放置国家の企業売国
「も、しょうがない」、というのは判っているのに、シャープメインバンクの決断のなさは、やはり江戸幕府政権時代、外様藩政の悪しきDNAを今更拭いきれないという、「錯誤」が顕著で、そんなこと指摘される前に、当事者頭取クラスは、充分承知しているはずだ。

永田町官僚との話し合いがもつれて時期を逃した、なんて裏話は、後の「通産秘話トップシークレット」のタイトルで出版してくれれば、読んでみたいがね~。だれも買わんか?


シャープ再建は、もう手遅れ 
失われた4年間の愚策
三品和広 [神戸大学大学院経営学研究科教授] 2016年2月15日ダイヤモンド
 シャープの行方をめぐる議論や報道が賑々しい。それを横目で眺めていると、どうもフランス語でいう「デジャヴュ」の感覚を拭えない。最初の赤字転落から6年以上も経つので、同じ話が蒸し返されるのは仕方がないとしても、大局を見誤って禍根を残す愚は何としても避けるべきであろう。

かつての栄光は見る影もなし
もはや「守るべき」技術などない
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 シャープに関する議論はややこしい。その一因は、「かつてのシャープ」と「いまのシャープ」を混同する人が後を絶たない点にある。両者は似ても似つかない。まずは、そのあたりで認識を揃えるところから始めよう。

 シャープが順風満帆だった2008年3月末と直近の15年12月末を比べると、シャープは株主資本を1兆円以上も毀損し、生産設備を主力とする有形固定資産も3分の2を手放した。その結果、時価総額は9割が吹き飛んでいる。国内社員の8割を温存しているが、企業価値は以前の1割しか残っていない。いまや3000億円も出せばシャープが買えるのに、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業以外に買い手は現れない。


かつての液晶王国のイメージから「シャープの技術を守るべき」との議論はいまだにある。しかしシャープの現状を直視すれば、そのような考えは誤りであることが分かる Photo:東洋経済/アフロ
 債券市場でもシャープは債務不履行の可能性が高い貸出先と格付けされてしまい、尋常な方法では外部資金を調達できない。みずほ銀行と三菱東京UFJ銀行が金融支援に乗り出していなければ、今頃シャープは債務超過に陥っていたはずである。

 「いまのシャープ」は瀕死の重傷を負っており、もはや「かつてのシャープ」ではない。問題を筋よく解決したければ、現実を直視・凝視することが第一歩となる。

 技術流出を防ぐために、国がシャープを救済すべきという声がある。確かに「かつてのシャープ」は液晶王国を築き上げた。それをレバレッジして経営陣は、ことあるたびに自社の技術力を喧伝してきたが、「いまのシャープ」に守るべき技術はない。守るべき技術を持つのは韓国や台湾のライバルたちで、既にシャープは競争に敗退したと見たほうがよい。

 韓国・台湾の挑戦を受けて日本が苦しむのは、かつて日本の挑戦を受けてアメリカが苦しんだのと同じ図式で、そもそも防衛戦は難しい。液晶ディスプレイは何種類ものフィルムが貼り合わさってできており、その構造を編み出したシャープは称賛に値するが、いまや技術の焦点は部材性能に移っている。その部材を韓国・台湾勢に向けて供給するのは幸いなことに日本のサプライヤー群で、シャープの偉業は部材メーカーが謳歌する高収益のなかに生き続けている。そう考えれば腹は立たない。

 もちろん、シャープが自社で利益を取り込むことに成功していれば、そのほうがよいにきまっている。しかしながら、シャープは亀山で技術を囲い込む戦略に打って出て、敗退した。囲い込んだ部材メーカーの国内同業ライバルたちがリバース・エンジニアリングをして、部材を韓国・台湾に売り込んだからである。競争社会で、この手の誤算は高くつく。

「守るべきは雇用」という
考え方の落とし穴

 残る社員の雇用こそ守ってしかるべきという声も、日本では絶えない。もちろん、小さな代償で守ることができるなら、そうすべきだと私も思う。しかしながら、代償は決して小さくない。


みしな・かずひろ
1982年一橋大学商学部卒業、84年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了、 89年ハーバード大学文理大学院博士課程修了後、ハーバード大学ビジネススクール助教授、 97年北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科助教授などを経て04年神戸大学大学院経営学研究科教授。 専攻は経営戦略、経営者論。『戦略不全の因果』『戦略暴走』『総合スーパーの興亡』『どうする?日本企業』(以上、東洋経済新報社)など著書多数。
 そのロジックの核にあるのは、モラルハザードである。わかりやすく説明すると、いったん自動車保険に加入すると運転が慎重さを欠く現象が、モラルハザードにほかならない。

 車を運転していて人を死なせてしまうと、その瞬間に1億円を超える借金を背負うとしよう。従来通り運転を続ける人が何人いるであろうか。運転を続ける人にしても、平均速度はぐんと下がるに違いない。多くの人がハンドルを握り、法定制限速度プラスアルファまでアクセルを踏むのは、保険があってこそなのである。

 競争に敗退したシャープを経営破綻から救う行為は、保険と同じように機能して経営者のモラルハザードを呼び込んでしまう。

 財閥が系列を形成し、メインバンクが困窮した企業を救ってきた日本では、実際にモラルハザードが頻繁に起きていた。腑に落ちなければ、拙著『戦略暴走』を一瞥していただきたい。モラルハザードのコストが優に兆の桁に乗ることがわかるはずである。自動車は保険を設けて多くの人々に運転する道を開いたほうがよいが、経営は断固として違う。

