2016年02月

狂牛病化するメディア
 2016/2/15(月)  その他社会学
オールドメディアはジリ貧
メディア(マスメディア)の劣化が酷い。いうならば狂牛病(狂メディア病?)=中身スカスカ状態だ。
まあ、その原因はいくつかあるだろうが、インターネットの普及がその最たる要因であることは異論を挟まないだろう。
ネット社会の出現によって、これまで普及していた諸メディアのコンテンツや機能が、ネットに奪われ、にっちもさっちもいかなくなっている。
もはや一般人は新聞を読もうという気も、雑誌を買おうとする気も、ラジオを聴こうとする気も、テレビを見ようとする気も、どんどんと失せている。これらに積極的にアクセスするのは、インターネットリテラシーの低い高齢者だけだ。
そこで、いわば「オールドメディア」は、苦し紛れに、こういった安定した視聴者、読者、リスナー層を確保し続けようと、コンテンツをどんどん高齢者向けにしていく。ただし、高齢者がいかに見続けてくれても、この世から真っ先に去って行く世代。
そして、この高齢者層でさえも次第にインターネットリテラシーをそれなりに上げていく。だから、こんな「悪あがき」をやっていってもオールドメディアはジリ貧であることに変わりはない。
そして、このジリ貧が現在負のスパイラルを展開する要因にもなっている。客が取れないから実入りが減る→制作予算が低下する→制作費や給与が引き下げられる→優秀な人材がネット産業などに流れる→コンテンツの質の低下を招く→さらに客が取れないから実入りが減る→高齢者に依存する→尻すぼみになるといった具合に、とんでもない悪循環が続いているのだ。

で、ここで特に注目したいのがコンテンツの質の低下だ。もがくあまり、単なるスキャンダリズム、つまりイエロージャーナリズムや、第三者、もっというと素人による情報の流用という手段に出ていくのだ。で、とにかく儲かりゃ何でもやるというのが、今のメディアの図式なのだ。そして、ここにもネットの陰がちらつく。
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至近の例を見てみよう。
 
その1:甘利明内閣府特命担当大臣の辞任
URへの口利き疑惑によって甘利は大臣辞任に追い込まれる。この授受が存在したこと自体は事実なのだが、問題は、この事実がスッパ抜かれるタイミングだ。金銭の授受があったのは2013年のこと。それを文春が報道したのが今年の一月。これはメディアがよくやる手で、こういったスキャンダルネタを寝かしておいて、大臣になった瞬間報道する。このほうが明らかに注目度が高い。言い換えれば、注目を浴びるのでオイシイからだ。大臣になった瞬間、政治資金不正疑惑が出るのは、こういったイエロージャーナリズム的な心性に基づいている。大臣になって権力を獲得したから、突然「悪代官」に豹変したわけではない。

で、今回文春が、これ以上に悪辣なのが、すっぱ抜きがTPPの最中であったことだ。ご存じのように甘利はTPP旗振りの重要人物。ここで、甘利を引きずり下ろしたら、当然、TPPに大きな影響が出ることは確実(代わりが石原伸晃なら、なおさらか?)。これが、かつてのジャーナリズムだったら、さすがにこのへんは空気を読んでいたはずだ。つまり、TPPが一段落つくまでは報道を控える。いいかえれば、そんな余裕すらないほど、メディアは切羽詰まって自己中になっているということなんだろう。つまりメディアの劣化。

その2:ベッキー問題
これは、他のところでも指摘されていることだが、この報道のアブナイところが全くスルーされている。言うまでもなくベッキーとゲス極の川谷絵音のトークが漏れていることだ(LINE開始当初のイメージキャラクターがベッキーだったのは、なんとも皮肉)。あたりまえの話だが、LINEのトーク内容を外部の人間が第三者が閲覧することは原則不可能だ。可能だとすればパスワード(ディバイス(スマホ、タブレット、PC等)のものと、LINEのもの)を知っている必要がある。どうして、そんなモノをスッパ抜いた文春が知っているのか?可能性としてウワサされているのが、川谷妻が文春にリークしたというものだが(まあ、可能性としてはいちばん、考えられる)、だとすれば、これはほとんどリベンジポルノと同じ構造になってしまう。しかもその場合、片棒を担ぐのが文春という図式になる。そしてプライバシーの侵害。倫理もへったくれもないわけで、やはりこれまたメディアの劣化。

その3:SMAP問題
これはすでに以前、ブログに書いたこと(http://blogs.yahoo.co.jp/mediakatsuya/65983320.html)なので簡潔に説明しておくが、要するにメディアはSMAPを窮地に陥れたメリー喜多川をほとんど非難しなかった。理由は簡単で、ジャニーズの実質女王であり、メディア(とりわけテレビ)に絶大なる威力を持つ喜多川を攻撃したら、ジャニーズから恩恵を受け入れられなくなってしまうと恐れたからだ。カネのためなら権力にも平気で媚びるというジャーナリズムの風上にも置けないことを平気でやる。つまり「強きをくじき弱気を助く」の逆の図式。これまたメディアの劣化。

その4:ネット依存Aーネット住民への無警戒
予算の低下、人材の質の低下が招いたのがメディアによるネット依存だ。一般人がアップした情報を取り上げ、これをメディアに掲載する。かつてコンビニの冷蔵庫にバイトが潜り込んだ事件やペヤングソース焼きそばやマックのハンバーガーへの異物混入などはその典型。これは摘発というものでもなく、個人が気がついてアップしたもの。かつてなら表に出ることはなかったものだ。これ自体は、まあ問題と言えば問題だが、結局これを拡散するのはメディアなのだ。そしてペヤングやマックいじめが始まる。

