バーニング社長・周防郁雄氏が初めて語る「芸能界と私」
あの「移籍騒動」からサザンのことまで
田崎 健太ノンフィクションライター
2016/11/30 メディア・マスコミエンタメ週刊現代
マスコミの前には決して姿を見せなかった重鎮が、週刊現代とノンフィクションライター・田崎健太氏の取材に口を開いた。彼の仕事と人生には、さまざまな噂話がつきまとう。2時間にわたって語った真相は、そのまま芸能界の「歴史」だった。
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「バーニング」の名の由来

芸能界に限らず、訳知り顔の「事情通」の話は疑ったほうがいい。

例えば、芸能界には「ドン」がおり、全てを仕切っていて、刃向かうことは出来ない――という類いだ。そういう人に限って、「ドン」には会ったことがなかったりする。

そうした噂話で常に名前が挙がるのが、バーニングプロダクション社長の周防郁雄(75歳)である。彼はどのような人物で、なぜ「ドン」と呼ばれるようになったのか。

そこで今回、バーニングプロダクションに質問状を送ると、会ってもいいと答えが返ってきた。週刊誌はもちろん、彼がメディアの取材に応じるのはほぼ初めてのことだ。

なぜぼくの取材を受けたのか。後述するが、それには理由があった。

彼は仕立てのいいグレーのスーツを着て、待ち合わせ場所の都内のホテルに現れた。その落ち着いた様は週末を利用して孫たちにご馳走するためホテルへやって来たという風情だった。彼は「こういうのは慣れていなくて緊張するね」と笑って呟くと席についた。

歴史を語る周防氏

周防がまず芸能界で働いたのは、新栄プロダクションという演歌専門のプロダクションだった。

新栄プロは、'58年に設立された、浪花節専門プロダクション「西川興行社」を前身としている。その後、浪曲師だった村田英雄が『無法松の一生』で演歌歌手としてデビューしたのに合わせて新栄プロと改名した。

「新栄の(西川幸男)社長の家に住み込んで、村田さん、バンドと一緒に年間100日ぐらいは地方をドサ回りしていました。マネージャーの下について仕事を覚えるわけです。給料も安かったですが、自分で車を運転して荷物を運んだり、サイン色紙を売ったり、とにかく何でもやった」

村田は、'61年11月発売の『王将』が100万枚を売り上げるヒットとなり、人気歌手の仲間入りをすることになった。さらに翌年には北島三郎がデビューし『なみだ船』で人気を博した。こうした歌手の面倒を見るのが周防の仕事だった。

その後、ホリプロダクションを経て、'71年10月にバーニングプロダクションを設立する。

「(当時、バーニングに所属していた歌手の)本郷直樹さんのデビュー曲『燃える恋人』からバーニングという名前を取ったという噂があるようですが、事実と違います。『燃える恋人』の発売のほうが後でした。藤圭子さんを担当していたあるディレクターの方が、バーニングという名前を考えてくださったんです」

TBSの音楽プロデューサー・渡辺正文を主人公とした、作家・なかにし礼の小説『世界は俺が回してる』に、当時の周防の姿が描かれている。

〈9月の初めには(※筆者注・ペドロ&カプリシャス『別れの朝』の)テスト盤ができあがった。「おい、周防、ちょっとこの曲聞いてみてくんないか」

音楽分室に来ていたバーニングプロダクション社長の周防をつかまえて正文は言った。バーニングプロの野路由紀子の『私が生まれて育ったところ』が(※筆者注・渡辺のプロデュースする音楽番組)『ロッテ歌のアルバム』の「今月の歌」になっているくらいだから、周防は正文を敬愛してやまない。

聞くなり、周防は、

「こんないい曲、めったにあるもんじゃないすよ。俺にも手伝わせてくださいよ。金なんかいらないから」〉

郷ひろみ「移籍」の真相

実際に、周防はバーニングプロダクション立ち上げ前後に『別れの朝』のプロモーションを無償で手伝っている。しかし、この時の経緯は、少し小説と違っている。

「渡辺さんがぼくに『別れの朝』を聞かせて、お前が(プロモーションを)やってくれ』と言った。

ぼくは、曲を聴いたときに『これは売れる』と直感しました。ただ、プロモーションには当然、少なからぬ経費が掛かる。すると渡辺さんは『お前はこの曲を売って、男になるんだ』と言う。

なるほどな、と思って、必死でお金を集めました。結果的に、大変な借金を作ってこの曲を売ることになりました。うちは1円も貰っていません。『男になりたい』という思いだけだったんです」

「男」とは、芸能界で認められる一人前の人間を意味する。芸能界の実力者を借金を作ってまで助けることは、この世界で仕事をしていく上でのいわば「通過儀礼」だった。

今回、周防が取材を受けたのは、そうした生き方を貫いてきたにもかかわらず、あまりに曲解、誤解されていることが我慢ならなかったから――特に、ぼくが送った質問のうち、少なくとも2点を明確に正しておきたいと考えたからだという。

ひとつ目は、「郷ひろみ」について、である。

郷ひろみは'72年1月、NHK大河ドラマ『新・平家物語』で平清盛の弟、経盛役で俳優デビュー、8月に『男の子女の子』で歌手デビューした。翌'73年には紅白歌合戦に出場している。ジャニーズ事務所社長のジャニー喜多川が手塩にかけて育てたタレントだった。

ところが――。

郷は'75年3月の契約終了をもってジャニーズ事務所からバーニングプロダクションに移籍した。バーニングにはすでに南沙織なども所属していたが、絶大な人気を誇る郷ひろみの加入が、成長の大きな弾みとなった。そのため、郷ひろみをジャニーズ事務所から周防が「強奪した」というのが定説となっている。

周防はこう明かした。

「郷ひろみが人気が出たあと、ジャニーさんとトラブルになったらしい。彼がどんな経緯で辞めたのかはよく知りませんが、ぼくは当時、松竹芸能とある大手プロダクションが彼のマネージメントを引き受けることになった、と耳にしたんです。

しかし、いろいろと調べてみたところ、どうもその情報は間違っていて、移籍先はまだ決まっていなかったらしい。ぼくとしても、郷ひろみはぜひうちでやりたい、という思いがありました」

メリー喜多川と話したこと

そこで、渡辺プロダクションの渡辺晋社長と、田辺エージェンシーの田邊昭知社長が仲介役となって、周防はジャニーズ事務所のメリー喜多川副社長と話し合うことになった。場所は渡辺の自宅だった。

「(渡辺の妻の)美佐さんに、メリーさんを呼んでもらいました。そこで『メリーさん、私に(郷ひろみを)やらせてください』と頼んだら『いいわよ』と言ってくれた。ですから、ぼくはジャニーズ事務所とは全く揉めていないんです」

周防は「この話をするのは、これが初めてです」と付け加えた。

同じ年には、演歌歌手の細川たかしもバーニングからデビューした。

「知り合いが『北海道のナイトクラブにすごく歌の上手い子がいるから、どうですか』という話を持ってきた。それで東京に来てもらい、スタジオで歌ってもらったんです。同席したレコード会社の人も彼の歌を気に入って、すぐにデビューさせましょうという話になった」

