加冶田刀剣 日本刀の製作
日本刀の製作行程
世界には中国の青龍堰月刀  フランスのフェンシング、中東の ジャンビア(半月刀)など特徴的な刀がたくさんあります。なかでも日本刀はその姿、形が美しく、製作技術の点から言っても世界の最高位と言っても過言ではないでしょう。
ここではその製作工程を順を追ってみていくことにしましょう。

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日本刀鍛錬に使用される炭は松から作られた木炭に限られています。それは備長炭のよう楢樫から作られた木炭は火もちはいいのですが一気に火力を上げたり、いわゆるあおい炎の一酸化炭素の還元雰囲気を作り出すのに適していないからです。 
製作途中では折り返し鍛錬を何度も繰り返して鍛えていくのですが、 鋼中の炭素が酸化作用により脱炭されるのをできるだけ少なくしておく必要があり古来より伝わる日本刀伝統の鍛えかたはまさに理にかなった方法であるといえます。
砂鉄イメージ
砂鉄
日本刀に用いられる原料は古来より、出雲地方で産出される砂鉄を使用してきました。製鉄原料この地方の砂鉄を使い粘土で築いたたたら炉による低温還元精錬は純度の高い鉄が得られ、強靭な日本刀をつくることができました。
現在の製鋼法の主流である鉄鉱石と、還元剤にコークスを使用して作る洋鋼材に比べて、粘りがあり、不純物が少なく極めて純度の高い上質の鋼材を得ることができ、折れず、曲がらず、よく斬れる日本刀に最適な素材です。
現在にいたってもこのいわゆる和鉄を使用した日本刀のみが日本刀として製造されるとこを許されています。
ちなみに、鉄鉱石とコークスで製鋼されたいわゆる洋鋼は日本刀の素材として認められていません。
出雲地方は古事記、日本書紀にもやまたのおろち退治の神話として伝わる草薙の剣でもわかるように古代より出雲安来地方は良質の鉄の産地としてしられています。現在でもヤスキハガネは優秀な刃物鋼として高級な刃物に使われています。
玉鋼
和鋼玉鋼を加熱し煎餅状に打ち延ばし(厚み3~6mm)、水焼入れした後、小割選別(割れにくい少し含有炭素量の少ない鋼部は芯鉄などに使う)します。鍛錬途中に素材はどんどんとやせていきます。日本刀1振りを作るのに最初に準備する原料、玉鋼は完成品の約10倍、仕上がり重量1kの刀ではおよそ10Kg程度の上質玉鋼が必要となります。

積み沸かし、折り返し鍛錬
大きめの同質鋼板をあらかじめ沸かしつけてある(余熱してある)テコ棒の先(皿)に小割り選別済みの玉鋼を隙間なく並べ、積み重ねぬれた和紙で包み、さらに水溶き粘土と稲藁の炭、灰で包んだものを、火炉中に入れ、約1300℃程度に加熱(沸かし)大槌(先手)で打って鍛接し、鏨(タガネ)で切れ目を入れて折り返し、また沸かしをかけて鍛接する、1連の動作を繰り返し約10~20回ほど折り返し鍛錬を行う。このときタガネによる折り返しを縦横、交互に折り返す鍛錬法を十文字鍛えといいます。その際用いる。わら灰はもち藁が理想的とされていますが、それは赤めた鋼隗によくなじみからみつくからです。このおかげで折り返し鍛錬をする場合表面の酸化鉄がきれいに吹き飛ばされて内部の混じりけのない部分が表面となり、折り返してもきれいに鍛接され境目のない日本刀とすることができるのです。
作り込み 素延作り
 2種、または、それ以上のそれぞれ鍛錬された玉鋼等の鋼塊を組み合わせて鍛接(固める)し、沸かし延ばし(まくり、甲状、本三枚、四方詰め、)刀匠の意図した原型作り出します。・・・・・・素延べ工程 

左の画像は四方詰めの概略図です

形成・火造り
素延べを加熱して先端の峰側を三角に切り出し、小槌を使って刃の部分と峰を薄く延ばして大体の形に形成する。直刀、しのぎ造り、反り加減など大まかな形はこの行程で決定されます。