オリンピックのエンブレム問題も同様だ。この時、エンブレム自体は疑惑があったとしても証拠はない。これをネット住民(この場合、騒ぎたい一部の人間のことだが)が、一斉に非難を浴びせる。そして、これをメディアが拡散する。ネット上で収まっていれば大したことにはならないのだが、メディアは要するにマスメディア。不特定多数にプッシュ的に拡散するシステムを持つ。これによって、問題は一大事となる。この時、いわば魔女裁判+公開処刑が始まるのだ。結局、何の証拠もない状態で佐野研二郎のエンブレムは使用禁止になった。もし、仮にこのエンブレムが使えるモノか使えないモノかをメディアが議論するなら、エンブレム疑惑を騒ぐネット住民の片棒を担ぐのではなく、自らの足と頭を使って、確固たる証拠を示すべきなのだ。ところが、そんなことはやららない。カネはないし、頭もないし、時間もないから。

そして、その際に専らネタとして引用されるのがソーシャルメディア、とりわけ匿名によるモノだ。これらのほとんどは根拠に乏しい。匿名だから何書いても原則オッケーだからだ。そして、これについてもメディアは言質を採らず、スキャンダリズム、イエロージャーナリズムに基づいて、これを大々的に取り上げてしまう。つまり、メディアの劣化。

ちなみに天に唾するようだがBLOGOSなどのブログとりまとめサイトのエントリーをそのまま引用したりするのも、この「省エネ」「横流し」の典型的な手法の1つだ。ちなみに、ぼくが「天に唾する」と言ったのは、このブログをメディアがチェックして、僕にコメントを求めてきたりすることを指している。まあ、ブロガーのブログを引用したり、ブロガーにコメントや執筆を求めてきたりするのはよいけれど、その前に自ら勉強して、こちらからは「参考意見を聞く」ぐらいのことはやってほしい。ヘタすると丸ごと掲載したり、こっちの説明を全面的に採用するなんて輩も存在するのだ(そのまた逆で、自分が初めから表現したいことがあり、それに適合することをブロガーにたずねてくるなんてパターンもある。これもジャーナリズムからはほど遠いところにある営為と言えるだろう)。

そういえば、コメントを求めてきた局スタッフや記者に、思わず説教を垂れたなんてこともあったっけな?こんなことをやる僕を「ウルサイオヤジ」くらいに一蹴するパワーがあれば、まだいいのだけれど、素直に聞いてこっちが言ったことをそのまま掲載したり、何を言っているのかわからないらしく、困った顔をして目を白黒させたり。

その5:ネット依存Bーネットコンテンツのコピペ
ネットからのコピペも非常に多い。典型的なパターンがTVによるYouTubeの動画からの流用だ。この中から面白そうな、いや、閲覧数の多い動画(「面白い」の基準がわかっていないので、専ら閲覧数に頼っている?)をそのままコンテンツにしてしまうのだ。これを十数本程度取り上げ、スタジオ(会場)にひな壇を設けてタレントをならべ、適当にコメントさせれば、廉価、省エネ、簡単企画な、お手軽90分スペシャルの一丁上がりとなる。つまり、何の工夫もやっていない。コンテンツをネットに丸投げしているだけ。ただし、YouTubeをよく閲覧するネットユーザーは、その多くをすでにチェック済みなので、原則、こう言ったコンテンツはスルーする。そう、やっぱりメディアの劣化。

そしてメディアは狂牛病化する

なんでこんなことになるんだろうか?実はこれ、構造的な問題だろうと、僕は踏んでいる。メディアに従事する人間は実のところ、こういうふうにとんでもないことをやっていることに気づいていない。「周りがあたりまえのようにやっているから、自分もやっているだけ」。経費が削られて仕事に忙殺させられるようになったのだろうか?仕事の処理、仕事をこなすことだけに追われる状況に追い込まれたメディア関係者は思考を停止させる。そして気がつけばカネの隷となっている。つまり経済原理がプライオリティーファーストとなってコンテンツ作りを推進するようになっている

こうなると収益の悪化→ネット依存→コンテンツの劣化という負のスパイラルは無限の連鎖を発生させ、気がつけばマスメディアというシステムの脳はスカスカのスポンジ状に、つまり狂牛病ならぬ「狂メディア病」化するかもしれない。というか、そういった事態はとっくに始まっていると考えるべきなんだろうが。つまり既製の使い古された形式に情報を流し込むだけの作業がひたすら続く。

おそらく、というか、ほぼ確実にこれらオールドメディアはネットというニューメディア=ブラックホールに吸い込まれていくのだろう。いいかえればスカスカになった脳が今度はそのセル=形式それ自体も崩壊させていく……その日はそんなに遠くないと、僕は読んでいる。
(記事引用)

海越しに電波を飛ばせ! 「世界遺産・屋久島でスマホが使える」を実現した驚愕のアイデア
2015/10/29  KDDIホーム
2015年7月、福岡県の官営八幡製鉄所や「軍艦島」の通称で知られる長崎市の端島炭坑などの23施設が「明治日本の産業革命遺産」として新たに世界遺産に登録され、話題を呼んだのは記憶に新しい。
これによって日本における世界遺産登録数は19となった。そのうち、景観や生態系が対象となる自然遺産は「知床」「白神山地」「小笠原諸島」「屋久島」の計4ヶ所。
いずれも手付かずの大自然が残る場所であり、電波が届いていないようにも思えるが、KDDIはエリア対策を行っており、携帯電話やスマートフォンを使用することができる。今回はそのうちのひとつ「屋久島」に焦点を当て、屋久島の自然遺産地域内をどのようにエリア化しているのか、その秘密を探ってみることにした。
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「屋久島」の基地局は「種子島」にある!?

