文章が読めない「新聞読まない人」の末路
PRESIDENT Online2019年01月06日 11:15 
Siri、コンピュータ将棋ソフト、お掃除ロボットにスマートスピーカーなど、AI(人工知能)技術は身近なものとなっている。だが、人間がAIの判断に依存することで、考える力を失ってしまう世代が生まれてくるという。いま、どのような教育が必要なのか。
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■新聞を読まない人の、おそるべき傾向
【新井】これからAI時代が本格的に到来する中、生まれたときからAIの判断と推薦によって生きることになる世代を、私は「デジタルネーティブ」ではなく「AIネーティブ」と名付けています。
例えば、YouTubeで電車の動画を見ていると、次はこれを見たらいいとどんどん推薦してきますね。子どもは自分から何かを探すわけではなく、AIに推薦されたことに無意識に従って生きていく。そんな子どもたちがこれから育ってくるのです。

【佐藤】タブレット型学習法によく似ていますね。

【新井】ええ。AIネーティブの子どもたちが育つとき、自分が本当に何をしたいのか。自分で切実に欲求する前に、与えられたものだけを消費してしまうことになる。そうやって育った子どもたちが将来的にクリエーティビティを発揮し、生産者として必要な真実の判断ができるのか。私は難しいように思うのです。

【佐藤】わかります。AIは統治者にとっては非常に有利なツールでもあります。ですから、統治者側の子どもたちには、そういったものには一切触れさせない一方で、統治される側のほうにはAI時代というかたちで浸透させていく。実際、新聞を読まない人たち、つまり、SNSに依存する度合いが強い人たちほど現政権を支持する傾向が高くなっています。

【新井】本当にそうですね。AIはお金を持っている人たちが制御しやすいツールなのです。どのように正解データをつくるかで、AIの動き方は決まってくる。それを客観的で公平なものだと思っていると本当に不利になります。

【佐藤】おっしゃること、よくわかります。AIに慣らされてしまえば、成立しえない非論理を、論理的だと思ってしまうことがある。

最近、私が教えている神学部の学生たちに見せたちょっと面白い映画があります。それが1944年の11月につくられた日本の国策映画『雷撃隊出動』です。

【新井】レイテ沖海戦の後、硫黄島の戦いよりは前の時期ですね。

【佐藤】映画の登場人物が、アメリカ人捕虜の話を聞いて、「あいつらは飛行機も軍艦も兵器も兵もいい、大なるものが小なるものに劣るということは成り立たないというんだ。そしてまた質も優れている、新兵器もいろいろある。そんなアメリカが絶対に負ける道理はないというんだ」と嘆く。

すると、仲間が「こっちが1人死んで、あいつらを10人殺せばいいんだ。それ以外にこの戦争に勝つ道はない」という。確かにそうだと納得して、最後は雷撃機を駆って敵機動部隊に次々と体当たりしていくところで終わりになるのです。つまり、負け戦を前提とした映画です。これがなぜ戦意高揚映画になるのか。そこを考えろと学生に課題を出したのです。そうすると、ある優秀な学生が「先生、これは死の美学ですね」と指摘した。つまり、いかにきれいに負けるか。玉砕の論理になっているというのです。

合理的に考えたら、絶対に勝てないけれど、気合とか精神力といった主観的な願望によって客観情勢は変わる。精神の力を極大にすれば絶対に勝つという論理です。

(写真左)1944年公開の開戦3周年記念映画『雷撃隊出動』(東宝)。魚雷を積んで敵空母へ突入する雷撃隊を描いた。
(写真右)佐藤氏が新井氏にスマホで動画を見せている様子。

■私が戦時中の映画を、学生に見せるわけ
【新井】この映画を見た当時の人たちが、1人で10人を殺さないとこの戦争は勝てないのか、というふうに思ってくれればよかったんですけど。

【佐藤】しかし、そうはならなかった。完全に非論理的なものを、論理的だと思ってしまう。これと同じことが、今あちらこちらに忍び込んでいる感じがするのです。

【新井】そういえば、2018年夏に考えさせられるニュースがありましたね。2020年の東京オリンピックのとき、猛暑になったらどうするのかという話です。その対策として、打ち水とかよしずといった、日本のコンテンツによっておもてなしをするという。

しかし、その前に考えるべきことは、40℃近い猛暑の中、マラソンランナーを走らせることが適切なのかどうか。国際基準に照らし合わせれば、不適切となってしまうはずです。猛暑の場合、オリンピックのマラソンを中止するというのは、死者を出さないためにも、正しい判断だと思うのです。