セン
センスキ・荒仕上げ
火作り後、センとヤスリで荒く形成し、砥石等で場ならし、焼きいれ前の形を整える。

土置き
藁灰(アク)で油分を取り除き、水洗い後、焼刃土(粘土、炭粉、砥の粉などを水で溶いて混合したもの)を塗ります。刃となる部分は薄く、地となる部分は厚く塗った後火炉中でやく800度ほどに赤熱し、船とよばれる水槽中へ投入して焼き入れ硬化させます。この土置きは刀匠独自の美意識による模様付けがあり刀匠を特定する決めてにもなっています。土置きを施す理由としては、完成したおりの刃文の美しさを得ることも目的ではありますが、もっとも大きな理由には切り刃部分は硬く、棟に近い部分は柔軟性をもたせるために硬度を押さえて焼き入れするのが目的です。これは折れず、しかも斬れ味の良い刀であることを求められる日本刀独特の要求から行っています。

焼き入れ
小さめ、柔らかめの炭で刀身を800℃~900℃程度に加熱し、全体に火が通ったらフネと呼ぶ水槽で急冷する。このとき反りが生じます。昭和の一時期冷却剤として油を使用した時期もありましたが、現在の日本刀制作においては刃文の冴えを重要視するために冷却剤は水のみが使用されています。水と言っても正確にはお湯ですが、この湯の温度が刃切(急冷することによる焼き割れ)や、刀の硬度に大きく影響することから、古来一子相伝の秘密とされ、講談などでは湯船に手を入れてその適温を盗んだということで弟子が、師匠に腕を切り落とされたという話しがしばしば登場します。

ヤスリ目
鑢(ヤスリ)目
  初期のころには茎(ナカゴ)にヤスリがけをするのは、その表面のざらつきによって、茎と柄とが滑りにくくなり柄から刀身が抜け落ちないという実用に基づいてヤスリがけがおこなわれてきましたが、時代を経るにしたがって、茎の美観を増すためにもっぱら施されるようになりました。このヤスリ目には時代や流派によって顕著な特徴がみられ、鑑定上の重要なポイントとなっています。


樋入れ
樋入れ、彫刻
  刀によっては樋と呼ばれる、くぼんだ溝を彫ります。これは刀の強度を増すためとも、重量を軽くするためにほどこされるようになったとも言われています。樋を彫ることにより、その形状的美しさも増しています。

銘切り
 銘を入れ込むための小さな銘切りタガネを使って茎(ナカゴ)に製作者名、年紀等を刻銘します。


研ぎ
研ぎ
センとヤスリで大まかに形作られたあと、研ぎ師によって粗砥からだんだん細かな目の砥石へと研いでいき、最終は鳴竜と呼ばれる砥石を薄く小さく切り取った小片を和紙に漆を使ってのり付けした、特別な砥石を使って地肌の青みがかった色までに仕上げていきます。この工程の後、金属の磨き棒を使って刃文を際だたせるように入念に研ぎ、光沢を出していきます。研ぎ師は刀匠に次ぐ日本刀制作工程の重要な職人であり、刀匠は研ぎ師を誰にするかにとくに気を遣っています。

仕上げ調整 柄巻き
意図した通りに焼きが入った場合、刀姿修正、中心調整などの修正を行ったのち、砥ぎ、外装などの専門職人へ依頼します。 左図は柄巻きの様子。鮫皮の上に独特のしばりかたで柄巻きを行っています。
セッパ
金具作り 鍔
 江戸時代には簪や鍔、目抜き、根付といった細かな金工細工をする職人が多く存在して、客の注文に応じて凝った細工を仕上げていました。現存するこういった金具類はそれ自体で美術品としての価値も高く、収集家の絶好のアイテムのひとつになっています。

仕上げ調整 ハバキ作り
 本身と鞘、そして鍔をガタツキなくぴったりと収まるように隙間調整する金具です。こういった細部の細かなパーツを作る職人さんを白銀師と呼んでいます。江戸時代の刀のはばきには、その素材に金、銀を使用してあるものもあり、現代に変わらぬ持ち物へのこだわりを感じます。



仕上げ調整
 写真は普段真剣を収めて保存する白さやの制作風景です。1本々反りが違っているので、たとへ似た形状の刀といえども決して他の鞘にはおさまることはありません。

さや研ぎ
  完成した刀は帯刀するために、漆仕上げの鞘をあつらえるわけですが、これらの行程はすべて専門職人さんの熟練した技によって作られています。


焼入れ ウイキペディア
AISI4140鋼(炭素含有量0.380 - 0.430%)の油焼入れによるマルテンサイト組織の拡大写真
焼入れ(やきいれ、英語: quenching)とは、金属を所定の高温状態から急冷させる熱処理である。焼き入れとも表記する。