その翌々年には、高田みづえがデビュー。彼女を見つけたのは、日曜日の朝のテレビだった。

「『目ン無い千鳥』という昔の歌を、彼女がフジテレビの『君こそスターだ!』で歌っていたんです。それを聞いてぼくは飛び起きた。すぐフジの人に電話すると、『もう所属事務所は決まっている』と言うので、『譲ってくれませんか』と頼みに行った。そして(彼女の住んでいた)鹿児島まで行き、スカウトしたんですよ」

NEXT ▶︎ サザンとの本当の関係

小泉今日子の奇跡

バーニングプロダクションの地位を確固たるものにしたのは、小泉今日子の登場だった。彼女は'81年のオーディション番組『スター誕生!』で合格、翌年『私の16才』でデビューしている。

小泉について、周防は「売れる」という確信があったという。

「彼女は最初から、自分をどのように売っていくかを考えていましたね。もちろん曲は作曲家の先生に頼みますが、彼女は自分で詞を書くこともあった。また、彼女は偉ぶることなく幅広く誰とでもつき合える。人間的に素晴らしい女性ですよ」

ナベプロ、ホリプロなどの大手プロダクションと比べると、バーニングの所属タレントの数は少ない。にもかかわらず、芸能界で大きな力を持っているのは、バーニングが「音楽出版権」ビジネスに早くから目をつけたからだと言われている。

一例として挙げられるのが、サザンオールスターズの音楽出版権の一部をバーニング傘下のバーニングパブリッシャーズが保有していることだ。

音楽出版権とは、この連載でも度々触れてきたように、作詞作曲者から楽曲の権利を預かることを言う。

サザンオールスターズはご存じのように、'78年『勝手にシンドバッド』でデビューした国民的バンドである。サザンが所属しているプロダクションはアミューズ。同社は福山雅治をはじめ、100人を超える歌手・俳優が所属する大規模プロダクションだ。

アミューズと資本関係のないバーニングがサザンの音楽出版権を保有しているのは、周防が何らかの圧力を掛けたからではないか――と巷間囁かれてきた。

今回、周防が取材を受けたふたつ目の理由が、このサザンの音楽出版権についてだった。

「アミューズとぼくの関係をここではっきりとさせておきたい。ぼくはアミューズ設立、そしてサザンのデビューに深くかかわっているのです」

周防はこう切り出した。

「まず、(歌手の)吉田拓郎さんから人を通じて『広島に凄い子がいる』という話を聞いたんです。それで会いに行ったのが原田真二。彼はぼくにこう言いました。『周防さん、遠いところまで来ていただきありがとうございます。ひとつ、希望があります』。何かと訊ねると、『自分のための会社を作って欲しい』と。ぼくは彼を一目見て気に入った。そこで彼のためだけに、バーニングとは別の会社を作ることにしました」

課題は、新会社で原田を担当するマネージャーだった。周防は「いいマネージャーを育てるのは、タレント育成と同じくらい難しいのです」と言う。

「3~4ヵ月マネージャーを探したのですが、見つからない。そのとき、ナベプロの社員が1人、アメリカに勉強に行くという話を聞いたのです。その社員は、渡辺晋さんとぼくとのメッセンジャーボーイみたいな存在だったので面識がありました。彼と話し合って、50対50の出資で会社を作ることになった。それがアミューズだったんです」

サザンとぼくの関係

その社員の名前は大里洋吉といった。現在、アミューズの代表取締役会長を務めている。

「アミューズという名前は、彼が考えました。そしてぼくは資金は出すけれど、2人の連名だとこちらにも欲が出るかもしれないし、君もやりにくいだろう、ぼくの分も持っていてくれという約束をしたんです。文書はありません。口約束です」

周防はその後数年間、アミューズの運営資金を出していたという。

'77年10月、原田は『てぃーんず ぶるーす』でデビューし、ファーストアルバムはオリコン史上初の初登場1位を獲得した。作詞作曲も手がけ、ピアノを弾きながら歌う天才ミュージシャンとして、一躍人気となった。

しかし、原田はわずか2年ほどでアミューズから独立している。原田が去った後、アミューズの屋台骨を支えたのがサザンオールスターズだった。

周防はこう振り返る。

「うちの所属歌手だった石野真子の打ち合わせをビクターでやるというので、ぼくが同行しました。すると、ビクターのディレクターの東元晃さんが『いいグループの曲が出来たから、聴いてくれ』と言ってきたんです。東元さんは、日本コロムビアでちあきなおみさんの『喝采』などを担当した方です。

それで5曲聴いたら、全部良かった。中でも気に入ったのが『勝手にシンドバッド』でした。それで思わず東元さんに、『この曲で行きましょう!』と言った。

すると『お前にあげるとは言ってないぞ』と。こんないい曲を聴かせておいて、それはないでしょう――そんな感じで、1時間ほど粘って、東元さんが彼らを誰に預けることにしたか聞き出したのです」

サザンが所属する予定になっていたのは、「りぼん・なかよしグループ」というプロダクションだった。ホリプロ社員だった奥田義行が、歌手の井上陽水と立ち上げた会社だ。周防と奥田は、ホリプロ在籍期間は重なっていないが、面識はあった。

「奥田君はぼくより1つ年下なんです。それで『東元さんから、グループ預かったって?』と連絡をとりました。『5000万円で譲ってくれないか』と持ちかけると、『周防さんがそう言うなら、わかりました』。

その後、ぼくは大里君に電話を入れて『いいグループを見つけたぞ』と言った。そうして、サザンはアミューズ所属になったんです」

周防にとって、アミューズはバーニングのグループ企業という意識だった。しかし――。

「サザンの曲の中で、バーニングパブリッシャーズが音楽出版権を持っているのは、デビュー曲から『いとしのエリー』までの5曲だけです。その後、サザンがあんまり売れたせいか、アミューズから『音楽出版権を返してほしい』と弁護士を通じて内容証明が届いたんですよ。

実は大里君は、ぼくが奥田君に5000万円払ったことを知らない。ただ、弁護士まで頼んで喧嘩してもしかたがないと思ったので、それ以降のサザンの曲は、音楽出版権を持っていません。

アミューズからは、ぼくが出した運営資金は返してもらっていません。アミューズが株式上場したときにも、何の挨拶もなかった。大里君が上場して豪邸を建てた、という話を聞いたから、当時のうちの役員に『アミューズに、10億円貸してくださいと言って来てくれ』と行かせました。見事に断られてしまいましたけれどもね(笑)」

ぼくは口下手なんですよ

周防が早くから音楽出版権に目を付けたのは、これが経営上の鉱脈になると考えたからではないか、と訊ねると「そんなことは、考えたこともない」という素っ気ない答えが返ってきた。

「自社のタレント(からのマネージメント収入)だけで食べていくというのは、あまり好きじゃないんですよ。それよりも、よそのプロダクションに所属するタレントのお手伝いをして、プロモーション費や音楽出版権を頂いたほうがいい。それだけだったんです」

前述したように、バーニングは、その影響力と比較すると驚くほど小規模である。周防の名刺の裏側には、郷ひろみや小泉今日子をはじめ10人のタレントの名前が書かれているだけだ。

「ぼくは自分の目の届く範囲しかやりたくないんですよ。マネージャーに対しては『将来、自分が社長になるつもりで頑張ってくれ』と教えている。だから、みんな独立していくんですが、それは仕方がないことです」

