬぐうことは容易ではなさそうだ。

 「徐々にみんなが『何とか(野党結集を)しなきゃ』という思いになってきているのだろう」「私どもも、そういう流れに一員として参加していく」

 小沢氏は26日の記者会見で、満足げな笑みを浮かべながら、野党再編に前のめりな松野氏を評価してみせた。

 維新の橋下徹最高顧問(大阪市長)の政界引退表明と、松野執行部の発足に、最近、影が薄かった小沢氏が期待を寄せるのも無理はない。松野氏は民主党時代、小沢氏とも親交が深く、今でも「民由合併を成功させた小沢氏に敬意を抱いている」(松野氏周辺)とされるからだ。

 維新には、小沢氏の元側近である松木謙公幹事長代行や、「小沢ガールズ」として知られた太田和美衆院議員らも在籍している。党内で、橋下氏直系の「大阪系」の存在感が低下すれば、相対的に松木氏らの発言力が強まることも予想される。

 千載一遇の好機に、小沢氏の「血が騒がないはずがない」(自民党閣僚経験者)というわけだが、事は算段通りには進みそうにない。

 野党第1党の民主党では、政権時代に党内を混乱させられたことへのアレルギーがいまでも蔓延(まんえん)している。再編にあたっても「再び引っかき回されるのはまっぴら」(中堅)との声が強いからだ。

 政治評論家の浅川博忠氏は「小沢氏は、党を作っては壊すことを繰り返しただけの政治家で、野党再編の落第生だ」と断じ、こう分析する。

 「松野氏は、民主党を巻き込んだ新党結成や、自民党も絡ませた政界再編など、多様な選択肢を念頭に今後の出方を模索している。ただ、いずれのパターンで進めるにしても、『小沢氏が参加すれば、まとまる話も壊れる』ことはよく分かっているはずだ。小沢氏は世代的にも『過去の人』であり、もはや求心力は期待できない」

 25日の衆院議員資産報告書公開では、党首トップの額(2億1491万円)で久々に耳目を集めた小沢氏だが、「話題になるのはカネの話と珍党名」(前出・民主党中堅)と揶揄(やゆ)される状況からの復権は厳しそうだ。










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アメリカ大富豪かベンチャー旗手か、新世代ITオピニオンリーダーか!!!
そのビルゲイツが、日本で別荘を建てているという噂話は、随分前からあった。そのニュースが私個人に与える影響というものは、まったくないが、そこに住む住民にとっては、死活問題とは云はないが、ま、蜂の巣をつついたような静かなリゾート地の井戸端会議のテーマとなりうる。

それにしても、この別荘地に「原子力発電基地軽井沢第1号地」が出来そうなメディア喧騒である。
なかには「住民大激怒」という見出しで、怒りを煽っているようにもみえるが、案外、現場に行ってみると静寂に支配されている、そんなことだろう。

昔から「軽井沢」リゾートといえば、瀟洒な建物が並んで、貧困層は中に絶対入れない、という不文律の張り紙が張ってあるようなイメージがあった。それで実際いってみると、別にそんなこともなく、普通に車で走れる。

山間の辺鄙な場所を宅地開発したのだから、人が住まなければ当然荒地となって、背丈ほどの雑草に覆われている。それは自分が住んでいる町外れの、たんぼ風景となにも変わらない。

東京原宿駅プラットホームから電車に乗って皇室御用邸に向かうのは皇太子時代からの千ガ滝プリンスホテルと決まっている。別荘はない。
※詳細(ウィキぺデア) 西武グループによるホテル・リゾート事業は、国土計画(後のコクド、2006年2月解散)が主導して計画・立案した箱根・軽井沢などへの観光地への進出を図ったのが源流である。社名は、敗戦に伴い行われた皇籍離脱後、占領軍によって没収された旧皇族の土地が日本国との平和条約締結によって日本政府に返還された後、安価で購入し、その土地にホテルを開業した事に由来している(後述の千ヶ滝プリンスで命名されたのが起源)。

西武鉄道創業者である堤康次郎1964年逝去によって堤義明体制が出来、その後の大変革は周知の通りである。明治維新に敢行された「社寺上知令」の官民一体のようなやり方の復元を彷彿とさせるが、そうした手練手練に長けていたのが堤康次郎であったと風聞にきく。そこに「維新時代」に熟成された各種の財閥が群がることは、容易に想像される。

いずれにしても、「ビルゲイツ」が日本に拠点を持てば悪いことはないだろうし、原発のような臨界事故にはならない。したがって激怒する理由もない。

だいたい先住民じゃあるまいし、たかだかアメリカ人が軽井沢に別荘を作りそうだ、という噂話程度で騒ぐのは日本くらいなものだ。
もっとも、騒いでいるうちがハナで、途絶えてしまえば、「夏草や・・・」の世界で、猫の額ほどの芝ガーデンは、あっという間に外来雑草に駆逐される。

まったく人か草か、の違いで、明治維新の神仏分離令・社寺上知令によって、小作人にも土地が行き届いたたという「濡れ手に粟」のような土地場所に住んだとしても、昨今の少子高齢化の現実をみたら、後継しなければ「ぺんぺん草」が生えるだけである。
(2015/04/時点から見た軽井沢界隈喧騒井戸端会議議事録・伝・・・)

mag2015

完成間近、軽井沢のビル・ゲイツ ?の、地下シェルター
2015/04/3023:50 
カレイドスコープ

今年の12月、軽井沢の別荘エリア「長倉千ヶ滝西区」に、長い間、ビル・ゲイツの別邸と噂されてきた謎の巨大建造物が完成する予定です。写真でそれを紹介します。
 

「ビル・ゲイツが軽井沢にやって来る!」-海外でも広がる噂

まず最初に、お断りしたいのは、この記事の結論は多分に「自由な発想」を含んでいます。科学的根拠を示すことは誰一人できません。しかし、それでも「噂」として広がっています。そうした記事であることをお含みおきください。
「Bill Gates moves to Karuizawa」で、グーグル検索してみて下さい。この噂は、日本国内はもとより、海外のほうでも少しずつ広がっています。
これを日本で最初に報じたのは、地元の軽井沢新聞です。2012年2月のことでした。

千ヶ滝の別荘族から、「ブルドーザが何台も入って、自然を破壊している」と苦情が入ったからです。それは、千ヶ滝西区の小高い丘約2万2,000平米(=約6,600坪)の木々をはぎ取る大工事です。

鳥のさえずりと木々の葉が風に揺れる音しかしないような静かに別荘地帯に突如、降った湧いたような大規模なプロジェクト。住民が騒ぎ出すのも無理はありません。

ましてや、人々が守ってきた貴重な自然を剥ぎ取り、荒々しい造成工事の初期の段階では、考えられないほど大量の土砂がダンプによって運び出されたのです。ダンプによる土砂の排出は、夜の9時頃まで続いていたといいます。

何か、自分たちの想像もつかない建物が造られるのではないか、住民の不安はますます募るばかりです。その後、建設専門紙・新建新聞も取り上げ、軽井沢のさまざまなメディアやウェブサイトで話題となりました。

・・・テレビのワイドショーでの放送といくつかの週刊誌が動き出したのは、ほぼ同時期でした。なんと、航空写真まで動員する騒ぎに。

それからも、多くの取材班が現地に入って、謎の巨大建造物の正体をつきとめようとしてきましたが、いまだに判明していません。

すべての工事が終わるのが、工事を請け負っている大成建設の話によると今年の12月ということですが、それまでは、どんなことでも突き止めてしまう週刊誌でさえ、謎のままにしておくしか術がないのです。

というのは、工事を請け負ったゼネコンにも徹底的な緘口令が布かれていることと、地元軽井沢町役場も、口を堅く閉ざしているからです。千ヶ滝の別荘の住民には、十分な説明がなされないまま今日に至っています。

行政が個人のプライバシーを守るのは当然ですが、これだけマスコミが騒ぎ、住民が気味が悪いと怯えているのに誰が本当の施主なのかさえ情報を出さないのです。

行政機関が、一個人、あるいは一民間機関にために、すべての情報をコントロールし、まるで守秘義務でも課されたのかとさえ思える秘密性。「今年の暮れになれば分かるさ」という問題ではないのです。