狭義には、鋼を金属組織がオーステナイト組織になるまで加熱した後、急冷してマルテンサイト組織を得る熱処理を指す。材料を硬くして、耐摩耗性や引張強さ、疲労強度の向上を目的とする。

広義には、鋼に限らず金属を所定の高温状態から急冷させる操作を行う処理を指し[1]、オーステナイト系ステンレス鋼、マルエージング鋼などに適用される溶体化処理や高マンガン鋼に適用される水じん処理などの熱処理操作を含む。

本記事では、狭義の方の鋼の焼入れについて主に説明する。また本記事では、日本工業規格、学術用語集に準じて「焼入れ」の表記で統一する
物質は、組成、温度、圧力の条件により、液体や固体などに代表される相と呼ばれる物質の形態が変化する。組成、温度、圧力などを縦軸や横軸として変化させて、どの相が存在するか示した図を状態図、平衡状態図、あるいは相図と呼ぶ。合金の場合は、圧力一定として温度変化と組成変化で状態図を示す場合が一般である。また、合金の場合は、固体として存在する間でも種々の相に変化するのが特徴である[9]。このような相の変化を変態と呼ぶ。

ある1つの金属元素に別の1つの元素を加えたものを二元合金と呼ぶ。鉄と炭素から成る二元合金について、横軸に炭素の質量パーセント濃度、縦軸に温度を取り、相の変化を示した図を鉄-炭素系二元合金平衡状態図、あるいは鉄-炭素系平衡状態図などと呼ぶ。ここで「平衡」とは、非常にゆっくり冷却・加熱したときの変化を表している。鉄-炭素系二元合金平衡状態図は純鉄と純炭素のみを原料とした合金に基づくものであるが、一般的な鋼は、不純物として、あるいは性質改善のために、炭素以外の成分も含んでおり、これらの他の成分により状態図が多少変化するので注意が必要である。合金鋼の場合で、横軸:炭素濃度、縦軸:温度の状態図で比較すると、合金元素の総量が5%以下の低合金鋼では鉄-炭素二元合金とほぼ同形だが、総量10%以上の高合金鋼になると大きく異なってくる。以下では簡単のために鉄-炭素系二元合金平衡状態図を用いて鋼の相変化を説明する。

鉄-炭素系二元合金平衡状態図
(鉄-セメンタイト系)
質量パーセント濃度2%まで
純鉄と呼ばれる炭素質量パーセント濃度が0.022%以下の領域を除いて、鉄-炭素系二元合金平衡状態図を見ていく(右図を参照)。室温では、鋼の相はフェライト相およびセメンタイトで構成される。詳しく見ると、炭素濃度0.77%未満ではフェライト+パーライトで、0.77%丁度ではパーライトのみで、0.77%超過ではパーライト+セメンタイトで構成される。この0.77%の点を共析点と呼び、共析点未満の炭素濃度の鋼を亜共析鋼、共析点丁度を共析鋼、共析点超過を過共析鋼と呼ぶ[17]。硬さに注目すると、フェライトは軟らかく粘りのある組織で、パーライトも比較的柔らかい組織で、セメンタイトは非常に硬いが脆い組織となっている。

高温域を見ていくと、A1線と呼ばれる727℃の温度を超えた領域では、亜共析鋼はフェライト+オーステナイトに、共析鋼はオーステナイトのみに、過共析鋼はオーステナイト+セメンタイトになる。この温度では亜共析鋼にはまだフェライトが存在するが、さらに温度を上げてA3線と呼ばれる温度を超えると亜共析鋼もオーステナイトのみの相となる。オーステナイトもフェライトに似て軟らかく粘りのある組織であるが、炭素固溶領域が大きい特徴を持つ。

オーステナイトあるいはオーステナイト+セメンタイトの高温状態から、逆に冷却していくとする。ゆっくり平衡的に冷やしていくと上記で説明した順序を逆にたどって変態が起こるだけだが、冷却速度を上げて冷やすと、パーライトやフェライトに変態する時間が足りず、マルテンサイトと呼ばれる平衡状態図には示されない相が現れる。この変態をマルテンサイト変態と呼ぶ。マルテンサイト組織は、α鉄が過剰に炭素を強制固溶した組織で、非常に硬い性質を持つ。このように、急冷によるマルテンサイト変態を起こして鋼を硬くさせる操作が、一般的な鋼の焼入れである。