T&S取材班がまず向かったのは、九州の南に浮かぶ島、種子島。古くは鉄砲伝来、そして最近ではロケット発射場があることで知られるこの島に、屋久島で携帯電話やスマートフォンが使える秘密が隠されているという。

種子島に到着後、屋久島をエリア化するプロジェクトに携わったKDDI福岡エンジニアリングセンターの伏見正則と合流。島の南部に位置する携帯電話の基地局に案内してもらい、話を聞いた。


今回の取材には編集部員の大ちゃんも同行。小型のプロペラ機で鹿児島から種子島へ!
種子島から屋久島へ、どうやって電波を飛ばしているのか?

――屋久島の自然遺産地域内をエリア化するため、どのような手法を取っているのでしょうか?

「屋久島は観光地として人気ですが、景観上の問題や電源を確保できないなど様々な制約があり、島内の自然遺産地域内に携帯電話の基地局を設置することができません。また、地形が険しく、島内の他の地域から自然遺産地域に向けて電波を飛ばすことができないという事情もあります。そのため、観光客の方々は、屋久島の美しい自然をスマートフォンで撮影しても、SNSに投稿するなどリアルタイムで共有することができずにいました。そのようななかで捻り出したアイデアが、"島の外から電波を飛ばす"という特殊な手法だったのです」

種子島から電波を発射することで、基地局が設置できない屋久島の自然遺産地域内のエリア化を図った
――えー!? 屋久島と種子島は隣とはいえ、結構離れていますよね。海を超えて電波って飛ばせるんですか?

「種子島から屋久島は約35km離れています。我々が採用したのは、強力な電波をピンポイントで飛ばせる特殊なアンテナ。それを種子島南部の既存の鉄塔に設置し、屋久島に向けて海越しに電波を発射することで、縄文杉をはじめとする自然遺産地域内のエリア化を図ったんです。35km離れた場所に電波を飛ばすのは技術的にとても難しく、角度が1度ずれただけで、狙いたいところから600mほどずれてしまいます。そのため、電波がきちんと届くかどうか、検証に検証を重ねたうえで、工事に着手しました」

アンテナ設置作業の様子。1.5m四方の大きくて重いアンテナを鉄塔の最上部に設置するため、大型のクレーンが用いられた。時折強い雨が降り、作業が中断されることもしばしばだったという

「あの基地局から屋久島へ電波を飛ばしているんです」と胸を張る、KDDI福岡エンジニアリングセンターの伏見正則
――で、実際につながったんですか?

「はい! 自然遺産地域内にあり、それまで携帯電話やスマートフォンが使えないとされていた縄文杉周辺や、九州最高峰の宮之浦岳(標高1,935m)でも、4G LTEがつながるようになりました。昨年(2014年)のゴールデンウィーク前のことです」

――ご自身も現地へ行って確かめられたんでしょうか?

「『えっ、ここでau使えるの!?』。縄文杉周辺でそんな声がまわりから聞こえてきたときは、感動したと同時に、誇らしい気持ちになりました」(伏見)

「種子島での工事を終えた後、屋久島に渡り、縄文杉まで行きました。事前のシミュレーションで、つながる確証はありましたが、実際につながっているかどうかは自分たちの目で確かめる必要がありますから。縄文杉は屋久島の森の奥深くにあり、登山口から片道5時間、往復10時間の道のりです。私自身、登山の経験はなく、道中はとてもツラかったのですが......。さらに、屋久島は1カ月に35日雨が降るといわれており、全身ずぶ濡れになりました。しかし、縄文杉にたどりつき、スマートフォンに目をやると、4G LTEの表示が! いやぁ、感動しましたね。それまでの苦労が一瞬にして吹き飛びました。それから数カ月後、宮之浦岳にも登り、そこでもつながっていることが確認できました。そのときはたまたまガイドさんがauをお使いで、『それまでは縄文杉や宮之浦岳ではケータイがつながらなかったので、使えるようになってとても助かっている』とおっしゃってくださいました」

"つながらない"を"つながる"に変えたい――そんなゲンバダマシイに支えられ、通信エリアの整備が行われた、屋久島の自然遺産地域。T&S取材班としても、実際につながるのかどうか、この目で確かめておきたい。種子島での取材を終え、伏見と別れたT&S取材班は高速船に乗り込み、屋久島へ向かった。

種子島の西之表港から屋久島の安房港まで、高速船で50分ほど
いざ、屋久島の世界自然遺産地域へ
AM6:00 
伏見の言葉にあったように、屋久島のなかでも特に観光客から人気の高い縄文杉を見に行くには、スタート地点の荒川登山口から片道5時間かかる。T&S取材班は屋久島到着の翌日、朝4時半に宿を発ち、路線バスと登山バスを乗り継いで、6時過ぎに標高600mの荒川登山口を出発した。