こうしたバーニング出身マネージャーのプロダクション、加えて周防との関係が深いプロダクションが、巷では「バーニング系」と呼ばれている。

「バーニング系を名乗って威張っているプロダクションがあるのだが、本当か、という問い合わせを受けたこともあります。しかし、全く知らない会社でした。直接電話して抗議しようとも思いましたが、さすがにそれは周囲から止められました」

マスコミでも、周防については様々な報道がある。そのほとんどが悪いものだ。反論しようと思わなかったのか。

ぼくの問いに周防は、どう答えたらいいのか分からない、という困った顔になった。

「ぼくは元々、口下手なんですよ。もう何でもいいや、という気持ちもありました」

周防が今もこだわっているのは、いい歌を世に出すことである。

「ぼくは、良い歌が売れないということが納得できないんです。自分がいいと思った歌が売れなければ、ぼくはこの業界を辞めなきゃいけないと考えている。それは、自分のところの歌手でなくてもいいんです。利益にならなくても、良いものは良い。全く関係なくても応援する」

想像とは異なり、芸能界の「ドン」は最後まで控えめな男だった。(文中敬称略)

「週刊現代」2016年11月26日号より
(記事引用)









新しい経済成長の経路を探る
ビットコイン消滅も、送金コスト高騰問題の行方
HOME 政治・経済  野口悠紀雄 2017.11.23
野口悠紀雄:早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問   
 ビットコインの価格が8000ドルに近づいた。分岐したビットコインキャッシュの価格上昇率はもっと激しく、わずか3日間で価格が4倍以上に暴騰する事態も生じた。
値上がり期待の購入者は満足しているだろう。

 しかし、価格上昇は問題をもたらした。送金手数料が自動的に上がってしまったのだ。これはビットコインを送金に用いる際に大きな問題となる。

 ビットコインは、手数料上昇問題をどう解決するのだろうか?

分裂後も価格高騰で
手数料も上昇

 ビットコイン(ビットコインキャッシュについても同様)の送金手数料は、ビットコイン建てで決められている。

 したがって、ビットコインの価格が上昇したために、手数料は上昇した。

 例えば、取引所の一つ、ビットフライヤーの場合は0.0004BTCなので、仮に1BTC=80万円で計算すれば、320円となる。

 ところで、銀行の口座振替の手数料は、図表1に示す通りだ。

銀行の手数料と比較すれば分かるように、送金額が3万円未満の場合には、すでにビットコインは銀行の手数料より高くなってしまった。

 今後、ビットコイン価格がさらに上がると、手数料はさらに上がる。

 ビットコインのメリットとして、今年の初め頃までは、「極めて低い送金手数料で送金ができる」と言われていた。
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 確かにそうだったのだが、そのメリットが急速に失われようとしている。

 手数料が数百円になっても、送金金額が数十万円以上であれば、あまり大きな負担とは考えられないだろう。しかし、数千円程度未満の送金を行なうためには、かなり大きな負担になる。

 そして、ビットコインが本来、活躍すべきは、この程度の範囲の金額の送金だ。

 数年前には、ビットコインによって、マイクロペイメントが 可能になると考えられていた。これは、1円未満といったごく少額の送金だ。しかし、ビットコインの価格が現在のように上昇してしまっては、とてもマイクロペイメントなどできない。

 ビットコインは、送金に使って初めて価値あるものとなるのであって、持っているだけでは価値を生まない。

 だから、この問題をどのように解決するかが、ビットコインの今後を決めると言えよう。

優れた送金手段だが……
マイクロペイメントができない恐れ

 もちろん、送金にあたって問題となるのは、手数料だけではない。

 これまでの送金手段に比べて、ビットコインが以下の諸点で優れた特性を持っていることは間違いない。
(記事引用)





 

米トランプ政権のパリ協定離脱は正しい…地球温暖化論は間違っている可能性
文=筈井利人/経済ジャーナリスト 2017.07.06biz-journal.jp
 米トランプ政権が6月、気候変動対策の国際的枠組みである「パリ協定」から離脱すると表明し、「人類の未来に対する背信行為」(毎日新聞社説)などと非難を浴びている。米国内でも一部の保守系メディアを除き、批判が多い。ニューヨーク・タイムズは「同盟国を動揺させ、ビジネス界に背き、競争力や雇用を脅かし、米国のリーダーシップを無駄にする」などと論じた。
 しかし、これらの批判は本当に正しいのだろうか。
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 多くのメディアでは「温暖化はでっち上げ」というトランプ大統領の発言を「非科学的」と切り捨て、「温暖化の進行は、科学的知見に基づく国際社会の共通認識」(前出・毎日新聞社説)と強調する。地球温暖化に関する主流派の主張によれば、温暖化は水資源の不足や穀物生産の減少などで人間の生存や地球の生態系に悪影響をもたらし、途上国での貧困拡大や地域紛争につながる危険もあるとされる。
 だが、この主張にはさまざまな懐疑論が唱えられている。「そもそも気温は上昇していない」「温暖化の原因は人為的な温室効果ガスの増加ではなく、自然の活動」「なぜ数十年以上も先の気候が正しく予測できるのか」――などだ。
 懐疑論のなかには誤りもあるかもしれないが、すべてを「非科学的」と決めつけるのは乱暴に思える。4月3日に配信された日本経済新聞の記事は「人為的な二酸化炭素の排出を気候変動の主因とする温暖化論はいまだ仮説の域を出ていない」と冷静に述べている。
 筆者は科学の専門家ではないので、地球温暖化に関する主流派の主張が正しいかどうかこれ以上議論するつもりはない。しかし間違いなくいえるのは、もしかりに主流派の主張が正しいとしても、パリ協定を支持しなければならない理由にはならないということだ。
 なぜなら、パリ協定は科学研究の結果だけを述べた論文ではなく、特定の政策を実行するよう求めた政治文書だからである。科学と政治は違う。別々の独立した問題だ。
 
 同協定には、「すべての国に削減目標の作成と提出、5年ごとに現状より向上させる見直しを義務づける」「先進国に途上国支援の資金拠出を義務づける」「先進国は現在の約束よりも多い額を途上国に拠出する」といった義務が盛り込まれている。
 地球温暖化は正しいと主張する科学者の多くは、当然のようにパリ協定を支持する。同協定が義務づける政策によって、人間や環境への悪影響が防げると信じているからだ。しかし科学者は科学の専門家ではあっても、経済や政治の専門家ではない。パリ協定の政策が正しいかどうかは、経済や法の原理に照らして考えなければならない。

 かりに主流派が主張するように、地球規模の気候変動が起こっており、海面が上昇しているとしよう。しかしパリ協定を支持するには、いくつかの条件をクリアする必要がある。たとえば、「パリ協定の政策は、気候変動が人々の生活に及ぼす悪影響を本当に和らげることができる」「政策のコストは気候変動がもたらすコストよりも小さい」「政策のコストは他の解決策にかかるコストよりも小さい」――などである。
 パリ協定の政策がこれらの条件をクリアできなければ、その実施はやめなければならない。政策実施の結果、人々がより貧しくなるのであれば、意味がないからだ。 
 しかし同協定では、気候変動がもたらすコストは強調するが、政策のコストがそれより小さいという証明はしていない。政策実施は増税というコストを伴い、化石燃料の使用を制限することでエネルギーのコストも高くするが、それらが家計に及ぼす悪影響については何も言わない。
 発展途上国のこれまでの経済発展を支えてきたのは、石油に代表される化石燃料エネルギーである。化石燃料によって機械化や大量輸送が可能になり、工場で農村の10倍以上の収入を得ることができるようになった。労働者は高齢の家族に仕送りできるようになった。工場での労働は確かにきついが、伝統的な農業よりも多くの食糧、よりよい医療、よりよい住宅を手に入れられるようになった。
 パリ協定を支持する人々は、化石燃料に対する規制が途上国の人々の生産性を低下させ、貧しくするというコストが、温暖化のコストよりも小さいことを証明しなければならない。
 主流派は、温暖化が進むと海面上昇による高潮や沿岸部の洪水のリスクが高まると警告する。しかしそうなる前に、パリ協定とは違う方法で対処することはできる。経済の自由化で国々を豊かにし、適応力をつけることだ。数十年のうちに、水位が上昇しても安全で健康に生活できる都市をつくるチャンスは十分ある。
 