日本刀の焼入れなど、焼入れは古来から経験的な鍛冶職人の技術として存在していたが、1888年、ロシアの冶金学者ドミートリー・コンスタンチノヴィッチ・チェルノフ(Dmitry Chernov)により、焼入れが起こる具体的な加熱・冷却条件が発表され、これが鋼の焼入れ、及び熱処理の理論的な嚆矢とされる。

方法

加熱

982℃まで加熱された炉中の様子

鋼の加熱温度と加熱色の目安]
鋼の組織がオーステナイトになるまで加工物を炉などで加熱する。熱処理用の炉の種類には、熱源の種類別に、電気炉、重油炉、ガス炉、塩浴炉などがある。加熱前の前処理として、焼入れ不良の原因となるため、加工品に汚れや錆がある場合は洗浄やショットブラストで取り除く。

加熱は、一般に、亜共析鋼ではA3線から30 - 50℃高い温度まで昇温させ、共析鋼・過共析鋼ではA1線から30 - 50℃高い温度まで昇温させて、温度を保持する。前述の通り、A3線・A1線を超えるとオーステナイト化されるが、それよりも30 - 50℃高く設定する理由は十分均一なオーステナイトを得る確実性を上げるためである。このような焼入れのための最高加熱温度を焼入れ温度あるいはオーステナイト化温度と呼ぶ。上記の一般的な焼入れ温度は、焼なましの一種である完全焼なましとほぼ同じ加熱温度でもある。

亜共析鋼の場合、もし焼入れ温度がA3線より低い場合は、A3線以下ではフェライトが既に析出しているので、焼入れ後組織にもフェライトが含まれるようになり十分な硬度が得られない。このような、何らかの原因によりマルテンサイトのみの組織が得られなかった焼入れを不完全焼入れ、甘焼きと呼ぶ。これに対して、100%マルテンサイト組織が得られた焼入れを完全焼入れと呼ぶ。ただし、100%のマルテンサイトを得ることは現実的には困難なので、およそ90%程度で実用上は完全焼入れと見なされる。逆に焼入れ温度が高過ぎると、結晶粒が粗大化して焼入れ後の機械的性質が劣るようになる。また、後述の焼割れや変形の原因にもなる。

過共析鋼の場合、A1線を超えて Acm線以上まで加熱すれば全ての組織がオーステナイト化されるが、この温度から焼入れしても焼割れや残留オーステナイトの増加などが発生して上手く焼入れできない。これは鉄中への炭素の固溶濃度が大きくなり過ぎることが原因で、このため焼入れ温度を A1線直上に設定するのが一般である。ただし、後述の通り高合金鋼使用の場合は、Acm線以上で焼入れ温度を設定する場合もある。

温度保持
焼入れ温度に保持してセメンタイトをオーステナイト中に固溶させる操作を、固溶化熱処理、オーステナイト化処理とよぶ。昇温速度にもよるが、加熱するとき加工品の表面に比べて内部・中心は遅れて昇温するので、表面温度が焼入れ温度に達した後に内部・中心温度は遅れて焼入れ温度に達する。そのため、加工品表面が焼入れ温度に達してから冷却するまでの時間を保持時間、加工品全体が焼入れ温度に達してから冷却するまでの時間を有効保持時間と呼び分ける。必要な保持時間は、昇温速度、加工品の大きさ、化学成分や加熱前の組織状態によって変わる。

昇温速度の影響としては、A3線またはA1線を超えると昇温がゆっくりでもオーステナイト変態が進行するので、徐々に加熱した場合は保持時間は短くてもよく、急速に加熱した場合は長くする必要がある。

また、内部・中心温度は遅れて昇温するので、加工品の形状が大きくなるほど全体が均一温度になるのに時間がかかる。表層温度が焼入れ温度に達してから中心部温度が0.25%以内で表層温度と均一になる時間の概算式として、加工品が丸棒形状・低炭素鋼とした場合の次式がある。

{\displaystyle t=d^{2}/200} t = d^2 / 200
ここで、t は均一に要する時間 (h)、d は直径 (inch) である。高合金鋼の場合は熱伝導率が悪くなり、均一に要する時間は上式よりも長くなる。

