2015年06月

場所非公開のヤフー社員食堂「BASE6」で無音フェス開催 参加者にのみ住所を開示
2015年6月5日 14時39分 はてなニュース

Yahoo! JAPANを運営するヤフーは、ワイヤレスヘッドホンから流れてくる音楽とクラフトビールが楽しめる「無音フェス」を、6月10日(水)に開催します。

会場は、関係者以外入ることができない“秘密基地”ともいわれる同社の社員食堂「BASE6」。

住所も非公開のため、詳細な場所は参加者にのみ知らされます。

料金は軽食と1ドリンク付きで4,000円。定員は200人です。
 
「ヤフー"秘密"社員食堂で無音フェス 」の写真・リンク付きの記事

▽ 会場非公開【6/10(水)】Yahoo! JAPAN×無音フェス~クワイエットクラブにようこそ~ Supported by AZDEN | Peatix

第3回の無音フェス「Yahoo! JAPAN×無音フェス~クワイエットクラブにようこそ~」は、東京クラフトビールマニアとBRIGHTON Studio DAIKANYAMAによる企画・協力のもとで開催されます。会場内は通常のクラブとは違い“無音”の状態で、音楽が流れるのは参加者が装着するワイヤレスヘッドホンの中のみ。海外では騒音被害を解決する目的で生まれ、「サイレントディスコ」として人気を集めているそうです。

今回の会場となるBASE6は、ヤフーの関係者しか入ることができない住所非公開の食堂。
イベントページでは「東京・六本木」という情報のみ明かされています。当日の会場内の写真撮影は可能ですが、SNSでのチェックインや位置情報に関する投稿は禁止です。

開催時間は午後6時~午後10時。軽食はビュッフェ形式で、午後7時以降に提供されます。タイムテーブルは以下の通りです。

午後6時~午後6時45分:smallest(DIG DEE)
午後6時45分~午後7時45分:HALFBY
午後7時45分~午後8時45分:DJ TARO
午後8時45分~午後9時45分:M-Swift
午後9時45分~午後10時:Closing DJ
チケットの購入申し込みは、チケット販売サービス「Peatix」で受け付けています。料金は当日支払い制です。








 

ケインズ経済学と貨幣
斎部広成伝記は、『日本後紀』の808年(大同3年)とありますから、この時代考証として日本歴史はこれ以降確証された、と私なりの判断しております。

その日本歴史は他に比類なきオリジナル性と評価されてますが世界歴史を鑑みれば、やはり古代ギリシア、ローマ時代の先史を抜きに語ることができません。

そのルーツをたぐると、古代メソポタミアに遡る、という結果に驚嘆せざるを得ない。そんなことに想いを馳せていると、現代社会の時空時間に存在している自分という「物理的存在」が、はたして実在なのか否か、という形而上的思想におぼれてしまうのです。

古来より詠われた「夢幻泡影」の、その世界はけっして絵空空間ではなく、いま棲んでいる現実世界そのものであると今更、確認している有様です。
だからこそ今という時間を真面目に生きる、ということに尽きる、そう想います。

昨今、日本発、「初音ミク」というキャラクターが全米でヒットしているようですが将来的に世界の趨勢は、そちらの世界にシフトすることが予想されます。現実世界は限りなくバーチャル世界に擬似化され、どちらが本物であるか、という選択肢をいとわない空間が想定されます。
すべてのあらゆる様式が概念世界でできあがっいる人間の居住空間は、物理的に「地球」カテゴリーに含まれ、これまた一切の将来は宇宙の摂理に支配されているのです。

最近の新しいニュースが伝えるところによりますと、「太陽の周期的な活動に異変が起き、冬眠に入って地球に低温期が到来する。国立天文台や理化学研究所などが19日発表。太陽の黒点の様子にも、過去に地球の気温が下がった時期と同様の変化が見られるという。 太陽には南北両極に正と負の極があり、約11年周期で同時に反転する。2013年5月に次の反転が始まると予測されていたが、太陽観測衛星「ひので」で観測したところ、北極では約1年早く反転に近づいていることがわかった。南極はそれほど変化がなかった。 このペースだと、12年5月に北極のみが反転し、太陽の赤道付近に別の極ができる「4重極構造」になるという。」、という科学を伝えている。 

