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『二つの川の間』という意味のメソポタミア(現在のシリアやイラクの地方)の神話である。紀元前3千年頃のシュメール文明で生まれたシュメール神話を起源とし、バビロニア王ハンムラビがアッシリアを制圧した紀元前1750年頃に成立した。その中には一部、旧約聖書の創世記モデルとなったような部分も存在する。(ウトナピシュティムの洪水物語がノアとノアの箱舟の大洪水物語の原型となったとする説もある)。この神話で有名な部分は天地創造や半神の英雄ギルガメシュの冒険などが挙げられる。(検索ウキペディア)

2016年09月

アメリカの子供はなぜスナップチャットにハマる?
米国おっさん記者が解説
2016/07/23 17:00 Forbes JAPAN 編集部 , FORBES JAPAN
最先端のSNSを使いこなしていると自負する大人は、ティーンエイジャーの流行を追いかけているだけなのかもしれない。スナップチャットを利用する大人の数が急増しているのが良い例だ。10代のユーザーたちは、自分の両親がスナップチャットを使い始めたら興ざめするに違いない。
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かく言う筆者も、先日スナップチャットを巡って10代の息子2人から冷たい視線を浴びた。筆者はこれまで、息子たちをフォローする以外はスナップチャットを使ったことがほとんどなかった。息子たちは親からアプリの利用方法を聞かれてあからさまに嫌な顔をしたが、しぶしぶ絵文字やスタンプ、フィルターの使い方を教えてくれた。筆者は、スクリーンショットを撮影すると相手に通知が届くことを息子たちから教わって愕然とした。

inRead invented by Teads

「ママには内緒にしておいて。ママは僕らに気付かれているとは知らずに、いつも僕たちの画像をスクショしてるんだ」と息子たちはせがんだが、妻には至急知らせないといけない。

35歳以上の利用者も14%に急増

comScoreによると、3年前まで25~34歳のモバイルユーザーに占めるスナップチャット利用者の割合は5%で、35歳以上になるとわずか2%に過ぎなかった。しかし、現在では前者が38%、35歳以上が14%まで急増している。

18~24歳の利用率もこの3年で24%から69%に増えており、親世代が利用し始めて以降も、若者たちがスナップチャットを使い続けていることが分かる。若年層のフェイスブック離れが進んでいるのとは対照的だが、それはスナップチャットがフェイスブックにはない魅力を持っているからに他ならない。

若者のフェイスブック離れは加速

その一つは、広告の少なさとさっぱりした画面だ。さらに、10代の心を掴んでいるのは、投稿した画像や動画が自動的に消去される機能だ。2013年にcomScoreが調査を開始した当初、若者たちはこぞってフェイスブックを退会し、スナップチャットを使い始めていた。現在でも彼らは瞬間的に楽しむことのできるスナップチャットを好み、フェイスブックには見向きもしない。

筆者の17歳になる息子も、「スナップチャットの方がフェイスブックよりもユーザー体験が優れている。僕は1時間のうち30分以上スナップチャットを使うけれど、フェイスブックは多いときで5分しか使わない。スナップチャットは、フェイスブックのように広告で溢れていないのがいい」と話す。

スナップチャットの現在の評価額は200億ドル。DAUは1億人で1日の動画再生回数は100億回に達する。今後、同社が売上高3億ドルといった高い目標を目指すとなると、今よりも積極的に広告を表示するようになり、若者たちをがっかりさせるかもしれない。

急増する大人ユーザーの存在も、広告の増加を後押しすることになるかもしれない。「若者たちには内緒だが、我々おっさんたちはスナップチャットを“da chat”(daはtheのスラング)と呼び、スラック上でよく盛り上がっている」とウォールストリート・ジャーナルでテクノロジー系のコラムを執筆するクリストファー・ミムスは話す。

親子でスナップチャットを使う人も

一体なぜ、ミレニアル世代が今になってスナップチャットにハマりだしているのだろうか。その大きな理由の一つは、スナップチャットがストーリー機能やレンズ機能に加え、同じライブ会場にいるユーザー同士が画像を共有できる機能など、ユーザー同士のエンゲージメントを高める新機能を次々と追加してきたことにある。作家のC.C.チャップマンは次のように話してくれた。

「私がスナップチャットを使い始めたとき、子供たちは信じられないといった様子で首を横に振りました。子供の友達が私をフォローしはじめたことには特に腹を立てていました」。チャップマンがスナップチャットを利用する目的は、より多くの人たちとつながり、自分について知ってもらうためだという。一方で、わが子との関係性を深めるためだけにスナップチャットを利用するユーザーも少なくない。ライフスタイル系ブロガーのシュガー・ジョーンズもその一人だ。

「子供たちは最初は親とのやり取りを気味悪がっていましたが、今では画像を送り合ってお互いに腹を抱えて笑っています。スナップチャットは最高です」と彼女は話す。
(記事引用)

「テレビが沈黙」というメディア側の豊洲取り扱い方
今回、あまりにショッキングなケースが噴出しているだけに、その「ネタ」に振り回されて、肝心のその「ネタ」を誰が掘り起こして、だれが先陣を切って暴露したか、という「メディアの正しい姿勢」が論じられていない。(地下水汚染は共産党調査結果による)

個人的には、先日、こうしたケースが顕著であったので「あんたら恥ずかしくないの」と捨てゼリフを吐露したが効力はなかった。

所詮、「犬ネコ」の遠吠えでしかないと思っているのだろう。それとまったく同等の意見記事があったので下記引用した。内容はその趣旨主張とも寸分違わぬものである。

もののついでということもあるのでこの際いってしまおう。記事に指摘される内容は付和雷同的なその報道姿勢に対して、文句をいっているのである。
さらに、普段ネット
界隈でうるさくトーキーしている論客といわれた何人かも、それにならって寡黙している論客もいる。

その中の一人「橋下氏」については、小池氏のやり方に不満意見を述べたが、その見立てが結果的に違っていた、としてネット上で謝罪文を載せた。自らを「
無責任な小金稼ぎのコメンテーターだ」と自虐反省文を載せた。

ネット言論と云えどもそれを読んで信じているいる人も世間にはいっぱいいるわけだし、迂闊なことは云えない。かりに迂闊なことをいってしまったら、そそくさと認めて姿勢を正せば世間は相応に対応するだろう。
最悪なパターンとして、スーパー台風力を恐れて納戸に潜み、じっとしていれば強風が通り過ぎてわからない、と思っている姑息タイプ、1文字○円で依頼文を書き媚を売って高額所得を得ているやつは、いずれ天の声が下る。

石原氏の恐れた「伏魔殿」どころではなく、その10倍100倍の力をもった・・が天から降臨してきてお告げする。

「ヌスの言に偽りはないな」
?とね。これを読んでドキッとした人間は要注注意のこと。

盛り土で慎太郎の責任にテレビが沈黙
リテラ >社会 > ジャーナリズム > 2016.09.16文 宮島 みつや
 豊洲盛り土問題で犯人が石原慎太郎だとわかった途端、ワイドショーが一斉沈黙!「下から聞いただけ」も嘘だったのに  
大騒動となっている東京・豊洲新市場の「盛り土」問題だが、その“戦犯”について、東京新聞15日朝刊が重要なスクープを報じた。豊洲新市場の主要な建物の下に盛り土がされていなかったことについて、石原慎太郎元都知事が在任中の2008年、現在地下にたまっている強アルカリ性“汚染水”の元凶と見られている“地下コンクリート箱”案をゴリ押ししていたことがわかったのだ。
 石原氏は08年5月16日の会見で「もっと費用のかからない、しかし効果の高い技術を模索したい」と説明。その後、専門家会議の座長が「新しい方法論を試すにはリスクが高い」と指摘したのに、同23日には「その人の専門性というのはどんなものか分からない」などといちゃもんをつけた。さらに、専門家会議が盛り土計画を固めていたにもかかわらず、同30日には「コンクリートの箱を埋め込むことで、その上に市場とかのインフラを支える、その方がずっと安くて早く終わるんじゃないか」と持論を展開していたのだ。
 これはどう考えても、石原がゴリ押しする“コンクリ箱構想”を役人が忖度して、本来、盛り土になっていなければならない地下空間が“ナゾの水浸し”となる異常事態になったと見るべきだろう。
 しかも、石原氏はこの3日前、BSフジ『プライムニュース』に出演し、こんな強弁をしていた。
「僕は騙されたんですね。言葉は悪いかもしれないけど、めくら判を押されたというか、つんぼ桟敷に置かれたっていうかね。結局ね、してない仕事をしたことにして予算出したわけですから、その金どこ行ったんですかね」
 次々と障害者差別を助長する表現を繰り出す様にも呆れるが、しかし、在任中に自分で注文をつけておきながら、「騙された」と被害者面とは、つくづく、この男は恥というものを知らないのか。
 しかし、この石原の厚顔無知ぶりよりもさらに仰天したのは、テレビマスコミの尻込みっぷりだ。
 連日、あれだけ盛り土問題を嬉々として報じていたワイドショーだが、東京新聞のスクープを受けて朝の情報番組からこの“石原慎太郎の責任追及”でもちきりになるかと思いきや、まったくそうはならなかったのだ。
 朝や昼の情報番組とワイドショーでは、かろうじて『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日)と『直撃LIVE グッディ!』(フジテレビ)が石原の責任に言及したが、他の番組では東京新聞のスクープそのものを完全にネグってしまったのだ。

