2015年12月

チェルノブイリのいま──死の森か、エデンの園か(1/4)
2011.6.3FRI wired.jp 
メルトダウンから 25 年。いま、チェルノブイリをめぐって激しい科学論争が起きている。原子炉の周辺区域は、畸形動物が生きる死の森なのか? それとも、絶滅危惧種のための新しい楽園なのか?
突然変異を起こした豚の胎児。
突然変異を起こした豚の胎児。 1988年にチェルノブイリ近くで採取された。

針葉樹が立ち並ぶ森への入り口を見るかぎり、特に変わった様子はない。
いたってふつうの光景。しかしピリピリと鳴り続ける線量計が異常を告げている。
凍てつくような2月の午後。
ここからチェルノブイリ原子力発電所の4号炉を覆う石棺までは約3.2km。ウクライナの首都キエフの大学で物理学を教えるゲンナジー・ミリネフスキーは、松葉に覆われたところどころ雪の残る小道を歩いていた。

トランジスタラジオほどのサイズの線量計は、放射性粒子を検出すると鋭い警告音を発する。ミリネフスキーが線量計を振ると、デジタル表示は、通常の120倍の放射線が検出されたことを示した。歩を進めると、たたみかけるような警告音はさらに速くなり、数値は通常の250倍に達した。

「まずいな」。
彼はそうつぶやきながら、立ち枯れした木の目立つ、だだっ広い空き地にさらに踏み込んでいく。しかしミリネフスキーの判断により、今回の見学ツアーはここまでとなった。空き地の向こう側まで行けば、線量計は誰も聴きたくない音を発するだろう。けたたましいホワイトノイズの嵐が恐ろしげに鳴り響くとき、それは通常の約1,000倍という、非常に危険な値のガンマ線が検出されたことを意味する。

ここは汚染された“赤い森”の中心地。針葉樹から成る4,000エーカー(約16.2㎢)近い森は、さまざまな放射性物質に覆われている。ストロンチウム、セシウム、プルトニウム、そして極微量のウラン。これらは1986年の4月から5月にかけて、4号炉の炉心が10日間にわたって燃え続けた際に放出されたものだ。
ほんの数日間で木々は枯れ、燃えさかる原子炉から吹く風に乗って極めて有害な放射性物質が通り過ぎたとき、松葉は赤褐色に変わっていた。それから25年たった現在も、ここは地球上で最も生態系が汚染された場所のひとつだ。

チェルノブイリ立ち入り制限区域の総面積は約4,144㎢以上に及ぶ。ウクライナの北、ベラルーシの南に位置する土地に、森や湿地、湖、川などが無造作に広がっている。
事故直後に、フェンスと武装した警備隊によって封鎖された。
はじめは爆発事故の数日後に行われたガンマ線量を測る航空探査にもとづいて境界線が引かれたが、その後、制限区域は何度か拡張されている。現在は発電所から約96kmのあたりまでが制限区域となっており、ウクライナ側の入り口には、スクリーニング機器を備えた民兵組織による検問所が設けられている。
そしてさらに踏み込んだ発電所から約9.6km圏内は、最も汚染されたエリアに指定されている。ソ連当局はこの大惨事に対処すべく、思いきった手段に出た。

現在、約4,144㎢の土地が立ち入り制限区域に定められているが、ウクライナ政府は4号炉から約9.7km圏内を除く比較的安全な地域を観光客に開放しようとしている。ピクニックをするなら必ず濃い緑のエリアの外で。

事故後の数カ月間、ソ連当局はこの大惨事に対処すべく、思いきった手段に出た。赤い森を1,000エーカー(約4㎢)近く伐採し、石棺を取り巻くおよそ4平方マイル(約10.4㎢)の表土を削り取って、放射性廃棄物として地中に埋めたのだ。

避難を余儀なくされた250の集落や村のなかでも、特に放射線量の高い地域はブルドーザーで更地にされ、埋め立てられた。また、汚染された家畜は殺処分され、捨て犬は地元の猟師たちによって撃ち殺された。そして一連の汚染除去作業が終わるころには、原子炉周辺の土地は、月面のように荒涼とした不毛地帯へと変わり果てた。重機でならし、地表近くの放射性粒子をとらえるために薬品を撒いたその場所には、核戦争後を思わせる悪夢のような光景が広がっていた。