 逆に、同協定が定める政策を実行すれば、一番打撃を受けるのは、工業化が遅れた貧しい国の人々だろう。
 パリ協定を支持する人々は、同協定による規制は主に裕福な国を対象とし、途上国には配慮していると反論することだろう。しかし、それこそ経済の原理を理解していない証拠である。先進国の富は、それが途上国に投資されることによって、途上国の生産力を高め、経済活動を活発にし、貧困を減らすのに役立っている。もし規制によって先進国の経済活動が衰えたら、途上国の経済成長を妨げ、貧しい人々をさらに貧しくするだけである。
大企業のご都合主義

 トランプ大統領のパリ協定離脱表明を米大企業のトップが相次いで批判したが、正義感にあふれた発言と無邪気に受け取らないほうがいい。協定に従って政府が規制や課税を強化するとき、それに十分耐えられるのは体力のある大企業である。もし補助金などのメリットが規制や課税のコストを上回るのであれば、中小企業や個人への悪影響など構わず、自社の利益のために協定参加を望むだろう。
 たとえば電気自動車(EV)で急成長を遂げたテスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)はパリ協定からの離脱に抗議するとして、大統領の助言組織を辞任し、トランプ政権に批判的なメディアはこれを好意的に取り上げた。しかし同社は太陽光発電や風力発電の事業で米政府から補助金をもらっている。トランプ政権は同協定離脱とともにこれら再生可能エネルギーへの補助金見直しも検討中とされ、マスク氏には都合が悪い。
 日本政府は米国のパリ協定離脱表明に対し「気候変動問題は国際社会全体が取り組むべきグローバルな課題である。(中略)協定を着実に実施していくことが重要である。(米国の表明は)残念である」などとする声明を発表した。しかし世界の貧しい人々の暮らしを本当に気にかけるのなら、こんなときこそ堂々と米国に追随し、同協定にノーを突きつけるべきだろう。
(文=筈井利人/経済ジャーナリスト)

(記事引用)






アメリカなき世界のリーダーは中国なのか 多極化する可能性
欧州やロシア、インドなどが入り乱れる多極化の世界になるとた
「米国なき世界」のリーダーは中国なのか
「アメリカなき世界」が訪れた際のリーダーは中国なのかを考察している
圧倒的な国内経済と技術の基盤を作り、民主化がされない限りは難しいと筆者 2017年10月31日 9時15分 プレジデントオンライン
トランプ大統領の就任で米国が漂流を始めている。だが、これはアメリカ帝国の「終わりの始まり」にすぎない。次に訪れるのは「アメリカなき世界」だ。そのとき台頭する超大国・中国と日本はどう付き合えばいいのか。京都大学名誉教授の中西輝政氏は「もう親米保守は成り立たない」と喝破する――。
■アメリカ帝国の「終わりの始まり」とは
アメリカのトランプ政権が誕生してから9カ月余りが過ぎました。私の率直な感想を述べれば、アメリカは多くの人の予想を越えて大きく「漂流し出している」ということです。当初、日本国内の一部、主に保守的なスタンスを取る識者の中にはトランプ大統領を歓迎するムードがありました。例えば、北朝鮮への対応にしても「オバマ政権よりも強く出てくれるのではないか」といった期待感があったわけです。それは核ミサイル危機のつづく今もあるでしょう。しかし、トランプのアメリカを本当に信頼できるでしょうか。
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4月にはアメリカの原子力空母「カール・ヴィンソン」が北朝鮮付近の海域へ向かって北上するというニュースが流れました。「アメリカが北朝鮮を攻撃する」という情報が取り沙汰され、東京では北朝鮮のミサイル発射情報に地下鉄が止まったほどです。この状況は「4月危機」という言葉がピッタリでした。

ところが5月になると、どこか憑き物が落ちたようにパタリと静かになったのです。そして、いきなり対話路線が浮上したのですから、早過ぎる戦略の転換と言わざるをえません。やはり、外交には我慢、忍耐がなければだめです。トランプ大統領は金正恩氏に足元を見られてしまい、いまのアメリ軍の態勢では北朝鮮を攻撃しないし、とてもできないということを露呈してしまいました。そのことが、7月のICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射につながったと言っていいでしょう。そうすると、8月以後、またアメリカの対北攻撃が迫っているというニュースが日本中をかけ回っています。

このトランプ政権の下で、米朝の戦争が起きるのも大変ですが、実は結局、アメリカが北朝鮮との対話に入って日本を見捨てにかかるという可能性も大いに懸念されます。我々はずっと以前から少しでも自立できる国になっておくべきだったのです。

しかし、もっと大事なことがさらに深い変化として起こっています。就任直後からトランプ大統領がくり出してきた政策は、冷戦後、世界で唯一の覇権国だったアメリカが進めてきた「自由貿易」や「開かれた社会」をことごとくひっくり返すものでした。私はこれを、自由主義を掲げ世界に覇権を広げてきたアメリカ帝国の「終わりの始まり」だと捉えています。そして、この衰亡のプロセスはここに来て意外に早く進みそうな様相が見えてきました。それは2030年代、遅くとも40年頃には現実のものとなっていくに違いありません。

冷戦終焉後のアメリカが推進してきた政策はとりわけ、「新自由主義」とグローバルな「覇権主義」を力で推進しようとするものでした。これは、自由な市場経済を一切の制約なく発展させれば、おのずから公平な社会が実現するであろうという楽観的なもので、「市場原理主義」とも呼ばれるものです。そしてアメリカは、金融市場やITにおいて、まさしく世界を席巻しました。

■習近平総書記に見切られたトランプ大統領
しかし、アメリカが一番の強みとしていたこれら2つが、ここに来て陰りを見せています。まずITですが、数年前に元CIA(米中央情報局)職員のスノーデンが告発したようにアメリカの情報機関NSA(米国家安全保障局)がフェイスブックなどSNS企業と秘密裏に個人情報収集を行っていることが大きな問題となり、世界を揺るがせ、アメリカへの信頼を失墜させました。

その後の報道によると、NSAはアップル、グーグル、マイクロソフトなども含め、アメリカの大手IT企業が提供するネットサービスに直接アクセスして、自らの情報収集に利用していたそうです。これを見て、中国や欧州、ロシアやインドでも一挙に対策が進みました。「ビッグデータを盗み取るビッグブラザーに気をつけろ」というわけです。

