青サギ ベヌウ  飛翔ベヌウ
 ちか、ちか、ちか~、
その音の正体が、どこから発信されているのか不明だった。肌に触れる感覚でもなく熱くもなく、実体不明だが太陽の核融合のようなプロミネンスのような赫々とした赤朱色。
 価値観の相違とか、生きている時間帯が異なるとか、不交差の要因がはっきりしているのに「なぜその気にさせた」、という事実ばかりが意識に残るという不可解さ。これが自分の目の前で起きているリアル世界なのか架空現実のバーチャルなのかと疑ってしまう。
 オンナが飛び去った瞬間に、「これがベヌウか~」と知った。やはりこれは架空世界のできごとだったのか。自分が今いる場所が何処の座標上なのか激しい不安が襲う。        

もともと「ツルの恩返し」は、民話であって喩え話しとしての要素が備わり、一種の教訓みたいなものに出来ている。その結末は悲しい別れで終わっているが、生きる希望を暗示させるという意味合いでは、どちらも合点がいく。

砂の中に、今でも埋没してしまいそうな家に棲むオンナは、下界からの匂いを一切消されている。それは冬の間、炭焼き小屋で寝泊りしている「少女スワ」とまったく同じだ。
そして吹雪の晩に「ツル」が若い娘の人間として山小屋の老夫婦宅に助けてもらい、その「ツル」が小屋で機織する様子は、天運から授けられた果実を意味している。すなわち若い娘が迷い込んだ家に、子宝を与えるというシチュエーションであり、そこには性の交わりがあって子孫を作り遺すという教訓的な婚姻譚に解釈することも可能だ。

いま私が置かれているオンナの条件設定。私と縁のあるそのオンナに、今それを求めることは、そのような純粋で無垢な精神性を相手に委ねているかもしれない。そして僅かの希望に繋げる気持ちの顕われがそうさせている。
相手は若いオンナである、それは世間の常識からは乖離している関係で成り立つ。本来だったらあり得ない、そのセッティングで物事が進んでいる。これは現実であってバーチャル世界ではない。実際に起きている現実だが確率の比率が極端に少ないという結果。
許されざる行為だがデジタルコンテンツ社会の中でそれが可能、という様々な要素が運よく絡んでリアルな日常が私の目の前に展開しているという現実がバーチャルであるという気分的な自己矛盾。

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民話で語る「ツルの恩返し」。物語に登場する「指定された場所」というのはない。当然といえば当然で、民話の定型スタイルに詳細な風景描写は必要ない。
そこには必要最小限の小道具である山里とか、雪または雨、夜の黒、対比効果として白の衣装をまとった人間、そして動物の毛色の純白など、それだけで物語は作られている。だからといって物語の内容が貧弱になっているわけではなく、却って読む側の想像を掻きたて、人それぞれの物語として心の中に入り込む。

「ツルの恩返し」に登場するツルは、いったい何処から飛来してきたのだろうと、それを具体的に説明するには、「ヒマラヤ山脈上空八千メートルを飛び越えて~」、と解説してもあまり意味はない。そんな過酷な試練を乗り越えてやってきたツルが、雪の晩、日本の山里に降り立って「機織」をすることは出来ない。
物語りは架空の出来事であってバーチャル世界を私たちに見せてくれるだけである。しかし、その民話の発祥した年代や、場所、そしてキャストが実際に存在した、という可能性が少しでもあったら、それは覗いてみる価値はある。
 
 年代は紀元前1200年、古代エジプト王朝時代にさかのぼる。第19王朝期、第3代目ファラオ、ラムセス2世の正妃「ネフェルタリ」墓所の玄室内の壁面に描かれている青サギベヌウの図がそれだ。

その王墓にはラムセスがネフェルタリを偲んで詠んだ詩がある。
「愛する者はただ一人、ネフェルタリだけである。それに匹敵する妃はいない。生前のネフェルタリは絶世の美女であった」。
そのかたわらに描かれた聖鳥「ベヌウ」の壁画。
ベヌウは、ギリシア語で「太陽の町」という意味の「ヘリオポリス」で信仰された鳥である。原始の海から太陽の卵が生まれたとき、その卵を抱いて孵化させたと伝えられる鳥ベヌウ。

その呼び名は色々あって「昇る」という意味であったり「太陽の魂」と呼ばれたりする。またギリシアの不死鳥フェニックスの原型であるという。
不死鳥「フェニックス」のフェニキア人の由来