そんな土地に、自然がじわじわと忍び込んでくる。かつて工場と集団農場があった一帯は、周囲に広がる田舎の風景といまやほとんど区別がつかない。
見捨てられて久しい村や農地を森が包み込んでいく。道路や建物が、生い茂る樹木にのみ込まれようとしていた。
有害な粒子の一部は、放射性崩壊という自然のプロセスによって、すでに姿を消している。半減期の短い放射性物質はすでに消滅し、半減期の長いものに関しても、一部は徐々に土壌に染み込んで、風や鳥や昆虫によって散り散りになっていた。
10年ほど前から、動物が目撃されるようになった。立ち入り制限区域の環境がかなり回復していることを示す兆候が、研究者たちによって次々に報告される。ヒグマの足跡が撮影されたり、誰もいないプリピャチの町の通りをうろつくオオカミやイノシシが目撃されたりした。

2002年には、石棺付近に放置された掘削機の上でうたた寝するワシミミズクの姿が目撃されている。ワシミミズクは当時、ウクライナ全体でも100羽程度しか生息していないと考えられていた。翌年には、原発の半径約4.8km圏内で絶滅危惧種のオジロワシが捕獲され、無線タグが付けられた。
また、希少種であるモウコノウマは制限区域に逃げ込んでから繁殖が進み、2005年の初めには6年前の21頭から64頭にまで増えていた。原発事故が産業、農業、農薬、自動車、ハンターたちをチェルノブイリから追いやったことで、いつのまにか広大な野生動物公園が誕生していたのである。

チェルノブイリ・フォーラム─国連、WHO(世界保健機関)、IAEA(国際原子力機関)によって各国から集められた100人の専門家から成る委員会─の2006年度の調査報告が、立ち入り制限区域が野生動物の聖域と化しつつあるという考えを科学的に裏づけている。

環境、社会経済、健康に関する調査にもとづくその報告は、制限区域の放射能濃度が数百分の一にまで下がっていることに触れ、人間と動物への影響について、いずれも楽観的な見解を示していた。
赤い森を含む一部の中心エリアについては依然として汚染がひどく、致命的な危険をはらんでいるが、原子炉周辺のほとんどの地域では、低レベルの放射線による動植物への悪影響は報告されていない、と専門家たちは述べている。それどころか人間がいなくなったことで、動物の種類や個体数はかえって増えたとしている。
「皮肉なことに、立ち入り制限区域は稀に見る生物多様性の保護区になった」と、報告書は結論づけた。
忌まわしい不毛の地が、原発事故を乗り越えて、豊かな楽園へと姿を変えた。それは驚くべき話だった。アニマルプラネットやBBCがドキュメンタリーの題材として取り上げ、『チェルノブイリの森─事故後20年の自然誌』(メアリー・マイシオ著、2007年、日本放送出版協会)の主要テーマにもなった。
ガイア理論の提唱者であるジェイムズ・ラヴロックはこの事実をもとに、熱帯雨林に放射性廃棄物を埋めれば人間の破壊行為から守ることができると主張した。人間がどんなに痛めつけても自然は自力で回復するという考えは、にわかには受け入れがたくとも魅力的である。
しかし今、ふたりの科学者がこういった見方に疑問を投げかけている。米国に拠点を置く進化生物学者のティモシー・ムソーいわく、チェルノブイリが野生の王国化しているという考えを裏づけるには、証拠が不十分だという。

「そんなふうに言われているが、そんなのは単なる物語にすぎない」。ムソーは言う。「ばかげてる」。にもかかわらず昨年12月、ウクライナの緊急災害省─立ち入り制限区域を所管する省─は、2011年中に制限区域の一部を観光客に開放すると発表した。一方、ウクライナ議会は1月、ロシアの設計による原子炉2基をウクライナ西部に建設するという数十億ドル規模の計画を承認した。
ソ連の崩壊後、ウクライナで新たに原子炉が稼働するのはこれが初めてということになる。
3月に日本の福島第一原発で地震後に起きた爆発は、原発事故が悲惨な結果を招きかねないことを世界に思い知らせた。
この事故の直接的な影響については、いまだ結論が出ていない。その一方で、立ち入り制限区域における放射線被曝の生態系への影響は、ますます二極化していく科学論争の主要なテーマでもある。
一方のウクライナや米国の科学者たちの意見はこうである。
制限区域の動植物は長期的な少量の放射線被曝をものともせず、豊かな自然のなかで繁栄している。
しかしムソーや、その同僚であるデンマーク人の生物学者アンデルス・モレールに代表される意見は異なる。彼らの研究が裏づける仮説は楽観的とはほど遠い。つまり、低レベルの放射線に慢性的にさらされた場合の影響についてはほとんど解明されておらず、悲惨な結果を招くこともありうるというのだ。制限区域は魅惑の森などではなく、いわば放射能によるごきぶりホイホイのようなものであり、動物たちは入ったが最後、出てこないのだと。
201507280110_R(その2へ続く)
チェルノブイリのいま──死の森か、エデンの園か(1/4)
チェルノブイリのいま──死の森か、エデンの園か(2/4)
チェルノブイリのいま──死の森か、エデンの園か(3/4)
チェルノブイリのいま──死の森か、エデンの園か(4/4)
(記事引用)