国内のニュースに至っては、このところ不穏な事件が多く、常識では測れない人間の欲得にからむ事件が多発しております。そのほとんどが金銭問題であり、金を得るのに手段を選ばす、というおぞましい光景がそこかしこに散在します。人間たちがそんなに欲しがる金とは、いったい何んでしょうか。
多くあっても困るし、全くないと人間は生きていられません、そのフシギな金は、いまテジタル数値化され世界中を1000分の1秒単位で飛び交っています。
そうした観点から、今一度「金」という存在を正面から考え直してみたいとふっと想いたったのです。

そもそも「貨幣」の根本原資とは、人間世界の考え出した究極の概念であり、まったく物質として存在しえない「気」に拠っている、ということができるでしょう。紙幣にいたっては簡単に燃えてしまい復元不能ですが、それを数字記号で記録しておけば、燃えたはずの紙は同価値を保つというマジックなのです。よく云われる「冥土の土産に現金の換わりに小切手を遣わす」、というように、概念上存在する金は、出たり消えたり、木の葉に変化したりまたその逆のパラドックスもある。
国に至っては、経済活性化の微調整に金を増刷して市場の現金と経済活動を刺激するという魔法の薬であるのです。
国家単位でそれをやるのですから偽札づくりではない。その手練手管は、過去の戦争史でつかった偽札で敵国経済を混乱に陥れるというあの手この手の一手手法としてポヒュラーな戦略であったようです。

宇宙の遥か彼方の上空、成層圏に漂いなから地球を俯瞰しながら過去の歴史をユメウツツの中で夢幻しているのは私でしょうかあなたでしょうか。この稿文は記録素子に限定して書いたもので、外界に発信されたものではありません。自分から相手に送る伝達手段が多様化し、従来の手紙スタイルでは想定できなかった形は千差万別そして無辺なスタイルへと彷徨しているように感じます。その具現系として、このメールを書きました。

ケインズ経済学 
 
ケインズ経済学の根幹を成しているのは有効需要の原理である。
この原理は古典派経済学のセイの法則と相対するもので、「供給量が需要量(投資および消費)によって制約される」というものである。

これは、有効需要によって決まる現実のGDPが古典派が唯一可能とした完全雇用における均衡GDPを下回って均衡する不完全雇用を伴う均衡の可能性を認めたものである。
このような原理から有効需要の政策的なコントロールによって、完全雇用GDPを達成し『豊富の中の貧困』という逆説を克服することを目的とした、総需要管理政策(ケインズ政策)が生まれた。これは「ケインズ革命」といわれている。ケインズ経済学では貨幣的な要因が重視されている。このことは、セイの法則の下で実物的な交換を想定とした古典派とは、対照的である。

不完全雇用の原因について、ケインズの『一般理論』では「人々が月を欲するために失業が発生する」と言われている。これは歴史的な時間の流れにおける不確実性の本質的な介在によって、価値保蔵手段としての貨幣に対する過大な需要[注釈 3]が発生し、これが不完全雇用をもたらすとするケインズの洞察を示すものとして知られている。

公共投資との関連
ケインズの生きた時代のイギリスでは、経済の成熟化で国内での投資機会が希少になり、また自由な資本移動の下で資本の国外流出を阻止するための高金利政策が国内投資を圧迫するというジレンマに悩んでいた。そこで政府が主導して資本の流出を防ぎ投資機会を創出することで国民経済の充実をはかることをケインズは考えていた。

もともとケインズは、景気対策として中央銀行の介入による利子率のコントロール(金融政策)に期待していたが、のちの『一般理論』においては企業の期待利潤率の変動や流動性選好などの制約で金融政策が奏効しない可能性を認め、雇用量を制約する生産量の引き上げの方策として公共投資(財政政策)の有効性を強く主張するようになった