 たとえば、露骨だったのはTBSだ。『あさチャン!』『白熱ライブ ビビット』『ひるおび!』という午前〜昼帯ワイドショーでは、驚くことに08年の石原発言に一切の言及がなかった。共産党都議による青果棟地下の汚染水調査の模様は長尺で流し、盛り土計画の長年にわたる経緯を詳細に説明したにもかかわらず、である。『ひるおび!』司会の恵俊彰は、都議団の調査に都側が拒否的であることを「ちょっと変な感じですよね〜」と揶揄したが、石原についてまったく触れようとしないTBSのほうが相当に「変」だろう。
 他局も似たりよったりだ。日本テレビの『ZIP!』『スッキリ!!』でも石原への言及はゼロ。読売テレビ『情報ライブ ミヤネ屋』や、フジテレビ『とくダネ!』も同様だった。
 そして、夕方や夜のニュース番組ともなると、さすがに各局とも石原の過去の発言を取り上げ、なかには昨日の午後に直撃した模様を報じる局もあったが、これにしても石原の「豊洲の盲点はなんですか? それも知らずに質問をしないほうがいいよ!」というお得意の逆ギレ、「下から聞いたことをみなさんに報告しただけ」という八つ当たりを垂れ流すだけ。スタジオで司会やコメンテーターらが石原氏を批判する場面は皆無、という状況だったのである。
 翌日になれば、きちんと取材し、追及するのではないかとわずかな期待を抱いていたが、いまのところ、あまり大きく状況は変わっていない。
 たとえば、『羽鳥慎一モーニングショー』は今日の放送で、石原が「下(市場長)から聞いたことをみなさんに伝えただけ」と発言していたことをとらえ、06〜09年に東京都中央卸売の市場長を務めていた比留間英人氏に直撃。比留間氏から「(私のほうから知事に報告したというのは)ちがいますね。知事のほうからこういう話(コンクリートの箱にする工法)を自分は聞いたから検討してみろと(言われた)。(私から石原氏に提案したことは)ありません」「知事からあったお話(コンクリート工法)は採用できませんと私がブリーフィングで話した」という証言を引き出していた。つまり、取材では石原の嘘を完全に証明していたのである。
 ところが、スタジオでは、「たぶん比留間氏のほうが正しいんでしょうねえ」「石原さんの記憶違いかもしれませんね」と言うくらいで、石原氏を糾弾するコメントは一切なし。わずか2〜3分で別の話題に移ってしまった。
『モーニングショー』では前日も、番組冒頭に石原の発言こそ報じたが、司会の羽鳥が「まあ、どうなんでしょうね。広く見ると、空間の使い方というか利用方法が自分が思っていたのとは違っていたという……そういうふうにとろうと思えばとれますけど」と、すかさず石原のフォローに走っていた。
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 繰り返すが、テレビのワイドショーやニュース番組は、ここ数日、この「盛り土」問題を大々的に取り上げ、出演者も「なぜこうなったのか」「誰の指示でやったのか」と犯人探しや縦割り行政批判をしたり顔で繰り返してきた。それが、いざ“石原戦犯”を指し示す証拠が出てきたとたんに、一斉に別人のように黙りこくったのだ。
 ほんの一昨日まで、行政批判に目を輝かせていたテレビはどこへいったのか。この奇怪な状況が意味するのは、やはり、石原批判がいまでも“メディアタブー”になっている、という事実だろう。
 本サイトでは何度か解説してきたが、周知の通り石原氏は芥川賞選考委員まで務めた大作家で、国会議員に転身後は都知事にまで上り詰め、その間、ずっと保守論客として鳴らしてきた。そのため、“作家タブー”のある出版社だけでなく、テレビなどマスコミと非常に密な関係を築いており、日テレなどは幹部がべったりで、テレ朝は石原プロモーションと結びついているため、ほとんど手が出せない。
 この結果としてマスコミの間でできあがったのが、どれだけ石原が税金で贅沢三昧をしても、都政の不透明なカネの動きが判明しても、はては公務のサボり疑惑が浮上しても、ほとんど追及を受けることがないという、グロテスクな“石原タブー”だった。
 今回の東京新聞による石原発言のスクープ前後のテレビマスコミの豹変も、この構造がもろに出たということだろう。
 しかも、これはたんにマスコミのへっぴり腰に呆れ果てているだけでは済まない。実は、石原が“コンクリートの箱”案をもち出した背景には、設計事務所やゼネコンとの癒着疑惑もちらついている。さらに、豊洲新市場をめぐっては業者の落札をめぐる不正疑惑も浮上している。
 しかし、この調子だと、石原タブーとともにこうした疑惑追及そのものがうやむやになってしまいかねないのだ。この国のテレビはいったいどうしてしまったのだろう。
(宮島みつや)
(記事引用)

小池起爆ピンは抜かれた
項目関連ニュースを同系列で展開~


築地移転延期
「豊洲スタートしていたら問題になっていた」「間違った情報、信頼回復と逆行、改めて粛正する」小池都知事厳しい表情
産経ニュース / 2016年9月10日 21時58分

「豊洲市場のスタートを決めていたら、後から課題が出て、大変に問題になっていた」。東京都の小池百合子知事は10日夕に開いた緊急の記者会見で厳しい表情をみせた。

 横のスクリーンには、4・5メートルの盛り土の上に建物が建っている都が作成したイラストが写し出されていた。小池氏は棒で4・5メートル部分を指し示しながら、「ここが抜け、空間になっている」。

 都によると、平成20年7月、専門家会議が汚染対策を提言。その中では汚染対策として、敷地内の表土約2メートルを削って汚染を除去した上で、きれいな土を搬入し、4・5メートル分の盛り土を行うことが盛り込まれていた。だが都はその後に建物設計を実施した際、独自の判断で盛り土を行わないことを決めていた。

 都は、建物床のコンクリートの厚さが35~45センチあり、土壌汚染対策に関する法律の基準は満たしているとしているが、豊洲市場の環境問題が物議を醸す中で議会の質問や報道機関の取材に対して変更を説明することはなかった。

 担当の都幹部たちは「事務的なミス」「思いがいたらなかった」などと語り、過失であることを強調している。だが、小池知事は会見では今後立ち上げる調査チームで、実態とは違った情報発信を続けた経緯などを調べる方針を表明し、静かな口調でこう宣言した。

 「間違った情報を与えるのは都政の信頼を回復することと逆行する。改めて粛正をしていきたい」

パンドラの箱が開いた 築地移転延期の波紋(ルポ迫真) 
2016/9/10 0:20 日本経済新聞 電子版
  「やっぱり行けない」。築地の水産仲卸の団体、東京魚市場卸協同組合(東卸)理事長の伊藤淳一(63)には苦渋の決断だった。都知事の小池百合子(64)が築地市場(中央区)の移転延期を表明した8月31日、市場内の様々な団体を束ねる築地市場協会は、移転延期の再考を求める要望書を都庁へ持っていった。当初は伊藤も同行予定だったが直前に取りやめた。
東卸は600弱の仲卸の集まり。それぞれが市場で魚を仕入れて売る…

小池知事、豊洲の安全性検証 盛り土未実施問題 
2016/9/10 21:16日経 
 東京都の小池百合子知事は10日、都庁で記者会見し、築地市場(中央区)が移転する予定の豊洲市場(江東区)で、土壌汚染対策の盛り土が主要な建物の地盤で行われていなかったと発表した。小池知事は「盛り土をするというこれまでの説明は正しくない。訂正する」と述べた。市場移転で新たな問題が発覚したことで、知事が延期を決めた移転時期にさらに影響が出る可能性もある。

 豊洲市場の盛り土が一部実施されていなかったことについて記者会見する小池都知事(10日午後、都庁)
 
豊洲市場の盛り土が一部実施されていなかったことについて記者会見する小池都知事(10日午後、都庁)
 市場移転は当初11月7日の予定だったが、小池知事は来年1月の環境調査の結果を待って移転時期を判断する。今後の判断への影響については「安全性の確認をしっかりしたい。予断を持たず、色々なケースを考えたい」と語った。

 豊洲市場は土壌からベンゼンなどの有害物質を検出。このため都は有害物質を含む土を除去し、きれいな土を盛る土壌汚染対策工事を実施したと説明していた。しかし実際には主要な建物の地盤には盛り土をせず、コンクリートで塞いだ。

 都は「コンクリートによる遮断でも安全性を確保している」との認識。ただ、過去に土壌汚染を調査した専門家会議はコンクリートによる安全性を確認する前に解散していたことも判明した。

 小池知事は「間違った情報を与えると、都政への信頼回復と逆行する」と指摘。盛り土と安全性の関連について、当時の専門家会議のメンバーから改めて意見聴取する考えを示した。近く発足する市場移転に関するプロジェクトチームでも土壌の専門家を交え、安全性を検証する。

 小池知事は「当時の担当者にも話を聞かなければならない」とも述べ、2011年から始めた土壌汚染対策に携わった都幹部らからも事情を聴く方針だ。

橋下徹氏“小池批判”ツイート連発 築地移転延期で《こりゃ、まずいな》
 2016.9.1 20:04 産経新聞
橋下徹前大阪市長が、東京都の小池百合子知事による築地市場(中央区)から豊洲新市場(江東区)への移転延期方針について、厳しいツイートを連発している。小池氏は「都政の闇」に切り込む都政改革本部のメンバーに、橋下氏のブレーンを抜擢(ばってき)しているだけに、注目だ。

 橋下氏は、小池氏の緊急会見前日(8月30日)から、《小池都知事が築地市場の移転を延期する方針とのこと。こりゃ、まずいな。改革知事をアピールするためだろうが、政治戦略・戦術としては失敗するだろう》と懸念を示していたが、会見当日の31日朝、以下のように書き込んだ。

 《小池都知事の築地市場移転延期は、鳩山民主党政権時の普天間基地は最低でも県外移転、と同じ政治的結末をたどるだろう》

 《築地市場の移転延期には莫大なコストがかかることも認識しなければならない。それは結局都民の負担になる。延期した以上、完全白紙撤回を目指さなければならない》

 《小池都知事が延期判断をするなら延期コストの明示は絶対に必要。それを明示しない延期は都民ファーストではない》

 小池氏の会見があった31日午後から1日午前8時までに、橋下氏の新たな書き込みはない。橋下氏はどう語るのか。

豊洲市場、盛り土されず…小池都知事緊急会見
読売新聞 / 2016年9月10日 23時43分
東京都の小池百合子知事は10日、緊急記者会見を開き、築地市場(中央区)の移転先となる豊洲市場(江東区)の一部で、土壌汚染対策の盛り土をしていなかったと発表した。

 都はこれまで、豊洲市場の敷地は約4・5メートルの盛り土をしたと説明していた。今後、かつて土壌汚染対策を検討した都の専門家会議メンバーに調査を依頼するとともに、移転問題を調査する専門家のプロジェクトチームが安全性を検証する。

 都によると、豊洲市場の「水産仲卸売場棟」「青果棟」など五つの主要施設の地下は、配管や配線が通る空間で、床は厚さ35~45センチのコンクリートで覆われている。土壌汚染対策法の安全基準は満たしているが、小池知事は「都が設置した専門家会議は安全性を確認していない」と問題視した。

 都はこれまで、ホームページなどで、建物の下にも盛り土がある説明図を掲載してきた。担当者は「図は豊洲市場の設計前のもので、更新することに思い至らなかった」などと説明した。
(各新聞メディアより 記事引用)

「小池起爆ピンは抜かれた」より
天皇の「祖」はジンムでありカンヤマトイワレヒコ、【天皇在位期間は、辛酉年(紀元前660年・神武天皇元年)1月1日 (旧暦) - 神武天皇76年3月11日 (旧暦)。】(ウィキぺデア)であると、文献にかかれてる。
古来よりそう信じられてきた。歴史的統治者である武将たちは、この系譜を念頭に置き世を平定してきた。したがって一時「天下人」となったとしても、その上にはさらに「雲上殿」があって、もっと上から俯瞰している存在の「・」がいた。それが天皇である。

では、それはどこからやってきたのか、と問えば、すでにこれも文献に載っている。
神話世界「高天原」より「天孫降臨」(てんそんこうりん、神が天から舞い降りた)によって神の遣いとして、世を統治するために任を与えられた。というさっぱりいえば神託である。

そうして日本国において2676年経過し、諸事が複雑化し、仕事が増え、「もう忙しくてやってらんない」という嘆息的意見が、今回の会見である。

その「祖」の故郷回帰論ではないが、高千穂「高天原」伝説、高天原(たかあまはら)、『古事記』に含まれる日本神話および祝詞において、天津神が・・高千穂神社の「天鈿女命」~。そのことについて語ろうと思う。

意外な展開、強引な起承転結、との反論は必至と読む。まさに2676年の時空を超えて、バーチャルとリアル世界を、映像も動画も3Dも使わず、ひたすら文字のみで 縒り括るという、紀元前のギリシア吟遊詩人の心境だ。


豊洲移転問題にに絡んだ「びっくり玉手箱」開門は新たな展開の様相。その一つに地下汚染物質硫砒鉄鉱ヒ素が隠れ埋もれていた問題。
硫砒鉄鉱(りゅうひてっこう、arsenopyrite)はヒ素と鉄の硫化鉱物。ヒ素の代表的な鉱石鉱物である。硫砒鉄鉱を焼くとヒ素が分離して、猛毒である亜ヒ酸ができる"亜砒酸は宮崎県高千穂町土呂久の鉱毒事件の原因として有名"である。硫砒鉄鉱そのものには毒性はないが、表面に風化によって亜ヒ酸など有害な砒素化合物が生成・付着している可能性がある。手に持った際にはすぐに手を洗浄し、直接口や食物に触れるべきではない。化学組成は FeAsS。純粋なものは鉄34.3%、ヒ素46%、硫黄19.7%の割合である。また、鉄の一部はコバルトもしくはニッケルで置き換えられ、コバルトの割合が大きい種類のグローコドート鉱(glaucodot) との間に連続的な固溶体をつくる。結晶系は単斜晶系に属するが、通常、擬斜方晶系の菱餅型か菱形柱状の結晶で産出される。モース硬度は 5.5 - 6。比重は5.9 - 6.2。へき開は柱状で、断口は不平坦。結晶は金属光沢があり、色は銀白、鋼灰色で、灰色にまたは黄色に変色する。条痕は灰黒色。
(抜粋http://blog.livedoor.jp/raki333/archives/52092596.html