 

トップの無為無策によって窮地に追い込まれた新日本監査法人
新日本監査行政処分から見えてくる「東芝会計不正の深い闇」
郷原信郎が切る 2015年12月24日 13:58
東芝の会計不正で会計監査人としての責任が問題にされていた新日本有限責任監査法人(以下、「新日本」)に対して、金融庁は、12月22日に、公認会計士法に基づき、21億円の課徴金納付命令・3カ月間の新規契約受注業務の停止・業務改善命令という行政処分を行った。また、東芝の監査を担当してきた7人の公認会計士に対しても、それぞれ6カ月から1カ月の業務停止処分が出された。

当ブログ【トップの無為無策で窮地に追い込まれた新日本監査法人】で指摘した同法人のトップである英理事長も、来年1月末で引責辞任することになった。

しかし、東芝不正会計問題と、それに関する監査法人の責任問題が、今回の行政処分で決着すると考えるのは大きな間違いである。

今回の行政処分で明らかにされた事実から、東芝と新日本をめぐる「深い闇」が見えてくる。その「闇」を明らかにしない限り、今回の会計不正問題は終わらない。

注目すべきは、金融庁が行政処分の公表文に記載した「東芝の財務書類に対する虚偽証明」の内容である。

パソコン事業、半導体事業に関する不正についても、工事進行基準の問題についても、新日本が、不正のリスクを認識すべき「4半期末月の利益や原価の異常値」や「原価差額の減額」などを認識しながら、勝手に思い込んだり、東芝側の説明を鵜呑みにしたりして、理由を十分に確認しなかったとされている。

この通りの事実だったとすると、新日本による東芝の会計監査は、あまりにお粗末であり、職務上の義務を果たしたとは到底言えないものだったことになる。

一方で、この行政処分の認定事実を前提にすると、次の二つの点に重大な疑問が生じることになる。

第一に、今回業務停止処分を受けた7人の公認会計士が、それ程までに無能であったのか、という点である。

以前、オリンパスの「損失隠し」に関して、会計監査人の責任が問題とされた際、私は、新日本監査法人の「オリンパス監査検証委員会」の委員として調査を総括した。その時の経験からすると、新日本監査法人の主要顧客企業だった東芝の会計監査を担当する公認会計士が、上記のような指摘を受けるほど無能であったとは考えられない。

しかも、この7人の中には、2010年の東芝の会計監査において、相当の注意を怠り、重大な虚偽のある財務書類を重大な虚偽のないものとして証明したことを理由に1か月の業務停止処分を受けたU氏が含まれている。同氏は、私が社外監査役を務めるIHIの監査チームの「主査」を務めていた。私には、これまで接した公認会計士の中で、最も信頼できる有能な公認会計士と評価していたU氏が、今回のような極めて低レベルの不正会計を見過ごすなどということは、全く信じられない。

東芝の会計不正の問題は、業務停止の行政処分を受けた7人の公認会計士が、東芝側の虚偽の説明を受けたために不正に気づかなかったというような単純な問題とは思えない。

むしろ、東芝側と新日本側との間に、主要顧客である東芝との長年の関係の中で、東芝執行部の意向を尊重し、その会計処理を容認するという暗黙の合意があったのではないか。会計監査を担当していた公認会計士は、そのような暗黙の合意を前提に、敢えて問題意識を希薄化させて監査に臨まざるを得なかったのではなかろうか。

第二の疑問は、前記の認定事実からすると、新日本が会計監査人として責任を問われるべきであることは明白であるのに、東芝側が、その責任を追及しようとしないどころか、監査法人の責任問題を意図的に回避するという不自然な対応をしてきたのは、なぜなのかという点であるが、東芝側と新日本側との間に、上記のような「暗黙の合意」があったとすれば、東芝側の対応も合理的だったと言える。

東芝の第三者委員会報告書は、会計監査人の監査の妥当性の評価は東芝からの委嘱事項に含まれておらず、調査の目的外だとして評価判断を回避していながら、会計監査人に責任を問うことが困難であることについて、以下のように、長々と記述をしている。

“問題となった処理の多くは、会社内部における会計処理の意図的な操作であり、会計監査人の気づきにくい方法を用い、かつ会計監査人からの質問や資料要請に対しては事実を隠蔽したり、事実と異なるストーリーを組み立てた資料を提示して説明するなど、外部の証拠により事実を確認することが困難な状況を巧みに利用した組織的に行われた不適切な会計処理であった”