またケインズの提案は、失業手当の代替策としての性格を持っていた(当時の失業率は10%を越える状況にあった)。また過剰生産力の問題を伴わない投資として住宅投資などが想定されていたが、現実においては完全雇用を達成するに足るほどの規模の投資が、軍事支出によってしか政治的に許容されないこと(軍事ケインズ主義)をケインズ本人は憂えていた。

軍事ケインズ主義 
アメリカのニューディール政策は、1929年からはじまる世界恐慌で、ピーク時で25%に達する失業率と1千万人を越える失業者が発生する中で、古典派経済学的な不況が自然に回復するという考え方で、フーバー政権による均衡財政の維持、高率関税による保護貿易政策によって深刻化した恐慌に対し、公共事業による景気刺激を図ろうとしたものであった。にもかかわらず結果的に第二次世界大戦参戦による軍事支出の膨張により経済の回復がもたらされ、当初の公共事業による景気刺激策の効果について疑問をもつ研究者も存在する。

また、ケインズの政策を先取りして行われたとされる高橋是清蔵相(日本)やドイツのシャハト財務相によって行われた有効需要創出による景気刺激を目指した経済政策の成功が、その帰結として、軍事支出の拡大と軍部の強大化につながったとする批判もなされている。「軍事費の著増が、(経済再建および社会投資目的の)本来のリフレーション政策の代役をやったことは、後日の大戦突入という日本の悲劇の発足点ともなった。というのはこのことが軍部をして、巨額の軍事費公債の発行がインフレ的物価騰貴とならず、むしろリフレーション効果を無限に発しうるがごとく錯覚させ、他日の無軌道な軍事公債発行に走らす重大因子となったからである」と、のちに高橋亀吉は語っている。

ハーベイロードの前提との関係 
もともと総需要管理政策は、不況時には財政支出の増大・減税・金融緩和などにより有効需要を増やすことにより生産と雇用は拡大するというもので、反面、インフレーションの加速した際には政府支出の削減・増税・金融引締めによる有効需要の削減を推奨するものであった。

しかし現実には民主主義的な政治過程の中で、公共事業自体は限定的な支出である為長期雇用に結びつきにくく、好況になった場合にも、景気の過熱化を抑えるために引締めを行うことは、政治的に不人気な政策となるため、先進資本主義国において、税収が増えずに長期的に政府の財政赤字が累積的に増大するという問題が発生した。また公共投資がそれを発注する権限を持つ官僚とそれを受注する私企業との間の癒着をもたらし、利権が固定化され、支出の効果が限定されるなど問題視されるようになった。

これらの想定の背景として、知識階級としての少数の賢人が合理性に基づいて政策判断を下せるというハーヴェイロードの前提がケインズの思想に生きていたと指摘される。
「現代の民主制の下では政府は権力の保持・奪回のために集団的圧力に屈服しやすいものなのだが、ケインズはむしろ、経済政策を立案する一部の聡明な人々は、選挙民や一部集団からの組織的圧力と衝突してでも必ずや公共の利益のために行動しようとするはずだという歴史的事実に反する前提を無意識のうちに置いていた」とジェームズ・M・ブキャナンは語っている。
ケインズの階級観 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)


量的緩和は江戸時代の藩札制度か、紙幣「紙くず化」も
 ロイター(2012年6月25日15時49分)東京ロイター 

日米欧の中央銀行が推し進める事実上の量的緩和は、疑似紙幣を大量に増刷した江戸時代の「藩札(はんさつ)制度」と重なる。当時は金や銀の裏付のない「ペーパーマネー」の氾濫で、紙幣は紙くずとなった。
危機対応と景気刺激を目的に大量の資金を供給している今回も、世界的に貨幣価値の劣化を示す兆候がみられており、これ以上の緩和政策を危ぶむ声が出ている。