インターネット見出しを被いつくす記事、それは
大変なもんだいか?
それとも、いつもの日本的体質が踏襲されただけか、の問題か、のいずれか、か。という提起をしたいが、まこのまま1年ウヤムヤで収束しそうな気配もなではない。過去の歴史に倣ったらそうなる。

巨額損失という数字
東京ガス工場跡地の豊洲市場予定地の地下水や土壌から、環境基準値を大きく超える高濃度のベンゼンなどの有害物質が相次いで検出された。都は約858億円をかけ土壌汚染対策工事を施した。

2009年2月時点で約4316億円だった豊洲市場の総事業費は、今年2月時点で約5884億円に膨れ上がっている。延期によるランニングコストや補償金を含めれば、予算の上積みは避けられない。
(抜粋記事〆)

なぜ「東京ガス工場跡地」だったのか、という理由が、豊洲移転の争点としてどこにも書かれていない。そのことを主要メディアに問いただしたいが、おそらく、そのからくりまでは知らないだろう。また調べもしないだろう。それを知ってしまったら初めから、豊洲に食品全般市場を作るという発想は上がらない、と。まそれは後にして。

小池都知事は、「大変な問題」として励起したが、おそらく都官僚にしてみれば「女素人ごときが、いらぬことを騒ぎ出して~」と、閉口しているに違いない。

その中で問題の「ドン内田」の振舞いだか、ほぼ頓死状態にいたった、と推測する。

ハコ物建設で客土未処理は業界のよくやる手で、これによって1.2割の工費節減ができる。埋めてしまえば総てが隠される、という安直発想で、昨年のパイル基礎杭虚偽工事が物語っている。

おそらく、それを暗黙裏に知っていたなら、今回それが暴露されたのであり、そこに反論するカードがなくなった、とみるべきだろう。

やや旧いコメントで橋下氏のツイート意見。「移転を延期する方針とのこと。こりゃ、まずいな」と嘆息した、とある。

これを云った時点で、「地盤下層客土」手抜き工事は発覚していない。しかし、これがバレた以上、橋下氏の言論の質も変わるはずだし、また、その意見を貫くのであれば、やはり氏は単なる政治家であり、「民」のために政治をつかさどる立場になかった、と判断される。

というのは、氏が恐れているのは、 約5884億円工費であり、移転中止、無制限延期となると、その額は増え続け、1兆円に届くのは必至だ。
そうなると、一人の政治家、一人の自治体長といえども、その金額と首の価値が測られたとき、バランスがとれるかという話だ。(政治家というのはその額に見合う資産と人間的価値を民に提供できるかという問い)

これはフェクション的プロットだが、この筋を小説仕立てで書くとしたら、暗殺事件が起きる。そのことも世界の歴史が多くの例題小説実話で語っている。また自殺者も数人でる?。
いちばん危ないのは、立ち上げから総てを知っている公人だが、トップ職を経験したこともなく真面目な模範職員だろうと予想?。

そのこともまったく架空のフェクションとして面白おかしく空想を膨らますのはスリリングな話である。
断っておくが、これをもって真相暴露、などという不埒な魂胆はもとよりない。
あくまでもエンターティメントであり読者を歓ばせるためのエセ・ライター、ゴーストライター(この場合の筆者)である。そのことを念頭において読んでもらいたいと思う。

2004年7月~豊洲構想 (資料ウィキぺデア)
★地下には第五福竜丸によって水揚げされた、水爆で被曝したマグロ(当時「原爆マグロ」と呼ばれた)が埋められている問題が存在している
★仲卸店舗の横幅は1.5mで、隣り合った店舗の間には間仕切りの壁がある。マグロを捌く包丁は刃渡り7~80cmで長さは1mほどあり、店内でマグロを捌くことが困難となる。(報道記事ではこれが極端に誇張されている、いまだ使用したこともない施設なのに?)
 
東京都は、築地市場が取り扱い数量の拡大により施設が手狭になった事や、施設老朽化、銀座などに近い築地という立地の良さなどを鑑み、2014年を目処に江東区豊洲への移転を検討していた。
東京都側と築地市場業界との協議機関として、新市場建設協議会が設置され、2004年7月には「豊洲新市場基本計画」が策定された。しかし、移転先の場所が元々東京ガスの施設だった事から、国の環境基準を大きく上回る有害物質(鉛・ヒ素・六価クロム・シアン・水銀・ベンゼンの6種類が国の環境基準を超えており、発癌性物質であるベンゼンにいたっては局地的ではあるが、国の基準の43,000倍である。)が地中にあり、移転反対運動が行われている。
その対応として、2012年度より豊洲新市場土壌汚染対策工事を行っている。なお、環境問題に関しては現在の築地市場でも、地下には第五福竜丸によって水揚げされた、水爆で被曝したマグロ(当時「原爆マグロ」と呼ばれた)が埋められている問題が存在している。
また、築地市場の建物にはアスベストが使用されていたが、現在は健康被害を防ぐための対策がなされている。主要施設においては既に「対策済み」とされている。一部施設(駐車場など)については、吹きつけ材の状態が安定しているなどにより、当面は現状維持の上で「解体時対応」とされる。
土壌汚染対策のために開場時期は何度も延期されている。2014年12月17日、新市場建設協議会は2016年11月上旬に開場し、築地に代わる新市場として発足する事を正式に決定し、その後開場日は11月7日とすること、名称を「豊洲市場」とすることが決定した。だが2016年8月31日、開場は2017年2月以降に延期されることが発表された。

環二通りと東京都市計画道路補助第315号線の交差点を中心に5街区から7街区の3街区に跨がって建設された。東側の5街区に青果棟、西側の6街区に水産仲卸売場棟、南側の7街区に水産卸売場棟および管理施設棟が配置されている。交差点の北東方に市場前駅があり、歩行者デッキで各街区と連絡される。また、交差点に隣接して6街区と5街区に観光客を対象とした商業施設「千客万来施設」が建設される予定。

他市場への転配送施設を設置するなど、首都圏のハブ機能を確立する。搬入から搬出までの一貫した物流システムを確立するなど、取引・物流両面の効率化を図る。高度な衛生管理、よりよい品質管理が可能となる施設整備や体制作りを行うなど、安全・安心の市場作りを行う。買い回りの利便性の向上及び商品や取引情報の提供など、顧客サービスを充実する。
環境負荷の低減、省エネ・省資源を実現する。賑わいゾーンの設置や魅力ある都市景観に配慮するなど、街作りに貢献する市場とする。
以上、豊洲新市場基本計画より。

東日本大震災により築地市場の移転が予定されている江東区豊洲地区が液状化現象に見舞われた。東京電力福島第一原子力発電所事故を受けて来日していたジョージア大学のチャム・ダラス教授が都内各地の放射線量を測定した。その結果、各地で放射性物質は検出されたが、いずれも許容範囲内だった。しかし、新宿区西新宿の都庁前と江東区の豊洲でやや高い数値を検出、豊洲の数値が高い理由として教授曰く「どうやら、第1原発とは関係がなさそうだ。以前の工業地帯時代に原因があるのではないか。いずれにしても、子供は注意したほうがいい」との事である。

床の1㎡あたりの耐荷重が700kgで設計されており、水産物の重量により容易に超過してしまうことが指摘されている。
コールドチェーン実現のため冷蔵倉庫と同様にトラック後部から荷卸しする構造になっており、ウィング車の使用が困難である。築地市場では海水を使用して清掃を行うことにより蛆を駆除してきたが、豊洲市場では腐食防止のため淡水で清掃する。このため、コバエの発生が懸念されている。

築地市場は、当初、列車輸送が想定されていたためトラック駐車スペースは狭小であった。
築地市場が、取り扱い数量の拡大(2005年に2140トンで日本最高)により施設が手狭になったことや1935年(昭和10年)開場の施設の老朽化や違法駐車増加、銀座などに近い築地という立地条件の良さの他目的への利用価値の観点から、道路条件や駐車スペースなど2012年(平成24年)をめどに東京都江東区の東京ガスの工場跡地の豊洲市場への移転が検討された。
東京都は、築地市場の移転先を豊洲にすることは元々反対の立場で築地市場の再整備を始めていたが、営業しながらの再整備工事は完成まで長期間かかり、再整備工事期間中は市場の営業活動に悪影響をもたらすことなどの問題点が浮上し、当初の計画通りに工事を進めることが困難なことから賛成へと変化し、2001年(平成13年)に再整備をやめて豊洲に移転することを決定した。東京都側と築地市場業界との協議機関として、新市場建設協議会が設置されており、2004年(平成16年)7月、「豊洲新市場基本計画」が策定された。
東京都知事・石原慎太郎は「築地は古くて清潔でない。都民や消費者の利益を考えれば、市場を維持するわけにはいかない。ほかに適地はない」と示したこと、2007年(平成19年)の都知事選挙において当選の会見を行った石原が、築地市場には大量のアスベストが存在しており移転は必要と発言している。

反対意見
(海軍の毒ガスや化学兵器の研究を行う「技術研究所研究部化学兵器研究室」等)
(カッコ内筆者記入)

 
移転先の場所はかつて「東京ガス」の施設があり、それによる土壌汚染が判明している(東京ガスから東京都側にはそのことの説明が行われており、東京都は承知していた)。
このため豊洲への移転には反対論が存在し、都議会においては民主党などが反対している。

東京都などは、移転先の用地の土の上に4.5メートルの汚染されていない土壌を重ね、アスファルトを敷くことから問題はないとして移転計画を推進しているが、一方で"豊洲は汚染されている"とした移転反対運動がある。
これを裏付けるように、都が2007年(平成19年)10月6日に発表した調査結果で地下水はベンゼン、シアン化合物、鉛、ヒ素が環境基準を、土壌はベンゼン、シアン化合物、ヒ素が環境基準を上回る汚染が明らかになった(ベンゼンにいたっては国の基準の1500倍の濃度の検出であった)。

これと共に東京湾の環境問題も注目され、そこで獲れる魚介類の汚染も浮き彫りになっている。
なお、環境問題に関しては現在の築地市場でも、海軍の毒ガスや化学兵器の研究を行う「技術研究所研究部化学兵器研究室」が設けられていた時期があったことや地下には第五福竜丸によって水揚げされた、水爆で被爆したマグロ(当時「原爆マグロ」と呼ばれた)が埋められている問題が存在している。
ただし、それによる汚染を客観的に数値化した資料は存在しない。
(※筆者注 存在しないとは存在する事実を隠す、と言う隠語のような含みの意味で探せば出てくる。日本のリテラシーは世界1であり、総てを記録するという体質は縄文時代よりある)
2009年(平成21年)7月の東京都議会選挙の結果、移転賛成派の自由民主党に代わって反対派の民主党が都議会第一党となり、移転へのハードルが上がった。同年9月には赤松広隆農林水産大臣が築地市場を訪れ、安全性が担保されない限り卸売市場法に基づく許認可を出さない方針を表明している。
民主党は豊洲移転に替わる案として、晴海地区を利用し、現在の築地市場を再整備する案を表明している。この案には民主党の他に日本共産党も賛成しており、豊洲移転推進派の自由民主党と公明党は反対している。
しかしその後都議会民主党は、都が関係者と合意したことで移転賛成に転じた。2012年3月29日の都議会では、市場移転費用を含む新年度予算案が賛成多数で可決し、移転はほぼ確実になった。 その後も工事と同時並行で協議は進み、2014年12月17日の新市場建設協議会において、2016年11月7日に豊洲市場を開場する方向で正式に決定した。