「会計監査人の監査に関わる問題は委嘱事項ではない」としながら、東芝側の隠ぺいが巧妙で組織的なものであったことを強調し、会計監査人である監査法人が問題を指摘できなかったことはやむを得ないかのように述べているのは、明らかに不自然である。

私は、報告書を最初に読んだ時点から、この点について疑問を持ち、ただちに、ブログ【監査法人に大甘な東芝「不適切会計」第三者委員会報告書】や日経ビジネスオンライン(NBO)のインタビュー記事【東芝は「社長のクビ」より「監査法人」を守った】で、第三者委員会報告書からは、監査法人との関係という問題の核心部分が調査の対象から除外され、不正会計の実態が全く明らかになっていないことを指摘し、その後も、東芝第三者委員会に関する問題と監査法人に関する問題を指摘し続け、『世界』9月号、『プレジデントオンライン』への寄稿や、9月外国特派員協会での講演でも、その点を指摘した。

そして、その疑問に関して、決定的な事実が明らかになったのが、NBOのスクープ記事【東芝、室町社長にも送られた謀議メール 巨額減損問題、第三者委の調査は“出来レース”だった】である。

この記事に掲載された第三者委員会設置の時点での東芝執行部間のメールのやり取りによって、第三者委員会が、実は「第三者」では全くなく、東芝側の指示によって動く「見せかけだけの存在」であったことが明らかなった。

しかも、そのメールのやり取りの中には、米国原発子会社の減損の問題を第三者委員会の調査の対象とするのか否か、委員の松井秀樹弁護士が会社側の意向を確認してきているとの法務部長のメールに対して、田中社長が、メールで「今回の課題は、原子力事業の工事進行案件と初物案件(ETCなど)であって、それ以外は特に問題ないという論理の組み立てが必要だ。そうでなければ会社の体質、組織的な問題に発展する」と述べているという「決定的な事実」が含まれているのである。

この記事を前提にすると、東芝の組織の体質など根幹に関わる「米国原発子会社の減損問題を調査対象から除外して隠ぺいする」というのが、当時の東芝の経営トップの意向であり、第三者委員会は、その意向にしたがい、東芝が設定したストーリーのとおりに報告書を作成したということになる。

それと同様に、第三者委員会報告書が、上記のように、会計監査の問題は委嘱の範囲外だとしながらその責任を否定するという、明らかに不自然な記述を行ったのも、「監査法人の責任が問われることを回避すること」が、その時点での東芝執行部にとっての至上命題だったのであれば、第三者委員会が、その意向に忠実にしたがったものと理解できる。

では、なぜ、その時点での東芝執行部が、監査法人の責任が問われることを避けようとしたのか。

それによって、米国原発子会社の減損問題を含む東芝問題の本質が明らかになることを恐れたからだとの推測が可能である。

一方の新日本側も、東芝側が設定した「第三者委員会のストーリー」をうまく使って、会計監査人としての責任を免れようと画策していたように思える。

第三者委員会報告書公表直後から、監査法人問題を厳しく指摘する私に接触し、東芝問題に関して説明をしてきた新日本の幹部が、品質管理本部長のM氏だった。

M氏の説明は、「東芝側はトップが関与して、会計監査人に巧妙に虚偽説明をし、虚偽の資料を提出していたので、会計監査人として不正を見抜くことは困難だった」というものだった。

第三者委員会の報告書の中で、「パソコン事業における部品取引」の問題に関して、会計処理方法を悪用して見かけ上の当期利益を嵩上げしていたことが指摘され、報告書末尾に、毎四半期末月に損益が異常に良くなっていることを示すグラフが資料として添付されており、これを見ると、監査法人が不正に気付かないことはあり得ないように思えた。これに関して、M氏は、「このグラフに書かれていることは、新日本側には全く知らされておらず、巧妙に隠されていました。それなのに、グラフを報告書に添付して、あたかも新日本側が知っていたかのような印象を世の中に与える第三者委員会のやり方はひどいと思います。」と言った。「そういうことなら、東芝側に抗議したらいいじゃないですか」と私が言うと、「東芝側は、第三者委員会報告書は委員会が作成したもので、その内容には東芝は関知しない、と言うんです。第三者委員会は、既に解散しているので、抗議のしようがありません」と言った。私が、「東芝側の虚偽説明について新日本側で言い分があるのであれば、それを堂々と表に出して反論すればいいじゃないですか。」と言うと、「守秘義務の問題がありますが、何とかできないか検討します。室町氏は、今回の不正を知らなかったとは到底言えない。社長の椅子にとどまっているのは考えられない。」などと、この問題について本音を語っているように思えるM氏が言うことに、大きなウソはないものと思っていた。