材質の影響としては、焼入れ前の組織の結晶粒が微細化されているほど、均質なオーステナイト化にかかる時間が短く、保持時間も短くてよくなる。また、組成の影響も大きく、高炭素クロム軸受鋼、高速度鋼、ダイス鋼などでは、同じ条件で比較して、機械構造用炭素鋼などよりも約20分程度保持時間が長くする必要がある。

冷却

CCT図(連続冷却変態曲線)(亜共析鋼の場合)
Ps:パーライト変態開始線
Pf:100%パーライト変態完了線
Ms:マルテンサイト変態開始線
Mf:マルテンサイト変態終了線
(2)の冷却曲線が上部臨界冷却速度、(3)の冷却曲線が下部臨界冷却速度
加工品の加熱・保持後に冷却を行う。焼入れに必要な冷却速度は大体160℃/秒以上とされる。冷却速度を下げていくと、マルテンサイト変態の前にパーライト変態、ベイナイト変態、フェライト変態が発生するようになり、冷却後の組織にマルテンサイト以外の組織が混入し始める。この他の組織が発生するようになる限界の冷却速度を上部臨界冷却速度、あるいは単に臨界冷却速度と呼び[48]、完全焼入れになる限界速度でもある。上部臨界冷却速度からさらに冷却速度を下げていくと、他の変態が多くなりマルテンサイト変態の比率が下がっていき、遂にはマルテンサイト変態が発生しなくなる[32]。この限界の冷却速度を下部臨界冷却速度と呼び[49]、不完全焼入れになる下限速度となる。さらに冷却速度を遅くすると(亜共析鋼の場合は)焼ならしに、もっと遅くすると完全焼なましに該当するような熱処理操作となる。

このような冷却速度と変態の関係を、亜共析鋼を例にしてCCT図(連続冷却変態曲線)で見ていくと  、上部臨界冷却速度でパーライト変態開始線にかかり出す。上部臨界冷却速度と下部臨界冷却速度の間では、100%パーライト変態する前にパーライト変態領域を抜けて残りはマルテンサイト変態領域に入る。下部臨界冷却速度で100%パーライト変態線にかかり出し、これ以上になると全てパーライト変態となる。


TTT図(恒温変態曲線)
V1の冷却曲線がパーライト変態を免れている
また、降温中の焼入れ温度から約550℃までの範囲を臨界区域と呼ぶ。これはTTT図(恒温変態曲線)で見ると、オーステナイトからパーライトあるいはベイナイトへの変態開始曲線の左に張り出した鼻のような部分がこの約550℃に相当するこの鼻の部分を通り過ぎるときに、パーライトあるいはベイナイトへの変態が起きやすい。急冷させて鼻の部分を避けるところまで降温させれば、変態開始曲線はC形になっているためベイナイトへの変態開始点は長時間側へ逃げていき、冷却速度を落とせる余裕が生まれる。つまり、臨界区域を抜ける温度まで、できるだけ早く冷却することが完全焼入れを行うために重要となる。

一般的に理想的な冷却の仕方は、焼入れ温度から臨界区域を過ぎて後述のマルテンサイト変態開始温度(Ms点)手前まで出来るだけ早く均一に冷やし、Ms点以下の危険区域はゆっくり冷やすとされる。焼入れ温度からMs点までの急冷は、上記のようなマルテンサイト変態以外が発生する不完全焼入れを避けるためで、Ms点に到達した後は急冷の必要は無くなり、後述の焼割れや変形などの欠陥を避けるため冷却速度をゆっくりにする。

二段冷却・等温冷却
上記で説明したような理想的な冷やし方を実現するため、冷却剤と加工品の温度が平衡になるまで放置せず、降温途中のMs点前で、水冷などの急冷から空冷などのゆっくりとした冷却に切り替える方法が取られる。このような冷却を二段冷却などと呼び、焼入れを二段焼入れ、あるいは引上げ焼入れ、中断焼入れ、階段焼入れ、などと呼ぶ。また、二段焼入れを、水や油などの冷却剤へ漬けた瞬間からの時間を数えて引き上げる方法で実現する方法を、時間焼入れと呼ぶ。時間焼入れの場合の目安としては、水焼入れは肉厚3mm当たり1秒、油焼入れは同肉厚当たり3秒で引き上げるのが良いとされる。時間に拠らない場合の目安としては、加工品の振動や水鳴が止んだときに引き上げるのが良いとされる。ただし冷却時間を誤ると、極端に短いときは全く焼きが入らない、短いときは表面は焼きが入るが中心部との温度差で中間部が変態膨張して後述の焼割れが起こる、長すぎると危険区域を通過して同じく焼割れが起こるなどの難しさがある。