移転後の築地市場跡地の活用方法として、招致活動を行った2016年東京オリンピックのメディアセンターとする構想を明らかにしていたが、2008年(平成20年)10月31日の定例記者会見で石原は、これを断念し東京ビッグサイトにメディアセンターを設置する方針を表明した。ただし、2016年のオリンピックがリオデジャネイロに決まったことにより、この案は一旦消滅し、2020年東京オリンピック構想に引き継がれる。
また、石原は2006年(平成18年)9月8日の定例記者会見において築地市場跡地に「NHKが移転する」と発言し波紋を広げたが、NHKは「そんな計画はない」と完全否定している。

「技術研究所研究部化学兵器研究室」詳細リンク
http://blog.livedoor.jp/raki333-cinnamon/

1936年2月26日「2.26事件」の3年後に設立

1939年(昭和14年)1月「登戸研究所」 設立 
現在の神奈川県川崎市多摩区生田にかつて所在した、大日本帝国陸軍の研究所。1939年(昭和14年)1月、「謀略の岩畔」との異名をとった陸軍省軍務局軍事課長・岩畔豪雄大佐(正確には軍事課長就任は同年2月、大佐昇進は同年3月)によって、特殊電波・特殊科学材料など秘密戦の研究部門として、通称「登戸研究所」が「陸軍科学研究所」の下に設立された。
登戸研究所の前身は1919年(大正8年)4月に「陸軍火薬研究所」が改編して発足した「陸軍科学研究所」のため、当初の正式名称は「陸軍科学研究所登戸出張所」であった。

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追記記事
なぜ不正確な報告・情報公開がまかり通ってきたのか?東京都のガバナンスは全面的な見直しを
おときた駿2016年09月10日 23:35
豊洲市場、盛り土せず=汚染対策、主要施設で-築地問題で緊急会見・小池都知事
すでに大きく報じられている通り、従来の都の説明によれば豊洲新市場では地盤「全体」に対して2メートルの土の入れ替え・2.5メートルの盛り土が行われていたにもかかわらず、実際には卸・仲卸などが営業する建屋の下では盛り土による対策はしていなかったことが発覚しました。(記事部分のみ引用)

オトキタ氏の記事が、都議会内部を詳細に伝えている、ということではまったくない。その正反対、内部大混乱の微細を朴訥に語り・・、ということだ。

小池都知事に対する総攻撃(保守都議枠を越えてプレミアム外野席より)が始まった。もっとも仕掛けたのは起爆ピンを抜いた小池氏本人なのだから、予めの戦闘状態は判りきっていることなのだ。さて、その戦術がどう展開していくかが問題だ。「オトキタ瓦版」でわかるように、なにがどうして、だれがだれに対してなにを問い、そこになにを提示するのか、ごちゃごちゃ状態を瓦版は、如実に語っている。これはこれで充分効果はあった。もはや収集が着かない、状態と一区切りして神託を待つ。なおチケット転売はしていない!?


占いの真偽
「占い」は古代の日常習慣に欠かせない儀式また生活指針となっていた。だが、現代社会の科学を知るわれわれにとっては、いかさま的存在のこども騙し程度でしかない。

言い換えれば 
為政者の政権維持に使われた道具のようにも思える。その信憑性については今でも賛否あるが、「科学」で解明しきれない領分を、この占いで説明する、というのも無理がある。

古代村落の統制維持に占いは必要不可欠な規範また律として、民をおさめたことは想像される。
そして、そのソフトウェアーのほかに、大切なハードウェアーも必要だった。それが鉱物資源であり、その代表が「金」であったことは世界の遺跡発掘跡から理解される。
その地下資源の金が地中のどの場所に埋まっているかは、掘って見ないと判らない。下手をすると人間の一生を費やして、その鉱脈を探すはめになる。が一旦掘り当てると努力は報われる。ほとんど博打、また宝くじの世界だ。

そうした中に交じって、厄介な鉱物資源も発見される。掘った時はただの鉱石だが、火にくべ熱すると化学変化を起こして猛毒を発するものも多数あった。
※参考 土呂久鉱山(高千穂、宮崎)、鉱石(硫砒鉄鉱)を焼いて亜ヒ酸を製造、慢性砒素中毒を発症、はじめ亜ヒ酸はアメリカ南部の綿花畑の農薬として輸出、綿花は主にイギリスに輸出、とは(2013.11.1) 土呂久鉱山(とろくこうざん)は、高千穂町(宮崎県)にある鉱山です。16世紀中頃から銀・銅・錫(スズ)などを産出し、また、明治中期から亜ヒ酸の鉱石(硫砒鉄鉱)の採掘と製錬が行われていました。http://blog.livedoor.jp/raki333-cinnamon/archives/6684698.html
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その強力な毒性は、広範囲で大量の殺傷能力があり、近代戦争でも使われた。しかし、その毒性物質が、古代の戦争に使われた、という記述はみたことがない。はたして、2000年以上前の古代世界に、鉱物毒ガス兵器は開発され、使われたのだろうか。
古代の富の象徴が金であるならば、その傍らに埋設されていた毒性鉱物が一緒に発掘されていたという論法の整合性を否定できない。

世界の呪術師・シャーマン
転載 2012年08月01日カテゴリ:http://blog.livedoor.jp/raki333/archives/51936086.html
世界の呪術師・シャーマン
 最近、脱法ハーブがドラッグに使われ問題となっているが違法薬物はもぐら叩きのように、次から次ぎへと手を変え品を変え出て来る。酒と同じで有史以来人間世界から消えたことがない。
 もともと薬物は古代シャーマンが熟知していた植物の知識だった。古代エジプトでもファラオがシャーマンの要素を兼ね備えていたという。

 現代のシャーマンが南米アマゾンにいることはテレビなどでよく紹介される。先進国の薬の開発は経済戦略の一つにもなっているが、その薬草ルーツを探るのに彼らシャーマンの知識が必要らしい。
 
アヤワスカ 
アヤワスカのつるアヤワスカ(ケチュア語: Ayahuasca、Ayawaska)は、南アメリカのアマゾン川流域に自生するキントラノオ科のつる植物バニステリオプシス・カーピ(Banisteriopsis caapi、以下カーピ)のこと。または、カーピに、ジメチルトリプタミン (DMT) を含む植物を加え、煮出して作られた向精神性の飲料。服飲すると、嘔吐を伴う強力な幻覚作用をもたらす。主にアマゾン西部の先住民族がシャーマニズムの儀式や民間療法、宗教儀式などに用いる。

アヤワスカは、ペルー、ボリビアなどの先住民族の言語であるケチュア語で、「魂のつる」、「死者のロープ」という意味をもつ。「アヤ」は、魂、精霊、先祖、死者などを指し、「ワスカ」は、つる植物全般やロープを意味する。アヤワスカという呼び方は主にペルーとエクアドルで使われている。
ブラジルでは、カーピ、シポ、オアスカ、ダイミなどと呼ばれ、コロンビアではヤヘイ(Yagé)と呼ばれる。ヤヘイの名称は、ビート・ジェネレーション作家のウィリアム・バロウズと詩人アレン・ギンズバーグによる『麻薬書簡』(The Yage Letters) により一般に普及した。
先コロンブス期のアメリカ大陸において、アヤワスカによる幻覚を描写したと思われる岩絵が発見されている。アヤワスカにふれた、西洋における最古の記録は、1851年にブラジルのアマゾン地域を探検したイギリス人のリチャード・スプラスによるものである。

アヤワスカの向精神性成分であるハルマリンは、1841年、砂漠地帯に生える低木のシリアン・ルー(学名: ペガナム・ハルマラ)から分離に成功し、1927年にはじめて化学合成される。1923年には、カーピからハルマリンが分離され、テレパシン(テレパシーに由来)と名付けられる。

1923年、南米におけるアヤワスカ儀式の映像が米国薬剤師会 (American Pharmaceutical Association) の会議で紹介される。

1953年、作家ウィリアム・バロウズが、アヤワスカ(ヤヘイ)を探しにコロンビアとペルーを訪れる。バロウズはコロンビアで、植物学者のリチャード・エバンス・シュルティス (Richard Evans Schultes) と出会っている。この時の体験を元に1963年には、バロウズと詩人アレン・ギンズバーグによる書簡のやり取り『麻薬書簡』が出版される。

薬草と伝統医学の研究で知られるアンドルー・ワイルは、1967年にはじめてアヤワスカを体験し、後にコロンビアを訪れる。

1975年、植物学者のテレンス・マッケナとデニス・マッケナ兄弟による実地調査の記録が、著書The Invisible Landscapeにまとめられる。
ブラジルでは、キリスト教と統合したアニミズム的な教義をもつ宗教団体、サント・ダイミ (Santo Daime) やウニオン・ド・ヴェジタル (União do Vegetal) などがアヤワスカを神聖な物として使用している。
また近年アマゾン西部には、主に欧米人向けに改良されたアヤワスカ体験を提供する宿泊施設が建てられ、数週間の代替医療プログラムへの参加や変性意識体験を求めて多くの人が訪れる。アヤワスカ・ツーリズムと言われ、賛否両論を呼んでいる。

先住民族による使用 
エクアドル・ナポ州でのアヤワスカ調理風景アマゾン川上流域でアヤワスカを使用する先住民族のシャーマンの能力は、善良なことにも邪悪なことにも使われる。アヤワスカの精霊から歌を授けられ、その歌を使いわけることにより、アヤワスカ茶は病気を治す薬となったり、敵を攻撃する毒となったりする。敵や呪術師による攻撃を受けたために病気にかかると信じられており、治療師は息を吹きかけたり、口で吸い上げたりして病気を治す。
シャーマンが歌う歌や口笛は、病気の治療と呪いをかけることのいずれにも使われる。シャーマンはアヤワスカを飲むことにより体内に粘液を生成し、これを呪術的な攻撃からの防御や武器として使うと言われている。
 
調合方法
アヤワスカ(カーピ)は、熱帯雨林の樹木に螺旋状に巻き付きながら成長し、小さなピンク色の花をつける。モノアミン酸化酵素阻害薬 (MAOI) であるハルマラアルカロイド(β-カルボリン)の一種、ハルマリンを含有する。
南米アマゾンの伝統的なアヤワスカ茶は、カーピの幹から樹皮を削り取り、これにアカネ科のサイコトリア・ビリディス(Psychotria viridis、チャクルーナ)や、ディプロプテリス・カブレラナ(Diplopterys cabrerana、チャクロパンガ、チャリポンガ)などの葉を加え、十数時間から一日煮詰めるか水に浸して得られる褐色の液体である。これらの植物の葉はトリプタミンアルカロイドであるN,N-DMTや、5-メトキシ-N,N-DMT (5-MeO-DMT) を含んでいる。
本来、DMTはモノアミン酸化酵素により体内で急速に分解されるため、経口摂取しても効果を及ばさないが、ハルマラアルカロイドに代表されるMAOIと組み合わせることにより向精神性作用を発現する。その他にも、タバコ、ダチュラなどの植物が混入される場合もある。また西洋では、カーピの代替品としてシリアン・ルーの種子や、DMTとしてミモザ・ホスティリスの樹皮などが使用される。