・・・なぜ、これが地上1階、地下3階になるのかというと、建物を建ててから再び地下3階部分を土で埋めてしまう(←工事用の屋根・地下で作業をするため)ので、法的には「自然破壊を最小限にとどめ、景観を台無しにしない」地上1階の建物ということになるのです。

実際に地表に出る部分は、このイラストのとおり。広大な平屋建てですが、この地下全体に3階建てのビルが隠されているのです。
「法律上は、個人の別荘としての届けであっても、これだけ大きな建物はもはや別荘ではないし、ひと山削るというのは自然破壊の問題がある」と千ヶ滝の別荘住民は口々に言っています。ある住民は、これを「シェルター」と呼んでいます。

雑誌「プレジデント」記事は、なぜ、これほどの巨大建造物を県が許可したのかという謎に迫ろうとしています。論点を環境破壊から建築規制の問題に移しているのです。

軽井沢には、世界一厳しい建築基準「軽井沢自然保護対策要綱」とよばれる規制があります。この要綱によって、軽井沢の山林地帯には高さ10m(2階建て)を超える建造物を建てることは法的に禁止されているのです。

つまり、こういうことです。この巨大建造物は、もともとの土地の現状からすれば、確かに地上1階建ての平屋造りです。本体部分は、地下に埋められてしまうのですから。
しかし、工事をする場合、地下施設を作るのは容易ではありません。冬場は土が凍結し、春夏は地下の土が膨張します。こうした極度の寒冷地の地下で工事を進めるのはコスト面もそうですが、期限通り工事を終えるのは難しいでしょう。

そこで、最初の段階で、地下3階分まで掘り下げてしまって、地上で4階建て部分のすべてを完成した後、再び土で3階部分まで埋めれば、当初の計画書のとおりとなって要綱をクリアできます。

住民が、土地の造成工事の最初の時、朝早くから夜遅くまで、ダンプが砂塵を舞い上げながら土砂を大量に運んで行ったと証言しているように、地下に埋まる部分まで土を掘り下げていたのです。

この写真の点線の部分に、工事に関する案内板があります。そこには、このように書かれています。

「工事名:軽井沢長倉別邸新築工事 設計・施工:大成建設 注文者の名前:ピーエムリゾート」

2013年、まだそれほど騒ぎ大きくなっていない頃、軽井沢ニュースには、このように書かれています。
「ある週刊誌が役所で調べると、別荘はビルゲイツ個人のものだということです。美術館兼個人別荘として使うというお話です」。

この頃は、役場もオープンだったのでしょうか。これは誤報なのでしょうか。さて、私は、昨日、この噂の巨大別荘を訪ねてみました。

去年の7月、やはりこの別荘を見てみようと近くまで行ったのですが、ネットのブロガーが提供している、いい加減な情報に振り回されて、現場にたどり着くことができませんでした。

今回も、ここを訪れたブロガーたちは近隣住民に迷惑がかかるからと、場所の詳細は伏せて記事を書いています。

しかし、これだけの巨大建造物を「個人の別邸」として建築申請を許可し、役所まで情報を出さないのは、やや異常です。情報は、きちんと開示すべきです。

そこで、現地への案内を以下のように説明しますので、興味のある方は行ってみてください。ただし、休日でも警備員がここにいます。あくまでも静かに、そして警備員に呼び止められたら大人しく撤退しましょう。

また、地点3と地点4は、リゾート地にしては、結構の車の往来の激しい場所ですから、車で行くなら、見通しの良い直線区間に停車してください。
(記事引用〆)


別荘地の軽井沢でビルゲイツ効果?その真相は如何に
ビルゲイツが軽井沢に別荘を建てている噂
不動産オンライン
 本日は軽井沢町(長野県北佐久郡)に建設中の「例の建築物」の話をします。
当建築物自体が謎に包まれていますが、住宅である点、建築主が「株式会社ピーエムリゾート」である点の2点が確認されています。一見してホテルの様に見えますが、公的機関へ提出した書類には「住宅」となっているため、邸宅である点が分かります。果たして誰の邸宅でしょうか?。一般的に「マイクロソフト」社の創業者「ビルゲイツ」の別荘と言われます。

 ビルゲイツ本人は1994年に「フォーブス」の世界長者番付でトップに躍り出て以来、13年連続でトップの座を維持しつつ、今では7兆円を超える資産を保有していると言われます。米国シアトル州郊外に住んでいますが、前々から日本に別荘を建てようと言っており、今回の建築物がそれに相当するモノと思われます。計画では今年(2014年時点)中に完成する予定ですが、関係者の話では1年延期になる様です。

建築費が80億円に上る豪華な別荘
 ビルゲイツの別荘と噂される建築物は中軽井沢(長倉千ケ滝西区)に存在しています。
国道146号線を南下し、「トンボの湯」入り口を右折し、千が滝別荘管理事務所の1000m先の右側に見えます。軽井沢全体が一望できる絶好の環境です。
工事段階では西洋風、または、モダンな建築物に見えますが、実際は回廊式和風建築と言われており、落ち着いた作りになると言われます。
 2万2000平方メートルにも及ぶ敷地面積も敷地面積ですが、何より特徴的なのが間取り、まるで核シェルターの如く、地上1階、地下3階建てと地下に深く潜る様になっています。恰もビルゲイツ自身が日本に疎開するために作られた建築物の様で、建築費は80億円と言われます。
これだけの工費を出せる人は殆どいないため、これがビルゲイツの別荘と噂される由縁です。

軽井沢の一般的な不動産価格
 ビルゲイツの別荘の建築費は分かりました。それでは、軽井沢の一般的な不動産相場はいくらぐらいでしょうか?。某不動産ウェブサイトを確認した所、土地だけの物件すら1000万円以上になる区画が大半を占めていました。
 家屋を付けると更に高額化し、高額な分譲住宅では7500万円必要とする物件も存在しています。
しかし、どの分譲物件も土地自体が大変広く、敷地面積515平方メートルに対し分譲価格2000万円弱と面積当たり単価に関しては非常に低価格です。
 しかし、軽井沢の地価は年々少しずつ上昇している傾向にあります。国土交通省ホームページのデータを確認した所、軽井沢町内の1平方メートル当たり土地価格が2000年時点で3万8000円となっていました。
その後、2005年には2万6600円まで低下したもの、2008年には5万0700円まで上昇し、2011年には4万4000円まで落ち着いたもの、現在(2014年時点)では4万6500円まで持ち直しています。

建築希望者が殺到する軽井沢
 かつては夏場の避暑地として知られ、シーズンオフはあまりお客様がいなかった軽井沢ですが、長野県としてはスキー場が少ない地域にあるにもかかわらず、ここ数年、冬場もリゾート地として知られる様になりました。

 以前、軽井沢と言ったら別荘に限られメインの住宅を建築する人は大変少なかったもの、2002年頃から別荘ではなく住むための家として建築する人がボツボツ見られ、2005年頃から別荘や一戸建てに限らずマンションも建つ様になって一気に地価が上昇しました。
 その後、やや地価が下落しましたが「買い時」と判断する人が多く、その時期から移住者の増加が目立つ様になりました。
 長野新幹線開業後、東京まで約1時間で結ばれる様になりました。更に世界各地のブランド品を取り扱う「軽井沢・プリンスショッピングプラザ」が開業して以来、ショッピング施設も充実しています。
 「ヤマダ電機・テックランド軽井沢店」や「カインズホーム軽井沢店」も進出しており、今では住むには全く問題ない土地になっています。

 その結果、ビルゲイツに限らず建築希望者が殺到する様になりました。自転車の通行量が増えたのも特徴です。この様に軽井沢に移住する人が増えたため、色々と変わりつつあります。

一時的な流行に終わるのか
 この様な軽井沢ブームも「一時的な流行」と言われます。
しかし、10年以上移住者が増え続けている以上、今後も増え続ける可能性の方が高いでしょう。その場合、避暑地としての軽井沢ではなく、マンションが立ち並ぶニュータウンとしての軽井沢になるはずです。
 特に高崎や大宮が発展した場合、それらの都市へのベッドタウン化する気がします。試しに地域の不動産を購入しても大幅に下落する危険性は少ないため、この機会に購入するのも良いでしょう。
 