一方、金融面では2008年、国際的な金融危機の引き金となったリーマン・ショックから、アメリカは表面とは異なり、実のところ依然として立ち直っていません。発端は金融工学を駆使して証券化したサブプライム・ローンでした。これは信用度の低い人を対象にした高金利の住宅担保貸付が住宅バブル崩壊で不良債権化し、アメリカ第4位の投資銀行であるリーマン・ブラザーズが破綻した金融崩壊でしたが、今また同じことがくり返されようとしています。私はこのくり返しが、アメリカ衰退のきっかけとなるとつとに言ってきました(拙著『覇権の終焉』PHP研究所、2008年参照)。そして、実際、アメリカの国際金融面での影響力は今も回復していません。

その意味で、アメリカの力は徐々に、あるいは急速に削がれているのです。今回のトランプ氏を大統領に押し上げた“トランプ現象”は、こうしたアメリカの衰退がさらに進むのではないかと心配し、かつてなく多くの人々が格差の拡大や失業の恐怖に悲鳴を上げ、それを投票行動に移した結果でしょう。けれども、冒頭にも記しましたが、早くもその前途は危ぶまれているのです。

しかし、日本の立場を考えると、トランプ大統領の下で進むアメリカのリーダーシップの凋落は対米外交を見直す絶好の機会かもしれません。これまで日本はソ連の脅威がなくなった冷戦後の時代も、基本的に親米保守というスタンスでした。しかし、本当はこの25年くらいの間にもっと自立できる力をつけておくべきだったのですが、そうならなかったのはオバマ大統領までの歴代大統領は温度の差こそあれ、日米両国の国益を安全保障や貿易面から理性的に追求してきたからです。けれど「アメリカ・ファースト」を掲げているトランプ政権は、北朝鮮危機をテコにして経済交渉や防衛費負担などで今後、大変な無理難題を吹っかけてくるでしょう。

そんなトランプ政権には、はっきりものを言い、もっと日本の自立をめざす確固たる姿勢を見せる必要があります。そうすればアメリカはもう少し日本の立場を尊重するようになります。また今後は、そうでないと健全な日米関係は保つことができません。これまではアメリカに極端なまでに追随的だった日本ですが、トランプの迷走ぶりを目の当たりにすると、いざというときに日本側に立った行動をとるかどうかは大いに未知数です。例えば尖閣諸島にしても、たしかにアメリカは尖閣も「日米安保の適用範囲内だ」と言いました。しかし、中国が本格的な攻勢をかけてきたら、アメリカは日本と一緒に戦うかどうかわかりません。

その中国は10月の党大会が終わると、トランプのアメリカを完全に見切って徐々に対抗姿勢を強めてゆく気配があります。習近平総書記は4月6日、トランプ大統領との最初の首脳会談をフロリダで行いました。その時点では、中国はまだトランプ政権の本質を把握できておらず、その強圧的な姿勢を警戒していたようです。北朝鮮制裁の協力にも肯定的な対応をしてきました。

ところが、7月になるとドイツのハンブルグで開催されたG20サミットでの米中首脳会談では、習近平総書記が終始うわてに出ている感じがうかがえるようになりました。実際、地元ドイツでの報道もそうした米中関係の変化を伝える内容でした。そして、9月の国連での対北朝鮮制裁でも、中国はアメリカの圧力を明確にはね返しています。この傾向は今後より強まるでしょう。

■中国は世界の覇権を握ることはできない
世界のバランス・オブ・パワーを考えると、アメリカはもとより、中国を無視することはできません。中国は今、急速に世界への影響力を強めていて、その勢いを止めることはもはやできない段階に来ています。これまでは「中国はいずれ崩壊する」とタカをくくっていた多くの日本人も、今や現実を直視するしかないのです。

ただ、中国が早期にアメリカに取って代わり、世界の覇権を握るかと言えば、それはないでしょう。20世紀にアメリカが達成したようなグローバルな国力の展開は、圧倒的な国内経済と技術の基盤がないとできないからです。目下の可能性としてあるとすれば、中国による東アジアの地域覇権です。習近平総書記の提唱する経済圏構想としての“一帯一路”によると、陸では中国と中央アジア、一部欧州まで、海なら中国沿岸と南シナ海、インド洋を経て地中海と連なるエリアに影響力をおよぼすはずです。しかし、これは長い時間を要する大きな枠組みでの話です。

中国には越えなければならない大きなハードルがあります。その最たるものが、民主化です。今の中国が世界から警戒され、時に非難される問題の多くは、中国が今も共産党の独裁体制であることに起因しています。ノーベル平和賞受賞者を軟禁し、その死に際しても不当な扱いをし、自国に都合の悪いニュースは国民に届かないようにしています。国内でこれほど自由や民主主義がないがしろにされたままでは、中国は国際社会での政治的、精神的なリーダーシップを得ることは難しいでしょう。

それと懸念されるのが、やや停滞し始めた中国経済の行方です。もちろん、成長が急激に止まることはなく、2桁だった成長率がたとえ5%なり4%に落ち込んでも、2040年頃にはアメリカのGDPを追い越します。だが、それはもはや高度経済成長とは言い難いものでしょう。日本が、1970年代の初めに2度のオイルショックを乗り越え、戦後では第2弾となる高度成長を果たしたような離れ業ができるかどうかです。

今のままの中国では、日本には同盟を組むという選択肢はあまりせん。しかし、これから約20年後、アメリカを凌ぐ超大国となっている中国と日本は永久に対峙していかなければならないのかと言えば、必ずしもそうとは限らないでしょう。私は、中国のゆるやかな「民主化への支援」が日本のなすべき仕事だと思っています。

ちなみに、イギリスが離脱を決めたEUは、今後も紆余曲折はあるでしょうが、やがては地域ローカルな「関税同盟」になると考えます。貨幣のユーロは維持されるでしょうが、ドイツのメルケル首相が呼びかけている政治統合はとても無理です。私はイギリスに長く滞在したのでわかるのですが、欧州は異なる民族と言語が存在することから、統合を進めるべきという動きはなくならないでしょうが、ひとつになろうとしても決してなれません。むしろ、国別に分かれているからこそ、欧州全体としてあれだけの活力があるとも言えるわけです。

世界史をみれば、どんな大国でも必ず興亡の道をたどることがわかります。また、それによって国際情勢も時々刻々と変化していくわけです。その象徴的な例が、1991年のソビエト崩壊による冷戦終結でしょう。結果として、アメリカの「一極覇権主義の時代」が到来したのですが、今度はそのアメリカが衰亡の危機に向かわざるを得ない流れになってきました。そして、そのあとに訪れるのは、中国とアメリカ、欧州とロシア、インドなどが入り乱れる多極化の世界です。

■日本が生き残る「未来図」を描けるか
国の興亡の歴史をひも解けば、国家が隆盛するときには国民の精神に「モラル」と「モラール」の双方で活力が満ちている時代が続く場合が多い。倫理や道徳を意味する英語のモラルと、志気や気力を示すフランス語のモラールは、ともにラテン語の「モーレス」が語源になっています。この2つが国民の心の健康、つまり時代精神の活力を表現する言葉から派生しているということは、いつの時代においても社会を維持し、発展させるものが本質的には人々の精神的なエネルギーや国民の冒険心などだということを教えています。

一般国民はもとより、国家の指導者である政治家や経済界のトップには、そうした資質がより高く求められることは言うまでもありません。ところが残念なことに、今の日本のリーダーからは、そうした前向きの、思い切ったスピリットを感じることができないのが、この平成という時代の現実です。これでは、政府がどんなに理性的かつ合理的な政策を実行したとしても国力が浮揚していくことはないと思います。