身体的作用 
アヤワスカ茶は苦みが強く、ひどい味がするため飲み込むことが困難なほどである。服飲すると、激しい吐気、嘔吐、下痢をもよおす場合が一般的で、そのため先住民族のシャーマンは、アヤワスカの儀式を、嘔吐により身体から寄生虫や毒などを取り除く「浄化」と呼ぶ。アヤワスカを頻繁に飲んでいるシャーマンが吐気や嘔吐の症状を示すことは稀である。
吐気や嘔吐は、ハルマリンの作用によるものである。いくつかの部族は、儀式の前に食事制限を行う。肉や塩分、アルコールなどを控えることで吐気を和らげることができる。その他の身体的作用は、血圧と心拍数の上昇、耳鳴り、めまい、悪寒、発汗、倦怠感、眠気、下痢などがあげられる。服飲後30分ほどで効果が現れ、作用時間は2~6時間程度。

禁忌
モノアミン酸化酵素阻害薬やSSRI抗うつ薬と併用すると、セロトニン症候群を引き起こし、血圧の上昇、昏睡、死亡にいたる場合がある。また、チラミンを多く含む食物は、交感神経を刺激し高血圧を引き起こす可能性がある。ビール、赤ワイン、豆腐、大豆、チーズ、加工された魚、ソーセージなどがこれにあたる。。『ウィキペディア(Wikipedia)』より

アヤワスカのつるアヤワスカは「ケチュア語」である、という指摘にインドネシアの
「ケチャ」と余りにも似ているので調べてみた。

ケチャ (kecak) とは、インドネシアのバリ島で行われる男声合唱。または呪術的な踊り(サンヒャン)にともなう舞踏劇。バリ島では、kを発音しないため、現地ではチャと呼ばれている。ケチャはまた「モンキーダンス」とも呼ばれることがあるが、本来的にはモンキーとは関連をもたない。

ケチャのルーツ 
バリ島の伝統的な舞踏、サンヒャンは、疫病が蔓延したときなどに、初潮前の童女を媒体にして祖先の霊を招き、加護と助言を求めるものであった。これに対して、現在のケチャは、『ラーマーヤナ』の物語を題材とする舞踏劇の様式で演じられている。こうしたケチャの「芸能化」がすすめられたのは、1920年代後半から1930年代にかけて、バリ人と共にバリ芸術を発展開花させたドイツ人画家、ヴァルター・シュピースの提案によるものであった。
シュピースは、1920年代後半からウブド村の領主チョコルド・グデ・ラコー・スカワティに招かれてウブドに在住した画家・音楽家であり、現地の芸術家と親交を結びながらケチャやバリ絵画などの「バリ芸術」を形作っていった。ある著名なバリ人舞踏家がサンヒャン・ドゥダリの男声合唱にバリス舞踊の動きを組み込ませたのを見たシュピースは、ガムランの代わりにこの男声合唱のみを使って『ラーマーヤナ』のストーリーを組み込んだ観賞用の舞踊を考案するよう提案したのである。『ウィキペディア(Wikipedia)』より

脱法ハーブは、合成カンナビノイドを含有するハーブ製品である。有名な製品は「スパイス」で海外では単に、スパイス(Spice、他にfake pot:偽大麻、K2)とも呼ばれる。合成カンナビノイドは、大麻の薬理成分であるテトラヒドロカンナビノール(THC)の効果を模倣しカンナビノイド受容体に対するアゴニストとして作用する。法律で取り締まりができないTHCの類縁体を含有することから合法ハーブとも呼ばれる。『ウィキペディア(Wikipedia)』より

日々日常のオドロキ出来事
これは昨年書いた自著記事を、ピックアップしたものである。豊洲のトヨもない。当然だ。でもそれなりに新しいニュース記事はある。

なかなか皆様、面白い視点で社会を観察していると憧憬した。最後の記事は、やや新しくて、文学賞の話だ。

書籍、本、などオワコン議題だが、このネタは新鮮味があったので、取り上げた。いまどき80歳新人が賞を取る、というのはめったにない。というか今後、絶対にないといい切れる。どうして明日死んでしまうかわからないジジイに賞なんぞくれてやるか。とおもっていたら、いまどき、そんな授賞を仕組んだ奴らがアホなんだと本人が毒舌づいた。いやいや、それだけで話題騒然だ。

2015年09月15日
佐藤孝弘氏の勝因 カテゴリ: 2015/9/13
 http://blog.livedoor.jp/raki333/archives/52062242.html
うたげのあとの~後始末
ここでいう「宴」は、二つの意味があって、一つは当然「山形市長選」で、一つは郷土の祭の話題だった。ともに13日という日が重なっていたので、忘れられない2015年9月になりそうだった。  

まず選挙を分析してみよう。当初、日本海はずれの米どころ山形市また県、についての選挙が私個人にとって、どれほどの意味があるのか、という関心事においては、失礼ながらまったくなかった。たまたま、自身のブログ記事に、ある立候補者名があり、ネット検索で、この記事がアルゴリズム網にかかった、と推測できる。

その因果について、まったく知るところではなかったので、書いた記事をよーく読んでみると、確かに、その人物の名が載っていたが、内容としては、本人が主人公ではなかった。
しかしネット内アルゴリズムは、スペルもしくは名称を感知し、それを集約して検索項目に表示するので、記事の脈略については問わない、そのようなシステムになっているようだった。
 
ときに「維新の会」の内輪揉めがニュースになるくらい、惨憺たる様相を呈していた。そのニュースの政治動向で、ある人物が「党」の規約に違反して山形に乗り込む、という、そうした、まったく予想外の展開が、私のブログに降り注いできた、という「風オケ」リテラシーである。
もともと「維新の会」の行方に関しては期待が持てないと思っていたので、その観点から、候補者選挙応援するということは、価値のある選挙ではないかと、首を突っ込んでみた、という訳である。なんてことはない、タダの野次馬的根性だった。

さすがに地元新聞紙「河北新報」のニュースが、もっとも新しいソースを提供していたので、その記事を何度も使わせていただいた。また、ネット2ちゃんによる地元の声も、新鮮で、やはり生身の声を反映していた。

だが、紋切り型見出しもあったようで、今回の選挙が「安保論戦」で展開されるといった筋は、見事に打ち砕かれた。私も当初、そうなると予想していたが、両者の発信記事をよく読むと佐藤孝弘氏(39)自民・公明・次世代・改革推薦は、それにまったく触れない、という戦略を立てていた。結果的に、そのことが選挙戦で功を奏したようである。

そのことは私のブログでも指摘した。

9/7日付、"山形市内は拡声器合戦が繰り広げられていることだろう。自民佐藤氏は安保法案をスルーし、かたや梅津氏「戦争法案ノー」と訴えるビラを10万枚、と互いに戦略を明確にした。さながら「安保対決」の様相だ、と毎日は書いているがそれは間違い。
どちらが勝っても負けても、数回の落選という辛酸をなめたもの同士の闘いは熾烈を極める、と遠隔地にいながら、手に汗握る"。
そう書いて記事にした。

また9月2日の私の記事では、こう書いている。
同じく大阪組の浦野靖人衆院議員(大阪15区)もこれに追随、「(幹事長)辞職よろしくお願いします」とツイッタ―に書き込み、柿沢氏は謝罪に追い込まれる騒ぎになった。
こうしたゴタゴタがなければ、安倍政権はまたしても地方で鉄槌を下されることになるのだが。
「ゴタゴタがなければ安倍政権は保守化する。9月6日告示13日の結果は追込み組織票のハナの差如何投開票」。
と分析している。

もちろん、それは結果論だから、そう云えることでパチンコではないが、9~10万負けたときの話しは誰にも云わない、のと同じ論法である。

そして肝心の9月13日投票結果、投票率56.94%で前回を9.34ポイント上回った。
56,369票佐藤孝弘(当選) 54,596梅津庸成(次点)、その差「1773票」差は、薄氷どころではない、濡れた和紙の上を10トンダンプが走るようなもので、甲乙付けようもない。極論すると、どちらが勝った負けたとしても誰も文句のつけようがないほどに、切迫していた。まさに血の吐くような死闘が展開していたことが想像される。

私は始め、そのどちらとも無縁なので、二者択一の要素はなかったが、たまたま梅津氏の名が当ブログにあったため、それに加担したようになったが、如何せん番外応援の影響力はゼロにちかいものがあった。しかし、その選挙にバーチャル上で参加できたことは幸運と考えている。

なぜか~、それは現日本の政治スタイルを写実に投影し、また、立候補者よりむしろ、有権者意識、その一票で政治が動かせる、という期待感を抱かせた。投票率56.94パーセント、けっして満足できる数字ではないが、権利者半数以上が参加したことは及第点とされる。が、その数字の実態は誰も判らないしカミにぞ知る世界だ。

私は選挙プロではないが、この数字の意味はある程度理解できていた。当ブログで「鼻の差」と読んだのは、その読みがあったからだ。

まず、「激戦」とされながらも投票率56.94%というのは偽りのない数字が証明している。
激戦に間違いはないが、関係者のみの激戦である。利害関係、既得権益権者群れ、そこに巣食う政治やくざたち、そう読んでいる。となると、「わけのわかんねー素人は黙ってろ」という不文律の障壁が立ちはだかり浮遊票、若輩層票は、得てして場外に放り出される。よくいう、その層を取り込め、というがそれはウソで、自分たちがその壁を作っている。

下記に「ニートさん」による「期日前投票の出口調査」の引用記事を読んでみたが、現実の偽らざる選挙実態が、克明に描かれている。(こうしたネタはメディア報道機関がすべきだが、それをしたら内部告発的になり、また政治力学もからんで媚び企業は、絶対できない)。

そこから一つの回答書が得られたが、投票用紙は「鉛筆無記名」だから、思想内容傾向など推理することは皆無である。したがって、これから云うべき内容は、すべて推測であるから信憑性の裏書はない、とおもってくれたらいい。

この出口調査は、何のためかといったら新聞記事のスクープ的即時性を書くために、データをいち早く分析、勝敗を読む、という戦略と思われる。それはより多くの数、投票締め切りまでの時間帯、偏らない票の読み、を得て集計する。そこから何が読めるかといえば、当落の格差点数が浮かび上がり、時間的余裕があれば締切り時間までに、ある特定の人物に票を投入するという時間差投票ができる。ケータイ、スマホなど生活端末を使えば瞬時に千でも万で、指令書発信が可能だ。念をおすがそれは推測の域である。

「ニートさん」ではないが、調査員でバイトするひともいれば指令書を受け取るバイトさんも、存在するはずだ。そうでなくても組織員であれば、全国の登録者への指示は、昔ほど難しいことではない。

そんな諸々が複雑に絡み合って、極度の僅差「鼻の差」という開票結果が、これからも多くの選挙現場で展開するだろう。
 
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バイトと副業 日雇い無色透明
どーも、ニートです。 
皆さんは選挙に行かれたことがありますか?
 
