バビロニアよりの贈物.1
 エーゲ海の南部に浮く大きな島、クレタに古代ミュケナイ文明があったことはあまり知られていない。 
 太古より神の請託を受けたクレタ島は、かつて青々とした緑の樹々が生い茂りアーモンド・オリーブ・クリ・クルミ・カリン・ザクロなど果実がたわわに実り、古代の島の人々は芳醇な香りに包まれていた。
 
 クノッソス宮殿跡はミノア文明の幻影を今に伝える。そこには青々とした緑の樹々がエーゲ海の潮の匂いとともに生い繁り、人々は豊かな秋の収穫を神に感謝し祈りを捧げた。それはこの世の楽園を映し出していた。

 現在、野生化したそれらの樹木から今でも果実を採取している。そのことが数千年前の歴史を知る手掛かりであることは、人々のあいだに伝えられた言伝え伝承とともに、より雄弁に歴史を教える場合もある。
 ミュケナイ文明はクレタの伝説ミノス王を称えてミノア文明ともいう。そしてクノッソス宮殿遺跡はミノア文明のかつての栄華を今に伝えている。

 クレタ島の伝説によれば、王は祭司にして領主、保護者にして救済者である。そしてクレタ島の王「ミノス」はゼウスの息子である。
 ギリシアの盲目吟遊詩人ホメロス著・伝とされる長編叙事詩『オデュッセイア』にその記述がありミノスは「おおいなるゼウスの仲間」としている。そしてミノスは九年間王として君臨した。

 クレタに隣接する島、キプロス島の神殿には前屈みの女の像が見つかっているが、それは生殖に関する呪術儀式ともみられ古代の呪儀的要素を現す。
 その奇異な女の像の容姿からある説が生まれた。娘は好奇心のおもむくままに窓から覗き、その時神に襲われたとする神話がアナクサレーテ神話の主要な筋書きである。娘は恋人に対してつれない意思表示をしたために相手が死に、そのことに何の感情も示さず、恋人の葬列が通過するのを窓から覗いているだけだった。
 石の心をもったアナクサレーテは石像になり代り、不滅身体の化身として娘はアプロディーテの神殿の神となったと伝えられる。
 ギリシア神話には果実と神の関係が頻繁に登場する。ホメロスの『オデュッセイア』に登場する王アルキノオスの果樹園を語った中に、ナシやザクロ、リンゴやイチジクなどの樹々、樹液をいっぱい蓄えたオリーブなどが育っていた、と記録している。ギリシアのその時代すでにイチジクが栽培されていたことを物語っている。  

 イチジクがクレタ島からギリシアに移入したことは、その名の由来からしてクレタ島から出ていることでも明らかだった。クレタ島では野生化した樹木から現在でも果実を採取していることが伝説史実をより確かなものとして雄弁に語っている。

 また神聖樹を引き抜きその樹から抜け出した神が巫女に憑依する様は、ペルシア神話の善神であるオフルマズドの神託によって二本の樹から実った果実より二人の男女が生まれ出ることに比較される。原人ガヨーマルトの精液は原始人間を生み出す男女それぞれの樹を創造した端緒的要素の神話である。
 その精液はギリシア神話においてゼウスのモノになり変わり、またイチジクの乳汁に喩えられる。そのイチジクはクレタ島からギリシアにもたらされた。そしてイチジクは男根的なシンボルとして古代神話の中で象徴的に語られている。そのイチジクが女神ナナのアッティス受胎神話ではザクロにかわる。

 古代クレタ島では女性が祭祀の儀式を担っていた。クレタの儀式では植物の生長を促すための精神的高揚のエクスタシー的トランスを伴った舞踏、穀物の豊饒を願う雨乞い儀式など呪術祈祷があった。
 そして最も神聖である聖樹が引き抜かれる。樹から抜け出した精霊が宙に乖離し、この精霊の神が巫女に憑依した。そして儀式の主要である祈祷と舞踏により神が降神する空間の場には神聖な場を示す囲いが施され、樹々の枝が上空を遮る空間に祭壇が設けられる。

 クノッソスの遺跡から大地母神像が発見されているが、その両手に蛇を持つ。この大地母神像と蛇の関係は巫女と考えられており神聖な神の仕いと解釈されている。そして蛇を飼うための土器も発見されイラクリオン博物館に展示されている。紀元前一五〇〇年前のミノア文明の事実が土器によって明らかにされた。