今、世界の潮流は変化をいっそう加速させています。だからこそ私は、日本の国家としての生きる道を指し示せる「未来への大きな構想」をきちんと描くことが重要だと言いたいのです。それが容易ではないことは確かですが、しかし、それをしないかぎり時代を変革するエネルギーは生まれません。かつての日本は、明治の開花期、戦後の復興期など重要な歴史の転換点で、まず大きな未来像と国民の目的意識を取り戻すことで、その底力を発揮してきました。今こそ、この原点に戻り、新たな日本の立ち位置を見いだす努力をすべきでしょう。

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中西輝政(なかにし・てるまさ)
京都大学名誉教授。1947年、大阪府生まれ。京都大学法学部卒。ケンブリッジ大学歴史学部大学院修了。三重大学助教授、スタンフォード大学客員研究員、静岡県立大学教授、京都大学大学院教授を歴任。専攻は国際政治学、国際関係史、文明史。著書に『大英帝国衰亡史』『日本人としてこれだけは知っておきたいこと』『帝国としての中国』『アメリカ外交の魂』など多数。近著に『アメリカ帝国衰亡論・序説』(幻冬舎)がある。
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(京都大学名誉教授 中西 輝政 取材・構成=岡村繁雄 写真=ZUMA Press/アフロ)
(記事引用)





アメリカカーネギーホール
ウィリアム・タットヒルが設計を手がけ、鉄鋼王と呼ばれるアメリカの実業家・慈善家アンドリュー・カーネギー (Andrew Carnegie) により建てられた。1891年5月5日、指揮者のウォルター・ダムロッシュと作曲家のチャイコフスキーのコンサートによりこけらおとしされた。(実際は5/5の公式オープン前の4月より一般営業を始めていた。)1925年にアンドリュー・カーネギーの未亡人により不動産開発業者に売却され、一時存在も危ぶまれたが、アイザック・スターン等の運動によりニューヨーク市が買い取り、現在は非営利のカーネギー・ホール・コーポレーション (Carnegie Hall Corporation) により運営されている。

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カーネギー・ホールは、大きく3つの部分から構成されている。メイン・ホール、リサイタル・ホール、室内楽ホールである。 メイン・ホールは2804席をもち、その優れた音響効果が高く評価されている。しかし、外部の自動車騒音が聞こえてしまう欠点もある。

初演
交響曲第9番 作品95 「新世界より」(アントニン・ドヴォルザーク作曲、1893年12月16日初演、アントン・ザイドル指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック)

家庭交響曲(リヒャルト・シュトラウス作曲、1904年3月21日初演、作曲者自身の指揮/ウェッツラー交響楽団)

ヘ調の協奏曲(ジョージ・ガーシュウィン作曲、1925年12月3日初演、ウォルター・ダムロッシュ指揮/作曲者自身のピアノ/ニューヨーク交響楽団

パリのアメリカ人(ジョージ・ガーシュウィン作曲、1928年12月13日初演、ウォルター・ダムロッシュ指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック

コレルリの主題による変奏曲(セルゲイ・ラフマニノフ作曲、1931年11月7日初演、作曲者自身のピアノ独奏

密度21.5(エドガー・ヴァレーズ作曲、1936年2月16日初演、ジョルジュ・バレールのフルート独奏

コントラスツ(ベラ・バルトーク作曲、1939年1月9日初演、ベニー・グッドマンのクラリネット、ヨゼフ・シゲティのヴァイオリン、エンドレ・ペトリのピアノによる三重奏

室内交響曲第2番 作品38(アルノルト・シェーンベルク作曲、1940年12月15日初演、フリッツ・シュティードリー指揮/フレンズ・オブ・ニュー・ミュージック管弦楽団

New World A-Comin'(デューク・エリントン作曲、1943年12月11日初演、作曲者自身とデューク・エリントン楽団

ウェーバーの主題による交響的変容(パウル・ヒンデミット作曲、1944年1月20日初演、アルトゥール・ロジンスキ指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック

語りとピアノの五重奏のためのナポレオン・ボナパルトへの頌歌 作品41(アルノルト・シェーンベルク作曲、1944年11月23日初演、アルトゥール・ロジンスキ指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック

3楽章の交響曲(イーゴリ・ストラヴィンスキー作曲、1946年1月24日初演、作曲者自身の指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック

エボニー協奏曲(イーゴリ・ストラヴィンスキー作曲、1946年3月25日初演、ワルター・ヘンドル指揮/ウディ・ハーマン楽団

交響曲第3番「キャンプの集い」(チャールズ・アイヴズ作曲、1946年4月5日初演、ルー・ハリソン指揮/ニューヨーク・シンフォニエッタ、室内楽ホールにて

聖体秘蹟への賛歌(オリヴィエ・メシアン作曲、1947年3月13日初演、レオポルド・ストコフスキー指揮/ニューヨーク・フィルハーモニック

道案内にまつわる伝説

carnegie-hallカーネギー・ホールの敷地は、7番街、57丁目に面している。古くからある冗談として、次のようなものがある。

カーネギーホール雅楽公演
「雅亮会」カーネギー公演 http://www.garyokai.org/Forn_B.htm
1978年の1ヶ月にわたるアメリカ公演
天王寺楽所 雅亮会は1978年10月(39年前)海外公演地であるアメリカへと出発しました。雅亮会百年の歴史で、初めての海外公演のステージがなんとニューヨークのカーネギーホールでした。
曲目は管絃-平調音取・越殿楽残楽・輪鼓褌脱、舞楽-振鉾・白浜・還城楽・陪臚です。少しでも時間を超過すれば電気が切られ、スタッフが休憩に入るというアメリカ式リハーサルに団員は皆とまどったそうです。でも、チケットはソルド・アウト。演奏も十分に実力を発揮でき、何度もカーテンコールを頂いたそうです。そのカーテンコールの合間に一人の女性がステージに登り、楽頭の小野摂龍氏に花束を渡しました。その女性は、オノ・ヨーコ氏で、花束には、ジョン・レノンの名刺が添えられてありました。

天理雅楽アンサンブル

カーネギーホール無料公演のご案内
投稿者:kazutoshi kojima:2017/05/16 23:11
2017年5月30日午後8時からカーネギーホールにて無料コンサートを行います。出演者は善久オカリナグループ
東京天理雅楽アンサンブル、NFレディース・シンガース、無料ですが事前にチケットの入手が必要です。
ご連絡いただいた方にはチケットをお取り置きし、カーネギーホールのチケット売り場で引き取れるよう手配いたします、ご連絡お待ちいたしております。