もし、選挙に行かれたことがある方であれば、投票を終えた後に「〇〇社ですが、出口調査にご協力いただけないでしょうか」と声をかけられたことがあるかもしれません。
 
実はあれって、新聞社やTV局の社員ではなくバイトがやっているんですよね。ニートも今回、はたらこねっとを介して派遣登録し、期日前投票の出口調査のバイトに参加してきたので、今回はこのバイトについてダイジェストでご紹介したいと思います。
 
某日前日 PM2:00~4:00 説明会

今回応募したのは、「労働時間が一番長い代わりに最も時給が良い会社」と噂の某社だった。「期日前投票の出口調査の仕方について説明を行う」と言われ、某社の一室に、既に選考を通過してきた数十名の日雇い派遣社員たちが集められた。
 
ただ、日雇いと言っても、これまでニートが参加してきたようなメンバーとは大きく雰囲気が異なる。一言で言えば「今回の参加者はみなホワイトカラーの社会人っぽかった」ということ。
 
まず彼らの恰好も、オフィスカジュアルは当然としてスーツの参加者がちらほらいる。特に何も言われることはなかったが、自分の恰好を見下ろし、さすがにジーパンは不味かったかと後悔した。
 
また、明らかに20代と分かる参加者は4,50名の参加者のうちニートを含め2,3名ほどで、みな言葉づかいがしっかりしていた。投票当日の他社の調査員も30代以上の方しかいなかったので、調査員は意外と狭き門らしい。社のブランドを背負って調査するのだから当然か。
 
とはいえ、選考が厳しくとも作業自体が難しいというわけではない。内容は単純なもので、「出口でアンケートを取る→アンケート結果を集計→アンケートデータを本部へ送る」の3ステップである。これを休憩をはさんで数サイクルほど。作業自体は誰にでも出来る。要は見た目の清潔さと印象の問題である。
 
余談だが、アンケート収集の方法を聞いて「もし自分が新聞社を一社だけ選ぶなら、この会社のものを購読しよう」と思った。少なくとも、当日のデータの取り方を他社から見聞きした限り、ランダムサンプリングを意識してデータを取っていたのは、この社だけだった。
 
逆に言えば、大多数のメディアの出す数字とはどれほど恐ろしいものであるかも分かる良い経験だった。
 
某日 AM8:30~PM7:30 アンケートの収集

選挙の出口調査は、どの新聞社(あるいはTV局)に雇われるかによって、また、どの現場に配置されるかによって、その業務時間も、給料も、環境も、内容も大きく変わってくる。
 
当然だが、新聞社によって時給は大きく違うし働く時間も大きく違う。一方で労働環境に関して、市役所の外と中のどちらで作業できるかは役所の判断による。運の悪いことに、ニートはこの寒空の中、外でアンケートを取る場所に配置されてしまった。
(昨日記事引用)

忌野清志郎の選挙ソング「目覚まし時計は歌う」
2009年5月2日没 
没後6年して多くのファンの胸の中にある「忌野清志郎」。 彼が歌ってきた曲の中には社会に向けたメッセージソングもあった。 2105年9月13日
忌野清志郎の「選挙ソング」!?「目覚まし時計は歌う」

すっかり忘れてしまったが、「一つは郷土の祭の話題」。ともに13日という日が重なったので、今後、このようなケースはないだろう。
このブログでも展開している桓武時代「親王任国」(784年)の常陸国、上総国、上野国
の区分けの一つ上総国一宮の祭りとして、是非紹介したかった。
 
そして「常陸国」は、わが心のふるさと父の生まれ故郷である。そのことはブログ記事にしてある。それら歴史とは、間断なくつなかっていることを実感させることを示している。

ギタリストのチューニング

「なぜギタリストはステージでチューニングをするのか」という題名が気になっていた。これまで書いた選挙記事とは、まるで相容れないストーリー展開で、不必要なセットだと訝しくおもうだろう。

これはギター弾きでなければ判らない臨床心理学で、とくに「新フロイト派は、精神分析学において、フロイトの欲動論を批判し」云々、の前段階でギター構造の糸巻き、ペグ(マシンヘッド)のポストに巻きつける長さは概ねペグ2つ分前後にするのは勝手で、自分の巻き方でいい。
そしてチューニングしながらペグを右に巻いたり左にスライドしたりと、チューナーヘルツ
と同調するまで、何時間でもやる。下手をすると1曲も弾かずにチューニングだけで終わってしまう、こともある。

その時間のかけ方を説明したのが「兵庫慎司」氏で、最終的にそれは「無意味」と書いている。これほど簡潔な言葉はない。

「ほら、ムエタイの選手って、試合前に神に捧げる踊りをするじゃない? あれと一緒だと思う。あれをやることによって精神を集中する、みたいな」・・・、と例話を挙げて説明しているのが利いている。

端的にいって、「カミの世界に近づく儀式」、とでもいったらいいのか、それしかない。
この音合わせチューニング儀式は、西洋音楽の超基本で、「楽音」と定義し、人工的に発生される音(楽器など)を、音楽のソースとしている。その根底はグレゴリオ聖歌だとされ、古代ギリシアをルーツとしている。

その対極に試合前に神に捧げるムエタイ踊りがあり、音程がずれていたり、意図的にノイズを発生させる細工が楽器に施されている。それはとても東洋的であり、また哲学的である。

そのまったく無意味なチューニングのペグヘッドを撫で回して、心の安定を誘うという行為は、すべての要素に当て嵌まると私は考えていたのである。


「なぜギタリストはステージでチューニングをするのか???」 
兵庫慎司が“積年の謎”に迫る 2015年9月13日 18時9分

 ライブ中にステージ上でミュージシャンが行う、ギターやベースのチューニング。あれ、どんな意味があるのだろうか。

 曲間でボーカルがMCをしている時に、チューニングをしているのはまだしも、客電が消えSEが流れ、ステージに登場してアンプ脇に立てられていたギターを手にし、いきなり1弦ずつチューニングを確かめ始めるギタリスト。みんながみんなそうではないが、けっこうな頻度で目撃する。その間、こっちは演奏スタートを待ってぼーっとSEを聴いていなきゃならないことになる。そもそもギターはきっちりチューニングが合った状態でそこに置かれているはずなわけで、あれ、意味あんの?

 何年か前に、その筋のプロである知人ふたりにたずねてみたことがある。ひとりは元々楽器店で働いていて、レコード会社へ転職して以降一貫して制作畑で仕事をしてきたディレクター(仮にYとします)。もうひとりはさまざまなバンドを手がけてきて、今も日々大忙しで日本中を飛び回っているベテランローディー(仮にQとします)。

 Qの答え。

「意味ないですね」

 リハが終わってそこでギターが置かれた段階でもちろんしっかりチューニングしてあるし、温度やなんかの影響でチューニングが狂ったりしないように、開場後も自分たちローディがステージに行って確認しているので、基本的に必要のない行為であると。

 これ、昔、渋谷陽一がよく書いたり言ったりしていた彼の持論なのだが、ライブの時、海外の有名ギタリストは全然チューニングを直さない、という。確かに僕もライブを観ていてそう思ったことがある。で、そういうアーティストの場合、ステージにギターを置いておかないで、ギターを持って出てくることが多い。なるほど、それなら直前まで楽屋でチューニングできますよね。

 と思ったらですね。たとえば、日本のフラワーカンパニーズというバンドの竹安堅一というギタリスト。この男、最近、ライブの時、ギターを持って出てくるようになったのだが(確か昔は違ったと思う)、それでも1曲目を始める前にステージでチューニングをするのだ。手にギターを持って、楽屋を出て、ステージの自分の立ち位置に到達するまでの間にチューニングが狂ったかもしれない、というのか。どんだけ心配性なんだ。つまりその行為も、基本的に意味がない、ということになる。

 そう考えると、曲間のMCなんかの時にチューニングをしているのも、ほんとに意味あんのか? という気がしてくる。そりゃあ弾いてるうちに多少は狂うこともあるかもしれないが、そのギタリストがチューニングをする前の曲で、「ありゃ、ギターの音、狂ってんなあ」と思った経験、僕にはほぼない。逆に、「さっきあんなに念入りにチューニングしてたくせに、曲が始まったら狂ってるじゃねえか!」と思ったことはあるが。

 たとえば奥田民生は、あんまりチューニングしない。どんどんギターを交換しながらライブをやるのでその必要がないのだと思うが、この間、9月3日Zepp DiverCity Tokyoでのサンフジンズのツアーファイナルでは、次の曲にいこうとしてギターをちょっと弾いてから「あ、ごめん、ストップ」と中断し、チューニングを直していた。これはわかる。ちゃんと目に見える形で明確な理由があって、チューニングしたわけなので。

 それにだ。そもそも前提として不思議なのが、ギターってそんなにチューニング狂う楽器なのか? いや、狂うんだろうけど、ならば、狂わないようにできないものなんだろうか。

 昔、中島らものエッセイで読んだのだが、三味線という楽器はそもそも弾いているうちにどんどん調弦が狂っていくような作りになっていて、それを直しながら弾くのも技術のうち、それができない奴はダメ、というふうに判断されるらしい。「アホか!」と、中島らもは書いていた。そんな意味ないことで優劣つけてないで、そもそも調弦が狂わんように作り直さんかい、と。

 という三味線の例ほどではないが、ギターももうちょっとなんとかならないものなんだろうか。僕が高校生の頃に、フロイド・ローズやケーラーといったヘビメタ御用達のトレモロアームが流行り始めた時、同時にギターのヘッドのすぐ下んとこで弦を締めつけるやつ……チューニングロックっていうんでしたっけ、あれが登場した時は、これでチューニング狂わなくなるのかな、と思ったら、そうでもなかったし。

 というか、じゃあ逆に、なんで外タレの大物ギタリストは、そんなにもチューニングが狂わないんだろうか。

 というこの話、実は昔、RO69という音楽サイトでやっていたブログで同じようなことを書いたのだが、当時、それを読んだ友人の音楽ライター、島田諭が以下のようなメールをくれた。

 以下、そのままコピペ。

ジェフ・ベック等のスーパーギタリストが、ライブ中にチューニングしないのは、チューニングの狂う確率が圧倒的に低いギターを使っているからです。
つまりは基本、狂わないんです。

だからチューニングの必要がない、という、おそろしく単純な理由なんです。

ペグ、ナット、ブリッジ、使用する弦。スーパーなギタリストほどこういったもの、そしてメンテナンスに気を遣います。

異常なほど気を遣います。

つまり、スーパーなギタリストほど、チューニングの狂う確率が圧倒的に低いギターを「作り出している」んです。

そのための労力は絶対に惜しまない。
エディ・ヴァン・ヘイレンが弦を鍋で煮てからギターに張る、というのは有名な話ですね。
聞けばなるほどなアイデアですが、そんなことを思いつく、そんなことをしてしまうなんて、病的としかいいようがありません。

だけど、ギターを弾くことに対し、それだけ必死だということであって、となれば、当然、いつも側にいるローディーもスーパーな存在であるわけで、そういうギタリストと、そういうローディーが一緒に、チューニングの狂う確率が圧倒的に低いギターを「作り出している」わけです。

だからスーパーなギタリストほど、メインとして使用するギターは1本か2本しかなくて、弦が切れてしまったとか、変則チューニングなど、演奏に直接的に関係する場合を除けば、ライヴ中は基本的に、ずーっと同じギターを使っています。

たとえが古くて申し訳ないけど、くだんのエディもそう、リッチー・ブラックモアもそう、マイケル・シェンカーもそう、ナイト・レンジャーのふたりもそう、アン・ルイスが大好きだったジェイク・E・リーもそう。そして、ジェフ・ベックやゲイリー・ムーアもそうです。

どうでしょう、なかなか説得力あるでしょ?