 しかし、今後北陸新幹線が金沢まで延伸する等、軽井沢を巡る環境は大きく変化するため、その時にどの様に変化するかが肝心です。
(記事引用〆)

住民大激怒! 「ビル・ゲイツの軽井沢別荘」噂検証
2015年1月7日(水)PRESIDENT Online TOP
ダンプカー100台が、美智子妃ゆかりの道路を蹂躙!
PRESIDENT 2014年12月29日号
著者 軽井沢新聞編集長 広川小夜子=文・撮影 時事通信フォト=写真

軽井沢……日本の先人たちが大切に守り育ててきた自然と文化が残る場所。 
そんな場所で地域環境を蹂躙する巨大別荘の建設が進んでいる。しかも、その別荘の主は渾身の取材でお届けする怒りの告発である。
(一部抜粋)


「軽井沢」明るい秘話

全部読んだところで、次の「軽井沢秘話」の話題を明かそう。これも周知のミーハー的ニュースなので知ってる方も多いゴシップというか、「あたし知ってるんだ~」というそれはそれは軽いジョークだ。

軽井沢と「オノ ヨーコ」を結んでいるのは、その生い立ちによる。
ヨーコ・オノ(小野洋子)は1933年2月18日、銀行家の小野英輔、磯子夫妻の長女として東京府(現:東京都)で生まれる。小野英二郎(元日本興業銀行総裁)は父方の祖父。安田善三郎(元貴族院議員)は母方の祖父で、その実父は元宇和島藩士で実業家の伊臣忠一、その義理の父は安田財閥の創始者である安田善次郎。

以下、続き文を書くと面倒なので要点箇条書き。

ヨーコ・オノからみて母方の義理の「曾祖父」。義理の伯父、医学者の小野康平や外交評論家の加瀬俊一(元国連大使)。歌舞伎役者の十三代目片岡仁左衛門。伯母にはロシア人のヴァイオリニストの小野アンナ。加瀬英明(外交評論家)、十五代目片岡仁左衛門および画家の石井茂雄は従弟。戦国時代に立花氏などに仕えた武将の小野鎮幸は先祖。母方の祖父日本の4大銀行の中枢の重鎮、安田善三郎・安田財閥。
安田善三郎は貴族院議員(日本の四大財閥の一つ安田財閥の創始者・安田善次郎の長女と結婚し婿養子に入り善三郎と名前を改名)。善三郎は、安田財閥の中核組織の安田銀行(旧富士銀行、現みずほ銀行)の総裁、関連する30余の会社・銀行を掌握した金融界の重鎮。
(検索ウィキぺデア)

次に物語風なサイトを探してみたのでコピーした。

アーティストとしてのオノ・ヨーコ

芸術に関心をはらっていた父母にあった。父・小野英輔は銀行家に転身する前はもともとピアニストでした。父の尊敬する音楽家は、バッハとベートーヴェン、そしてブラームスの3B(3人の頭文字から)で、この3大家が父・小野英輔の音楽のすべてでした。ヨーコも幼い頃にピアノのレッスンをはじめさせられていますが、父・英輔が尊敬する3Bの音楽家が演奏カリキュラムのほとんどすべてをしめていました。父・英輔はそれを聴いて満足だったといいます。また、母・磯子も音楽を趣味にしていましたが、父とは真逆で、伝統的な和楽器を好みました。7つか8つもの和楽器を奏すことができたといいます。
自己流でピアノの練習は続けていましたが、ヨーコの世界がリフレクションしているジョン・レノンの『Imagine』には、楽器はピアノしか用いられていません。
ジョン・レノンが軽井沢に滞在した時に、泊まったのは万平ホテルと、小野家の軽井沢にある小さな別荘だったのです。
鎌倉にある母方の安田家の方には足を向けていません。そして母が奏することのできた和楽器をヨーコが親しむことはありませんでした。ジョンの『Imagine』の伴奏楽器はピアノである必要がありました。最もその伴奏の簡潔さは、ヨーコが幼少に特訓させられた3Bの音楽家たちのそれではなく、音符がアート作品に<変換>していくジョン・ケージの実験的音楽セオリーこそが反映しているといっても過言ではないはずです。
ジョン・レノンが軽井沢に滞在した時に、泊まったのは万平ホテルと、小野家の軽井沢にある小さな別荘だったのです。
(記事引用コピーサイト http://d.hatena.ne.jp/syncrokun2/20100708/1278616170

そこで、ジョンレノンが軽井沢に居た理由が明確になる。そして次の引用記事で、二つが合体するというわけだ。

下記「まとめ」サイトでは、かなり詳細な記事と写真が掲載してあり、故ジョンレノン画像もふんだんに載っていたりして、ファミリーの雰囲気がよく出ている。また別荘画像も、まったくシークレットではなく写っていて、規制が掛かる前のものと思われた。

ジョン・レノン。もう一度聞きたいですね、ジョンの歌。 更新日: 2012年09月22日matome.naver.

大手ゼネコンが建設中で、場所は中軽井沢の千ヶ滝付近だそうです。完成は平成25年12月頃だそうです。詳細はまだ噂話の段階ですが、そのうちテレビでも報道されるかもしれませんね。ある週刊誌が役所で調べると、別荘はビルゲイツ個人のものだということです。美術館兼個人別荘として使うというお話です。なぜ軽井沢なのか?
ビルゲイツはジョン・レノンのファンだそうですが、彼が頻繁に軽井沢に訪れていた場所だという影響があるようです。ビルゲイツ自身も軽井沢に何度か来ているようです。
(記事引用 軽井沢ニュース

エピローグ

「風が吹くと桶屋が儲かる」式論法で、はなはだ手間を取らせたが、あいにくとニュースソースを他に頼っているため、このようなスタイルとなった。

そして、ここで一つの回答が出る。軽井沢なぞの別荘はビルゲイツ個人のもので、「ジョンレノン」記念ミュージアムの可能性が高い。ちまた噂話の程度では、はっきりと断定された域ではないので、あえてここでは、そう確定してみた。
(それを裏付ける確証的ソースは引用記事による。したがってそれから得られた答えは保証されないことを明記しておく・ブログ筆者)

これを見たら息の根が止まる・・・最後に「極め付きサイト」

超豪邸!? ビル・ゲイツさんが軽井沢に建設中の別荘を見に行ってきたよ!
山川ほたる 2012年8月17日 Pouch[ポーチ]

建設現場 上空写真 
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提供サイトhttp://www.excite.co.jp/News/photo_news/p-1646761/



外部リンク http://www13.plala.or.jp/corakira/index0202.html 


性格は「腸内細菌」によって決まる:研究結果
2015.5.1 FRI  wired 
腸内細菌と脳内で起きる行動パターンとの間には、明らかな相関があるようだ。マウスでは、細菌の移植によって「性格」が変わるという実験結果もある。
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腸内細菌は、脳に大きな影響を与えている可能性がある。動物を使ったいくつかの研究で、腸内細菌の状況と脳内で起きる現象との間に、明らかな相関があることが示唆されている。
神経科学と解剖学を専門とするユニヴァーシティ・カレッジ・コーク(アイルランド国立大学のひとつ)のジョン・F・クライアン教授によれば、そのような相関を示す研究は、近年ますます説得力を増しているという。

クライアン教授は、UK版『WIRED』が4月に開催した「WIRED Health 2015」で、次のように説明した。「ある種の腸内細菌は、精神状態によい影響を及ぼす可能性があります。ストレスに対して体が適切な反応をとるために、そうした細菌が必要なのです」

最近行われたいくつかの研究では、そのような細菌を動物に投与すると、不安やストレスへの対応力が向上することがわかったという。「(細菌を投与された動物は)落ち着きが増し、よりリラックスするようになりました。脳を調べたところ、広範囲にわたって変化が見られました」

こうした特殊な細菌には名前もある。「サイコ・バイオティクス」というものだ。「ほかのほとんどの細菌は、脳の機能に対するよい影響はもたないでしょう」
腸内細菌が性格を決める
クライアン教授によれば、マウスを使った研究では、腸内細菌が行動にまで影響を与える場合があることがわかっている。例えば、腸内細菌をまったくもたないように繁殖させたマウスは、通常の腸内細菌をもつマウスと比べて非社会的な行動が多くなり、ほかのマウスと過ごす時間が少なくなるという。