しかし、この点について、今回の金融庁の行政処分では、

“監査の担当者は、毎四半期末月の製造利益が他月に比べ大きくなっている状況や、四半期末月の製造原価がマイナスとなる異常値を認識するとともに、その理由を東芝に確認し、「部品メーカーからの多額のキャッシュバック」があったためとの回答を受けていたが、監査調書に記載するのみで、それ以上にチーム内で情報共有をしていなかった。”

と明確に認定されている。

M氏は、その後も、私がブログ【トップの無為無策によって窮地に追い込まれた新日本監査法人】を出した2日後の12月18日夜、私に電話をかけてきて、「ようやく、東芝側の新日本への隠ぺい決定的な事実を表に出して反論を本格的にやることになりました。もう、新聞、テレビなどのメディアの仕掛けもしています。来週から、どんどんやっていきます」と言ってきた。その際、「守秘義務の問題についてはどうお考えでしょうか。」と聞いてきたので、私が、「第三者委員会を使って世間を騙そうとした東芝に新日本の守秘義務を問題にする資格はありません。」と言うと、「安心しました。」と言っていた。

ところが、「東芝への反撃」をするどころか、12月22日に金融庁の行政処分が出た後も、新日本側は、記者会見すら開かず、全くの「音なし」である。M氏からその後、何の連絡もない。

このようなM氏の言動を振り返ってみると、M氏は、その場、その場で言うことを使い分けながら、法人内部や関係先で、適当な説明を繰り返していたのではないかと思える。前のブログで指摘した「トップの無為無策」も、M氏の画策と無関係とは思えない。

M氏の不誠実な言動からすると、現在の新日本の執行部の問題は、「無為無策の理事長」だけではないように思える。

IHIの監査役を務める私も含め、現在、新日本が会計監査人となっている上場企業の監査役は、来期の監査契約を行うかどうかを判断する重要な責務を担うことになる。

山口利明弁護士も、ブログで指摘しているように(【監査法人が課徴金処分を下された場合の監査役会による再任拒否】)改正会社法で会計監査人の選任・解任権限を持つことになった監査役(会)としては、課徴金納付命令を受けた新日本の再任の可否について判断を適切に行わなければ、善管注意義務違反に問われることになる。

その判断は、担当公認会計士個人の能力や姿勢の問題ではなく、新日本という組織の監査品質の問題である。今回の行政処分においては、12月15日の公認会計士・監査審査会の勧告をそのまま引用し、「品質管理本部は、問題のみられる一部の地区事務所への改善指導を実施しているものの、前回の審査会検査で検証した地区事務所が担当する監査業務において、今回の検査においても重要な監査手続の不備が認められている。監査での品質改善業務を担っている各事業部等は、品質管理本部の方針を踏まえて監査チームに監査の品質を改善させるための取組を徹底させていない。」と述べて、新日本の「品質管理本部」と「事業部」の問題を指摘しているのであるから、新日本がこの指摘をどのように受け止め、従来のやり方についてどのように反省し、どのような改革を行おうとしているのかが重要である。

特に重要なのは、金融庁の業務改善命令で「今回、東芝に対する監査において虚偽証明が行われたことに加え、これまでの審査会の検査等での指摘事項に係る改善策が有効に機能してこなかったこと等を踏まえ、経営に関与する責任者たる社員を含め、責任を明確化すること。」とされていることを踏まえ、「品質管理本部」や「事業部」の責任者について、組織内で責任の所在が明らかにされているかどうかであり、その点は、新日本が東芝の会計不正について真摯に反省し、抜本的な出直しを行おうとしているかを見極める上での重要な判断要素だと言えよう。

今回の問題を、7人の公認会計士個人だけが厳しい制裁を受けることで終わらせてはならない。

東芝と新日本の関係に見られるような監査法人と主要顧客企業との長年の関係に基づく「深い闇」の実態を明らかにし、解消していかなければ、日本の会計監査制度に対する信頼の確立はあり得ない。
(記事引用)
tkiso
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画像 女川原子力発電所 原子炉建屋 | 東北電力
www.tohoku-epco.co.jp462×322画像で検索 3号機原子炉建屋基礎配筋






 

世界はシリコンバレーを中心に動いている
ヘタをすると既存産業は惨敗してしまう山田 俊浩 

山田:シリコンバレー的なメソッドを日本にうまく適合させていくのが日本型イノベーションだと思います。これは日本特有でしょうか。ほかの国の企業のシリコンバレーに対する目線はどうなっていますか。

伊佐山:今の瞬間を見ると、日本からの注目度が圧倒的に高いと思います。でも、その様子をみてドイツや北欧の国の役人や企業が関心を持ち始めています。シリコンバレー的ノウハウを取り入れることが必要だと考えるようになっているのは、日本だけではありません。
siliconvalley
シリコンバレーは変わりつつある