【佐藤】しかし、オリンピックをやることが生命よりも重要な価値となれば、話は違ってくる。

国立情報学研究所教授 新井紀子氏

【新井】そう。だからこそ、何事においてもグローバルに展開をするときに、精神論というものは、もう成立しないんです。

【佐藤】こういった非論理なことを、おかしなことだと自分で気付かなければならない。そのために、我々はきちんと読解力を身につけないといけないのです。ですから、私はわざと戦時中の映画を学生たちに見せています。戦前の軍のイデオロギーに基づいた教育を繰り返し受けて育った人と、さきほどのAIネーティブの話は似ているように見えます。

【新井】ある意味、1つの価値観の中で、純粋培養で育ってしまう。それがAIネーティブの問題点の1つでもあります。GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)は、明らかに自分たちのサービスを消費してくれるAIネーティブになってほしいと思っていますから。

【佐藤】資本の論理からすると、当然の話ですね。

【新井】それがまさにリバタリアン(完全自由主義者)による資本主義が、これ以上長続きしなくなる理由でもあるのです。資本主義というものは細く長く搾取することに意味があり、今のように一気に搾取してしまうと人材が駄目になって、資本主義が終わってしまう。最近、そんなことをヘッジファンドの有力者たちが言い始めています。

それは、ある意味、リバタリアンやGAFAがリスクになっているという認識だと思うのです。今は誰もGAFAが滅びるなんて言いませんが、私はGAFAが滅ぶ日は遠からずくると考えています。世界の有力者は資本主義を延命させるためにも、GAFAを滅ぼさなければいけないと思っている。

GAFAが提供するものは、普通の資本主義、つまり、生産物を売り買いするという正常系の経済学的な資本主義から考えると、ありえない話なのです。そもそも全然モノを売っていないのに、我々をずっとスマホ漬けにして、搾取してくる。

【佐藤】その結果、消費も非常にバーチャルな仕方になっています。

【新井】自己承認欲求や自己愛を心理学的にうまく操作されながら、消費者はずっとタダ働きをさせられて、わけのわからない消費をさせられてしまう。

それはどう考えても資本主義にとってメリットがあるとは思えない。どこかでこれをやめなければならない。そのことを一番よく理解しているのは、フランスのマクロン大統領とカナダのトルドー首相です。とくにマクロンは、本当に微に入り細に入りよくわかっている。それこそ、哲学や数学といった文理の教養を重視するグランゼコール(フランスのエリート教育機関)の偉さだと思うのです。ある意味、国民国家を守るために、どうやってこうしたテクノロジーを制御するのか。そんな難しい課題にまじめに向かい合っているのは、マクロンだけでしょう。
■このままでは、資本主義が終わる
【佐藤】少し別の切り口のところから見ると、私はマルクス経済学をもう1回見直さなければならないと思っています。マルクスの『資本論』研究の第一人者である宇野弘蔵は、資本主義社会は、労働力を商品化させることで、あたかも永続的に繰り返すがごときシステムとなると言います。そのためにも、3つの要素が賃金の中に含まれている必要がある。

作家・元外務省主任分析官 佐藤 優氏

まず1番目は、食費、被服代、家賃、ちょっとしたレジャーといった、労働するためのエネルギーを蓄えるためのお金。2番目は、次の世代の労働者をつくり出すためにパートナーを見つけたり、家族を養うのに必要なお金。3番目は、技術革新に対応するための自己学習のためのお金。

資本主義を持続的に発展させていくための秘訣はそこにあるわけで、賃金が極端に下がり、この3つの要素を満たせなくなれば、プロレタリアートが成り立たなくなり、資本主義も成り立たなくなります。

【新井】マルクスのその考え方は、非常に普遍性が高くて、まさに資本主義をどうすれば持続できるかがわかります。

具体的なことを申し上げると、私の周りでも、多くの大学生が修士を出るまでに600万円くらいの借金をしています。もし大学院生の男女が結婚したら、その瞬間に両方で1000万円以上の借金ができることになる。20代で1000万円以上の借金があったとしたら、子どもなんて怖くてつくれません。