AM6:00、縄文杉登山のスタート地点となる荒川登山口に到着

屋久島までついてきた編集部員の大ちゃん。特に何ができるわけでもなく、足手まとい以外の何物でもなかったことは本人には内緒だ

歩き始めてしばらくは、トロッコ道を進む。かつては伐採した杉を搬出するためにトロッコが使われていたが、現在はその軌道が登山道になっている。

コースの約8割を占めるトロッコ道。枕木に足を取られ、歩きづらい
AM9:00 
3時間ほど歩くとトロッコ道が終わり、そこから先は本格的な登山道に。路面は険しく、勾配は一気に急になっていく。

屋久島の森は緑も空気も濃密。太古から続く自然のパワーを感じる。時折、シカやサルといった野生動物に出くわすことも。

ヤクシカとヤクザル。どちらも屋久島に固有の野生動物
急登を進み、標高を上げていくと、立派な屋久杉が連続して姿を表す。1966年に縄文杉が発見されるまで最大の屋久杉とされていた大王杉もそのひとつ。

推定樹齢3000年、胸高周囲11.1mの大王杉
AM10:00 
大王杉からすこし歩くと、そこから先が世界自然遺産地域であることを示す看板が見えてくる。縄文杉まであとすこしだ。

縄文杉の前で、4G LTEがつながる!

AM11:00 
荒川登山口をスタートしてから約5時間、ようやく縄文杉にたどりついた。標高は1,310m。縄文杉は屋久杉のなかでも最大級の大きさを誇り、樹齢については諸説あるものの、推定で2000年から3000年と言われている。写真では何度も見ていたが、実物を目の前にすると、その迫力にただただ圧倒された。取材で来ていることを忘れて、しばし見入ってしまう。

胸高周囲16.4m、屋久島最大の巨木として知られる縄文杉
そして手元のスマートフォンに目をやると......

つながっている! 4G LTEの表示もバッチリ。たまたまだが、TORQUEの色合いもよく似合っている。

通信も通話も問題なく行うことができた。

屋久島の太古の森の奥深く、はるか昔からそこにある縄文杉の前で、最新のスマートフォンを使い、4G LTEの高速通信ができる。しかもその電波は、35kmも離れた種子島から来ている。そう思うと非常に感慨深いものがあり、"つながらない"を"つながる"へと変えることに情熱を傾ける伏見のゲンバダマシイに感謝の念を抱かずにはいられなかった。......と同時に、これからの帰り道、また5時間も歩かなければならないことを考えると、暗澹たる気分になる編集部員であった。

文:榎本一生 
撮影:松尾 修
(記事引用) 

自由な発想で業績 激動の社会を予見
梅棹忠夫さん死去 2010年7月6日 14時13分 
毎日jp http://mainichi.jp/enta/art/news/20100706k0000e040062000c.html
 

 常識にとらわれないユニークな発想で、民族学・文化人類学から文明論まで幅広い分野に独創的な研究を残した国立民族学博物館(民博)顧問の梅棹忠夫さんが3日、90歳で生涯を閉じた。激動の20世紀にあって、21世紀の今日の世界を梅棹さんほど見事に予見した学者はいないだろう。

もともphoinix2との専攻は動物学。大量のオタマジャクシを水槽で飼って、動きを数理解析した論文で理学博士号を取得した。戦前、調査に訪れたモンゴルで家畜の群れを見て、どういう法則で動いているのかと考えたのがきっかけだった。

 そのユニークな着想は、理系から文系に転じた後、壮大なスケールの比較文明論として結実した。それが現地調査と詳細なデータ収集に基づいていることは見逃せない。

 「戦後提出された最も重要な世界史モデルの一つ」と評された「文明の生態史観序説」(1957年)は、55年にカラコルム・ヒンズークシ学術探検隊の一員としてアフガニスタンなどを訪問し、イスラム文明とヒンズー文明に接したことによって生まれた。

 「情報産業」は梅棹さんの造語で、「情報産業論」(63年)は現在の情報化社会を予見する世界で初めての論文だった。

 梅棹さんはいつも研究仲間をうならせた。京都大人文科学研究所助教授のとき、共同研究をした哲学者の梅原猛さんによると、梅棹さんが何かの都合で中座すると、誰もまじめに話さなくなったという。再び帰ってきた梅棹さんが、思いがけない説を出して会議の結論を一気に覆すことがわかっていたからだ。

 梅棹学の先見性は、固定観念にとらわれない自由な発想から生まれた。21世紀にも受け継がれるべき知的遺産だ。
【佐々木泰造】

梅棹が1955年(昭和30年)に行ったアフガニスタン、インド、パキスタンへの調査旅行の際に、感じたことを体系的にまとめ、文明に対する新しい見方を示したものである。
前半部分にはその旅行の内容をつづりながら、そこで感じた文化性、または日本との差異、そしてそれぞれの文化における価値観が述べられている。後半部分ではそれに基づき、現代でもみられる、「西洋と東洋」という枠組みによって世界を区分することを否定し、第一地域と第二地域という区分で文明を説明した。

それによると、西ヨーロッパと日本は第一地域に属し、その間をなす、広大な大陸部分を第二地域とした。第二地域においては早い時間で巨大な帝国が成立するが、それらは制度などに問題を抱え、没落していくという。
逆にその周縁に位置する第一地域においては気候が温暖で、外部からの攻撃を受けにくいなど、環境が安定している為、第二地域よりは発展が遅いものの第二地域から文化を輸入することによって発展し、安定的で高度な社会を形成できるとした。
当時、この理論は大きな話題を呼び、半世紀以上経ても評価されている。1967年(昭和42年)の中公叢書での刊行時には、序文を小松左京が寄せており、1974年(昭和49年)の中公文庫での刊行時は、谷泰が解説を担当した。