同様の影響は、動物の糞を別の個体に移植して腸内細菌を移す「糞便移植」を行ったケースでも見られている。不安傾向の強いマウスに大胆な性格のマウスの糞便微生物を移植したところ、移植されたマウスはより社交的な行動をとるようになったことが確認されたそうだ。
さらにクライアン教授は、研究はまだ初期段階だと念押ししたうえで、ヒトの脳画像を用いた研究によれば、動物実験で確認された腸内細菌の効果の一部が、ヒトでも発揮されるかもしれないと述べた。

「こうしたことがヒトでも確認されたとしたら、その影響は非常に大きいものです」とクライアン教授は言う。われわれは治療のためにこれまで細菌を殺してきたが、細菌は、身体と精神の健康のために不可欠な存在であることがわかりつつあるのだ。
“Lifeless Face #022” BY Nottsexminer (CC:BY-NC-SA) 画像

日本人の腸だけに存在? 海藻を消化する細菌(関連記事)
wired 2010.4.9 FRI
日本人の腸だけに存在?:海藻を消化する細菌
フランスの研究者が、藻細胞壁の分解を専門とする酵素を特定した。この酵素を生成する細菌の菌株は、日本人の腸にしかいないらしい。

海洋細菌の中で、藻細胞壁の分解を行なう酵素を特定した」とフランスのStation Biologique de Roscoff(ロスコフ海洋生物研究所)の生物学者、Mirjam Czjzek氏は述べている。「この酵素が見つかる他の場所は1つしかない。それは日本人の腸に見られる細菌の中だ」
科学雑誌『Nature』の4月7日号に掲載されたこの発見は、Roscoff研究所の生物学者Jan-Hendrik Hehemann氏によるZobellia galactanivorans(ゾベリア・ガラクタニボランス:一般的な海洋細菌)の分析から始まったものだ。この研究の中でHehemann氏は、ポルフィランを分解する酵素を見つけた。ポルフィランとは、紅藻類の細胞壁で見つかった炭水化物だ。
この酵素をコード化する遺伝子は、他の場所で発見されていた――人間の腸で見つかった微生物、Bacteroides plebeius(バクテロイデス・プレビウス)のゲノムだ。だが、すべてのB. plebeius菌株が、藻を分解する酵素を生成するわけではない。そういった菌株は、日本人にしか見つかっていないのだ。
研究者たちによると、この酵素はZ. galactanivoransが紅藻類を食べるのを助けるという。紅藻類の中で西洋人にとって最もなじみが深いのは、巻き寿司の周りに巻かれている海苔だろう。[紅藻類は、セルロースと厚いゲル状多糖からなる細胞壁を持っており、これが海苔や寒天など、紅藻から作られる製品の原料となっている]
日本人の過去において、どこかの時点の誰かの腸で、この酵素をコード化する遺伝子が、Z. galactanivoransからB. plebeiusに入り込んだのだ。この幸運なB. plebeiusは、紅藻類を処理するという新しく得た能力を活用して腸環境に広がり、最終的には日本人の集団に広がって、彼らの海藻をたくさん食べる食事習慣から、さらに多くの栄養を得るようになったのだろう。
人間の腸内には無数の細菌がいて、彼らが生み出す消化酵素の利点を人間は得ていることは知られているが、「このような民族的な違いを示した研究はこれまでにないと思う」と、Emory大学の免疫学者Andrew Gewirtz氏は語っている。
ただし、この研究は18人の北米人しか対象にしていない[日本人では13人のうち5人がこうした腸内細菌を持っていたが、18人の北米人は持っていなかったという]。この腸内細菌が人の海藻の消化にどれほどの影響を与えているかについては測定されていない。また、海藻を食べない人の中でこの細菌がどうなるかについてもわかっていない。
「2年前から寿司を食べるようになったが、自分もこの酵素を持っているのだろうか、とよく聞かれる。その答えは、その可能性は非常に低いというものだ」と、Czjzek氏は語る。「昔は海藻は殺菌されていなかった。現代では海藻は、火を使って準備され料理されるので、こういった移転が起こる可能性はかなり低い」
この論文に対するコメントを書いたスタンフォード大学の微生物学者、Justin Sonnenburg氏は、「現代の先進国では、非常に衛生的になり、大量生産され、加工度が上がり、カロリーも高い食品を食べている。これは、環境における腸内細菌の遺伝子プールが減少するなかで、個々人の腸内細菌群がどれだけ適応できるかをテストしているようなものだ」と述べている。
一方で、食事がグローバル化したことによって、人々は、それまで食べていなかったような食物を食べる機会を得ている。「次に知らない物を口にするときは、一緒に摂取するかもしれない微生物のことを考えてほしい。最も親しい10兆の友人[腸内細菌]の1人に、新しい食器を提供することになるかもしれない」とSonnenburg氏は述べている。

wired参考論文: “Transfer of carbohydrate-active enzymes from marine bacteria to Japanese gut microbiota.” By Jan-Hendrik Hehemann, Gaelle Correc, Tristan Barbeyron, William Helbert, Mirjam Czjzek, & Gurvan Michel. Nature, Vol. 464 No. 7290, April 8, 2010. “Genetic pot luck.” By Justin L. Sonnenburg. Nature, Vol. 464 No. 7290, April 8, 2010.













    外部リンク http://www13.plala.or.jp/corakira/
 

その.1 「桃源郷」という説話が中国にあった~

 「桃源郷」という説話が中国にある。
 「晋」の太元年間(376年~396年)、武陵(湖南省)に住む漁師の男が見たという実話として語られていたという。それは多くの人に広く知られていたノンフェクションの世界だった。

 その内容は、神話、民話、寓話、異類婚姻譚など定型的な文のスタイルで書かれてある。それには多少の誇張と創作、加筆もあるだろうが 、こんな世界に憧憬する、と一瞬おもうような、それはそれは美しい世界だ。 

「むかし、むかし、あるところに・・・」、という民話の世界は、いまでは再現不能だか、農家は農家なりの事情があってTPP問題も絡んで安閑としていられない。

 それで最近、田舎の風景も変わってきて、野良仕事をする農夫の姿を見なくなった。だからといってこの日本から米作りが消えたわけではない。作付けの種類も変化し、稲作田に今では「小麦」栽培している。面積にして10ヘクタール程度だから、一人二人の個人の気まぐれでできるものでもない。おそらく農協ルートの上の上(農林水産庁)の政策の一環だろうとはおもう。

 それはさておき、少し前までは、野良着姿のお婆さんが、背中に籠を背負って歩く姿をたまに見かけたことがあったが、いまではまったく見なくなってしまった。多分、別世界に遊びにいったのだろう。
 
 その姿が印象的でいまでも覚えているが、着ている物が、まったく廻りの風景と同一化していて、違和感がない。極端な言い方をすると「保護色」衣装だから、そう見えたのだろう。まるでそれは野鳥の色合いで、ケバケバしくなく主張もなく、まったくその日本的なセンスに感嘆していた。

 その本人が、意識してそうしているとは思えず、おそらく生まれ付いての環境とか、社会風土から発生した容姿だと思う。そこから読み取れるものは、集落助け合いの互助精神から派生していて、穀物育成の方法にしたって田畑の水利を個人一人でやっていたのでは、たちまち渇水して作付け食料はあっという間に枯れてしまう。
 
 そこに必要なのは山間の「ため池」施設で、これは江戸時代以来の藩の事業で、それが全国規模で展開していた。だから昔から農家は、手厚く保護されていたし、また小さな村社会の秩序を維持しており結果的に、そのお婆さんは、雀のような迷彩保護色にいたったのだろうと、勝手な想像をしてみた。

 その村の道路は「大型農道」としてパイパスの役目があり、なまじ都会の高速道路よりずっと速い。広々した稲作地帯に、ポツンポツンとコンビ二があり、高速道路のサービスエリアとまったく変わりない。

 そんな風景の中を冷暖房の効いた車で走っているのだから、「桃源郷」があるはずがない。もしそれがあったとしたら、奥の方にチケット売り場のゲートが待ち構えていることだろう。
 所詮、それは無い物ねだりをしてはいけない、という見本みたいなものだった。
 