僕が感じているのは、シリコンバレーが変わりつつあるということです。これまでのシリコンバレーはクラウド側、インターネットを中心に据えていた。その前は通信や半導体が中心だったことを考えると、シリコンバレーは、一度、通信や半導体からインターネットへと注目がシフトした。そして今は自動車、機械、医療などあらゆる場所にインターネットががっちりと組み込まれていく時代になってきた。既存の産業にとってみれば、何もしないでいればグーグル、アップルに全部持っていかれてしまう、という危機意識がある。

グーグル、アップルがパソコンやスマホだけやっているときは、誰も脅威に思っていなかった。でも彼らがインターネットを使って、既存のビジネスに食い込んできた。要するにドローンを飛ばしてデータも取る、農業もやる、車も作る、という具合に。

次々に既存の巨大な産業に首を突っ込み始めたときに、初めて大企業も危機感を持ち始めるわけです。このまま座っていると、全部シリコンバレーに本社を構えている会社に、彼らの資本力でやられちゃうぞ、という恐怖心です。もちろん、コマツのようにしっかり対応している会社もありますが、製造業を中心に多くの会社は自分たちの事業にインターネットのDNAを組み込むことができない。既存の産業にインターネットが組み込まれるうえで象徴的なのがIoTやIndustrial 4.0の動きです。
もう1個の流れはインターネットの上に蓄積されているデータが洗練され、使えるようになってきた。今から20年前にヤフーやネットスケープが上場したぐらいの頃は、ある意味ではインターネット上にはゴミみたいなデータがいっぱいあった。それをグーグルのような会社が、きれいに検索できるようにした。

それでもいっぱいゴミがあった。しかし、いろいろな紆余曲折を経て気づいたらインターネット上の情報っていうのは、とてつもないリッチな情報になっていたわけです。今そこに、AIとか機械がどんどん学習できるような時代になってしまうと、たぶん既存のサービス業、たとえば銀行、証券、保険などの金融ビジネスが大きな影響を受ける。つまり、これまでは専用のデータベースや独自のノウハウを使用することで手数料を取っていたビジネスモデルが成り立たなくなる。

これは衝撃的です。金融業の強さは、銀行で言えば信用調査、審査部がいろいろな調査をして、この人がどのぐらい信用できるか、おカネを貸しても大丈夫かというチェックをする機能が銀行の強みだった。保険であればアクチュアリーみたいな、統計的なデータを使って保険料率を設定できる機能が、ほかにはまねのできないものだった。ある意味では情報戦だったわけです。

気づいたらインターネットのデータのほうが実は信用できるし、情報量も豊富になっちゃった。今は逆転しつつある。そのことになんとなく気づき始めた今、フィンテックブームが起きています。その意味で、すべての金融機関は危機感を持つべきです。

個人の取引データであっても公共のもの

山田:米国では個人の取引データの多くが、インターネット上で検索可能になっている。公共のデータになっていますね。

伊佐山:そうです。米国の場合、一歩先に行っている。犯罪履歴、購買データ、不動産の取引データなど多くがパブリックデータになっている。僕が買った家がいくらで売られたかとかも全部検索できてしまう。そうしたデータを集めるだけで、今ここに住んでいる人はどれぐらいの資産持っているか、どういう売買をしてきたかがわかるわけです。それとLinkedIn(リンクトイン)やFacebook(フェイスブック)に掲載しているような経歴情報を組み合わせるとどうなるか。その瞬間に、銀行の審査部よりもよっぽどリッチな情報が得られる。インターネットに転がっているわけですよ、しかもタダです。

もっと言えば、アマゾンが僕の購買履歴20年分を分析すれば、いったいどれぐらいのものを買っているか、いくらぐらいのものを毎月買えるかがわかる。銀行審査よりはるかに精緻なプロファイルを取れる。今のフィンテックブームは、ここに目を付けているわけです。仕事が脅かされるような産業はいっぱいある。

人間は、必ず機械を上回る価値を生み出すので、簡単に産業がなくなることはない。ただし大きく変わる。自動車メーカーも、ガソリン車を売っているだけで成り立つと考えている経営者がいたら、それはまずい。みな変化を見据えて新しい取り組みをしないと、アップルやグーグルに根こそぎやられてしまうかもしれない。

山田:アップルは実際に、「タイタン」プロジェクトを立ち上げていますね。「本当に自動車を作るのか」という驚きがあります。

伊佐山:自前といっても人材を引っこ抜くわけですね。たとえばテスラの人もかなりアップルに転籍しています。だから、自動車を作ろうというのは本気でしょう。既存の自動車メーカーは「200人引っこ抜いたってなにもできないよ」って反論するでしょうが、アップルは現金をいくら持っているか知っていますか。トヨタが買えてしまうくらいのキャッシュを持っているわけです。