実地調査に基づく考察

前半では実地調査に基づいて筆者が考察した事が述べられる。ここでは主にインド、アフガニスタン、パキスタンに行った著者の体験を元に、日本が急速に近代化した要因と他のアジアの国々がそうできない要因には根本的な違いがあることなどを肌で感じ、本質的に日本は特殊な国なのだという考えを持つにいたる。
その差がどこから生じるのかを次の章では生態学を基盤として考察する。 

文明の生態史観

日本を地理的な座標で考えれば確かにアジアに属するが、日本の文明(ここでは経済、生活水準などを基盤にどの程度高度化しているかということ)を考えると特異に高度化した文明で、東洋という枠組みには到底おさまらない。
そこで新たな視点を筆者は提示する。どの程度発達した文明国であるかということを主軸に世界を第一地域、第二地域という名称を与え、大きく二つに分けるのである。
それは西ヨーロッパの数カ国と日本という高度に発達した文明国家である第一地域、それ以外のユーラシア大陸全土を第二地域とした。
著者は社会の変化、発展には法則があるのではないかと考えている。そのことを生態学の言葉から引用して遷移(サクセッション)と呼ぶ。
サクセッションの理論一種の発展法則で、それを人間に当てはめて考えれば人間発展の法則をある程度つかもうということである。
よってこの理論では 社会主義のような単一的な発展は考えず、 遷移は環境とその社会自体の変化によって起こり、地域により違った発展がありうると考えている。

第一地域は、第二地域の古代文明や帝国にとって辺境の存在であった。
第一地域は第二地域の文化を吸収し、国家を作りはじめる。
第一地域ではその後、封建制が成立していった。また、第一地域は辺境の地域に位置していたため、第二地域が砂漠の民に脅かされるような危険がない。(これについては後に記述)これらの好条件がオートジェニック・サクセッション(文明内部からの変革)を起こさせるのである。
つまり第一地域がブルジョアを育てた封建制度を発展させ、資本主義体制へと移行したことはそれの現れである。それはたとえば宗教改革のような現象であるとか、中世における庶民宗教の成立、市民の出現、ギルドの形勢、自由都市の発展、海外貿易、農民戦争などである。
近代化の後も類似点は多数ある。日本とドイツのファシズム政府、植民地争奪への遅れた参入、また戦後には急速な発展などである。また、日独に限らず、第一地域はみんな資本主義国家であり、過去に植民地争奪戦を行った国家である。

第二地域の特徴

第二地域では古代文明が発達したり、巨大で力をもった帝国が成立したりする。それらは何度も成立と崩壊を繰り返してきた。
中国の数々の帝国やイスラーム帝国がそれである。そこでの専制帝国にも類似点は多い。壮大な宮廷や、非常に大きな領土、複雑な民族関係、辺境の存在、衛星国をもつことなどである。
また第二地域の中には乾燥地帯があり、高い武力をもった遊牧民が出現する。そしてそれが文明や帝国を襲うのである。
それらによって常に政治を脅かされるため、高度な政治体制を築けない。第二地域においては外部に大きな力が常にあるため、アロジェニック・サクセッション(外部からの影響による発展)が起こる。
そのため第二地域では専制政治のためブルジョアが発達せず、資本主義社会を作る基盤ができていなかったといえる。そのため大戦中は大きな軍事力を備える事が出来ず、植民地となってしまう。第二地域においては戦後に独立、革命、内戦などが頻発している。逆に第一地域において一つもそれらが起こっていないことと対照的である。

まとめ

第一地域と第二地域にはそれぞれ共通点があり、それらはその共通点を元に似たような発展過程を経ている。よって西洋と東洋という見方は現在の世界を見る時に有効性は限られており、第一地域、第二地域というように見るのがよりよい見方である。

第二地域では砂漠の嵐のため、文明が瓦解し、遷移をやりなおすと言う原理が文明の生態史観の原理である。この原理は、今西錦司の生態学的遷移理論(山火事や、河川氾濫で遷移が振り出しに戻る)と対応している。文明の生態史観が、梅棹の共時的理論になり、情報文明論が通時的理論になっている。生態学的環境が、制度群・装置群に置き換わったのが情報文明である。

砂漠の嵐が中心だが、海の影響も強調している。また、宗教ウイルス説を提唱し、文明要素の遷移を具体的に扱っている。

文明の生態史観に対する反応

文明の生態史観が出版されたとき、大きな反響が起こった。他の観点から応用発展させた論考が、中央公論社で1990年代以降、『文明の~~史観』として多数発刊された。
川勝平太『文明の海洋史観』、安田喜憲『文明の環境史観』、村上泰亮『文明の多系史観』、森谷正規『文明の技術史観』などである。

