「夢の技術」量子コンピューター、実用化まであと一歩!
大手企業が開発を急ぐ背景には多分野での応用を見据えた戦略が
松ヶ枝 優佳/2018.9.26 jbpress.ismedia
 9月19日、理化学研究所がNTTやNEC、東芝などと共同で次世代の高速計算機である「量子コンピューター」の開発に乗り出すと報じられた。研究は文部科学省の事業として実施され、年間約8億円規模のプロジェクトとなる予定だ。
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 IBMやGoogleが積極的に投資を行ない、開発を進めていることでも知られる量子コンピューター。スーパーコンピューターにも答えが出せないような問題も一瞬で解いてしまうとされ、かつては実現性に乏しい「夢の技術」とされていたが、今や実用化直前と言われるまでに研究が進み、開発競争も激化する一方だ。

 様々な企業や研究機関が一丸となって実用化を急ぐ量子コンピューターとは一体どんな技術なのだろうか。

量子コンピューターとは
 量子コンピューターとは、簡単に言えば「スーパーコンピューターを大幅に上回る処理速度を持つ、次世代のコンピューター」のことだ。量子力学という、従来のコンピューターとは全く違う原理を採用することで、圧倒的な情報処理能力を持つ。

 私たちが知る通常のコンピューターは「ビット」という単位を用いて演算を行なうが、量子コンピューターは「量子ビット」という量子力学上の単位を使う。情報を扱う際、ビットでは「0と1のどちらの状態にあるのか」を基礎とするが、量子ビットでは量子力学特有の「重ね合わせ」という概念を用いる。これにより、複数の計算を同時に進めることができるのだ。

 「0であり、1でもある」という量子の性質を活用することで、従来のスーパーコンピューターでは何年もかかる計算を一瞬で終わらせることができる。

 スーパーコンピューターをはじめとする従来型コンピューターは、技術革新の限界が近付いている。1年半でコンピューターの性能が2倍になっていく「ムーアの法則」も近く通用しなくなると言われる今、根本から異なる原理、異なるハードウェアで動く量子コンピューターに期待が集まっているのだ。

 さらに、量子コンピューターは従来型コンピューターに比べて圧倒的に低コストで運用できると言われており、エネルギー問題の観点からも注目されている。事実、後述の「D-Wave Systems」が開発した量子コンピューターは、現在のスーパーコンピューターの100分の1の電力で稼働させられるという。並べると良いことづくめのようにも思えるが、現状は従来型のように何でもこなせるわけではない。

 量子コンピューターは、大別すると「量子ゲート」モデルと呼ばれる汎用タイプと「量子イジング」モデルと呼ばれるタイプの2種類がある。現在のスーパーコンピューターの上位互換と言える「万能選手」は量子ゲート型であり、古くから量子コンピューターとして研究されてきたのもこちらだ。実用化が切望されているが、技術的な問題をクリアして実用化されるにはもう少しかかるだろう。

 ちなみに量子コンピューターと言えば、クレジットカード等の情報保護等に使われている「暗号化技術の解除」を簡単にできるもの、というイメージを持っている読者もいるかもしれないが、それができるとされるのも量子ゲート型だ。

 一方、量子イジングモデルの中でも数種類あるうち「量子アニーリング型」と呼ばれる量子コンピューターは、用途は絞られるものの2011年にカナダのベンチャー企業、D-Wave Systemsによって既に商用化されている。こちらについて詳しく見てみよう。

実用化間近? 「量子アニーリング型」でできること
 量子アニーリング型の量子コンピューターは、1998年に東京工業大学の門脇正史氏と西森秀稔氏によって提案された理論を応用して作られた。量子ゲート型に比べればシンプルに実現できるため、いち早く商用化にこぎつけることができたのだ。

 汎用性は高くないが、「組み合わせ最適化問題」を解くことに関してはスーパーコンピューターでも歯が立たないほどの処理能力を持つ。いわば一点特化型の能力だが、昨今様々な分野で重要視されるAIや機械学習、ビッグデータの処理においては非常に有用な能力と言える。

 例えば複数の組み合わせの中から最適なものを選び出すカーナビのルート検索。自動運転時代を目前に控えた自動車業界では最も必要とされる技術の1つだろう。他にも低コストで高いパフォーマンスを発揮する回路を設計したり、効果的な投資先や経営戦略を選択する際にも活用できる。また、従来のコンピューターでは長い時間を要した分子の構造解析も短時間に終えられるため、新薬の開発にも役立つと期待されている。上手く機械学習に応用すればAI(人工知能)の性能向上に役立てることも可能だ。

 膨大な情報の中から最適な組み合わせを導き出す。シンプルなようだが、情報社会においては非常に価値のある能力と言える。データを収集することはできても、その情報をどう解析し、価値を持たせるかということについては、多くの企業が腐心している部分だろう。こうした問題を一瞬で解決してしまう可能性を持つ、量子アニーリング型の量子コンピューターが私たちの生活を変える日は遠くなさそうだ。

オープンイノベーションで競争加速、各社の開発状況
 では実際のところ、量子コンピューターの開発はどの程度まで進んでいるのだろうか? 代表的な3社を紹介する。

IBM

量子ゲート型の「IBM Q System」を開発。これに関心を持つ企業や学術研究機関による「IBM Q Network」というコミュニティーも組成しており、研究・開発と並行して量子コンピューターの活用法を積極的に探求している。日本でも今年5月17日に慶應義塾大学と共に「IBM Q ネットワークハブ」の開設を発表し、実用化に向けてグローバルな知見を集めている。

Google

2013年にD-Wave Systemsによる量子アニーリング型の量子コンピュータをいち早く導入。NASAと共にこのコンピューターの研究を行った。一方、自社でも量子ゲート型の量子コンピューターを開発。IBM同様、実用化に向けて研究を進めている。

Microsoft

量子ゲート型の量子チップや量子コンピューターを稼働させるための冷却装置、そして量子コンピューター向けの最新プログラミング言語を開発・発表している。本来同社はソフトウェア企業だが、量子コンピューターへの投資を拡大している。

 各社、より汎用性が高い量子ゲート型の研究を急いでいることがうかがえる。ビジネスに実装されていくのは量子アニーリング型が先行するかもしれないが、冒頭で取り上げたニュースやIBMの例を見ると分かるように、量子コンピューターの研究・開発には様々な企業や団体がパートナーとして加わるオープンイノベーションの形で進むことも多い。

 全く新しい技術ということもあり、技術的な部分はもちろん、様々な分野からの知見を集めて実用化を加速させようとしているのだ。ハードウェア的な面で言えば、Microsoftは冷却装置の開発はフィンランドの装置メーカー、BlueForsと共同で行っている。そしてIBM Q ネットワークハブの初期メンバーに三菱UFJ銀行、みずほフィナンシャルグループなどが名を連ねていることなどを見ると、特に金融系企業における同技術への関心の高さを伺い知ることもできる。実装に向けて、開発速度は今後いっそう加速していくだろう。

 NASAとGoogleの研究により、得意分野を任せればスーパーコンピューターの1億倍の速さで計算できるという結果が明らかになっている量子コンピューター。途方もない技術が数年後の社会をどう変えてしまうのか。引き続き各社の動向を見守りたい。
(記事引用)