(7)小保方氏、手記出版 恨み節炸裂
上司の罠にハメられた 重すぎる責任に自殺意識も…
 2016.1.29 23:05産経デジタルイザ
 STAP細胞論文の筆頭著者だった理化学研究所元研究員、小保方晴子氏(32)が28日、手記『あの日』(講談社)を出版した。日本の科学界最大の捏造事件とも指摘される一連の問題について2014年4月の会見以来、同氏がまとまった主張をするのは初めて。手記は全15章253ページにわたり、冤罪説をはじめ、古巣である理研や関係者に対する批判、責任の重さから死まで意識したなど赤裸々につづっている。

 「世間を大きくお騒がせしたことを心よりお詫び申し上げます」

 「重すぎる責任に堪え兼ね、死んでこの現状から逃れられたら、と何度も思いました」

 手記は謝罪と反省の文言から始まる。

 問題の論文は14年1月、英科学誌ネイチャーに発表された。当初は「世紀の大発見」と話題になったが、画像の切り貼りなど疑惑が噴出。後で理研の調査委員会が論文そのものを不正と認定し、撤回した。

 小保方氏は手記の中で、論文の不備や研究者としての未熟さは認めたものの、理研が認定した不正への関与は「誰かを騙そうとして図表を作成したわけでは決してありません」と頑なに否定。研究者失格の烙印を押され、批判が集中する状況に追い込まれたことへの恨み節を並べた。

 「ハシゴは外された」と題した章では、「私の名前ばかりに注目が集まってしまったためか、世間の厳しい目は筆頭著者の私に向けられた」「私個人に対する批判を述べることが社会的に許される風潮が作り上げられた」と振り返り、「すべての内臓がすり潰されるような耐えがたい痛み」を感じたとした。

 小保方氏の怒りは、論文の共著者である若山照彦・山梨大教授にも向けられた。「論文執筆をかなり急がされた」とし、実験方法について「私だけ(中略)教えてもらうことはできなかった」とぶちまけている。

若山氏が独断で研究を進めたとの趣旨の主張も展開し、「強引さが加速していくようだった」。小保方氏に批判的なマスコミ報道を「メディアスクラム」と批判し、「報道内容はすべて若山先生からの一方的な情報のみに基づくもの」と不信感をあらわにした。

 小保方氏は、古巣である理研にも牙をむき出しにする。騒動の渦中には、小保方氏が実験中に混入したES細胞をSTAP細胞に仕立てた-との疑惑が浮上した。これについて、「ES細胞を混入させたというストーリーに収束するように仕組まれているように感じた」とし、「私の上司にあたる人たちによって、(中略)仕掛けられた罠だったとも受け取れた」と“冤罪”を訴えた。

 14年8月には論文の共著者で、小保方氏を指導していた笹井芳樹氏(享年52)が自殺する。その時の心境を「笹井先生がお隠れになった。8月5日の朝だった。金星が消えた。私は業火に焼かれ続ける無機物になった」と吐露した。

 最後は騒動によって研究者としての道が閉ざされたことを悔やみ、「思い描いていた研究はもうできないんだなと思うと、胸が詰まり、涙が勝手にこみ上げてくる」と締めくくっている。

 講談社の担当編集者は「さまざまな仲介を経て(こちらから)執筆を提案した。小保方さん自身が昨年9月から執筆に入り、4カ月かけて完成させた」と話す。

 タイトルは小保方氏の発案で、初版発行部数は5万部。印税の使い道や、同氏が現在どこで何をして生活しているのかなどについては「答える立場にない」と回答した。

 一方、小保方氏が手記の中で批判を浴びせた若山氏は何を思うのか。

 所属先である山梨大の広報担当者は「大学として『コメントしない』というコメントそのものも出さない」と過敏ともいえる反応を示した。
(記事引用 2016/2/2) 


時代を記録する「小保方氏報道」.4
「怒りの手記出版」小保方氏の“暴走素顔”
2016年1月29日 6時0分 東スポWeb
小保方晴子氏 
 科学界から退場の危機にある小保方晴子氏(32)が反撃のノロシを上げた。28日に出版された手記「あの日」(講談社)でSTAP細胞をめぐる騒動で改めて謝罪しているが、その狙いは汚名返上にほかならない。新型万能細胞・STAP細胞の作成を発表するも、研究不正が認定された小保方氏。理化学研究所を追われ、母校で取得した博士号は取り消し。不正の過程でES細胞を盗んだとの疑いも浮上した。事態の進展に不満を募らせた末、ついに大爆発!「体調不良」と伝わるなか、本紙だけが知る“暴走素顔”とは――。