紙幣の紙くず化


江戸時代の日本では、通貨が不足すると各藩が独自に領内で紙幣(藩札)を発行し、財政難の解消を試みた。しかし藩札は金銀に裏打ちされておらず、各藩の財政をもとに信用創造された紙幣だった。乱発した結果、価値が幕府発行の貨幣に対して著しく低くなり、インフレを招くケースが多く見られた。

日米欧各国が推し進める量的緩和は、藩札の乱発と同じ効果をもたらす可能性がある。現在の量的緩和は銀行に対し流動性を供給し、間接的にリスクマネーの拡大を期待する仕組みだが、国債などに集中している多量の流動性が貸出や投資を通じて市中に広がれば、ハイパーインフレによって紙幣は「紙くず化」しかねない。


日銀の白川方明総裁は4月に米ワシントンで講演し、「中央銀行の膨大な通貨供給の帰結は、歴史の教えに従えば制御不能なインフレになる」と警鐘を鳴らしている。


これまでは「紙幣が紙くずになる前にバブルが発生し、バブルによって緩和政策にブレーキを踏む機会が与えられてきた。だが、現在のバブルは株や不動産などの万人にわかりやすい指標ではなく、過去最低利回りを更新する各国の国債に潜んでいる」と東海東京証券チーフエコノミストの斎藤満氏は話す。国債は利回りが低下しているのでデフレ的だという認識に陥りやすいが、既発債の価格から判断すれば明らかにバブルだという。


債券バブル


実際、日米独の国債利回りは歴史的な低水準を記録している。米財務省証券10年物利回りは6月1日に1.4420%と過去最低を更新した。独国債10年物利回りも同日1.1270%と過去最低水準まで低下。日本国債10年物利回りは6月4日に0.790%と9年ぶりの低水準をつけた。

現状では、現在金融危機の真っただ中にあるユーロ圏をはじめ、米国も日本も資金が銀行に滞留し、実体経済はバブルもインフレも無いとの認識が広がっており、ブレーキどころかさらにエンジンをふかす準備をする中央銀行もある。
しかし、白川総裁は今月4日「最適なスピードを超えてアグレッシブに国債買い入れを行うと、金利が反転上昇することも起こりうる」と国債価格の下落リスクを指摘している。
 

債券価格以外にも紙幣価値の劣化を表す指標がある。今年5月まで100ドル台の高値圏にあった石油価格は、金の価値を基準とする(金価格で割る)と2009年3月以降は大きな変動が無く安定的に推移している。石油や金価格の上昇は、こうした商品相場の値上がりではなく、紙幣の価値が低下したとみなすことができる。

異常な超過準備

世界的な「藩札制度」の影響は、国債価格のバブルのみならず、各国で異常な水準に達している超過準備(金融機関が中央銀行に保有する預金のうち所要準備を超える部分)にも現れている。世界金融危機以降、民間の信用創造機能がまひし、流動性が安全を求めて国債や中央銀行預金という究極の安全資産に集まるためだ。

2008年9月のリーマンショック以前は10億―20億ドルだった米銀の超過準備は、過去最高の1兆6000億ドル(約129兆円)まで膨れ上がっている。
ユーロ圏銀行の超過準備も7765億ユーロ(約78兆円)と過去最高水準に達している。

日銀の当座預金残高は25日に42兆6000億円と過去最高を更新する見込みだ。
「もしもFRBが超過準備を放置すれば、過剰流動性はいずれ実体経済に流れ込みインフレを招くだろう。しかし、急激に吸収すれば、金融機関はバランスを崩し、自己防衛のため貸し剥がしに走るだろう」とスタンフォード大学のジョン・テイラー教授は3月29日付ウォールストリートジャーナル紙で予想した。同様の混乱は日本が2000年のゼロ金利解除後に通った道だ。

暴走するペーパーマネー

これだけ刷ってしまった紙幣をどう始末するのか。ペーパーマネーの世界では、一度規律が緩むと引き締め直すのが難しい。1971年のニクソンショック以来、金という裏付を失った紙幣は発行に制御が効きづらく、いつ紙くずになるかわからないというリスクを背負っている。