二段焼入れに対して、Ms点を通過して常温まで冷却する方法を連続冷却と呼び、焼入れを普通焼入れと呼ぶ。また、冷却の途中で一定時間等温に保ち、その後また冷却する方法を等温冷却と呼び[56]、焼入れを等温焼入れ、恒温焼入れなどと呼び、後述のマルテンパやオーステンパなどで利用される。

加工品形状の影響

冷却中の加工品温度分布の概念図
中心部は温度が高く、表面部から温度が下がる

局所形状による冷却速度比の目安(隅角効果)
3面角:7
2面角:3
平面:1
凹面角:1/3
焼割れや変形を避けるためにも、加工品全体が均一に降温するように冷却するのが理想的である。そのためには冷却速度を落とすことが1つの方策だが、その他に降温を不均一にする要因としては加工品形状やサイズの影響が大きい。

一般に、表面が最も冷却が早く、内部深くなるに連れて冷却が遅くなる。そのため、表面は100%マルテンサイトが得られるような冷却であっても、中心部ではパーライトしか得られないような冷却速度まで低下してしまうことがある。このように、内部深くになるほど焼きが入りにくくなるので、加工品のサイズが大きくなるほど焼きが入らない領域が大きくなる。また、内部の冷却が遅くなることに起因して、内部だけでなく、表面側も冷却速度が低下して焼きが不十分となることもある。このような加工品の大きさ(=質量)が大きくなるほど焼きが入りづらくなる現象を、質量効果と呼ぶ。焼入れ性が良い材料では深くまで焼きが入りやすいので質量効果を小さくできる。

大きさの他、加工品の形状(形)によって冷却速度は異なる。同じ条件で冷却しても、形状が球、丸棒、平材の違いによる冷却速度比は、大まかに以下のように異なる。

球:丸棒:平材 = 4:3:2
これを形状効果などと呼ぶ。

また、同じ加工品内でも局所的な形状の違いによって冷却速度が異なる。特に、凸部が冷却が早く、凹部が冷却が遅い。これを隅角効果などと呼ぶ。それぞれの冷却速度比は大まかに以下のようになる。

3面角:2面角:平面:凹面角 = 7:3:1:1/3
その他の影響
その他に、均一な冷却を実現するために、

冷却中は冷却材を適度に撹拌する。
加工品の薄肉部に当て物をするなどして冷却する。
酸化スケールなどの異物が表面に付着しないように冷却する。
などの方法・注意点がある。冷却剤の詳細については後述を参照。

マルテンサイト変態
「マルテンサイト変態」も参照
素早い冷却により、ある程度まで冷却が進むとマルテンサイト変態が開始する。冷却中のマルテンサイト変態開始温度をMs点、マルテンサイト変態終了温度をMf点と呼ぶ。Ms点とMf点の間では、時間によらず瞬間的にマルテンサイト変態が発生するが、冷却が進むことがマルテンサイト変態が進む条件となる。つまり、Ms点を通過しても冷却を一端停止させると変態の進行も停止する。

Ms点は鋼の化学成分とオーステナイト化温度によって決まる[47]。化学成分量から、鋼のMs点を予測する実験式は数多く提案されている[70]。以下に例を示す。

{\displaystyle Ms=538-317\times C-33\times Mn-28\times Cr-17\times Ni-11\times Mo-11\times W-11\times Si} {\displaystyle Ms=538-317\times C-33\times Mn-28\times Cr-17\times Ni-11\times Mo-11\times W-11\times Si} 
{\displaystyle Ms=550-350C-40Mn-20Cr-17Ni-10Mo-5W-10Cu-35V+15Co+30Al} Ms = 550-350C-40Mn-20Cr-17Ni-10Mo-5W-10Cu-35V+15Co+30Al 
{\displaystyle Ms=521-353C-24Mn-18Cr-17Ni-26Mo-22Si-8Cu} Ms = 521-353C-24Mn-18Cr-17Ni-26Mo-22Si-8Cu 
ここで各記号は、Ms はMs点 (℃)、各化学成分は C :炭素、Mn :マンガン、V:バナジウム、Cr :クロム、Ni :ニッケル、Cu :銅、Mo :モリブデン、W :タングステン、Co :コバルト、Al :アルミニウム、Si :ケイ素で単位は質量パーセント濃度 (%) である。共析鋼の場合で、Ms点は約260℃程度となる。