 日本神話の骨格である天照大神と天鈿女命による天の磐戸物語は「クレタの儀式、女性が祭祀の儀式を司り植物の生長を促すための精神的高揚のエクスタシー的トランスを伴った舞踏、穀物の豊饒を願う雨乞い儀式など呪術祈祷」、と比較することができる。

 『古事記』に登場する天鈿女命はシャーマン的要素の強い神でありクレタ島における女性が祭祀の儀式を担った巫女と同義である。
 クレタの古代儀式において植物の生長を促すための精神的高揚を伴った舞踏、穀物の豊饒を願う雨乞い儀式など呪術祈祷は、天鈿女命の所作とまったく同じと解釈してもいいほど酷似している。
 
 その話の出所がクレタの古代儀式であると断定する根拠は一切なく、日本神話の故郷は東南アジアにそのルーツがあると考えるのは有力な一般説である。そのことは712年太安萬侶によって書かれた書物によって訪ねることができる。
 朝廷に仕えていた猿女君は祭祀を司る女系一族で天鈿女命の子孫であると『古事記』に明記している。そして宮廷内の祭祀、古代儀礼である御神楽はこの猿女君によって行われていた。
 紀元前20世紀から前15世紀に栄えた古代のミュケナイ文明は紀元前17世紀を最盛期とするが、同時代よりやや下った年紀にバビロニア、そしてペルシアの予言者ゾロアスターが歴史上にいる。

 イギリスの考古学者、アーサー・エヴァンス卿(1851~1941)によってクノッソス宮殿遺跡が発掘され、1901年に発表された論文には「樹木に対する崇敬と聖なる石に捧げられる」と書かれてある。かつての隆盛を物語るクノッソス宮殿遺跡はエヴァンス卿によって明らかにされ、そして人々の知るところとなった。

 クレタの伝説ミノス王を称えたミノア文明は植物と共に生きる人々の生活を如実に示した神への祈りが聞えてくるようだ。それら周辺諸国の古代神話と共通項を持つクレタ島の古代ミュケナイ文明はアーサー・エヴァンスの発掘調査をもとに、彼の指摘するクノッソス宮殿遺跡の「樹木に対する崇敬と聖なる石に捧げられる」との結論を導いた。

 紀元前1520年から前1450年の間で、クレタ島のすぐ北にあるサントリーニ島が火山噴火をおこしミノア文明は崩壊した。
 またクノッソス宮殿はそれ以前に大地震によって崩壊している。クノッソス遺跡から造船用の工具類が大量に発見され、ミノアでは近隣諸国より先んじてすでに高い造船技術があったことを示している。
 木材・土器・青銅器など輸出していたと見られるが、それに欠かせないのは豊富な木材資源を潤沢に消費していたことの裏付けであった。
「太古より神の請託を受けたクレタ島は、かつて青々とした緑の樹々が生い茂りアーモンド・オリーブ・クリ・クルミ・カリン・ザクロなど果実がたわわに実り、古代の島の人々は芳醇な香りに包まれていた。そこには青々とした緑の樹々がエーゲ海の潮の匂いとともに生い繁り、人々は豊かな秋の収穫を神に感謝し祈りを捧げた。それはこの世の楽園」を思わせた。太古よりクレタ島は森林資源に恵まれていたのである。

 紀元前2000年紀、クレタ島の南部アギオガリーニの花粉分布を調査したボッテマ博士の報告によるとカシ・ナラの森が島を覆っていたという。大陸と隔てた地理的条件は他国の影響を受けることなく森の楽園を誇ってた。クノッソス遺跡やマリア遺跡など四つの主要な遺跡がその事を雄弁に物語っている。

 しかし「サントリーニ島が火山噴火をおこしミノア文明は崩壊した」、と思われたていミノア文明は死んではいなかった。
 近年の調査でサントリーニ島とクノッソスの土器形式を精緻に比較検討してみれば、噴火後においてサントリーニ島の生活痕跡は消失したが、クノッソス住民は存続していたことが判明した。さらにサントリーニ島火山噴火年代を科学的に調査した結果従来説が覆った。トルコのアナトリア高原の年輪解析を分析すると噴火は紀元前1628年であるという値を示したのである。そこから得られる答として噴火後もミノア文明は持続していたという見解だ。