「基本が紙なので、金融危機や財政難に遭遇すれば、結局は刷ればいいということになって、どうしても極端なところまでいってしまう」と、ある外国銀行のアナリストは指摘する。

前出のテイラー教授は、ペーパーマネーの弱点を踏まえ、規律に基づいた政策運営が最重要と主張する。FRBは80年代から90年代、物価安定という明確な目標の下、予想可能なルールに基づいた政策を運営してきたものの、2003―05年に金利を引き下げ過ぎ、緩和を長引かせすぎた(too low for too long)という。
それが過剰なリスク志向を生み、住宅ブームを煽動したと、同教授は批判する。「(最近になって)FRBは裁量権を乱用し、再びtoo low for too longの領域に足を踏み入れている」。(ロイターニュース 森佳子;編集 伊賀大記)

※この記事は 2012/6/26付で書いたものである。










 

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音楽家伊庭孝の話 
音楽、その複雑さは歴史の中にあり、海外諸国の古代音楽をその当時の日本に導入したときから始まっている。

林邑楽、吐羅楽、呉楽、新羅楽、高麗楽、唐楽などは発祥国がベトナム・インド・朝鮮・中国である。同じ中国でも、当時唐の国と拮抗していた渤海国は渤海沿岸北東文化をもち渤海楽を作り上げている。それらの楽師が日本に渡来し演奏したと古い記録に残っている。
『日本書紀』に記された音楽の渡来楽人として新羅王が楽人80名を遣わしたと記されている。
720年より遡って453年のことである。701年に大宝律令が施行されたことに伴い、音楽も官制下によって整理統合されている。その後にも試行錯誤を繰り返して現在の大別スタイル、唐楽と高麗楽に淘汰された。

3000年前の中国、殷から周にかけての時代に一オクダーブを十二の音に分け、それに音名を付けたのが十二律音階である。
円周9分長さ9寸の律管を吹いた音を標準音の黄鐘と決めている。この時の周波数が幾つであったのか判らない。この時代の黄鐘周波数が437ヘルツ、という科学的裏付けの根拠は何もない。
しかしアジアの国々に伝わる民族音楽の基準音周波数をデータで拾って聴き較べると『日本音楽概論』に示すデータの437ヘルツの、上下1から2ヘルツの差しか認められない。人間の聴覚でこの差は無いに等しい。「今、日本で用いている標準高度は、宮内省の雅楽部で制定して、各音を音叉に作りイギリスの1875年の博覧会に出品したもの」と伊庭は『日本音楽概論』に明記する。

また「音響学者のエリスが振動数を測定して、それによると標準の壹越は292・7で国際高度(A、435HZ)のD、290・33に最も近いのである」、と伊庭は説明している。
 
この周波数対比を今の考え方に直すと、エリスの測定したAの数値は435ヘルツで、雅楽の十二律の中の黄鐘437ヘルツに対応する。

そこで考えられるのは1875年当時の西洋の国際高度Aが435ヘルツであり、雅楽の音調にすると黄鐘の437ヘルツである。このデータは昭和3年現在を基にしたもので、現在の基準音は430ヘルツである。

アジアの国々に伝わる民族音楽の基準音が437ヘルツを示している、その事実は伊庭孝の執拗な分析と、そして『管絃音儀』に代表される音楽理論に示された概念の「理屈」よりも、人間の原始的感覚に潜む本能が読み取れる。
本質を変える必要がない、という伝統を正統的に踏襲する世界、短絡的に言うなら近代社会の資本市場原理に翻弄されている圏外の国々においてのみそれは有効なのである。
ある絶対的な資本的価値観に左右されることなく、日常生活に密着した普遍的価値観に支えられた伝統こそが信頼に足る形を残すのである。
伊庭の調査したイギリスの1875年の博覧会に出品した周波数データ、音響学者のエリスが振動数を測定したデータのそれぞれが、現在我々が使用している基準音と乖離していても、アジアの国々に伝わる民族音楽の基準音が、その当時の伊庭の示したデータと一致するという事実を冷静に受け止める必要がある。