炭素含有量とMs点、Mf点の関係の例
Ms点が高くなるとMf点も高くなり、低くなる場合も同様に低くなる傾向を持つ。炭素鋼の場合で、Ms点からMf点までは200 - 300℃程度の温度幅である。上式にも示されるように炭素濃度が上がるとMs点は低くなるので、高炭素鋼の場合はMf点は室温よりも低くなる。そのため、室温まで冷却が完了してもオーステナイトが変態しきれず、焼入れ後組織中に残留オーステナイトとして残ることになる[73]。残留オーステナイトは放置しておくと、室温でも時間が経過するに連れて自然にマルテンサイト変態を起こす。このマルテンサイト変態による体積膨張で、最終製品の寸法変化が生じてしまう。これを避けるために、高炭素鋼を用いた製品、特に寸法の経年変化を嫌う精密部品では、焼入れ後直ちに0℃以下に冷却するサブゼロ処理を実施して、残留オーステナイトをマルテンサイト化させる。

Ms点以下になるとマルテンサイトが発生し始めるが、オーステナイトからマルテンサイトへ変態すると大きな体積膨張が起こる。Ms点以下になるとき、温度が不均一だと、上記の膨張発生と冷却による体積縮小の部分的ばらつきにより内部応力が発生して、内部応力が引張強さを超えると割れが発生する。そのためMs点以下の温度域を危険区域と呼び、ゆっくり均一に冷やすことが良いとされる。このため、上記で説明した二段焼入れや等温焼入れなどの手法がある。

焼戻し
詳細は「焼戻し」を参照
焼入れにより鋼の硬さを増大させることができるが、靭性が低下して非常に脆い状態となる。このため、粘り強さを得るために、焼入れ後には焼戻しを行うのが一般的である。焼入れと焼戻しの一連の熱処理をまとめて焼入焼戻し (quenching and tempering) と呼び、特に、約400℃以上の高温焼戻しでトルースタイトかソルバイト組織を得る焼入焼戻しは調質と呼ばれる。
焼戻しの種類にもよるが、焼戻しによりシャルピー衝撃値などの靱性や伸び・絞りなどの延性は回復するが、硬さや引張強さはある程度低下してしまう。そのため、不完全焼入れにより焼入れ硬さが低いものも、完全焼入れにより焼入れ硬さが高いものも、焼戻し条件を調整すれば、焼戻し後の硬さ及び引張強さを同じにすることができる。しかし、例え焼戻し後硬さが同じだったとしても、降伏点、伸び、絞り、衝撃値、疲労限度の値は完全焼入れされたものの方が良好である。よって、完全焼入れを狙った上で、所定の硬さに焼戻しで調整するのが理想とされる。

焼入れ後の材質
焼入れ硬さ
「焼入れ性」も参照
焼入れ後の最高硬さは、ほぼ炭素含有量によって決定され、他の合金元素の影響は少ない。概算式として、マルテンサイトの含有率に応じた硬さの計算式を示す。

90%マルテンサイト焼入れ硬さ
{\displaystyle HRC=30+50C}  HRC = 30 + 50C 
50%マルテンサイト焼入れ硬さ
{\displaystyle HRC=20+50C}  HRC = 20 + 50C 
微細パーライト焼入れ硬さ(0%マルテンサイト)
{\displaystyle HRC=10+50C}  HRC = 10 + 50C 
ここで、HRC はロックウェル硬さ、C は炭素質量パーセント濃度 (%) である。ただし、炭素量がある程度以上になると硬さの上昇は飽和して変化しなくなり、上記の概算式は成立しなくなる。炭素量が約0.6%を超えると焼入れ硬さが大体一定となる。

最高硬さは炭素含有量によって決まるが、どれだけ加工品の内部深くまで硬くなるかは加工品材料の焼入れ性によって大きく影響され、炭素以外のモリブデンなどの合金元素の影響もある。
(資料ウイキペディア)