 
 ある日のことでした。
 
 山奥の谷川に沿いに船を漕いで上っていたときです。漕ぎ出した場所から随分と上流に進んでいたと思うような川面でした。
  
 そこに突如として桃の木だけが生茂り、桃の花が辺り一面に咲き乱れる桃林が両岸に広がる場所に辿り着いたのです。 
  
 桃の花の芳香、そしてピンク色の美しさ、桃色の花びら、風に舞う花粉や舞い落ちる景色が目に映りました。その郷にすっかり心を奪われた男は、もっと奥にあるはずの源を探ろうと、さらに桃花畑の中を登り、やがて水源に辿り着いたのです。
 
 そこは山でした。
 
 その山腹には穴が穿ってあり人が一人通り抜けられるだけの大きさで奥から光が見えた。男はその穴の中に潜り込み歩いた。
 
 そして穴を抜けるとぱっと視界が開け、そこには広い平野が静かにたたずんでいた。その風景の中には農家があり、庭には田畑も池も桑畑もよく手入れされて美しい里の景色を見せている。
 
 遠くの野良を歩く人や仕事をしている人は外の世界の人と同じような衣服を着て、みな微笑みを絶やすことなく、そしてせっせと働いていた。
 
 その村人が男をみつけて近づいてきた。男が自分は武陵から来た漁師だというとみな驚き家に迎え入れ食べ切れないほどのご馳走でもてなした。そして村人たちは男に、よその世界の話しを訊くのだった。 
 
 男は、こんど村人たちの話しを訊くことになった。その村人たちの話しで、村人らは秦の時代の戦乱を避け、家族や村ごと逃げた末に、この人里離れた山奥の誰も来ない地を探し当てた。

 ・・・ ・・・ 
 
 その男は無事岐路に着き、その土産話を現世で喋りまくったが、その村里は、ようとして探し出すことが出来なかった・・・。

 というオチで結ばれている。

 この「桃源郷」話しは、中国「晋」時代の太元年間(376年)に実際あった話と伝えられるが、東北地方の被災地では「ふるさと」の歌を聴きながら、そんな風景の中に再び舞い戻りたいと切に願っているに違いない。



その.2 スピノザ (1632-1677)オランダ          

スピノザの理神論的証明
(1) 定義
 神とは、全ての物の究極原因で、自らはなんらの原因のもたない存在者である。
(2) 定理
 自らにおいて存在し、自らによって解され、絶対無限の実有である神は唯一である。
(3) 定理
 自然における万物は、神あるいは属性の表われであり、神=自然である。

彼は定義の中に本質があり、そこから神の存在も言えると考えた。
”神は万物を自由意志によって生ずるのでなく、自己本来の法則にしたがって必然的に生ずるのである。ちょうど、三角形の本質(定義)からその内角の和が180度に等しいということが必然的にでてくるのと同じである。”
(参考文献 エチカ)

・デカルトの説明と良く似ている。両方とも三角形を使っているよ。

スピノザはデカルトの影響を受けているから、数学の方法を使って彼の哲学をつくりあげたんだ。

・神様は、僕達みたいに勝手に思いつくまま何かをしているのではなく、法則にしたがっているということか。つまり、自然の法則を探ることは神様の仕事を探っていくことと同じなんだね。

・すると、法則=神ということにならない?

・そんなら、法則さえあれば別に神様なんて考える必要はなくなるじゃん。

 そうなんだ。スピノザは神を信じていたけれど、彼の哲学から無神論が出てくる。
いずれにしても、証明が日本や中国には発達しなかったわけも想像できるね。ヨーロッパで科学が発達しえたのも、こういう風土が大きく影響していることは間違いない。

・まいったなあ。こんな神がいるのかいないのかまで証明しようとする連中の文化を、日本に持込んで僕たちに証明をさせようとするのは、無理があるんじゃないのかなあ。

・でも、キリスト教の影響を受けた証明(科学)が日本や世界で広まったのはどうしてなんですか?

うーん!それは良い質問だ。科学は神の創造の仕事をたたえるために始まった。ケプラーは惑星の運動の法則を見つけることで、神のすばらしい宇宙創造の仕事を明らかにしたと考えた。
つまり神の存在証明だったんだ。ところが、そういった法則が次から次へと見つかっていく中で、スピノザのような「神=自然」の考えが出てきて、やがて自然の中に現れている秩序の追求(法則の発見)だけが科学になっていったんだ。だからキリスト教以外の人々にも広がったといえる。

 その外にも、自然環境や経済、技術、人口の問題などなどいろいろなことが影響していると思うけど、それはみんなで調べてみようよ。

参考文献(新しい科学論:村上陽一郎)
「はまぐりの数学」より http://www.rd.mmtr.or.jp/~bunryu/god1.shtml


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バビロニアよりの贈物.1
 エーゲ海の南部に浮く大きな島、クレタに古代ミュケナイ文明があったことはあまり知られていない。 
 太古より神の請託を受けたクレタ島は、かつて青々とした緑の樹々が生い茂りアーモンド・オリーブ・クリ・クルミ・カリン・ザクロなど果実がたわわに実り、古代の島の人々は芳醇な香りに包まれていた。
 
 クノッソス宮殿跡はミノア文明の幻影を今に伝える。そこには青々とした緑の樹々がエーゲ海の潮の匂いとともに生い繁り、人々は豊かな秋の収穫を神に感謝し祈りを捧げた。それはこの世の楽園を映し出していた。

 現在、野生化したそれらの樹木から今でも果実を採取している。そのことが数千年前の歴史を知る手掛かりであることは、人々のあいだに伝えられた言伝え伝承とともに、より雄弁に歴史を教える場合もある。
 ミュケナイ文明はクレタの伝説ミノス王を称えてミノア文明ともいう。そしてクノッソス宮殿遺跡はミノア文明のかつての栄華を今に伝えている。

 クレタ島の伝説によれば、王は祭司にして領主、保護者にして救済者である。そしてクレタ島の王「ミノス」はゼウスの息子である。
 ギリシアの盲目吟遊詩人ホメロス著・伝とされる長編叙事詩『オデュッセイア』にその記述がありミノスは「おおいなるゼウスの仲間」としている。そしてミノスは九年間王として君臨した。

 クレタに隣接する島、キプロス島の神殿には前屈みの女の像が見つかっているが、それは生殖に関する呪術儀式ともみられ古代の呪儀的要素を現す。
 その奇異な女の像の容姿からある説が生まれた。娘は好奇心のおもむくままに窓から覗き、その時神に襲われたとする神話がアナクサレーテ神話の主要な筋書きである。娘は恋人に対してつれない意思表示をしたために相手が死に、そのことに何の感情も示さず、恋人の葬列が通過するのを窓から覗いているだけだった。
 石の心をもったアナクサレーテは石像になり代り、不滅身体の化身として娘はアプロディーテの神殿の神となったと伝えられる。
 ギリシア神話には果実と神の関係が頻繁に登場する。ホメロスの『オデュッセイア』に登場する王アルキノオスの果樹園を語った中に、ナシやザクロ、リンゴやイチジクなどの樹々、樹液をいっぱい蓄えたオリーブなどが育っていた、と記録している。ギリシアのその時代すでにイチジクが栽培されていたことを物語っている。  

 イチジクがクレタ島からギリシアに移入したことは、その名の由来からしてクレタ島から出ていることでも明らかだった。クレタ島では野生化した樹木から現在でも果実を採取していることが伝説史実をより確かなものとして雄弁に語っている。

 また神聖樹を引き抜きその樹から抜け出した神が巫女に憑依する様は、ペルシア神話の善神であるオフルマズドの神託によって二本の樹から実った果実より二人の男女が生まれ出ることに比較される。原人ガヨーマルトの精液は原始人間を生み出す男女それぞれの樹を創造した端緒的要素の神話である。
 その精液はギリシア神話においてゼウスのモノになり変わり、またイチジクの乳汁に喩えられる。そのイチジクはクレタ島からギリシアにもたらされた。そしてイチジクは男根的なシンボルとして古代神話の中で象徴的に語られている。そのイチジクが女神ナナのアッティス受胎神話ではザクロにかわる。