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「カーネギーホール」で実際コンサートをやるには

カーネギーホールとの交渉
2016-09-21 12:48:00 深川隆成(フカガワ リュウセイ)
プロフィール|ピグの部屋 深川隆成:ブログ 
既にあるJAZZスタンダードだ歌を繋ぎ合わせて様々な物語を創作するという試み。
新しい文化を気持ちを込めている分、カーネギーホールでやらせて頂ける事になり、気持ちが更に前向きになっています。
それでも、6ページに渡る諸条件の取り決めについては、本来であればプロダクションが組織として行うもの。
これをズブの素人がまとめるので、ある程度骨子が固まるまでは、出来るのかどうか、生きた心地がしませんでした。
受付からブッキングオフィス、ブッキングオフィスマネージャー、プロダクションマネージャー、そして予算部門とやり取りが続いたのですが、何度も同じ内容の質問の堂々巡りが続いたせいか、予算部門から交渉打ち切りのお知らせ。
尻に火がついて、必死でまとめあげて、予算案の概算要求を出して、プロダクションマネージャーに間に入ってもらって、企画復活。
なんとか、なんとか、本日明け方、スケジュール案と予算案見積もりまで漕ぎつく事が出来ました。
ここ数日、寝不足が続き、普段食べていなかった会社の駐車場に近い食堂でかき込むように食事して、車の中で30分仮眠を取る毎日とも開放されそうです。

(実話談話引用)                                                                                                 










ICOトークンとビットコイン
2017年09月30日21:15  広瀬隆雄
まずICOとは(Initial Coin Offering)の略で、株式で言うところの新規株式公開(IPO:Initial Public Offering)のような「資金調達の手法」を指します。ICOは仮想通貨を絡めた資金調達の場面だけで使用される表現です。
つぎにトークンとは何か? ですが、これは昔、地下鉄などの乗り物の乗車券または専用コインを指しました。下は、かつてニューヨーク地下鉄で使用されていたトークンです。

この他、遊園地で乗り物に乗る際やゲームセンターでピンボール・マシンとかレーシングカー・ゲームをやる際、まずトークンを購入し、それを投入するとゲームが始まる……そんな使い方がされていたわけです。
デジタル取引の世界では、この「乗車券」の意味が転じて、「一回しか使えないパスワード」とか「電子的な引換券」の意味で使われます。
ICOトークンは、ビットコインやイーサリアムのような仮想通貨に交換できる引換券と考えれば良いでしょう。
以上が乱暴なICOトークンの説明です。次にICOの持つ経済的、社会的な意味合いについて少し書きます。
まず「IPOという資金調達方法があるのに、なぜICOするの?」という素朴が疑問が湧きます。
その答えはカンタンで、IPOはハードルが高く、誰でもがおいそれと出来る事ではないので、「お手軽な資金調達方法」であるICOで済ます……これが流行になっているということです。
しかしICOの法的な立ち位置は、せいぜい「ビミョー」であり、中国や韓国では違法であり、禁止されています。米国では、証券取引委員会(SEC)がThe DAOのICOに関し「あれは有価証券であり、有価証券を、ちゃんとSECに登録せずに販売したのは違法行為だった」という判断を最近、示しました。
つまり日本を除けば、ICOは、とてもフラフラした法的根拠の上に立ち、「見切り発車」的に強行されているのであり、これが後で禍根を残すリスクはじゅうぶんにあるということです。
■ ■ ■
なぜICOの、そのようなグレーな運営実態を問題にするか? と言えば、こんにちのICOでは、詐欺同然の案件が過半数を占めているからです。
いずれそれらの悪質なICOの中から破綻するものが出れば、社会問題に発展し、ICO全体が世間からボコボコにされる可能性があります。そのような「魔女狩り」のような状況になれば、折角、真面目に、ちゃんとやっているICOも、味噌も糞も一緒にされて、ボロボロになるリスクがあります。
実は、これは株式市場の投資家の目から見れば「いつか来た道」です。
1920年代に米国で株式ブームが起き、誰もが投機に熱中しました。しかし1929年に「暗黒の木曜日」の暴落が来て、多くの投資家が破産しました。下はそのときゾンビのように放心してフラフラとニューヨーク証券取引所前に集まった群衆の写真です。
暴落の後、人々は暴落の原因を究明しようとしました。もちろん暴落は、色々な要因が複雑に絡み合って起こったことであり、ひとつだけとは限りません。でも調査を進めてゆくと、株式市場のお粗末な運営実態というものが、だんだん明るみに出たのです。
一例として、当時IPOされた企業の50%は実体のないペーパー・カンパニーでした。これはこんにちのICOの状況に酷似しています。
そこでアメリカ国民からは「株式市場を野放しにするな!」という声が上がりました。こうして暴落から4年後の1933年に証券法が成立するのです。
ビットトレード
証券法は、株式を上場しようとする企業は、ちゃんと米国証券取引委員会に届けを出し、さらに四半期の決算内容を開示することが義務付けられました。
ちなみに、こんにちのICOでは届出の義務はありませんし、四半期の決算内容の開示もありません。あるのは「ホワイトペーパー(白書)」と呼ばれる、自分のICOの宣伝パンフレットに毛が生えた程度の手引書だけです。「ホワイトペーパー」を出しているICOは未だ良心的な方で、ぜんぜんそういう基礎的な情報すら無しでICOするケースもあります。
1934年には、今度は証券取引所法が制定され、取引所や、株式を扱う証券会社の在り方が厳しく規定されました。
つまり冒頭で説明した「なぜIPOのハードルは高いのか?」ということですが、それは大暴落とそれに続く大恐慌という教訓の後で、(資金調達市場のハードルは、高い方が良い)と国民が一致して願ったから、そうなったのです。
そして初代のSEC長官に抜擢されたのは、ジョセフP.ケネディという人です。この人は、有名なジョンF.ケネディのお父さんです。
この人事は、物議を醸しだしました。なぜならジョセフP.ケネディは、もともと相場師で、買占め屋だったからです。
でもフランクリンD.ルーズベルト大統領は「盗人を捕まえるには、その世界を熟知しているドロボウを使えば一網打尽だ!」と言い、ケネディを推しました。
その頃までにケネディは大富豪になっていたので、もうこれ以上、おカネを稼ぐ事は要りませんでした。かれが一番欲しかったのは、庶民から尊敬されることです。だからケネディは鬼のような勢いで、ウォール街の悪党たちに襲いかかって行ったのです。
SECが、こんにちでも、世界の証券監督当局の中でも最も恐ろしい存在なのは、この「パパ・ケネディ」以来の伝統なのです。

VALUの存在

第二次世界大戦後、日本の証券法はアメリカの証券法を参考にするカタチで整備されました。
しかし近年、日本の法律とアメリカの法律は、だんだん別れ始めています。その理由は、資本市場を活性化するためには、すこしルールを緩くした方が良いという考え方があるからです。
いま仮想通貨を巡る行政では、日本が世界をリードしています。これは良い事であり、僕は今後も日本が世界の仮想通貨行政のペースセッターになって欲しいと願っています。しかし、その一方で、魑魅魍魎たる怪しいICOが跋扈しており、それらのうちの幾つかは、いつ破たんしてもおかしくない状況であることも確かです。
だから現在の仮想通貨ブームは、薄氷を踏むような恰好で進行しているのだという危機感を我々ひとりひとりが持つべきでしょう。
「じゃあ何で広瀬の野郎はVALUを支持しているのだ!」
そういう批判が飛んできそうですね。
僕が(ICOトークンはヤバいけど、VALUはオッケー)と判断した理由は、VALUは「何も約束事が無い」からです。もっと踏み込んで言えば、株主としての投票権も無いし、配当の分与を受ける権利も無いのです。見返りゼロ、本源的価値ゼロということが始めから明言されているにも関わらず、人々がそれを買うのは、「タデ食う虫も好きずき」であり、違法な要素はありません。またVALUはどの角度からツッコミを入れても、到底有価証券とは言えない、チンケな存在です。
チンケな存在だからこそ、レジリエンスがあるのです。
一方、ICOの最大の弱点は「これをやります」という約束、英語で言えばdeliverablesがあるということです。はじめから守れもしない空約束をして、投資家から資金を巻き上げる……これは「投げ銭」とか「お恵み」に近いVALUとは、似ても似つかぬ行為です。
(記事引用)