いっぽう、生態史観に対して反論も多くある。第一地域の発展を梅棹自身はオートジェニック・サクセッション(自生的発展)を起こした結果と述べたわけだが、それらが本当に自生的であったとはいえない(日本近代化を例に取れば、西洋列強の圧力を受けて明治維新をしたといってもよい)という反論がなされた。
地域に関しても大雑把過ぎる記述であり、アメリカが言及されていなかったり、東南アジアを梅棹氏は第二地域に入れているわけだが、それは上記の第二地域の特徴に当てはまらない場合が多く、もう一つの独立した地域ではないかという議論も出た。
川勝平太『文明の海洋史観』では生態史観が海の存在を考慮に入れていない点を指摘し、新たに海上交流を加えた発展した史観を唱えた。
こうした議論が様々に行われており、文明の生態史観が与えた影響の大きさをうかがわせる。ただし、文明の生態史観には、海の形態による文明の相似の記述や、海と文明に関する梅棹とそのグループによる多くの研究がある。
(ウィキペディア記事引用)

おじいちゃんのセックスライフ
Author: 藤島佑雪
2016-01-06 The Old Man and...
年をとれば煩悩から解放されると思っていましたが、どうやら年齢に関係なく煩悩まみれの人もいるようです……。

9月21日は敬老の日でしたね。ってことで、今回は老いてからの性について、です。わたくしを口説いた最高齢の方は今のところ85歳。23歳ほやほやヘルプのときでしたね。銀座のお客さまのご親戚の方で、一度数人でお食事をして、後日、道でばったり遭遇。ノリで居酒屋に入ったんですけど、今思えば、男性誌が推奨するカウンターで横並びでした。で、エッチな質問ばっかりしてきた挙句に「ホテル行こう!」と。

その方、顔立ちも整っていて、髪もフサフサですごくかっこいいんですよ。昔、某首相の秘書官だったこともあり、相当稼いでいたこともあったらしく、「そのコート素敵ですね」と褒めると「これ? 50年前につくったビキューナだよ」ってスルッと返ってきたり。でも、手の甲には血管とシミが浮いてるし、早い話がおじいちゃんなわけですよ。それなのに、やけに口調に熱がこもっているので、まずいなあと。適当に冗談にするしかないと「またまた〜、そんなこと言ってできないでしょ〜(笑)」なんて茶化すと、「いや! もう勃ってるよ! 半勃ちだよっ!」って。本当だからって、わたくしの手を股間にもっていこうとする握力の強さ! 怖かった〜。あっ、男なんだって思い知らされましたから。

その反動で床に落とした割り箸を「どうぞ」と即座に拾ってくれた隣の中年男2人組をはじめ、まわりの男客たちの「おじいちゃんファイト〜!!」という心の声援で、店中が埋め尽くされてましたよね、あのときは。きのう死んでてもおかしくない老人が若いムスメに果敢に挑みかかっていたわけですから。

わたくしって20代はめちゃめちゃモテたんですよ、おじいちゃんに。で、わたくしが、おじいちゃんも男なんだ!ってことに気がついた、My firstおじいちゃん事件が85歳居酒屋事件の前に起こってまして。その方はクラブのお客さまで、当時60歳。

ユンケル4本飲んだから

国会の証人喚問に呼ばれたり、捕まったりしてたんですが、合間によく同伴してもらってたんです。なんでも好きなもの食べなさいって言ってくださるので、伊勢海老のお刺身を頼んで、その殻でお味噌汁をつくってもらって、このわたと一緒にごはんを食べるというのが定番でしたよね。お孫ちゃん並みにやりたい放題にさせてくれて、いい方だったんです。

で、ある土曜にお寿司屋さん貸切で、横綱とディナー! みたいなお振る舞いをしてくださり、その後バーに場所を移したんですよ。「朝が早いので」と横綱退散。その直後、思い知らされましたよね。いや、今は60歳なんてまだまだ男だってわかってますよ。でも、23の女からすると、60って押しも押されもせぬおじいちゃんじゃないですか。まさか口説かれるなんて想像したこともない。そこへ「明日の朝食はどうする?」。きましたよ。さらに追い打ちをかけるように「ユンケル4本飲んだから」。

がーん! 「あ、あの、今日はか、帰ります」とひと言発するのが精一杯でしたね。なにせ、その風貌から密かに「骨皮スジ衛門」と呼んでいた方から奇襲を受けたわけですから。翌週の飲み会で同世代の男の子に事件のことを報告。「わたし、一体何されるとこだったんだろ〜」に対して、「される、じゃねーだろ、お前がするんだよ」とさらに真理を突きつけられ、おじいちゃん、侮れぬ! の思いを新たにしたのでした。

そんなこんなの未遂も含め、わたくし人生修行がまだまだなんですね。まだ還暦を過ぎた方とはイタしたことがございませんの。去年までお付き合いしていた方は59歳だったんですけど、惜しいところでお別れしてしまったのでね。ご参考までに、元カレは59歳おクスリ未使用。調子のいいときは2回戦ありーので素敵なところを見せつけてくれてたんですが、高血圧でドクターストップがかかったことも。お友だちには70オーバーの彼氏持ちもちょいちょいいます。

でね、どんなに元気でも年寄りは年寄り。血圧だ痛風だ糖尿だって、何かひとつは持病を持ってるのがスタンダードなわけですよ。「終わった後、彼の喉がヒューヒュー鳴ってて、このまま死ぬんじゃないか」って心配した友だちにお医者さまの紹介を頼まれたこともありました。おじいちゃんにも性欲はあります。おクスリの力を借りれば挿入もできます。でも、やっぱり命がけ。それでも女を愛せる男でいたい。男のひとは、そんなおじいちゃんのまま、往生できたら本望なんでしょうね。
(記事引用)    