ピラミッド・テキストでは、ベヌウはセキレイの姿に代わり「太陽神アトゥム」の化身とされる。さらに後の時代、新王国以降は、ベヌウは金星を象徴する鳥として扱われた。
古代エジプト、そのピラミッド内壁に描かれた「聖鳥ベヌウ図」が、時空を超えてユーラシア大陸の果て、さらに海を越えてたどり着いた「日いずる国」に飛来するに及んだと、まったく荒唐無稽で無根拠な説を解いたところで誰も耳を傾けはしまい。民話のエッセンスが何処から生まれているのか・・・、そもそも、それが謎である。

民話「ツルの恩返し」を、ラムセス2世の正妃「ネフェルタリ」墓所の玄室内の壁面に描かれている青サギベヌウ図に転化してしまうというその策は、紀元前の出来事を今の時空にフォーカスするという目論見でもある。

その謎解きの糸口が古代エジプトのベヌウ壁画にヒントが隠されているのではないか、という途方もない推理を今、しているのである。
この青鷺「ベヌウ」は、アフリカ大陸、ユーラシア大陸、インドネシア西部に分布している。夏季にユーラシア大陸で繁殖、冬季にアフリカ大陸、東南アジアへ南下し越冬。アフリカ大陸南部やユーラシア大陸南部などでは周年生息する。
日本の上空を飛んでいるのは亜種アオサギで夏季北海道に繁殖、冬季九州以南で越冬しているが、本州、四国では周年生息する留鳥である。大きな翼を広げて飛ぶ姿は聖鳥と呼ぶに相応しい。
 

 ヨーロッパ12世紀ルネサンスの話
 その現代事情とは、まったく一線を画した古代のアラビア文明は一体どこに消えてしまったのか、という疑問がある。
 ある著書によれば、「12世紀ルネサンス」とは1927年、チャールズ・ハスキンズの著した書物によって欧米で認知された研究成果であり、紀元前ギリシアで開花した人間世界の叡智が、どのような変遷過程で現代社会にもたらされたのか、というワンセクションを担ったのがアラビア文明である、と説明している。 (「12世紀ルネサンス」伊東俊太郎 岩波セミナーブック)
紀元前5世紀に起こったギリシア文明の叡智は黄金期であり「ピタゴラス定理」など数知れず、幾何学・数学がアラビア文明を象徴する学問として現代社会にもたらされているが、その過程は殆ど知られることがない。

とくに「ユークリッド幾何学」はアラビア文化圏からもたらされたことに多くの人は知ることがない。その事実が明かしているように現代社会で学習している基礎的学問の多くは、ギリシア文明が育んだ知識をもとに歴史的時間を経過しながらアラビア文化圏経由で今の欧米社会へと帰結したという現実を現代歴史は直視しない。現代社会の西欧的価値観は、紀元前5世紀ギリシア文明の継承と考え勝ちだが実はそうではなかった。

古代エジプト・ギリシアにおいては幾何学が盛んに研究されていた。それは古代社会の生きる知恵であり、大河の氾濫をどのように食い止めるか、そしてそれを灌漑農業に生かせるかが国家形成の糧であった。古代メソポタミアにおいては早くより灌漑技術が発達し、その時代の先進国家であったことは数々の歴史記述で証明されている。

そうした古代オリエントの数学はタレス、ピタゴラスらによって小アジアのイオニア地方、南イタリアへもたらされる。そうして基礎づけられ発展した数学体系は「エウクレイデス」(英名)に因んで、「ユークリッド幾何学」と呼ばれた。

古代エジプトのギリシア系哲学史者「エウクレイデス」の著した「原論」が今日のユークリッド幾何学の基礎となったのである。 

ユークリッド幾何学「原論」は定義、公準、公理など、様々な定理を演繹的に導き出す手法で現代数学の原型をなす。ニ千年間におよび数学の聖典としてその地位は不動である。
近代自然科学、古典力学の雄「ニュートン」による「自然哲学の数学的原理」は、この「原論」を手本に書かれた、とも云われる。
地中海世界で育まれた数学は時代を経過しながらギリシアへと移行する。そして紀元前三世紀ころから始まるヘレニズム潮流にのりながらアレクサンドリアにおいて展開されるようになる。その研究成果はギリシアからビザンチンへ、やがてシリア文明圏へと移行し、シリア的ヘレニズムの諸科学はアラビア語訳されアラビア文明圏へと迂回の道を辿る。
やがてアラビア学術文化の時代が訪れ十一世紀ころに、それは黄金期に到達する。そして今日の西欧世界の礎をつくった学問の総ては、このアラビア学術文化を翻訳し「十二世紀ルネサンス」を迎えることとなる。