 コピペ、以上です。

 確かに説得力ある。なるほど、と思う。

 そして。つまり、逆に言うと、ライブの始まる時やMCの間にピンピンとチューニングをしている日本のギタリストたちは、そこまでの努力をしてチューニングの狂わないギターを作りだそうとしてはいない、ということになる。

 なぜ彼らはそれをしないのか。チューニングが狂ってもいいと思っているわけではないが、狂ったら直せばいい、と思っているからだろう。とまず思われるが、もうひとつは「ステージの上でチューニングしたい」からなのではないだろうか。

 前述の、1曲目をやる前にチューニングするの、意味あるの? と尋ねた時の、Yの答えはこうだった。

「あれはチューニングをしてるけど、チューニングをしてるんじゃないんだよ」

「え、じゃあなんなんですか?」

「ほら、ムエタイの選手って、試合前に神に捧げる踊りをするじゃない? あれと一緒だと思う。あれをやることによって精神を集中する、みたいな」

「へえー。でもそれ、客前でやる意味なくないですか? 楽屋でやれよ、って話じゃない?」

「いや、だってムエタイの選手もリングで踊るじゃん。誰も『控室で踊れよ!』って怒らないでしょ? リングなりステージなりっていう場に立ってるからこそ、その行為に意味がある、ってことなんじゃないかな」

 これを拡大解釈すると、曲間のMCの時にチューニングをするのも、「あれをやることで心が落ち着く」「ボーカルがしゃべっている間、手持ち無沙汰にならなくてすむ」という理由なのではないかという気がする。

 そう考えるとわかる。腑に落ちるし、そちらの事情も理解できる。できるんだけど、いざ観る側に回ると……日常的にライブというものを観るようになって30年以上経つが、いまだに慣れることができない。単に、私がすんごいせっかちな性格だからなんですが。MCもないならなくていい、どんどん曲をやってほしい、ぐらい思うタチだからなんですが。

 でも結論。チューニングの狂わないギターは存在しない。一部のスーパーギタリストは、自分で自分のギターをそのように作り替えていくが、大半のギタリストは、それをやらない。なぜ。ステージでチューニングをしたいから。

 なお、私、ギター、持っていますが弾けません。毎年正月になるたびに「今年こそはギター弾けるようになりたい」「あと、今年こそは英語しゃべれるようになりたい」と思い続けて30年以上経過、そんな奴ですので、お詳しい方からの、あるいは当事者であるギタリストからの、異論反論は大歓迎です。(兵庫慎司)
(記事引用)

蓮實重彦さん、報道陣に「馬鹿な質問はやめていただけますか」
三島由紀夫賞を受賞 The Huffington Post |  執筆者: 吉川慧ハフィントンポストについて
投稿日: 2016年05月17日 11時12分 JST 更新: 2016年05月17日 14時09分 JST

「第29回三島由紀夫賞」(新潮文芸振興会)の選考会が5月16日に開かれ、フランス文学者で元東大総長の蓮實重彦さん(80)の「伯爵夫人」に決まった。都内で開かれた受賞記者会見で蓮實さんは「まったく喜んではおりません。はた迷惑な話だと思っております」と受賞の感想を不愉快そうに述べた。報道陣からの質問には「馬鹿な質問はやめていただけますか」などと切り返す場面もあり、会見場は異例の重苦しい雰囲気に包まれた。

会見の模様はニコニコ生放送でも中継された。詳細は以下の通り。

■受賞会見の質疑応答

――最初に伺いますが、三島賞受賞の知らせを受けてのご心境をお願いします。

「ご心境」という言葉は、私の中には存在しておりません。ですからお答えしません。

――本日、蓮實さんは、どちらでお待ちになっていて、連絡を受けたときはどのような感想を持ちましたでしょうか。

それも、個人的なことなので申しあげません。

――わかりました。それと、今回、三島賞の候補になったとき、当然のことながら事務局から連絡があり、了解されたと思います。正直、蓮實さんが、前途を開く新鋭の新人賞に候補になったのはびっくりした。もしかしたらお断りになるのではないかと思っていたので。蓮實さんはどのような思いでお受けになったのでしょうか。

それもお答えいたしません。

――じゃあもう一つ、別の質問を。今回、選考委員を代表して町田康さんが代表して講評を伝えられました。町田さんによると、「さまざまな議論があった中で、これまで退廃的な世界も描かれてきた蓮實さんですが、今回の作品は言葉で織り上げる世界が充実していて、小説としての出来は群を抜く」という、そのような…。

あの、質問なら簡単におっしゃってください。

――「さまざまな議論があった中で、これまで退廃的な世界も描かれてきた蓮實さんですが、今回の作品は言葉で織り上げる世界が充実していて、小説としての出来は群を抜く」という評価がありました。そういった評価についての思いは何かありますか。

ありません。

―わかりました。それと、今回、三島賞の候補になったとき、当然のことながら事務局から連絡があり、了解されたと思います。正直、蓮實さんが、前途を開く新鋭の新人賞に候補になったのはびっくりした。もしかしたらお断りになるのではないかと思っていたので。蓮實さんはどのような思いでお受けになったのでしょうか。

それもお答えいたしません。

――じゃあもう一つ、別の質問を。今回、選考委員を代表して町田康さんが代表して講評を伝えられました。町田さんによると、「さまざまな議論があった中で、これまで退廃的な世界も描かれてきた蓮實さんですが、今回の作品は言葉で織り上げる世界が充実していて、小説としての出来は群を抜く」という、そのような…。

あの、質問なら簡単におっしゃってください。

――「さまざまな議論があった中で、これまで退廃的な世界も描かれてきた蓮實さんですが、今回の作品は言葉で織り上げる世界が充実していて、小説としての出来は群を抜く」という評価がありました。そういった評価についての思いは何かありますか。

ありません。

 ――(司会)他にございますでしょうか。

ないことを期待します。

――こういう場ですと、受賞が決まった方に「おめでとうございます」という言葉を投げかけてから質問するのが通例ですが、ちょっとためらってしまう。蓮實先生は、受賞について喜んでいらっしゃるんでしょうか。

まったく喜んではおりません。はた迷惑な話だと思っております。80歳の人間にこのような賞を与えるという機会が起こってしまったことは、日本の文化にとって非常に嘆かわしいことだと思っております。

もっともっと若い方。私は、順当であれば、いしいしんじさんがお取りになられるべきだと思っておりましたが、今回の作品が必ずしも、それにふさわしいものではないということで。選考委員の方が、いわば「蓮實を選ぶ」という暴挙に出られたわけであり、その暴挙そのものは、非常に迷惑な話だと思っています。

――いま話にでましたが、「日本文化の状況にとってはよろしくない」と。今の文学の状況について、先生の目から見て何かものたりなさを感じるようなことはあるのでしょうか。今回、ご自身が作品を発表される背景にもそういうお考えがあったり…。

いえ、それはありません。

――「もっと若い方が取るべきだ」とありましたが、ついこの間、蓮實さんは早稲田文学新人賞で黒田夏子さんを選ばれて、彼女は芥川賞をとりました。必ずしも80歳ということ(が「暴挙」)なのか。それとも別の理由なのか。黒田さんも受賞時に70代の後半を超えていらっしゃったかと思います。「暴挙」と言われる理由についてもう少し具体的にお答え頂ければ。

黒田さんは若い方ですので、一切問題ないと思います。若々しい方ですし、文学としても若々しいものであると。従って、若者的な若々しさとは違う何かがあったので、私は選ばせていただきました。

――今回の作品は、舞台が戦争の始まる直前とはいえ、若い男の子が主人公で、非常に映画が好きで。なにか蓮實さんの若い青春期を思い起こさせるような…。

いや、全くそれはありません。あの、馬鹿な質問はやめていただけますか。

――わかりました。黒田さんの世界には若々しさがあると。私は蓮實さんの作品に若々しさを感じたのですが、そういう風にご自身で理解はされていたりしますか。

黒田さん(の作品)は傑作であり、私の書いたものは到底傑作といえるものではありません。あの程度のものなら、私のように散文のフィクションの研究をしているものであれば、いつでも書けるもの。あの程度の作品というのは相対的に優れたものでしかないと思っております。

――「相対的に優れたものでしかない」とご自身の批評、さすがだなと驚いているのですが…。

あの、おっしゃることと、質問が噛み合ってないと思います。いまおっしゃったことは必要ないと思います。

――単刀直入に伺いたい。今回3作目ですが、執筆しようと思われたきっかけがあれば伺いたいのですが。

全くありません。向こうからやってきました。

――依頼があったから書いたという…。

は?

――依頼があったから書いたと…。

いえいえ、そうでありません。

――「小説が向こうからやってきた」ということでしょうか。

そういうことです。

――逆に伺いたいのですが。研究者の目で「相対的に優れたものでしかない」と思いながら、小説というものは書いたりできるものなのでしょうか。やっぱり何か情熱やパッションがなければ書けないと思うのですが。

情熱やパッションは全くありませんでした。専ら、知的な操作によるものです。

――戦争に向かう今の時代の危うさとか、卑猥なイメージで読者を揺すぶってみたいとか。そういう意図はない感じでしょうか。

申し訳ありません。おっしゃることの意図がわかりません。

――先ほど「小説が向こうからやってきた」「知的好奇心」とも仰いました。「『ボヴァリー夫人』論」を書かれたことは大きかったんでしょうか。

それは非常に大きいものであったことは確かです。ボヴァリー夫人』論に費やした労力の、100分の1も、この小説には費やしておりません。

――「三島賞を与えたことは暴挙」とおっしゃったのですが、なぜ候補を断ることをしなかったのでしょうか。

なぜかについては一切お答えしません。お答えする必要ないでしょう。

――講評には「作品として一つの時代の完結した世界を描いている」という話がありました。この作品を現代の今、書く理由というものが、蓮實さんの中にあったのでしょうか。

全くありません。というのは、向こうからやってきたものを受け止めて、好きなように、好きなことを書いたというだけなんです。それでいけませんか?何をお聞きになりたかったんでしょうか。

――80歳になられるところですが、今年の執筆予定など決まっているものがあれば教えてください。

何についてでしょう。小説をまた書くということですか。

――小説とか、研究、批評とか。

小説を書くという予定はありません。書いてしまうかもしれません。なにせ小説というのは向こうからやってくるものですから。あと、ジョン・フォード論は完結しなければいけないと思っておりますが…。

この作品について、どなたか聞いて下さる方はおられないんでしょうか。

――何がやってきて、何について書かれたものでしょうか。文学的研究者として第三者だとしたら、どのように評価されますか。

評価については先ほど申しあげた通りです。「相対的に優れたものであり、あんなものはいつでも書ける」ということです。それから、最初の質問はなんでしたっけ。

――向こうから、何が来たんでしょうか。

向こうから来たというのは、いくつかのきっかけがあったことはお話ししておいたほうがいいと思います。

現在93歳になられる、日本の優れたジャズ評論家がおられますけれども、その方が12月8日の夜、あるジャズのレコードを聞きまくっていたという話があるわけですね。「今晩だけは、そのジャズのレコードを大きくかけるのはやめてくれ」と両親から言われたという話がありますが、その話を読んだときに、私はその方に対する大いなる羨望を抱きまして。結局、「1941年12月8日の話を書きたいなぁ」と思っていたんですが、それが『伯爵夫人』という形で私の元に訪れたのかどうかは、自分の中ではっきりいたしません。

――「書きたいなぁ」と思われたのはいつ頃でしょうか。

「書きたいなぁ」とは一度も思っておりません。

――何について書かれた作品なのでしょうか。

え?

――何について書かれた作品なのでしょうか。この中で、自分は何を書いたと…。

まったく何も書いていません。あの、お読みになって下さったのでしょうか。そしたら、何が書かれていましたか。

この小説は、私が書いたものの中では、一番女性に評判がいいものなんです。私は細かいことは分かりませんが、たぶん今日の選考委員の方々の中でも女性が推してくださったと私は信じています。

――今回は、場所は日本ですけれども、いろいろと海外もでてくる。回想の中でいろいろな場所がでてきますし、歴史的な背景も出てきます。改めて小説的なディテールを書くときに、何かお調べになることがあったのか。それは一切なく、想像の中だけで書き進められたのか。

私の想像の中だけで書き進めたわけですけれども、同時に読んでいた書物の中から、「あ、これは面白い」と拾ったケースなどもあります。

――伯爵夫人と若い青年との出会いというのが、なにか蓮實さんが映画でご覧になったり読んだりしたものが知らずに来たのか。それとも最初に伯爵夫人のような女性が先に出て来たのか。それとも逆に青年が先に来て、伯爵夫人がでてきてしまったか。その辺りお伺いできれば。

今のご質問ですけれども、私を不機嫌にさせる限りの質問ですのでお答えいたしません。

――冒頭の一文に「ばふりばふり」という、ちょっと変わった擬音語がでてきたり、おもしろい日本語、言葉が多いのですが。こういう言葉というのは、どういうふうに使われたのか伺いたいと思います。

「ばふりばふり」というのは、戦前に中村書店という漫画を出している書店がありました。その中で2人の少年が東南アジアに旅する話がありまして、その中で、東南アジアの天井に張ったカーテンを、冷房のために揺らすわけです。その時に「ばふりばふり」という言葉を使っていたので、私が今からほぼ70年前に読んだ言葉が、そのままそこに出てきたものとお考えいただいていいと思います。

――依頼があったから書いたという…。

は?