政治と麻薬は無縁?
テミスコ市のジセラ・モタ市長暗殺 政府の軍隊より金持ちな麻薬組織
2016.01.09
ザ・リバティWeb
メキシコのテミスコ市のジセラ・モタ市長がこのほど、自宅に侵入した暴漢に暗殺された。モタ氏は、犯罪や麻薬組織を厳しく取り締まることを約束して市長に当選。暗殺のわずか1日前に就任したばかりだった。
メキシコは以前から、南米で生産され、アメリカに流入する麻薬の通り道となってきた。麻薬組織は、メキシコの貧民層を、「運び屋」や殺し屋として雇うことが多い。多くの麻薬組織が暗躍しており、8つの大きな組織が、麻薬ルートやナワバリを確保しようと、現在、抗争を繰り広げている。 
2006年にメキシコ軍が麻薬組織撲滅に乗り出して以来、「麻薬組織が軍に仕掛けるゲリラ戦」が、治安をさらに悪化させている。数字を見ると、治安の悪さが一目瞭然だ。さらに06年から13年の間に、麻薬組織同士のナワバリ争いや、政治家、ジャーナリスト、警察、そして、軍などに対する攻撃で、推計12万人が殺害され、2万7千人が行方不明になっている。
(記事引用)

その事件がこの日本に、即反映されるなんてことは誰も考えないが、「元プロ野球選手・清原和博容疑者覚せい剤所持による逮捕」があったばかりだ。

花形スターの末路的シナリオとして、世間は傍観しているが、薬物汚染は確実に進行している。 

2.3日前の話しで、自民党の谷垣禎一幹事長が5日の記者会見で、夏の参院選の比例代表候補としてダンスボーカルグループ「SPEED」メンバーの今井絵理子氏(32)を擁立する方向で調整していることについて、『SPEEDって何』なんてことを言った、として揚げ足をとられ、井戸端会議の話題を提供したようだった。
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それを訊いていて、「いや自民党もヨ~やるは」と、感心した。いやどんな選択肢より格段にそれはヒットする。もともとダンスボーカルグループ「SPEED」メンバーなんだから、役者に不足はない。なんでってぇ、SPEEDだから。

スピードってシャブの隠語からきてるって知ってた。そうそうあの清原和博容疑者が所持していた<それ>!。
いや今井絵理子氏が、それだってことじゃなくてねぇ、=皆(自民党役員?)から『時代遅れ』『娘に聞け』など罵詈讒謗(ばりざんぼう)を浴びせられた」と“反省の弁”を語った。ただ、今井氏の擁立については「私は存じない」とけむに巻いた。
=とかなんとか谷垣氏の罵詈讒謗中傷している連中が、そんなこと知っているかそうでないのか、って話しでさ。

まあ政治家同士ばかしあいの魑魅魍魎だから、人をコケにするには、その分の担保が必然だったりとかさ。

じゃないと「テミスコ市のジセラ・モタ市長暗殺 政府の軍隊より金持ちな麻薬組織」みたいなヒットマンに狙われるし。

いま日本は平成の民主主義国家だから暗殺されやしませんけどね。明治維新や、その後の2.26事件など、血気多感な若手将校が、思想的に染まって政府要人軍部中枢要職者を殺したのは、現代のセラ・モタ市長暗殺と、その理由は近似しているような気もする。

麻薬取締法と大麻取締法
モルヒネ、コカインなど麻薬に関する単一条約にて規制されるもののうち大麻を除く。それに加えて、向精神薬に関する条約の付表Iに対応したもの。ほとんどが幻覚剤である。

メタンフェタミン(英語: methamphetamine, methylamphetamine)とは、アンフェタミンの窒素原子上にメチル基が置換した構造の有機化合物である。
 
間接型アドレナリン受容体刺激薬としてアンフェタミンより強い中枢神経興奮作用をもつ。日本では商品名ヒロポンが販売されているが、「限定的な医療・研究用途での使用」に厳しく制限されている。
また、強い中枢興奮作用および精神依存、薬剤耐性により、反社会的行動や犯罪につながりやすいため、日本では覚せい剤取締法により覚醒剤に指定されている。

向精神薬の規制強化 覚せい剤取締法

第二次世界大戦後の1946年(昭和21年)1月22日には、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)からの麻薬統制の指令を受けての、麻薬取締規則(ポツダム命令)を制定する。

1948年(昭和23年)には旧麻薬取締法が制定され、1953年に新麻薬取締法となった。大麻は、麻繊維の産業があることから、1948年に大麻取締法として別個の法律として制定された。

1950年代初頭には、戦時中に工場などで使われた覚醒剤が大量に市場に放出され、国際的にも最も著名だとされているようなメタンフェタミンの乱用が流行した。これに対して1951年に覚せい剤取締法が制定された。

覚醒剤(かくせいざい、英:Awakening Drug、「覚醒アミン」とも)とは、アンフェタミン類の精神刺激薬である。
脳神経系に作用して心身の働きを一時的に活性化させる(ドーパミン作動性に作用する)ため、覚醒剤精神病と呼ばれる中毒症状を起こす。それに伴い、乱用・依存を誘発することがある。この薬剤の定義として、広義には中枢神経刺激薬を指したり、狭義には覚せい剤取締法で規制されているメタンフェタミンとすることもある。
 
