「バグダディ死亡」共同通信記事の間違った認識
2019年11月12日(火)17時15分ニューズウイーク
飯山陽(イスラム思想研究者)
<「イスラム国」の最高指導者バクダディの死亡が発表された。トランプ大統領は「犬のように死んだ」と成果をアピールしたが、彼が死んだところで「イスラム国」は弱体化しないし、世界は安全にならない。そのような誤った認識に基づくメディアの記事もうのみにすべきではない(本誌2019年11月12日号掲載)>
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「イスラム国」最高指導者バグダディの死亡がトランプ米大統領により発表された。米軍がシリア北西部で実施した作戦で追い詰められ、家族と共に自爆したとみられている。

トランプはバグダディの死について「犬のように死んだ」などと描写し、その様子がいかにぶざまであったかを強調した。彼が英雄視されることのないよう、あえてそうしたのであろう。だがこの表現は、「イスラム国」支持者ではないイスラム教徒も不快にさせる可能性が高い。犬はイスラム教において不浄な動物とされているからだ。

「イスラム国」メンバーが追い詰められ家族と共に自爆した事例は、インドネシアやスリランカで既に数件発生している。「生き恥をさらさない」ことは、「イスラム国」の一部では既に暗黙の了解となっている。

トランプは、バグダディの死により「世界はより安全になった」と主張した。しかしこの発言を真に受けてはならない。これは政治的発言であり、事実認識としては誤っているからだ。イラク戦争に踏み切ったジョージ・W・ブッシュ元大統領は、戦いの成果を強調し「世界はより安全になった」と何度も述べたが、現実はそうはならなかった。そのことを誰もが知っている。

弔い合戦を警戒せよ
米軍の作戦による世界一の「お尋ね者」バグダディの死は、間違いなくトランプ政権の成果であり、選挙を控えたトランプがそれをアピールするのは当然である。しかしバグダディが死んだところで、残念ながら「イスラム国」は弱体化もしないし、世界がより安全になる保証もない。

共同通信は彼の死を受け、「預言者の後継者を自称する象徴的な存在だった指導者を失ったことで、(「イスラム国」の)壊滅は決定的となった」という記事を出した。この認識も誤りだ。

バグダディが名乗っていたカリフとは、神の啓示に従う「イスラム国」支持者の「まとめ役」にすぎない。彼らはカリフの崇拝者ではなく、あくまでも神の崇拝者だ。カリフという個人を崇拝することは彼らのイデオロギーに反する。

カリフが死亡すれば別の人間がカリフに推挙され、支持者は彼をカリフと認めれば忠誠を誓う。カリフが代わろうと啓示に従うという大原則は変わらない。しかもバグダディは、「殉教」というムスリムにとって「最高の最期」を迎えている。「イスラム国」衰退はカリフ死亡の必然的帰結ではない。

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このことはアルカイダがウサマ・ビンラディンの死後、アイマン・アル・ザワヒリというカリスマ性の欠如した指導者の下で、ビンラディン時代をはるかにしのぐグローバルなジハード・ネットワークに「成長」したことが証明している。「イスラム国」もアルカイダも、啓示に従い世界征服を目指す基本方針は同じだ。

共同通信の記事は「イスラム国」をトップダウン的な中央集権組織と捉えている点も誤っている。「イスラム国」は啓示に従い自律的に行動する個人・集団の総体だ。その支部は東はフィリピン、インドネシアから西はアフリカまで存在し、今年に入ってインドやトルコでも支部設立が宣言された。啓示は普遍・不変であるため、カリフが死のうと大勢に影響はない。

私たちはトランプの発言やこういった記事をうのみにし、「世界は安全になった」「イスラム国は壊滅した」などと安心してはならない。むしろ「イスラム国」が弔い合戦に奮起することに警戒すべきだ。フィリピン当局は国内で報復攻撃の可能性があると直ちに警告した。油断は禁物だ。

AKARI_IIYAMA.jpg[執筆者] 飯山 陽
AKARI IIYAMA
イスラム思想研究者。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。イスラム教という切り口から国際情勢を分析している。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)。