800x-1
5000ドル突破したビットコイン
破竹の勢い-次に目指すは1万ドルか
bloomberg
 

 昨年12月は1000ドル未満だったビットコインの価格、今や5倍以上
ひとたび5000ドルを超えれば、その先は天井知らずとの見方も
2017年10月13日 16:56 
仮想通貨ビットコインが12日に5000ドルを突破した。これはバブルなのか、それとも上昇は始まったばかりなのか。
 昨年12月には1000ドル未満だったビットコインはその後、規制強化や基盤のブロックチェーンの分裂、JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)の「詐欺」批判などにもかかわらず上昇し、価格は今や5倍以上になった。

 仮想通貨取引プラットフォーム、イートロのマネジングディレクター、イクバル・ガンダム氏は「この最高値は素晴らしい節目で、ビットコインとそれを支えるテクノロジーの将来に対する市場の信頼の表れだ」と話し、「今後も次々と新たな節目をクリアしていくだろう」と興奮気味だ。

 セブン・インベストメントの運用者ベン・クマール氏も「ひとたび5000ドルを超えれば、その先は天井知らずとの見方で皆が一致しているようだ」と話した。
 もっとも、ヘッジファンド業界で著名運用者のレイ・ダリオ氏は仮想通貨ブームをバブルだと確信。はじける寸前だと指摘する。それでも、仮想通貨ファンドを開始するマイク・ノボグラーツ氏は今週、1年未満のうちに1万ドルになると予想した。
(記事引用)






世界初の有機蓄光材料=レアメタル不要で安価―九州大
時事通信 / 2017年10月3日 0時18分
 九州大の研究チームは、高価なレアメタルを使用せず、2種類の有機物を混ぜ合わせるだけで製造できる世界初の蓄光材料を開発し、3日付の英科学誌ネイチャーに発表した。

 太陽光や照明の光を蓄え、夜間や停電時などに長時間発光する蓄光材料は誘導灯などに広く使われているが、製造にはユーロピウムなどのレアメタルが不可欠。高温で処理後、粉砕して使うなど製造過程も複雑で、コスト的にも難点があった。

movie_image中国のレアメタル資源

九州大最先端有機光エレクトロニクス研究センターの嘉部量太助教らによると、光を吸収すると電子を放出する「ドナー材料」と、電子を受け取る「アクセプター材料」を1対99の割合で混合すると、アクセプター材料に受け渡された電子が、時間をかけて少しずつドナー材料に戻る際に発光し、蓄光材料として使えることが分かった。

 2種類の有機化合物は既存のもので、溶剤に溶かして塗布するなど加工も容易だといい、将来的には1キロ数万円する無機蓄光材料の10分の1程度の価格を目指すという。 

[時事通信社]
(記事引用)



きよう法務局にいってきました
自分の住む所轄法務局ですから「千葉地方法務局茂原支局」になります。法務局の主な仕事は不動産登記関係が多く、この日も殆どが土地関係で、法人登記は別の受付でした。

登記官に訳を話したところ、支局では受け付けてない、ということでした。それで「法人登記」でしたら、「千葉地方法務局」で受け付けます、という話しだった。

添付地図をくれて説明しましたが千葉地方局は知っていたので断りました。数年前に、融資を受けるに銀行に抵当権設定してあり、25年の返済完了したので「抵当権抹消」手続きを自分でやったので、その法務局が千葉の場所でした。今回はネット手続きですから出向く必要もないのですが、一応は担当官と直接話をきいて、実地の感覚を覚えておきたいと、いつもそのようにしてます。

それで「大安吉日」の占い暦ですが、
姫金神(北)
金神がいる方位に向かっての旅行や引越しは避けた方が良いと言われます。 金神には、遊行で別の方位に行くことのある巡金神と、1年を通して同じ方位にある大金神、姫金神があり、 遊行中は遊行先の方位が凶方位となります。また、間日はどの方位も問題ありません。

受死日
受死日は暦では黒丸(●)の印で記載され、最悪の日とされています。他の暦注を見る必要もないほどの凶日です。結婚も旅行も引越しも避けた方が良い日です。お葬式だけは問題ない日です。

どちらが本当かわかりません。なにしろ「人知及ばざるが如し」の世界ですから神様、ホトケ様にお願いするしかない。

人知及ばざるが如し 呪術祈祷シャーマンの世界
大安
大安は「大いに安し」という意味で大吉日です。めでたい日であり、結婚式を挙げる人の多い日です。旅行、引っ越しも吉です。

姫金神(北)
金神がいる方位に向かっての旅行や引越しは避けた方が良いと言われます。 金神には、遊行で別の方位に行くことのある巡金神と、1年を通して同じ方位にある大金神、姫金神があり、 遊行中は遊行先の方位が凶方位となります。また、間日はどの方位も問題ありません。

不成就日
何をやっても思っていた結果に結びつかない日。結婚や引越しには凶です。また、急に思い立ったことを始めることや願い事も良くない日です。

八専
八専は日の干支をもとにしていて、甲子の日から癸亥まである十干十二支の中の49番目の「癸子」から60番目の「癸亥」にあたる12日間です。干と支の性質が同じ組み合わせの多い期間で、気が傾きつり合いが取れず、順調に進まないという凶日です。

受死日
受死日は暦では黒丸(●)の印で記載され、最悪の日とされています。他の暦注を見る必要もないほどの凶日です。結婚も旅行も引越しも避けた方が良い日です。お葬式だけは問題ない日です。


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2017年9月29日 大安吉日

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生き神「クマリ」に選ばれた3歳児、儀式経て任命 ネパール
2017年9月28日 23時30分 AFPBB http://news.livedoor.com/article/detail/13677929/
 ネパールの首都カトマンズにある自宅で、儀式に臨む準備をするトリシュナ・シャキャちゃん(2017年9月28日撮影)。(c)AFP=時事/AFPBB 
【AFP=時事】ネパールの首都カトマンズ(Kathmandu)で28日、新たに生き神「クマリ(Kumari)」に選ばれたトリシュナ・シャキャ(Trishna Shakya)ちゃん(3)が任命の儀式に臨んだ。

 真っ赤なドレスに身を包んだトリシュナちゃんは父親に抱きかかえられながら自宅を出発。家族らに付き添われながらダルバール広場(Durbar Square)を通り、儀式が行われる同広場の宮殿へと向かった。

 今後トリシュナちゃんは、特別に任じられた付き人の世話を受けながら宮殿で生活する。また思春期を迎えて退任するまで、公の場には必ずクマリの礼装を身に着け、凝った化粧をした姿で登場し、生き神としてあがめられることになる。

 トリシュナちゃんの父親はAFPに対し、「複雑な気分だ。娘がクマリになったのは良いことだが、私たちの元から離れてしまう寂しさもある」と語った。

 クマリはヒンズー教の女神「タレジュ(Taleju)」の化身とされ、今後トリシュナちゃんは年に13回、特別な祝日しか外出が許されないという。
【翻訳編集】AFPBB News

(記事引用)




















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