山田:何もしなければ、これまでの自前の事業は根こそぎひっくり返ってしまう。

シリコンバレーを支社にしてはダメ

伊佐山:そうです。僕の感覚が間違っているのかもしれませんが、いよいよそういう状況になってきたな、と思っています。

山田:そんなシリコンバレーの最前線を押さえたうえで、仕事をするためにはどうすればいいのでしょうか。

伊佐山:今まではシリコンバレーや米国に拠点を置いたとしても、営業の拠点だった。今やっている日本中心のビジネスを地理的に広げるための拠点だったといえます。つねに従属する立場にあったと思います。

しかし、そうではなく本社機能のうち、新しいビジネスを生み出す拠点にする、という考えが必要です。つまり研究開発目線の進出です。これまでは日本の企業はどんな会社であっても、研究開発はあくまで国内だった。研究開発部門があったとしても、シリコンバレーは支社に過ぎなかった。シリコンバレーからは面白おかしい情報は入ってくるんだけど、実際は本社の人は真剣に相手にしない。

よく言うのですが、本社のほうにはキャッチャーがいない。シリコンバレーに駐在しているいいピッチャーが球を投げまくっても、壁に当たってそこらへんに落ちているだけ。駐在モデルはどうしてもそうなってしまう。そうならないようにするには、R&Dのヘッドクォーターをシリコンバレーに移してもいい、というくらいの考えで進出するべきです。

実際、そういう考えを持つ経営者も出てきている。つまり、社長もシリコンバレーには定期的に行かなきゃいけない。必要になったらシリコンバレーに引っ越したっていい。実際、ソフトバンクの孫さん、楽天の三木谷さん、LIXIL(リクシル)の藤森さん、ソニーの平井さんもシリコンバレーの住民に近い。これからそういう経営者も増えるかなとも思っています。

センスのいい経営者は、「いやもう俺、引っ越すよ」となるのではないかと思います。世界の標準をリードしている地域をもっと、経営で身近に感じることは、これからますます日本企業の課題になると考えていますし、WiLとしてはそういうニーズを取り込んで、活動の幅を広げていきたいと思っています。 
(記事引用)

アテンション
(2006-06-23 ブロガー記事)   

このところインターネット世界の毀誉褒貶を綴っている。その延長で、では「ネット世界の将来展望はどうなのか」という疑問が湧いてきた。世界の経済政治に大きな影響力を与えるようになったインターネット、10年後のネット世界はどのような変貌を遂げているのだろうか。
「アテンション」が次世代のキーワードになるとの予測がある。いまのところ風説の風上にも上がっていないアテンションだが、いずれ世間で流行言葉になるだろう。
2007GL
「attention」(注目度)は、インターネット世界に広がる膨大な情報の中で何をチョイスするのか、という視点に立ったとき選択肢の要素として「注目」されることが重要であると、アメリカの研究家が指摘した。社会より注目される動向とは取り立てて新しいアクションではない。だが、これまで歴史上で経験したことのなかった世界規模の情報網インターネットがもたらす多様なコンテンツの中で、何が勝ち残るのかという設問に対して、それがアテンションであるとしている。
「インターネットの時代では企業と個人は等価値になり権威の価値は相対的に低下している」、と述べるのは佐々木俊尚氏だが、まったく同様のことを梅田氏も述べている。
それは既にアメリカの一部の人々によって権威というものが疑問視され始めているからだ。
我々一般民は、この権威によって、どれほど媚びへっらってきたことか。その権威の源泉力が一体どこから来ているのかということも知らずに。
その問題の深層にはインターネットに棲む名も無き個人が権威社会とは無縁の場所で饒舌に喋り始めたことが、その既成概念を際立たせたことにある。

権威支配社会で一般の民は、個人主張の場も無ければ機会も与えられていなかった。唯一それを抱かせたメディア世界は、商業主義世界のなかで権威者の一翼を担う「舎人」的存在で君主に対しては従順であった。

したがって下層階級に棲む我々は一蓮托生にあるそれら権威者以下諸々既得権者の思惑に、知るべき情報も与えられていなかった。それがインターネットの新機軸出現によって逆転現象の様相を呈しはじめた。
いまIT・ネットの革命期といわれるが、その逆転現象は始まったばかりである。
個人のホームページが世界規模で日々増え続けているが、そのキッカケは2001年9月11日アメリカ同時多発テロによって湧き起った政治に対する意見交換がwebサイトを加速させたという。