雅楽の音律定義は古代中国の五行説と方位によって決められ、中央に壹越、東西南北に盤渉、双調、黄鐘調、平調を配する。伊庭が示す概論の標準高度根拠は、この中央の壹越と考えられるが黄鐘を基準とする考えは古くからあった。

1331年に書かれた『徒然草』に音律の記述があり「天王寺の伶人は律を調べ合わせ音が綺麗だ。これは太子の時代の律をもっているからだ。いわゆる六時堂の前の鐘である。その音は黄鐘調のもので、この一調子を用いて、いずれの音も整えた。鐘の音は黄鐘調なるべし」、とする。その時代でも天王寺の鐘が日本音階の拠所としていることが判る。

新羅楽・高麗楽の音律は編鐘・編磬の律によって決められ、「黄鐘はわが国の神仙に近く、壹越よりは二律ほど低いのであるが、これは決して壹越調と神仙とが同一物であり、黄鐘と異なるものであるという事ではなく、唐代の正楽の律は、俗楽よりも二律低く、朝鮮には正楽俗楽ともに傳わり、日本には律の高い俗楽のみが傳わったに基因するのである」と、朝鮮系の音律が日本に渡来したときの経緯にも伊庭孝は言及していた。
 
伊庭孝による『日本音楽概論』という金字塔、それに匹敵また凌駕する著作は以後輩出しないだろう、という思いが私にある。

2015年の今の世相を考慮すると、その結論に到達してしまう。また伊庭孝の生きた昭和初期という時代が古典音楽の貴重な残滓が日常生活の中に生きていた時代ということも見逃せない要素である。

そうした時代背景を目敏く察知していた伊庭は、己が感じた音楽に対する気持ちを誠実に述べている。序説で論じている記述には将来を見据えた伊庭の気持ちがひしひしと伝わってくる。
「日本音楽という言葉は、おそらく今日以後は、新しい意味を帯びて、次第に内容が変じて来るであろう」、と断って西洋と東洋の音楽がクロスオーバーすることを予告しているが、近年、ごく一部ではあるが現実にそのことが起っている。

伊庭孝の言葉に心を動かされ遼遠なエッセンスがある。

「政治的には明治元年に日本は新たに生まれ変わった。我等の研究する日本音楽は、その維新の前の音楽であり、それに関連する諸相である。日本の旧い音楽的活動は決して明治以前で終息したのではない。明治改元直後は無論のこと、現代においても猶盛である。しかも西洋音楽と何の関係もなしにである。そうである以上私どもは慶應を以って日本音楽を締切ってしまうことは到底出来ない」。

現代世相に蔓延している盲目的な西洋音楽一辺倒の傾向を昭和の初期でありながら既に察知したその伊庭孝の信条を今の時代に同調するものが殆どいない、ということが危機的であると私は想う。

かつて狛近真がその当時の音楽情況を憂いて著した『教訓抄』と心情心理的に同等である。しかし、その当時と現代社会の置かれている環境が余りにも違い、寛喜3年「寛喜の飢饉」の年、諸国の大飢饉があった2年後の1233年である。そして『日本音楽概論』が発行されたのは1928年だった。

昭和の大作
『日本音楽概論』

『日本音楽概論』の緻密なプロットとはまったく無関係に、昭和という時代が日本にとって激動の時代であったことを物語る生き証人として『日本音楽概論』が名著であることに変りはない。
「空理空論・想像を許さず一々資料の出典を明らかにされた学者的態度」と伊庭孝の業績を絶賛したのは文学博士今井通郎である。当時の日本音楽界が置かれている情況を博士は真摯な視点で分析していたのである。それは次のような論旨である。
 
洋楽作曲家は、ただでは歴史のある伝統をもった欧米作曲家と伍しては行けず、彼等のもたない日本音楽を素材としたもので対しなければ、勝負にならないことを知り、日本音楽を知らなければならない、ということになっており、教育音学界においても、教員養成機関の教育大学、学芸大学は勿論、音楽大学でも日本音楽の教育をうけないで卒業させられ、教壇に立てば、日本音楽の教材のもられた音楽教科書を取扱わされる現代の音楽教育の現状であるから、何としてでも、その教育担当者は日本音楽を知らなければならない境遇に追込まれているのである。 

