グーグル生んだ移民の活力 新政権で消滅の危機 
伊佐山 元(WiL共同創業者兼最高経営責任者)
2016/11/22付 その他日経
 米国の次期大統領にドナルド・トランプ氏が就くことが決まった後のシリコンバレーでは、混乱が続いている。ベンチャー経営や投資への影響はまだ限定的だが、トランプ氏が掲げる移民排斥や人種差別は危険だ。

いさやま・げん 1997年東大法卒、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。2003年から米大手VCのDCM本社パートナー。13年8月、ベンチャー支援組織のWiL(ウィル)を設立。
 
 学校や日常生活の場では、すでに人種差別が原因の不満が沸騰し、衝突も何度か起きている。今日も我々のオフィスの前では、100人を超える人数の地元の高校生が「ピースマーチ(平和への行進)」に参加して街を闊歩(かっぽ)していた。

 これまで米国のベンチャー企業をめぐる社会では、出自を問わないオープンさが活力の原動力になっていた。この数年を見ても、珍獣の象徴である「ユニコーン」と称される時価総額10億ドル(日本円換算で1000億円)の非上場のベンチャー企業が150社以上も生まれており、その半分程度は移民が創業しているのだ。

 ウーバーテクノロジーズやエアビーアンドビー、スナップチャット、スペースX、ピンタレスト、ドロップボックス――。日本でも話題になるこれらのベンチャー企業の創業者はすべて移民だ。過去20年間に生まれたベンチャー企業の顔ぶれを見ても、創業者はインド人やカナダ人、英国人、中国人、イスラエル人と、まさに人種のるつぼとなっている。

 我々の生活には欠かせなくなったグーグルやヤフーも元はスタンフォード大学で学んだ移民が創業したベンチャー企業だった。シリコンバレーの重鎮の中で唯一トランプ陣営に参加することになった、天才経営者かつ投資家のピーター・ティール氏もドイツ出身だ。

 来年以降、新しい大統領の誕生により、仮に査証(ビザ)の発行が厳しくなり、白人と移民の対立が高まれば、シリコンバレーを支えてきた多様性は失われる。米国経済にも中長期的に大きなマイナスをもたらすのは明らかだ。シリコンバレーを含むカリフォルニア州は、世界の国内総生産(GDP)ランキングで6位に相当する巨大な経済圏だ。この地の活力は米国全体の経済のカギでもある。

 これまでシリコンバレーは、移民にとってアメリカンドリームを実現できる数少ない場でもあった。それゆえコストも競争環境も厳しいなかにあっても、世界中から才能豊かな人たちが集まり、切磋琢磨(せっさたくま)してきた。

 「シリコンバレーで認められたい」「本国に錦を飾りたい」「一族の成功を果たしたい」「世界を変えたい」。彼らの想いは様々だが、リスクの高い環境で優秀な人材が競争することにより、世界でも、まれなイノベーションの聖地を作り上げてきた。この地の開放性が失われ、多様性が認められなくなることは、世界から起業家の希望の地が消えることに等しい。

 「Success follows people, not the technology(成功は技術にあるのではなく、人にある)」と言われるように、シリコンバレーの競争力の源泉は、世界中から集まる人の魅力に尽きる。投資にしても、企業の経営にしても、技術や資本、タイミングなどいろいろな要素が成功の要因ではあるが、その中でも人の要素が圧倒的に大きい。

 今、米国が置かれている状況は、日本にとってチャンスなのかもしれない。いかに世界から優秀な人材をひきつけるのか、どのようにして多様性に寛容で、リスクテークを応援する社会をつくるのか。日本には、その材料はそろっているはずだ。
[日経産業新聞2016年11月22日付](記事引用)

トランプ氏とシリコンバレーに漂う微妙な緊張 
2017/1/26 6:30 日経
霧雨の降る20日午後の米ワシントンDC。ジョン・ロバーツ米最高裁長官の立ち会いの下、ドナルド・トランプ氏が第45代米大統領に就任した。トランプ時代の正式な幕開けだ。

トランプ氏(左端)は大統領就任前の昨年12月にペイパルの共同創業者であるピーター・ティール氏(左から2人目)、アップルのティム・クックCEO(右から2人目)、オラクルのサフラ・キャッツCEO(右端)といったIT企業トップと会談をもった=ロイター

 siliconvalley一方、シリコンバレーでは大統領選の夜の衝撃は薄れつつある。トランプ氏とことごとく意見が対立するIT(情報技術)業界は、同氏の勝利を受け放心状態に陥ったが、今は対応を練っている。IT業界の現時点での対応は今後4年間について多くを物語る。