 古代クレタ島では女性が祭祀の儀式を担っていた。クレタの儀式では植物の生長を促すための精神的高揚のエクスタシー的トランスを伴った舞踏、穀物の豊饒を願う雨乞い儀式など呪術祈祷があった。
 そして最も神聖である聖樹が引き抜かれる。樹から抜け出した精霊が宙に乖離し、この精霊の神が巫女に憑依した。そして儀式の主要である祈祷と舞踏により神が降神する空間の場には神聖な場を示す囲いが施され、樹々の枝が上空を遮る空間に祭壇が設けられる。

 クノッソスの遺跡から大地母神像が発見されているが、その両手に蛇を持つ。この大地母神像と蛇の関係は巫女と考えられており神聖な神の仕いと解釈されている。そして蛇を飼うための土器も発見されイラクリオン博物館に展示されている。紀元前一五〇〇年前のミノア文明の事実が土器によって明らかにされた。

 日本神話の骨格である天照大神と天鈿女命による天の磐戸物語は「クレタの儀式、女性が祭祀の儀式を司り植物の生長を促すための精神的高揚のエクスタシー的トランスを伴った舞踏、穀物の豊饒を願う雨乞い儀式など呪術祈祷」、と比較することができる。

 『古事記』に登場する天鈿女命はシャーマン的要素の強い神でありクレタ島における女性が祭祀の儀式を担った巫女と同義である。
 クレタの古代儀式において植物の生長を促すための精神的高揚を伴った舞踏、穀物の豊饒を願う雨乞い儀式など呪術祈祷は、天鈿女命の所作とまったく同じと解釈してもいいほど酷似している。
 
 その話の出所がクレタの古代儀式であると断定する根拠は一切なく、日本神話の故郷は東南アジアにそのルーツがあると考えるのは有力な一般説である。そのことは712年太安萬侶によって書かれた書物によって訪ねることができる。
 朝廷に仕えていた猿女君は祭祀を司る女系一族で天鈿女命の子孫であると『古事記』に明記している。そして宮廷内の祭祀、古代儀礼である御神楽はこの猿女君によって行われていた。
 紀元前20世紀から前15世紀に栄えた古代のミュケナイ文明は紀元前17世紀を最盛期とするが、同時代よりやや下った年紀にバビロニア、そしてペルシアの予言者ゾロアスターが歴史上にいる。

 イギリスの考古学者、アーサー・エヴァンス卿(1851~1941)によってクノッソス宮殿遺跡が発掘され、1901年に発表された論文には「樹木に対する崇敬と聖なる石に捧げられる」と書かれてある。かつての隆盛を物語るクノッソス宮殿遺跡はエヴァンス卿によって明らかにされ、そして人々の知るところとなった。

 クレタの伝説ミノス王を称えたミノア文明は植物と共に生きる人々の生活を如実に示した神への祈りが聞えてくるようだ。それら周辺諸国の古代神話と共通項を持つクレタ島の古代ミュケナイ文明はアーサー・エヴァンスの発掘調査をもとに、彼の指摘するクノッソス宮殿遺跡の「樹木に対する崇敬と聖なる石に捧げられる」との結論を導いた。

 紀元前1520年から前1450年の間で、クレタ島のすぐ北にあるサントリーニ島が火山噴火をおこしミノア文明は崩壊した。
 またクノッソス宮殿はそれ以前に大地震によって崩壊している。クノッソス遺跡から造船用の工具類が大量に発見され、ミノアでは近隣諸国より先んじてすでに高い造船技術があったことを示している。
 木材・土器・青銅器など輸出していたと見られるが、それに欠かせないのは豊富な木材資源を潤沢に消費していたことの裏付けであった。
「太古より神の請託を受けたクレタ島は、かつて青々とした緑の樹々が生い茂りアーモンド・オリーブ・クリ・クルミ・カリン・ザクロなど果実がたわわに実り、古代の島の人々は芳醇な香りに包まれていた。そこには青々とした緑の樹々がエーゲ海の潮の匂いとともに生い繁り、人々は豊かな秋の収穫を神に感謝し祈りを捧げた。それはこの世の楽園」を思わせた。太古よりクレタ島は森林資源に恵まれていたのである。

 紀元前2000年紀、クレタ島の南部アギオガリーニの花粉分布を調査したボッテマ博士の報告によるとカシ・ナラの森が島を覆っていたという。大陸と隔てた地理的条件は他国の影響を受けることなく森の楽園を誇ってた。クノッソス遺跡やマリア遺跡など四つの主要な遺跡がその事を雄弁に物語っている。

 しかし「サントリーニ島が火山噴火をおこしミノア文明は崩壊した」、と思われたていミノア文明は死んではいなかった。
 近年の調査でサントリーニ島とクノッソスの土器形式を精緻に比較検討してみれば、噴火後においてサントリーニ島の生活痕跡は消失したが、クノッソス住民は存続していたことが判明した。さらにサントリーニ島火山噴火年代を科学的に調査した結果従来説が覆った。トルコのアナトリア高原の年輪解析を分析すると噴火は紀元前1628年であるという値を示したのである。そこから得られる答として噴火後もミノア文明は持続していたという見解だ。













 

麟子鳳雛(りんしほうすう)
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参考・デザインソース】 | 令始画帳
reishi-design.jp637×320画像で検索 伊藤若冲 老松白鳳図








麟子鳳雛」(りんしほうすう)意味  四字熟語「麟子鳳雛」 麟子」は伝説上の霊獣の麒麟の子ども、「鳳雛」は伝説上の霊獣の鳳凰の雛。

森と雨

古来より行われてきた稲作は日本民族として欠かせない田園風景の一つである。その伝統的耕作は弥生時代に水稲耕作として渡来した技術と言われる。ゆえに日本の文化は稲の文化と称される。

水稲を育てるのは水であり、天から降る雨が唯一の水源である。日本の一年通して降る雨は1600から1800ミリで世界平均800ミリの倍の量であり、その雨水に恵まれたのが日本の国土である。

また、この豊富な雨は木を育て日本の国土面積三分の二を覆う森林を養う。まさに雨は天からの恵みの水なのだ。 

天からの授かりものの雨だが純粋無垢というわけではない。海の水が太陽熱で蒸留され雲を作り、それが凝結したのが雨だが、そう簡単な構造で雨は降らないのだ。
雲の塊が雨となるには動機が必要である。海のしぶきから出来た塩の粒子、都会から排出される煤煙、硫酸、アンモニアの水溶液の粒子、植物胞子等々のゴミが空に届き、それらが核となり雲の中に雨滴を作って地上に降りそそぐのが雨である。酸性雨などはそのよい例だ。

そして雨は植物の胞子をも洗い落とし植物の生育を助長させる力もある。その雨力に支えられて育った森林は古代より人間の拠り所でもあった。 

人の手が加えられた森は特定の木を育てるために作られており人間の都合のいい形に造作してある。しかし原始の森、勝手気ままに木々が育成した森は人の侵入を拒み、陽射しが地表に届かない黒く暗い鬱蒼とした森は不気味な静けさと神秘性を秘めている。その森に雨が降りそそぐと淡白色の水蒸気が再び発生し森は幻想的な静寂につつまれる。 

そこに吹く風は色がある。もちろん緑の風なのだがモノトーンではない。森に生える植物がつける葉の色すべての葉緑素の色である。
その雑多な色素を数えた人は多分いないだろう。風はその一色一色に吹きわたり緑色に染まっていく。

大風が吹くと、その全部が混じり合って黒緑の風をつくる。大地を覆い隠した森は風を吹かせる。

古代中国殷の国土はかつて緑に覆われていた。

しかし現在中国の森林面積は10パーセントしかない。さらに現在の黄土高原には5パーセントの森林しか残っていない。そこに降る、黄土高原年間降水量は400ミリである。

「殷」を含む黄土高原周辺の森林面積を試算した中国の研究者がいる。中国社会科学院・安陽工作站、陝西師範大学の朱士光教授である。 

3500年前の古代都市殷の地域では80パーセントが森と草原だった。朱士光教授は、その時代の自然環境を調査し周辺の古代遺跡から、かつて3000年前の黄河流域ではアジア像、サイ、四不像の角、ハゼの花粉が確認され、古代に棲息していたと結論付けている。