「小保方さんが話したがっているそうだ」

 昨夏、そんな情報がマスコミ業界を駆け巡った――。

 当時、小保方氏は「わが子」とも呼ぶSTAP細胞の存在を完全否定され、科学者としての地位も名誉も失っていた。理研の調査委員会は前年、小保方氏の論文データに改ざんや捏造があったと認定。疑惑は出身の早稲田大学大学院に提出した博士論文などにも及び、博士号の取り消しが決定的に。ショックのあまり小保方氏は体調を崩し、通院や自宅静養を余儀なくされたと伝えられた。

 事情を知る人物は「確かに体調は悪かったが、なぜ自分だけが…という思いと、ハメられたという陰謀論が脳内を駆け巡り、爆発寸前になっていた。それでマスコミに現在の心境を洗いざらいブチまけるという情報が流れたのだと思う」と振り返る。

 現状への不満の一端が表れたのが昨年11月、再提出の論文が認められず博士号が取り消しとなった時だ。小保方氏は書面で「当初から不合格を前提とした手続き」「指導過程、審査過程の正当性・公平性について大きな疑問があります」と大学側を猛批判。これは小保方氏が代理人の三木秀夫弁護士に連絡し、出させたものだった。

 この間、科学界や世間の批判に落ち込む一方、心の奥底に噴火目前の火山のごとく怒りのマグマをため込んでいたのだ。

 こうして出版されたのが今回の手記。前書きで「世間を大きくお騒がせしたことを心よりお詫び申し上げます」と謝罪するも、撤回したSTAP論文の執筆には「一片の邪心もありませんでした」。このまま口をつぐむことは「さらなる卑怯な逃げ」と考え、本を書く決意をした。「死にたい」とつぶやくほど、一時は苦しんだという。

 初版は5万部で、講談社関係者によると「昨年夏ごろから極秘に進めていました」。三木氏も手記出版に触れ「本人が体調の悪いなかであった事実を書いた本です。ぜひお読みください」と猛プッシュしている。

「ここ半年は三木氏の手にも余るようになっていた。弁護士費用の支払いが滞っているという情報もあり、三木氏としては『割に合わない』というのが本音だろう。今後、彼女の窓口は講談社も担当することになる。三木氏も安堵する部分はあるのでは?」(同)

 暴走気味の小保方氏が怒り心頭なのが“窃盗犯扱い”だ。理研は検証実験でSTAP細胞を作成できなかったことから2014年12月、同細胞は胚性幹細胞(ES細胞)が混入したものである可能性が高いとの調査結果を発表した。15年1月、理研OBの石川智久氏が「当時理研に在籍していた若山照彦氏(STAP論文共同執筆者の一人、現山梨大教授)の研究室に保管されていたES細胞を小保方氏が盗み出し、STAP細胞と偽装していた可能性が高まった」と週刊誌上で告発。窃盗容疑で兵庫県警に告発状を提出し受理されたが、内容は「被疑者不詳」となっていた。

「彼女は『私を悪者に仕立てようとしている!』と激怒し、背後に若山教授がいると直感した。今回の手記出版は若山教授への反撃の意味も込められている」(同)

 フリージャーナリストの津田哲也氏(56)は「彼女にはファンクラブのような熱烈な支持者が数多くいます。フェイスブック上にはコミュニティーも存在します。石川氏の元には支持者から『虚偽の内容での告発は許さない!』と抗議があり、直前で被疑者不詳に変えました。今回の手記もファンの後押しを受け、本人もソノ気になったのでしょう。とはいえ、自らSTAP問題を蒸し返すとは…。理解に苦しみますね」と指摘する。

 27日、千葉県内にある小保方氏の実家はひっそりと静まり返っていた。白い外壁のしょうしゃな戸建てには、自家用車が止まっているものの、2年前から人の気配はないという。近所の住民は「騒動後はご両親をずっとお見かけしていませんね。雨戸も閉め切って、もうずっとそのままですよ」と話す。

 253ページ、15章からなる「あの日」。汚名返上のつもりで、さらなる痛手を負わなければいいが――。
(記事引用)
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【小保方さん手記】「絶歌」以来の反響、話題書コーナー…関西でも店頭に、ワイドショーも関心
2016年1月29日 12時27分 産経新聞 産経ニュース
書店に並んだ小保方晴子さんが出版した「あの日」=29日午前、大阪市浪速区のジュンク堂書店(南雲都撮影) 
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 STAP細胞をめぐる騒動の渦中にいた理化学研究所の元研究員、小保方晴子氏の手記「あの日」(講談社)が発売され、29日朝には関西の主要書店の店頭にも並び、早くも売れ行きの良さを見せている。