■一定の距離もち静観

 今のところ、IT業界の関係者は(反トランプ)活動の中心となっている。先週初めにカリフォルニア州パロアルトで始まった抗議デモの矛先は、トランプ陣営の腹心であるピーター・ティール氏と、ティール氏が共同創業した謎多きデータ解析会社パランティール・テクノロジーズに向いている。デモを率いるIT労働者団体は、パランティールとティール氏が「イスラム教徒のデータベースと不法移民の強制送還で利益を得るべきではない」と訴えている。

 全米各地では、グーグルやアドビシステムズ、スラック、キックスターター、インスタカートなどの社員が21日、「今回の大統領選での発言」に対する大規模な抗議デモ「ウイメンズ・マーチ」に参加するため自主的にグループを結成した。「ワシントン・マーチ」はNPO「ガールズ・フー・コード(Girls Who Code)」と「アイファンド・ウイメン(iFund Women)」と手を組んだ。相乗り仲間を集めてバスをチャーターするサービスを手掛けるスタートアップのスケダドルは、このイベントのために1万1000人をバスでワシントンに送り届けた。フレックスも21日、女性向けに健康サービスを提供するスタートアップのための会議をサンフランシスコで開催した。

 国民からの圧力と訴えを受け、トランプ氏が対立的な手法を使う選挙運動で提示した問題に対して、一部の企業はある程度の立場を表明するように迫られている。フェイスブック、マイクロソフト、アップル、グーグル、さらにはパランティールまでもが、トランプ氏が提案したイスラム教徒のデータベース作成には手を貸さない方針を明らかにしている。もっとも、最大300万人を強制送還するという選挙公約について各社の口ははるかに重く、ウイメンズ・マーチに至ってはコメントしないつもりだ(われわれは既にグーグルやアップル、マイクロソフト、ツイッター、フェイスブックなど30社にコメントを求めた)。

 トランプ氏はIT各社の業績を揺るがし、主義に反する政策を導入する可能性が高いが、大半の企業は静観する構えだ。特にフェイスブックは社員に対し、あらゆる政治活動を仕事と区別し、フェイスブックの代表としてこうした活動を行わないよう求めている。

 (テスラモーターズの)イーロン・マスク氏や(ウーバーテクノロジーズの)トラビス・カラニック氏、ティール氏など、IT業界のトップには例外もいる。最初の2人はトランプ氏への助言組織「大統領戦略・政策フォーラム」のメンバーだ。政権移行チームの昨年12月の声明によると、フォーラムは「大統領と頻繁に協議し、経済政策の実行にあたって具体的な経験や知識を提供する」。この3人はおそらく、トランプ氏の漠然としたIT政策課題を具体化するだろう。そうなれば、政策の導入時期が明らかになる。

■将来の衝突は不可避?

 残りのシリコンバレーのそうそうたる面々(フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ氏やグーグルのラリー・ペイジ氏、アップルのティム・クック氏、アマゾン・ドット・コムのジェフ・ベゾス氏など)はずっとおとなしくしているつもりもないし、できないだろう。査証(ビザ)の各プログラムの廃止やネット中立性の撤廃、監視活動の強化、不法移民の集団追放、イスラム教徒のデータベース開発などシリコンバレーがずっと恐れてきたトランプ氏の公約が政策になれば、業界リーダーは声を上げざるを得なくなるだろう。

 トランプ氏が構想する内容にシリコンバレーのリベラルな血が重なれば、どんなに政治的に中立な企業でも特定の主義に偏った論争に追い込まれるのは必至だ。だが、トランプ氏が民衆の対立と分断を招く人物なのは証明済みのように、その政策もIT業界に亀裂や派閥をもたらす恐れがある。IT各社の最高経営責任者(CEO)は株主にとって最善の行動と、国家的な価値観との間で選択を迫られるかもしれない。

 主流派になりつつあるIT業界がトランプ氏と衝突するのは確実であり、当初から既に起きている。しかも、その影響はトランプ氏の政権基盤の核心に及ぶ。IT業界はトランプ氏が創り出すと約束している多くの雇用を、先を争って自動化しているからだ。

By Harrison Weber

(最新テクノロジーを扱う米国のオンラインメディア「ベンチャービート」から転載)

(記事引用)