それは古代の黄土地帯が広大な自然の森に覆われていたことを物語るものだった。

さらに1500前(南北朝時代)には50パーセントに減少した、と朱士光教授は報告している。その黄土高原に中華民族の祖・黄帝墓である黄帝陵が残されており、数千年の時を経てなお原始の杜が守られていた。

殷から森が消えたとき風は止んだ。そして人も神もいなくなった。

森の消滅は人の住むべき土地を奪ったが、人の住んだ痕跡は確実に残した。殷墟が発見されたのは102年前のことであり、それは3500年前の槿花一朝の栄華を見せてくれたのだ。

1899年に発見された古代文明の足跡である亀甲文字は殷王朝の遺物として20世紀における最大の考古学的発見といわれた。

亀甲文字は殷帝国文明の確かな証であるが、この亀甲文字は発見当時「竜骨」と呼ばれていたのである。骨の上にぎっしりと刻みこまれた古代謎の記録。その神秘的記録は発見当時まったく意味を理解することができなかった。

1899年、その謎の文字と運命的に出会った二人の人物がいた。王懿栄と劉鉄雲、ともに古典学に精通しており、そして金石学の研究者である。 

懿栄は当時マラリヤを患っており病魔を克服するために色々な処方を試していたが根治しない。
しかし、このことが甲骨文字発見の動機になったのである。当時の中国社会では竜の骨は漢方薬として出回っていた。マラリヤの処方薬として漢方薬「竜の骨」が効くと世間に知れていたのだ。病魔に悩まされていた懿栄のために鉄雲が買い込んだ古色蒼然とした骨を手にしたその竜の骨に、謎の文字が刻まれていた。
「竜骨」研究はここから始まる。それからのち多くの学者による研究によって、ようやく解読されるに至り「竜骨」文字は後に亀甲文字、最終的には甲骨文字として世界にデビューしたのである。

1903年、劉鉄雲は「鉄雲蔵亀」6冊を一人で編纂し甲骨文字を世界に紹介したが1907年、53歳で不遇の死を遂げた。
 
しかし何故、竜骨であり亀甲で、また甲骨と呼ぶのだろう…。それは鹿や牛の骨、そして亀の甲に刻まれていたからである。

一説によれば竜骨とは、太古の獣の骨のことを指すという。では太古の骨が「竜」とすれば、その竜はどこにいったのか。太古に生きた動物というが、しかし、それを見た者、また絵にした証拠がない。
ゆえに想像上架空のまぼろしの生き物が竜ということになる。太古の時代に生きた動物として恐竜の存在が化石として確認されているが、実際に生きた恐竜を見たものはいない。

映画ジェラシック・パークでは恐竜が主役となり画面の中のCGでリアルな生態を見せていた。また世界の博物館では、その建物と同じ位の大きさの恐竜の化石が展示してあり一億年前の動物がつい最近まで生きていたのだと錯覚してしまう。ところが人間の歴史はそれに遥かに及ばないのである。

まぼろしの竜、想像上の動物、架空の生き物など、その形容は様々である。観た者が誰もいない(今あるすべての情報では)という点において神格化、そしてカリスマ性を備えている。したがって今日のハイテク社会に至って「畏れおののく」ことはなくとも、竜を捕えてペットにしようなどと不遜な考えを抱くものはいない。

龍は竜神、亀は亀甲、鳳は鳳凰、麟は麒など、いずれも霊妙な徳のある動物として中国古代で神格化されていた。また珍しいものとして人になぞらえ聖賢人にも例えられた。

麟子は麟の子、鳳雛は鳳の雛のことで威光を放つ幼子という意味をさす。同様語では麟鳳亀龍があり同じく神聖な動物としてあがめられ、今日の先進社会になった今でも全く同じように神聖な神とされている。 

龍とおなじく麒麟は想像上の動物として神聖化され、肢体は鹿であり尾は牛、蹄は馬に類し、五色に輝く毛があって雄を麒、雌を麟と呼び、聖人が世に現れると出現するという伝説がある。また他説では、麟は大鹿、雄の鹿との意味もあり、また「燐」に通じるとして光り輝く様を現す、とされる。 

竜については紀元前4世紀末から500年間、蒙古地方を根拠に繁栄した遊牧民族の匈奴、その長たちが集まり天を祭る場を龍城といい、また匈奴の地名、朔北の地も意味する。
古代中国紀元前より言伝えられてきた想像上の動物は一種、荒唐無稽とも解釈できるが現在に生き長らえていないからといって全くのデタラメと断定することも、また根拠の無い話しである。 

古代生物

古くから言い伝えられてきた神の仕いの動物たち亀・鳳・麟は今でも現存し、頭の中でイメージできるが残された一つの神、竜をシュミレーションすることが出来ない。

竜はこれまで多くの想像図は描かれてきたが、そのどれも信憑性に欠ける。それは何故か。実存しない、見たものがいない、過去に生きたその図がない、と諸説を並べても百花斉放で茫漠感が拭い切れない。
そこで最新のデータを挙げて竜の居所を探ってみた。平成13年10月27日付の新聞に載せられたワニの記事である。
 
アフリカのニジェール中東部で全長が大型バス並みの約12メートルに達するとみられる約1億1000  年前の巨大ワニの化石を米シカゴ大学のP・セレノ教授らの発掘チームが見つけ、26日付の米科学  誌サイエンスに発表した。

全身の様子が推定できる化石では最大。あごや歯の形から魚のほか時には小型の恐竜も食べていたと見られる。
化石は1964年に頭骨の一部か見つかり「サルコスクス」(肉のワニの意味)と命名された。その後セレノ教授らが、頭骨や背骨、甲羅のように背を覆う「鱗板」など全身の化石を新たに見つけた。
頭骨は最大のもので約1・6メートルで、口先が細長いのが特徴。体重は8トンに達したと推定される。
生涯成長し続けたと考えられ、鱗板に残された成長を示す縞模様の推定で、巨大肉食恐竜ティラノサウルスとほぼ同じ最大サイズに達するまでに50から60年かかったと見られる。(平成13年10月27日付 読売新聞)

また朝日新聞では「サルコスクス・インペラトル」と呼ばれるワニ類の祖先。発見場所が内陸の河川のたい積物の地層だった。
国立科学博物館の真鍋真主任研究官は「サルコスクスが見つかった同じ地層から、史上最大級の肉食恐竜の化石が見つかっている。当時の平均気温は今より数度高く史上最高の温室状態だったと考えられ、環境と進化の観点からも興味深い」とのコメントを述べている。(平成13年10月27日付 朝日新聞)

考古学界では昨今の正確な最新機器の精度で測定精度が格段に進歩し新発見、新事実が続々と登場する。この地球上に二億年前の哺乳動物「ハドロコディウム」(大きな頭)推定体重約二グラムが存在した事実を化石が証明したことも、そうした出来事である。恐竜が絶滅する以前、すでに哺乳類が生きていたのである。  

原始哺乳類「ハドロコディウム」が2億年前、ワニの祖先「サルコスクス」が1億年前にこの地球上に生きていたことを化石が証明した。
このサルコスクスが地球上で恐竜と生存競争をしていた。恐竜化石の存在で過去に生きたことは判るが遥か昔に絶滅し今はいない。

今回発見のワニの祖先「サルコスクス」は現在棲息しているワニとほぼ同じ体型と推定されるがその大きさが桁外れだ。
ワニの原形だから今のワニをスケール拡大して想像すればイメージできる。大型バスのサイズ12メートルだ。
この「ワニ」は亀・鳳凰・麟などと同じく、今でも現存しているにもかかわらず古代文明中国において神聖化されていない。
古代中国文明の影響をうけている日本において、その記述がないわけではない。

古事記にそのワニが登場している。古事記の中でもっともドマチックなトヨタマヒメノミコトがワニに化身してしまう場面だ。
自ら小屋を作り、そこで御子を生むが夫に覗かれてしまう。恥ずかしさの余りワニに化身して御子を置いて自分の国へ帰ってしまう。これが何故ワニであるのか良く判らないが、この場面は当時の古代日本において創作ではなく、中国、朝鮮そして広くアジアに伝わる一種の神話物語の定型として言い伝えられて来たものであるらしい。