 大阪市浪速区の「ジュンク堂書店難波店」では、45冊入荷。前日から問い合わせが10件以上相次ぎ、レジカウンターに平積みしたほか、関連本とあわせて話題書コーナーにも設置した。

 同店の橋本圭介副店長は「テレビのワイドショーでも取り上げられ、関心の高さをうかがわせる。社会書では、『絶歌』以来の反響で、今日一日で売り切れる勢いではないか」とみる。

 開店直後に訪れ、同書を手に取った大阪市中央区の無職男性(77)は「これまで彼女が言い尽くしていないことが書かれているかもしれず、関心がある」と話した。

 一方、阪急梅田駅改札口すぐの「ブックファースト梅田2階店」(同市北区)。午前7時の開店から約2時間で15冊近くが売れた。同店の女性店員は「残り数冊しかない状況だ」と語った。
(記事引用)

理研に衝撃…小保方さん“反論手記”に書かれた核心部分
2016年1月29日 10時26分 日刊ゲンダイ 
 2014年1月の「STAP細胞」発表会見から28日でちょうど丸2年。理化学研究所の元研究員、小保方晴子さん(32)が手記「あの日」(講談社)を出版した。“リケジョの星”から転落。14年4月の釈明会見以来、公の場から姿を消していた彼女が、突然の“反撃”だ。

 関係者などによると、出版を持ちかけたのは講談社サイドで、小保方さんは昨年夏ごろから体調不良を押して極秘裏に執筆。現在も療養中で、出版会見を行う予定はないという。

 さて、問題の手記では冒頭で世間を騒がせたことを謝罪。出版の動機については〈このまま口をつぐみ、世間が忘れていくのを待つことは、卑怯な逃げであると思い〉などとつづり、捏造などと批判された論文の「図表」については〈誰かを騙そうとしたわけではない〉〈一片の邪心もない〉などと“潔白”を主張。何度も自殺を考えたこともほのめかしている。

 手記の前半では研究者を志した理由や、論文の共著者である山梨大教授の若山照彦氏、一昨年に自殺した理研副センタ―長の笹井芳樹氏(いずれも当時)らとの出会いなどについて淡々と記しているが、論文発表から撤回、理研退職、早稲田大による博士号の取り消しに至る後半部分は、次第に“ヒートアップ”。

 騒動が過熱するにつれ、理研サイドや若山氏は自分たちの身を守るため、事実とは異なる情報を一方的にリークしたと主張。〈本当に最後まで、私からは、真実を何も発信できない状況が、政治的にも、肉体的にも、精神的にも、固められ〉、自分ひとりが〈悪者〉に仕立て上げられていったなどと反論している。

 批判の矛先はバッシングを続けた大マスコミにも向けられ、中でも「捏造の科学者 STAP細胞事件」(文芸春秋)で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した毎日新聞の須田桃子記者は実名まで挙げ、〈脅迫〉のようなメールを送られ、〈取材攻勢は殺意すら感じさせるものがあった〉などと書いた。

 小保方さんと笹井氏が男女の仲だったかのような一部報道についても、〈二人きりで出張に行ったことは一度もない〉と否定。なぜか若山氏が週刊文春に“2人の関係”の証言者として登場していたと疑問を投げかけている。

■理研などには衝撃走る

 そして肝心のSTAP細胞については、再現のための検証実験で〈私が担当していた実験部分の『STAP現象』の再現性は確認〉されたが、若山氏の担当部分が本人の協力を得られなかったために失敗に終わり、確認されなかったと結論付けられたという。

 笹井氏の自殺などもあり、体重が30キロ台まで激ヤセした小保方さんは、〈魂の限界〉で戦う術もなく、博士号取り消しも〈再指導の結果として不合格を出すという、生け贄の儀式が行われるだけなのだと思った〉。

 こうして研究者の道は幕を閉じたと締めくくっている。真偽については再検証が必要だろうが、いずれにせよ「理研をはじめ、関係者の間では衝撃が走っている」(文科省事情通)。

 毎日新聞に問い合わせたところ、「記事は十分な取材に基づいて掲載している。一方的なリーク情報の垂れ流しとの批判は当たらない。なお、本の出版前に小保方氏から弊社への取材はまったくなかった」(社長室広報担当)。若山氏の研究室にも聞いたが、きのうまでに回答はなかった。
(記事引用)