インターネットはもともと法人向け企業を対象としたサービスが主流で10年前に始まった。まだブロードバンドも無かった時代で大手有名企業がいち早く導入し、そこにマイクロソフトのワード・エクセルが定番となりパソコンはマイクロソフトと同義語でさえあった。
ある時代を形成した象徴的な社会現象で、それはかつてのIBMにも似る。時代が移りチープ革命の恩恵も手伝ってパソコンが個人で持てる時代となった。
周辺機器と高性能OSが出回り企業業務パソコンから個人の趣味、高じてそれがブロ仕様にまで発展した。そしてあらゆる「表現能力」がパソコンによってなされいたる所に顔を出すようになる。
梅田氏が指摘する玉石混交の「石」部分が怒涛の如く沸き出したのである。それが今である。
それで判ったこと、これまで我々一般市民がなぞっていた権威とプロフェショナル世界は何であったのか、ということに気付き始めた。
一方的に押し付けられる主観論、流行に乗じて売りつける音楽CDなど、よくよく考えてみれば、それらは偏った価値観で構成され自分個人の価値観とは相容れないものだった、ということに気付いたのである。
それでも全体を支配するカタチは急激には変わらないもので近代社会の基盤である法人企業の力は依然として保たれている。
そこでにわかに問題が浮上した。企業が死守してきた著作権をインターネットを通して大量に放出してしまう若いベンチャー企業に固陋たちが激怒した。
それが自分達には明日がない、という保守的防御が働いた結果と、本人たちは気付いていないか、もしくは保守的意識の原点、「太陽が廻っているのだ」と頑なに主張するのである。
「かつてはテレビがアテンションの王者だった。人々はテレビだけにアテンションしていたのである。インターネットの登場でアテンションがテレビからネットへと少しずつ移りはじめた。このためテレビへのアテンションは相対的に減り始めている」と佐々木俊尚氏は、アテンションされるアーティストとコンテンツがインターネットへと移行していることを詳しく説明している。

それは全部「あちら側」の話で個人の「こちら側」とは無縁だが、ネット世界では「こちら側」個人の恨みつらみを公然にアピール出来ることが革命的なのだ。年間売り上げ5000億円のベンチャー企業とガス代の支払い5000円に苦労している個人では比較すべき基準が存在しない。

そしていま「こちら側」のパソコンが不調だ。前述したが、マイクロソフトの新バージョン「i・e7」をインストールして総てが狂ってしまった。
その対策を講じ契約プロバイダー、パソコンメーカーにサポート連絡をしたが、いずれも解決策を得られなかった。早い話、マイクロソフトの尻拭いまで、当社は出来ません、ということなのだ。それは正論である。OSのインストールは自己責任内において、が原則で総てがその個人が責任を負う。
だが、よくよく考えてみればサービスとは隔靴掻痒、その部分の痒いところに手が届く、という業務である筈で「他社の責任は負いかねます」と断っていたのでは、インターネット「総リンク」世界を人事と思っている、としか思えない。
また、それほど複雑に出来上がっているいるのがパソコンとプロバイダーとポータルサイトとIt産業で、さらに旧来メディアの既得権も絡んでいるから益々複雑怪奇な様相を呈している。 
そんなことより自分のパソコンをはやく正常に戻したい。???
(プロガー引用) 


橋下市長が会見
「私人になるから自由。将来のことは何も約束しない」と含み
2015年12月8日 20時32分 産経新聞
18日の大阪市長任期満了での政治家引退を表明している橋下徹・大阪維新の会代表が8日、最後の定例会見を開いた。市議を激しく批判し“橋下節”を披露する一方、復帰を期待する大阪維新内部の声に応じるように「将来のことは何も約束しない」と言葉に含みを持たせた。

 橋下氏が取材に応じたのは知事・市長をともに制した大阪ダブル選の感想を語った11月26日以来。市長退任後の動向に関する質問が相次いだが、大阪維新内部に待望論がある国政進出については「国会議員なんてできない」と否定した。

 しかし大阪維新が当初は大阪都構想に含めていた堺市の市長選について問われると、「私人になるから自由。何も約束はしない」と含みを持たせる場面も。

 当面は本来の弁護士業に従事しつつ、大阪維新を母体とした国政政党「おおさか維新の会」の法律政策顧問として政治に関与していくことになりそうだ。

 今月18日に退任会見を開く予定だが、知事・市長を務めた8年間を振り返る質問も続出した。市政改革の手法などで対立してきた他会派を「市議は勉強不足」と批判する一方、「でも市議会と話し合う姿勢の吉村洋文新市長はそういうことは言っていないですよ」と記者団の笑いを誘った。

 ダブル選で掲げた都構想の新しい設計図づくりについて「新市長が議会と協議して微修正していく」と述べた。また府市の二重行政解消の方向性については「道筋は付けた」と語った。
(記事引用)
 
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