それでも何故「ワニ」なのか根源的な理由を説明できる記述が見当たらない。「はるか昔よりアジア一帯に伝承されてきた神話である」の説に、それ以上の説得力のある理由を捜し出すことが無力である。なお現代解釈ではワニを「サメ」と見るのが一般的だが、巨大ワニ化石のの発見で伝承神話を再検討する必要がある。

伝説の神の遣いの動物、亀・鳳・麟は今でも現存しておりイメージできるが残された唯一つの神、竜をシュミレーションすることが出来なかった。
竜の想像図のどれも信憑性に欠けるし、また古代壁画もなかった。今回のワニの祖先の化石は竜をシュミレートするに最も近い候補と想像心を肥大させるのだが。
地球上に棲む生物の栄枯盛衰は古代生物の考古学的研究でさらに変化に富んだ生き物がいたことを証明するだろう。

甲骨

甲骨文字が発見される以前では地元住民の間では、それを竜骨と呼んでいた。竜骨と呼ぶくらいだから竜の骨と信じていたのだろう。
だからその当時では古代中国の歴史的価値のある甲骨ではなく漢方薬の竜骨でしかなかった。民衆にとって謎めいた訳の判らない文字などは、どうでもよかったのである。
 
ところで殷時代の甲骨文にはあらゆる情報が刻み込まれていたが、その中に戦いの記述ものこされている。殷帝国と度々戦火を交えた敵国の「羌」である。
「羌」は河南西方の山岳にいた異族で戦によって捕らえられた者は奴隷にされたり、犠牲として斬首され殉葬された。

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甲骨文の研究者である貝塚茂樹氏は殷の思想観をそのように語る。







アジアにおけるパワーゲームの関心度!!!
このニュースを日本人が、どの程度関心を持って注視しているか知りたい。記事を読む限りでは、所詮ジャブ程度の双方探りあいだが、きわめて本気な気がする。

アジア領海におけるアメリカのタスクは、以前より重点を置いていただけに、出方によっては「自衛隊」がなんらかの方法で関与するようになると緊張感をもって見守る必要がある。
つい先日書いた自衛隊「朝霧駐屯地」の拠点設置がにわかに真実味を帯びる。
http://blog.livedoor.jp/raki333/archives/52050510.html

米中パワーゲームで緊迫する南シナ海 人工島の面積は昨年末の4倍に
木村正人2015年05月22日 07:48
米国が仕掛けたチキンゲーム
これまで、のさばらせすぎたのがまずかった――と、米国が南シナ海で中国にチキンゲームを仕掛けている。中国は漁船、海底油田の開発施設、公船などを使って既成事実を少しずつ積み重ねている。

狡猾な「サラミソーセージ薄切り戦略」で米軍との正面衝突を避けながら、南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島で人工島を次々と埋め立て、滑走路の整備を急ピッチで進めてきた。

南シナ海や東シナ海で中国が米国の同盟国ともめ事を起こしても、米国は対中関係に響かないよう報道向け声明で非難するだけだった。このため、フィリピンや日本は米国に強い態度を示すよう何度も求めてきた。

中国の横暴をこのまま放置しておくと南シナ海に「不沈空母」がいくつできるか分からない状況になってきた。早ければ2017年にも空母艦載機が離着陸できる人工島の滑走路が完成する。そうなれば安全保障上の脅威は一気にエスカレートする。

南沙諸島をめぐっては中国や台湾、フィリピン、ベトナム、マレーシアが領有権を主張している。米国はこれまで他国の領有権争いに首を突っ込んで来なかったが、もう知らぬ顔の半兵衛を決め込むわけにはいかないところまで追い込まれた。

来年の米大統領選をにらんで共和党のマルコ・ルビオ上院議員は中国に対してもっと毅然とした態度を取るようオバマ政権を突き上げている。中国問題は米大統領選の大きな争点になるはほぼ確実だ。

人工島の上空を飛行した意味
米海軍の哨戒機P8-Aポセイドンが、中国が滑走路を建設するファイアリークロス礁や、ミスチーフ礁の上空1万5千フィート(4572メートル)を飛行した。中国側は米哨戒機にすぐ離れるよう警告した。

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米軍の哨戒機P8-Aポセイドン(米海軍HPより)
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米CNNのクルーが同乗しており、米哨戒機の乗務員は偵察活動が初めてではないことをにおわした。この様子は全世界に放送された。

ベトナムやフィリピンはかつてファイアリークロス礁やミスチーフ礁を支配していたが、現在は中国が実効支配している。米国は中国に対し、領有権争いのある岩礁での埋め立てを中止するよう要求。中止しない場合は、人工島の12カイリ以内に哨戒機や軍艦を派遣すると警告してきた。

いずれの国の船舶も平和や安全を害することがない限り他国の領海を通航することができる(無害通航権)。一方、領空に入る場合はその国の許可が必要だ。

グレーゾーンがある海と違って、領空はシロ・クロがはっきりしている。米軍機がファイアリークロス礁やミスチーフ礁の上空を飛行し、CNNを通じて世界に伝えたということは中国の領有権を認めないと宣言したことになる。

なめられた米国
 
米国のケリー国務長官は今月16~17日、中国を訪れ、習近平国家主席や王毅外相らと会談し、南沙諸島での埋め立て中止を求めている。しかし、王外相は「主権と領土は断固して守る」と強く反発した。言ってダメなら行動で分からすしかない。CNNのニュースにはそんな意味が込められている。

なぜ米国が重い腰を上げたのか。国際コンサルティング会社IHSが発行する軍事専門誌「ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー」から南シナ海の状況を見てみよう。

(1)ファイアリークロス礁
南シナ海その1
滑走路の一部ができ上がったファイアリークロス礁(IHS提供)

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最初の組み写真は(上)2月6日撮影(下)3月23日撮影。下は3月23日撮影した写真を拡大したものだ。全長3千メートルの滑走路のうち幅53メートル、長さ503メートル分が完成し、幅20メートルと長さ400メートルのエプロンもすでにできている。港湾施設や誘導路もある。

(2)スビ礁
2月6日と4月17日に撮影した写真を比べると、全長3300メートルの滑走路をつくることができる人工島(2.27平方キロメートル)が埋め立てられている。

(3)ミスチーフ礁
南シナ海その3
ミスチーフ礁(IHS提供)

上の組み写真は少し古いが、4月13日に新たに撮影された写真では、サンゴ礁を破壊したり、土砂を埋め立てたりした人工島の面積は2.42平方キロメートルに達していることが確認されている。

(4)ジョンソン礁
埋立地の上に複数の大型施設を建設。

米国防総省の「中国の軍事力に関する年次報告書2015年版」によると、中国は14年に南沙諸島の5カ所で大規模な埋め立て工事を進めた。同年12月には2平方キロメートルだった埋め立て面積は早くも4倍の8平方キロメートルに広がっている。

中国は南シナ海のほぼ全域と言える広い海域に「九段線」を引いて、領有権を主張。1988年の南沙諸島海戦で、サンゴ礁に立てられたベトナム旗を守るベトナム兵ら約70人が中国人民解放軍海軍の銃撃で死亡。この海戦で中国はファイアリークロス礁やジョンソン礁などを手に入れた。

中国はウクライナの空母ヴァリャーグを完成させた「遼寧」を就航させ、前方展開能力をつけている。ファイアリークロス礁やスビ礁の滑走路や関連施設が完成すれば、南シナ海での中国の前方展開能力は飛躍的にアップする。

フィリピンも台湾もマレーシアも領有権争いにある島や岩礁に飛行場や滑走路を持っており、中国側にはこれに対抗する狙いがある。さらには人工島に桟橋を設けて人民解放軍海軍の守備隊を常駐させ、対空砲を設置、領有権を争う国々の潜水夫を排除する前線基地として使用するという見方もある。

南沙諸島の海域をパトロールしていた米海軍の最新鋭沿岸海域戦闘艦(LCS)が中国海軍のミサイル・フリゲート艦に何度も追跡されている。米海軍側は「洋上で不慮の遭遇をした場合の行動基準(CUES)」に基づき事態がエスカレートするのを防いでいると説明している。

中国は、豊富な海底資源の確保、中東からの原油を輸送する海上交通路(シーレーン)の防衛という以上に、九段線で仕切った南シナ海の「国土化」を図り、最終的に米軍を追い出すのが狙いとみて良いだろう。

(おわり)

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