【佐藤】しかも、本来はそんなお金は貸してはいけませんよね。バブル時の不良債権のようです。

【新井】その状況で、3人子どもを産むなんて絶対に無理なのです。しかも、仕事が非常に不安定な状況で、稼げる見込みもない。では、そうしたお金が稼げないような人たちが今、何を言い始めているのか。結婚することと子どもを持つこと、家や車を持つこと。このコストだけで1億円くらいかかる。これを全部あきらめれば、このコストからフリーになれると言っているのです。それをプロレタリアートに言われたら、もう資本主義は終わるのです。

【佐藤】それはもうプロレタリアートではなくなるということですよね。

【新井】そう。そうすると、もう本当に国民国家は終わるのです。結婚はしません、家は持ちません、車などのレジャー消費はしません。それで、勉強はしません、自由になりますと言われたら、それはもう終わるのですよ(笑)。

【佐藤】そう言えば、プライドを満たすことができるのでしょう。車を持てない、家族を持てないということではなく、持たない。それが主体的な選択だということです。そうすれば、プライドを満足させることができる。

■AIに負けない子育て法
【新井】それがある意味、妙な革命なんだなと思ったのです。

【佐藤】ああ、それは思いますね。文学のほうで見ると、その辺の革命を一番よく表しているのは、作家の柚木麻子さんですね。例えば、『伊藤くん AtoE』とか。

【新井】『ポトスライムの舟』で芥川賞を受賞した津村記久子さんもそうですね。あの辺の人たちの小説を読んでいると、まさにそうだと思います。今のプロレタリアート文学は『蟹工船』ではなくて、『ポトスライムの舟』なのです。

【佐藤】村田沙耶香さんの『コンビニ人間』、窪美澄さんの『アカガミ』など、女性作家たちが描くものは非常にリアルだと思いますね。

【新井】それは、彼女たちの世代が一番ひどい目に遭っているからでしょう。

だから、今そういう文学が出てきているのでしょう。そのくらい、GAFAによって、今とてつもない搾取が行われている。おそらく、今一番大きな危機に直面しているのが、国民国家です。将来的に人口減少は進み、再配分も成り立たなくなるでしょう。しかし、それを国民国家は阻むことができない。

【佐藤】そのとおりです。

【新井】今の状況を考えると、将来、日本でAIネーティブたちが子育てしたとき、本物の社会や本物の人間とコミュニケーションできるかどうか、大きな懸念を持っています。危機に直面する経験がなければ、問題解決することはできません。お腹が減る前に、おいしいものが次々と出てくる世の中では、渇望もなくなってしまうのです。

【佐藤】食欲も性欲も、そういったものすべてが飼い慣らされてしまうわけですね。

【新井】そうです。もし人間がAIらしくなれば、AIには必ず負けます。AIにできることは基本的には四則演算で、AIには意味を理解できないという弱点があります。オックスフォード大学の研究チームが発表した10~20年後に残る仕事、なくなる仕事のリストを見ると、仕事がマニュアル化されやすいものがAIによって代替されやすく、コミュニケーション能力や理解力を求められる仕事が残りそうです。つまり、読解力こそがAIに代替されない能力なのです。

その読解力をどうやって身につけていくかといったら、言語という人工物が発明される前の、ホモ・サピエンスになる前の段階に戻って、感受性豊かな敏感期に、さまざまな経験をさせる。暑い日にお母さんと一緒に歩いてくたびれて、でも歩きたくて、それで10歩歩くと、しゃがんで虫を見つけたり、石とかを拾う。あの石じゃなくて、この石が好きだとか、あそこに光っているのはタマムシだ、とか。それに付き合うのは親として本当に大変なのですが、そうした人を見ると、私は必ず褒めます。そして、絶対にスマートフォンを渡さない。

重要なのは、人間として育てる前に類人猿としてきちんと育てることです。それは人間が個体発生ではなく系統発生だから。子どもにAI人材になろうとか、プログラミングをやろうとか言う前に、まず類人猿にすることです。それから人間になっていくことが大事だと考えています。

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新井紀子(あらい・のりこ)国立情報学研究所教授

同社会共有知研究センター長。一般社団法人「教育のための科学研究所」代表理事・所長。一橋大学法学部およびイリノイ大学数学科卒業、イリノイ大学大学院数学研究科単位取得退学。東京工業大学より博士を取得。専門は数理論理学。著書に『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』がある。

佐藤 優(さとう・まさる)作家・元外務省主任分析官

1960年生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本大使館勤務などを経て、作家に。『国家の罠』でデビュー、『自壊する帝国』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『国家論』『私のマルクス』『世界史の極意』『神学の思考』など著書多数。

(記事引用)