 職を失って人生の再構築を迫られる人が大変な思いをすることは事実である。だからと言って、そういう人の救済を最優先にしても、結局は経営者は同じ轍を踏んで失敗してしまい、職を失う人が将来にわたって出続けてしまう。だから、シャープの悲劇を1社で済ませるために、シャープの痛みをオブラートに包んではいけないのである。守るべきは現世代の雇用より未来の何倍もの雇用であり、そのために必要な規律なのである。

液晶の「オールジャパン」構想は
実現しても失敗するだけ

 では、シャープはどうすればよいのか。これまでの経緯を整理すれば、答えは自ずと見えてくる。

 シャープは我が世の春を謳歌していた07年5月に、堺工場の建設に踏み切った。巨大な液晶パネル工場を動かすために、この時点でシャープはオールジャパン陣営の形成に動いていた。パイオニア、東芝、ソニーあたりがパネルのOEM供給を受ける案に同意したが、オールジャパン(松下電器は含まれなかった)でも国際競争には勝てず、09年10月に始動した堺工場がフル操業する日は来なかった。堺工場は太陽電池、亀山工場は中小型液晶に活路を見出そうとしたが、そのプランBも不発に終わっている。

 社運を賭し、死力を尽くして、シャープは奇しくも一つの時代が終わったことを証明した。産業革新機構に、シャープを超えてできることなど、何一つとして残されていない。ここで日の丸連合を再結成するなど、シャープの健闘を無為にするようなものである。その点は、ここに特筆しておきたい。

 シャープは、韓国・台湾勢も赤字転落するなかで、最初にギブアップした。技術蓄積を誇る一方で、財務基盤が一番弱かったからである。同じ問題が産業革新機構にも襲いかかることは、目に見えている。

2012年春に敗戦は明確に
銀行に翻弄され続けたシャープ

 シャープの黄金時代を演出したのが町田勝彦氏であることは疑う余地がない。彼は12年春に敗戦を自覚すると、シャープを鴻海に託すことにした。液晶部門をジャパンディスプレイに合流させる道もあったが、「親方日の丸」の下だとシャープは腐ると見切って、却下したのである。

 ところが、町田勝彦会長と片山幹雄社長が引責辞任し、あとを継いだ奥田隆司社長が翻意する。奥田氏は鴻海を遠ざけ始め、邦銀に接近した。銀行の支援条件を満たすべく、社員数を3000人以上も減らし、平均年収を80万円も削ったが、止血に失敗し、皮肉なことに自ら呼び込んだ銀行に1年で引導を渡されてしまう。そしてシャープの漂流が始まった。

 奥田氏のあとに高橋興三社長が登板しても、もう路線を変える余地はない。シャープが銀行に翻弄される様は周知のとおりである。

 すでに12年春の時点で、シャープは敗戦処理を必要とした。それなのに自主再建路線を選んだ奥田氏の錯誤は、このうえなく高くついたと言わざるをえない。

4年間の半端な延命策で
8500億円を無駄にした

 下の表はシャープのバランスシートを4つの断面で切り取ったものである。A列は黄金時代最後の通期決算で、この翌年度にシャープは史上初の営業赤字を記録する。B列は2度目の営業赤字を出した通期決算、C列は3度目の営業赤字を出した通期決算、D列は直近の四半期赤字決算に呼応する。A列とB列の差分は、町田勝彦会長と片山幹雄社長による再起の努力を反映する。同様にB列とC列の差分は奥田隆司社長、C列とD列の差分は高橋興三社長の経営成果に相当する。


 A列とB列の間でシャープは400億円近い営業利益を稼ぎ、5000億円弱の最終赤字を計上した。B列の時点で企業価値の7割が消え去っている。奥田氏以降は1000億円以上の営業赤字に陥り、8500億円強の最終赤字を出してしまった。自ら膨らませた夢を萎ませて企業価値を大きく毀損したのは町田―片山ラインであったが、シャープの自己資本を毀損して債務超過に追い込んだのは奥田―高橋ラインである。

 こうして過去の経緯を一望してみると、やはり12年の春が大きな岐路であったことがわかる。そこで鴻海の傘下に入っていれば、シャープは追加で8500億円もの赤字を出さずに済んだかもしれない。残念ながら、自主再建の道を模索していた4年の間に、銀行が注入した約6000億円は蒸発してしまったに等しい。まさに焼け石に水である。仮に銀行が債権を放棄しても過ぎた時間は二度と戻って来ない。企業体として、もうシャープは終わっている。

 仮に銀行の債権放棄なしで鴻海が7000億円を注入しても、シャープが12年3月末の財務基盤を取り戻すには遠く及ばない。銀行の債権放棄を前提に産業革新機構が3000億円を注入しても、大同小異である。「かつてのシャープ」は、いまや蜃気楼に等しいのである。

 収益源を失ったあとの問題の先送りは、雪だるま式に損失を膨らませてしまう。これは、他山の石とすべき教訓であろう。敗戦処理は後ろ髪を断ち切って、とにかく早く大胆に動かなければならないのである。

 その点で、問題を先送りすることなく、ルノー傘下での再建を選んだ日産自動車の塙義一社長(当時)は偉かった。その教訓を学び損ねたシャープは、残念というほかはない。
(記事引用)