と、辛辣な論評をしている。それは1969年当時を語ったものだ。その論説は2015年の現代社会に向けて発信しているかのようである。

博士の抱いた危惧が何も解決されず現代に至ってしまった経緯は、伊庭孝が『日本音楽概論』を著した心情とピッタリ重なると私は感じていた。
それは日本文化の過渡期現象でもある。博士の抱いたその危惧を国内で音楽を職業とする専門家が安閑として見過ごした訳ではない。

日本を代表する作曲家の一人、間宮芳生氏は1990年5月に発行された『現代音楽の冒険』の中でヨーロッパの音楽で育った耳、日本音楽で育った耳が聴く古典音楽を次のように語っている。

「日本の作曲家が雅楽、能、文楽など、日本の伝統芸能を聞き換えるとき、つまり、かつての自国の都市文化と現代の耳との交配が起きるときは、自国文化といえど、これは東西問題という分類をするのがいい。
インドネシアの伝統的音楽ガムランには、幾種類かの伝統的な音階がある。ヨーロッパの音楽で育った耳や、日本音楽で育った耳には、はじめて聞くその音階のガムラン音楽は、どの音も全部調子はずれに聞こえる。少し馴れてくると、今度はがぜん魅力的に聞こえ出すだろう。その魅力のうちの半分は、その不思議な音程、調子外れが魅力だと感じるということになる」。(『現代音楽の冒険』間宮芳生著 岩波新書)

間宮氏は、雅楽・能・文楽はかつての都市音楽であると捉え東西問題分類として、比較の難しい古典音楽を判り易く解説している。そして現在我々が持っている聴覚的音楽の感性が、いかに偏重しているかをヨーロッパ音楽に組み込まれないガムランを引合いに出して、その違いを間宮氏は証明してみせた。

今日、世界規模で西洋思想傾向が求められ人々はそれに順応することに疑問を差し挟む余地はない。それが正しいとか間違いだとか一極傾向による危惧だとか、諸々の政治的論理を抜きにして現実世界は西洋思想傾向に向かっている。

その状況下、国民的傾向として表層的な一過性的現象である髪の毛を疑似西洋色に染め、その意識内部も西洋思想の延長を示す。精神性な領域部分はともかく表皮は西の風に乗せて髪をたなびかせようとしている。
また本質的な西洋に成り切ったのかと問えばギリシア神話の枝葉末節をアニメ的に捉えることはしても、エーゲ海クレタ島ミノア文明に存在したクノッソスの歴史は知らない。
そしてユーラシアの風を嗅ぎ採ることもない。翻って日本の歴史書物狛近真の『教訓抄』のことに及んではまったく知識を持たない。
それもまた国民的伝統なのかもしれない。どこかで何かが激しく変わった、と私は感じていた。

では、そのことが何時からどんな理由で何が変化したのか、という問いに日本人的な情緒表現で応える。私自身もまた日本人の衣を脱ぎ捨てることができないからだ。

「斎部広成」が綴った、これだけは言い遺こしておかなければ死ねない、として「古語の遺りたるを拾ふ」ことを著した『古語拾遺』という古文献を書きのこした。それは802年のことだった。そうした古人の意思は昭和の伊庭孝に引継がれたが、それ以降日本を意識した学術は途絶えた、と私は考えている。
 
それは個人の問題としてではなく国の思想観を物語り、古くよりユーラシア大陸文明を享受しながら、では一体ユーラシアの文明とは何か、正倉院の秘宝はどこから生まれていたのかという素朴な問いを自らの内に問えないことを証明してしまうのである。

伊庭孝はそのことを遥か遠くから鳥瞰していて、現代のそれを危機的情況にあると私は鬱な気分で感じていた。








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