覚醒剤という名称は、元々は『除倦覚醒剤』などの名称で販売されていたものが略されたものである。この『除倦覚醒剤』という言葉は戦前戦中のヒロポンなどの雑誌広告などに見受けられる。健康面への問題が認識され社会問題化し法規制が敷かれる以前は、現在の覚せい剤として指定されている成分を含んだ薬品は、疲労倦怠の状態から回復させ眠気を覚ますための薬品として販売されていた。
覚せい剤取締法で規制されている薬物として、『フェニルアミノプロパン』すなわちアンフェタミン、『フェニルメチルアミノプロパン』すなわちメタンフェタミン、及びその塩類やそれらを含有するものがある。後述の法規制に詳しい。
これらは、一般に、数度の使用によって強い嗜好性が生じ、習慣性の依存状態となりやすい。日本では他の麻薬と区別され、所持、製造、摂取が厳しく規制されている。フェニル酢酸から合成する手法が一般的であるが、アミノ酸のフェニルアラニンを出発物質として合成することもできる。

日本の法律
 
日本では、第二次世界大戦後に、アンフェタミンと特にメタンフェタミンの注射剤の乱用が問題となった。このため、1951年(昭和26年)6月30日に覚せい剤取締法が公布される。「日本の法律上の覚醒剤」が規定されている。
第二条 この法律で「覚せい剤」とは、左に掲げる物をいう。
一 フエニルアミノプロパン、フエニルメチルアミノプロパン及び各その塩類
二 前号に掲げる物と同種の覚せい作用を有する物であつて政令で指定するもの
三 前二号に掲げる物のいずれかを含有する物
— 覚せい剤取締法
第二条で指定されている薬物は、「フェニルアミノプロパン」すなわちアンフェタミン、「フェニルメチルアミノプロパン」すなわちメタンフェタミン、またその塩類である。第三条に規定されるように、医療および研究上の使用は認められている。
日本の法律における規制対象としての、麻薬及び向精神薬取締法(麻薬取締法)における法律上の麻薬とは異なる。法律に関しては後述の法規制の項にも詳しく記載する。

私的研究会の定義
覚醒剤研究会による定義は、広義にはカフェインやコカインも含む脳内を刺激する中枢神経刺激薬であり、狭義には覚せい剤取締法の規制対象のアンフェタミンやメタンフェタミンなどである。しかし、アンフェタミンは日本ではあまり使用されていないため、日本における覚醒剤の歴史解説では便宜的に狭義の覚醒剤をメタンフェタミンに限定している。

覚醒剤という名称は、元々は「除倦覚醒剤」などの名称で販売されていたものが略されたものである。この「除倦覚醒剤」という言葉は戦前戦中に、メタンフェタミン製剤であるヒロポンなどの医薬品の雑誌広告などに見受けられる。健康面への問題が認識され社会問題化し規制が敷かれる以前は、取締法において指定されている成分を含んだ薬品は、疲労倦怠の状態から回復させ眠気を覚ますための薬品として販売されていた。

覚醒剤(アンフェタミン、メタンフェタミン、また粗悪な闇流通品はカフェインなど他の成分が含まれる)の俗称は、日本では、「シャブ」、「スピード」、スピードの頭文字である(エス)、「アイス」などがある。
比較的大きい単一の結晶状のものは「ガンコロ」と呼ばれ、乱用者や密売人に特に好まれる。「シャブ」の由来は、「アンプルの水溶液を振るとシャブシャブという音がしたから」という説や、英語で「削る、薄くそぐ」を意味する「shave」を由来とする説、「骨までシャブる」を由来とする説や、「静脈内に投与すると冷感を覚え、寒い、しゃぶい、となることから」という説もある。
「人生をしゃぶられてしまうからである」と発言した裁判官もいる。
覚醒剤を小分けにするビニール製の小袋は「パケ(packet)」と呼ばれる。静脈注射で摂取する方法は「突き」などと呼ばれ、使用される注射器は「ポンプ」、「キー」などと呼ばれる。
第二次覚せい剤乱用期までは「ガラポン」と呼ばれるガラス製注射器も多く使用されていたが、第三次覚せい剤乱用期の現在はインスリン注射用の使い捨てタイプを使用するのが主流となっている。覚醒剤をライターなどで炙って煙を吸引する摂取方法は「炙り」と呼ばれ、近年はこの摂取方法での乱用が増えている。
乱用者はヒロポン中毒を意味する「ポン中」や「シャブ中」などと呼ばれる。
(引用ウィキぺデア)


「アイドルオタク」石破茂氏、今井絵理子氏擁立に期待感 
三原じゅん子氏ら女優出身議員をスラスラと列挙「大勢存じ上げている」
石破茂氏 産経ニュース

 石破茂地方創生担当相は5日の記者会見で、自民党が夏の参院選にダンスボーカルグループ「SPEED」のメンバー、今井絵理子氏を擁立する方向で調整している状況に触れ「国会議員として立派な仕事をしていただくことを第一に、知名度を生かしてわが党の党勢が拡大し、日本国の発展に寄与するようなら非常にいいことだ」と語った。

 アイドル好きで知られる石破氏は、扇千景元参院議長、故・山口淑子元参院議員、三原じゅん子参院議員と、女優出身議員をスラスラと列挙。「知名度だけに頼らず、議員として立派な活動をされた。今挙げた方以外にも大勢存じ上げている」と胸を張った。

 ただ、今井氏については「沖縄の方だ」というだけで「個人についてはあまりよく存じ上げないので言及しかねる」と述べるにとどめた。
(記事引用)

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