――依頼があったから書いたと…。

いえいえ、そうでありません。

――「小説が向こうからやってきた」ということでしょうか。

そういうことです。

――逆に伺いたいのですが。研究者の目で「相対的に優れたものでしかない」と思いながら、小説というものは書いたりできるものなのでしょうか。やっぱり何か情熱やパッションがなければ書けないと思うのですが。

情熱やパッションは全くありませんでした。専ら、知的な操作によるものです。

――戦争に向かう今の時代の危うさとか、卑猥なイメージで読者を揺すぶってみたいとか。そういう意図はない感じでしょうか。

申し訳ありません。おっしゃることの意図がわかりません。

――先ほど「小説が向こうからやってきた」「知的好奇心」とも仰いました。「『ボヴァリー夫人』論」を書かれたことは大きかったんでしょうか。

それは非常に大きいものであったことは確かです。ボヴァリー夫人』論に費やした労力の、100分の1も、この小説には費やしておりません。

――「三島賞を与えたことは暴挙」とおっしゃったのですが、なぜ候補を断ることをしなかったのでしょうか。

なぜかについては一切お答えしません。お答えする必要ないでしょう。

――講評には「作品として一つの時代の完結した世界を描いている」という話がありました。この作品を現代の今、書く理由というものが、蓮實さんの中にあったのでしょうか。

全くありません。というのは、向こうからやってきたものを受け止めて、好きなように、好きなことを書いたというだけなんです。それでいけませんか?何をお聞きになりたかったんでしょうか。

――80歳になられるところですが、今年の執筆予定など決まっているものがあれば教えてください。

何についてでしょう。小説をまた書くということですか。

――小説とか、研究、批評とか。

小説を書くという予定はありません。書いてしまうかもしれません。なにせ小説というのは向こうからやってくるものですから。あと、ジョン・フォード論は完結しなければいけないと思っておりますが…。

この作品について、どなたか聞いて下さる方はおられないんでしょうか。

――何がやってきて、何について書かれたものでしょうか。文学的研究者として第三者だとしたら、どのように評価されますか。

評価については先ほど申しあげた通りです。「相対的に優れたものであり、あんなものはいつでも書ける」ということです。それから、最初の質問はなんでしたっけ。

――向こうから、何が来たんでしょうか。

向こうから来たというのは、いくつかのきっかけがあったことはお話ししておいたほうがいいと思います。

――「書きたいなぁ」と思われたのはいつ頃でしょうか。

「書きたいなぁ」とは一度も思っておりません。

――何について書かれた作品なのでしょうか。

え?

――何について書かれた作品なのでしょうか。この中で、自分は何を書いたと…。

まったく何も書いていません。あの、お読みになって下さったのでしょうか。そしたら、何が書かれていましたか。

この小説は、私が書いたものの中では、一番女性に評判がいいものなんです。私は細かいことは分かりませんが、たぶん今日の選考委員の方々の中でも女性が推してくださったと私は信じています。

――今回は、場所は日本ですけれども、いろいろと海外もでてくる。回想の中でいろいろな場所がでてきますし、歴史的な背景も出てきます。改めて小説的なディテールを書くときに、何かお調べになることがあったのか。それは一切なく、想像の中だけで書き進められたのか。

私の想像の中だけで書き進めたわけですけれども、同時に読んでいた書物の中から、「あ、これは面白い」と拾ったケースなどもあります。

――伯爵夫人と若い青年との出会いというのが、なにか蓮實さんが映画でご覧になったり読んだりしたものが知らずに来たのか。それとも最初に伯爵夫人のような女性が先に出て来たのか。それとも逆に青年が先に来て、伯爵夫人がでてきてしまったか。その辺りお伺いできれば。

今のご質問ですけれども、私を不機嫌にさせる限りの質問ですのでお答えいたしません。

――冒頭の一文に「ばふりばふり」という、ちょっと変わった擬音語がでてきたり、おもしろい日本語、言葉が多いのですが。こういう言葉というのは、どういうふうに使われたのか伺いたいと思います。

「ばふりばふり」というのは、戦前に中村書店という漫画を出している書店がありました。その中で2人の少年が東南アジアに旅する話がありまして、その中で、東南アジアの天井に張ったカーテンを、冷房のために揺らすわけです。その時に「ばふりばふり」という言葉を使っていたので、私が今からほぼ70年前に読んだ言葉が、そのままそこに出てきたものとお考えいただいていいと思います。

――依頼があったから書いたという…。

は?

――依頼があったから書いたと…。

いえいえ、そうでありません。

――「小説が向こうからやってきた」ということでしょうか。

そういうことです。

――逆に伺いたいのですが。研究者の目で「相対的に優れたものでしかない」と思いながら、小説というものは書いたりできるものなのでしょうか。やっぱり何か情熱やパッションがなければ書けないと思うのですが。

情熱やパッションは全くありませんでした。専ら、知的な操作によるものです。

――戦争に向かう今の時代の危うさとか、卑猥なイメージで読者を揺すぶってみたいとか。そういう意図はない感じでしょうか。

申し訳ありません。おっしゃることの意図がわかりません。

――先ほど「小説が向こうからやってきた」「知的好奇心」とも仰いました。「『ボヴァリー夫人』論」を書かれたことは大きかったんでしょうか。

それは非常に大きいものであったことは確かです。ボヴァリー夫人』論に費やした労力の、100分の1も、この小説には費やしておりません。

――「三島賞を与えたことは暴挙」とおっしゃったのですが、なぜ候補を断ることをしなかったのでしょうか。

なぜかについては一切お答えしません。お答えする必要ないでしょう。

――講評には「作品として一つの時代の完結した世界を描いている」という話がありました。この作品を現代の今、書く理由というものが、蓮實さんの中にあったのでしょうか。

全くありません。というのは、向こうからやってきたものを受け止めて、好きなように、好きなことを書いたというだけなんです。それでいけませんか?何をお聞きになりたかったんでしょうか。

――80歳になられるところですが、今年の執筆予定など決まっているものがあれば教えてください。

何についてでしょう。小説をまた書くということですか。

――小説とか、研究、批評とか。

小説を書くという予定はありません。書いてしまうかもしれません。なにせ小説というのは向こうからやってくるものですから。あと、ジョン・フォード論は完結しなければいけないと思っておりますが…。

この作品について、どなたか聞いて下さる方はおられないんでしょうか。

――何がやってきて、何について書かれたものでしょうか。文学的研究者として第三者だとしたら、どのように評価されますか。

評価については先ほど申しあげた通りです。「相対的に優れたものであり、あんなものはいつでも書ける」ということです。それから、最初の質問はなんでしたっけ。

――向こうから、何が来たんでしょうか。

向こうから来たというのは、いくつかのきっかけがあったことはお話ししておいたほうがいいと思います。

現在93歳になられる、日本の優れたジャズ評論家がおられますけれども、その方が12月8日の夜、あるジャズのレコードを聞きまくっていたという話があるわけですね。「今晩だけは、そのジャズのレコードを大きくかけるのはやめてくれ」と両親から言われたという話がありますが、その話を読んだときに、私はその方に対する大いなる羨望を抱きまして。結局、「1941年12月8日の話を書きたいなぁ」と思っていたんですが、それが『伯爵夫人』という形で私の元に訪れたのかどうかは、自分の中ではっきりいたしません。

――「書きたいなぁ」と思われたのはいつ頃でしょうか。

「書きたいなぁ」とは一度も思っておりません。

――何について書かれた作品なのでしょうか。

え?

――何について書かれた作品なのでしょうか。この中で、自分は何を書いたと…。

まったく何も書いていません。あの、お読みになって下さったのでしょうか。そしたら、何が書かれていましたか。

この小説は、私が書いたものの中では、一番女性に評判がいいものなんです。私は細かいことは分かりませんが、たぶん今日の選考委員の方々の中でも女性が推してくださったと私は信じています。

――今回は、場所は日本ですけれども、いろいろと海外もでてくる。回想の中でいろいろな場所がでてきますし、歴史的な背景も出てきます。改めて小説的なディテールを書くときに、何かお調べになることがあったのか。それは一切なく、想像の中だけで書き進められたのか。

私の想像の中だけで書き進めたわけですけれども、同時に読んでいた書物の中から、「あ、これは面白い」と拾ったケースなどもあります。

――伯爵夫人と若い青年との出会いというのが、なにか蓮實さんが映画でご覧になったり読んだりしたものが知らずに来たのか。それとも最初に伯爵夫人のような女性が先に出て来たのか。それとも逆に青年が先に来て、伯爵夫人がでてきてしまったか。その辺りお伺いできれば。

今のご質問ですけれども、私を不機嫌にさせる限りの質問ですのでお答えいたしません。

――冒頭の一文に「ばふりばふり」という、ちょっと変わった擬音語がでてきたり、おもしろい日本語、言葉が多いのですが。こういう言葉というのは、どういうふうに使われたのか伺いたいと思います。

記事に対してのコメント2名(これが一番まともな内容だった?) 
Shinji Schenker Tatano
そもそも「表層批評宣言」してる蓮實センセに、作者自身の体験とか作品の裏側を聞く記者の馬鹿を通り越した質問レベルに心底呆れたんだろうな、とこんなアホなオレでもセンセの「ご心境」をお察しし、心から同情いたします(笑) 蓮實センセの会見での司会者や記者どもは、質問する以前にまずは受賞者に対する敬意をはらって、正しい「日本語」を使うお勉強と、作品に対する適切な問いかけが出来る「教養」を身に付けてから質問しようよwこの国のマスコミの劣化にはホトホト呆れる。 あ、ちなみにワタシは”町山派”なので、センセの映画批評は大嫌いですwww
いいね! · 返信 · 8 · 2016年5月17日 15:51 · 編集済み

くろかわ けんたろう
日本で文学とかは難しいところかもしれませんね。日本で理解し易いところがあれば売れるとか利益、そのあたりでしょう。もっとも才能や資質に欠いたようなおじさんが、こうと信じる、女性作家とか若年フリーター作家を、実はネーム力0なのに、無理やり芥川、太宰だと押し付け、それをプロモーションするという狭い業界のある一日でしょう。広告様は、書籍や書店経営に最近力を入れており、例えばとして最近広告様がアメリカ合衆国から聞いたという、同性愛ドラマや小説が、いっぱいになりあふれる日も、もしかしたら近いかもしれません。こうした賞、広告活動とは一切、関わるなとは言えませんが、面白くないし、インターネットでは広告様よりより有意義な文章やコンテンツも得られます。こうした権威やビジネスを守るにはやはり鎖国し、外国からの情報を絶って、一流企業の子弟を縁故採用するを繰り返すしかないのではないでしょうか。幕府よろしく、広告様が指定したアイドル、書籍をこそ一般層は無批判に消費し続けるのでしょう。
いいね! · 返信 · 1 · 2016年5月16日 21:51
(記事引用)

注:作中、重複する部分がある。ペースト部分がうまくいかなくなった。直していると余計に混乱するので、同じ文は、飛ばして読むこと。
-編集筆者より-




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