2017年08月

何これ、怖い!「警告:機能上の利用上限を超えています」の原因
 NAVERまとめ  公式ブログ © LINE Corporation

警告: 機能の利用上限を超えています
この機能の利用度が許容レベルを超えています。節度をもってご利用ください。
この状況が続いた場合、利用停止となることがありますので、ご注意ください。


最悪アカウント停止もあり得るようです。恐怖は突然やってくる!? 更新日: 2012年09月25日
bloomvisionさんbloomvisionさん 

警告: 機能の利用上限を超えています
この機能の利用度が許容レベルを超えています。節度をもってご利用ください。この状況が続いた場合、利用停止となることがありますので、ご注意ください。
節度をもってといわれても、こっちは久々の投稿だよ!なんだってんだよぉぉぉぉ。

考えられる原因

「いいね」を連発した。

200文字程度が長文だとは考えづらいなぁ・・・。
通報された。
 http://2chart.fc2web.com/2chart/pic/inugatuuhousimasuta.jpg
・・・え!!何をやったの私?身に覚えがない。
というか通報されるような内容はない。お気に入り詳細を見る
知らない人にFacebookを通じて連絡をとりまくった。

知らない人にFacebookを通じて連絡をとりまくった。
 http://kwout.com/cutout/f/p5/kr/wdc_bor.jpg
そこまで器の広い人間ではございません。知らない人に自ら用もないのに連絡する勇気と行動力なんてあるわけないじゃないですかぁ

こんな迷惑行為がアカウント停止になるようです。
Facebookから警告(複数回を含む)を受けたにもかかわらず、禁止されている行為が続いた場合
当まとめのタイトルにある警告はあった。でもその意味がわかんないんですよ!
嫌がらせ、広告、宣伝、出会い、その他の不適切な行為を目的として、他のユーザーに一方的に接触した場合
逆もあり得るよね。自らやった覚えはない。お気に入り詳細を見る

虚偽の名前を使用した場合

実名だからこそ同級生と連絡がとれた。よって虚像ではないのであります。

Facebook利用規約に違反するコンテンツを投稿した場合

これには、猥せつまたは性的に露骨な写真や、過度に暴力的な写真が含まれます。個人やグループを脅す、怖がらせる、嫌がらせをする、不要な注意を引きつける、または辱めるようなコンテンツ、写真、記述も削除されます

アカウントが第三者に不正利用された場合

なにこれ!これはこれで怖い。
利用規約(Statement of Rights and Responsibilities) | Facebook
https://www.facebook.com/note.php?note_id=10150282884035301
Facebook Site Governanceさんが利用規約(Statement of Rights and Responsibilities)というタイトルのノートを投稿しました。

ここから全文を読むことができます。
shutterstock_269884556
お気に入り詳細を見る

当然といえばそうでしょうね。でもそんなことは一切やってない。
結構、無実の被害者が多いみたいです

(投稿記事引用)
(通告された皆様の意見を掲載)
・・・
私もきた~







クルーグマン教授“日本に謝りたい…” 教訓生かせぬEUのデフレ危機を嘆く
newsphere Oct 31 2014 
 世界経済の低迷が続く中、海外メディアでは特にユーロ圏の経済危機に警鐘鳴らす記事が目立ちはじめている。多くは、1990年代後半以降の日本を例に挙げ、デフレスパイラルに陥る危険性を論じている。中でもノーベル賞経済学者のポール・クルーグマン教授は、ニューヨーク・タイムズ(NYT)紙上で「欧米は日本以上に深刻なスランプに陥った」と悲観的だ。
面頬2-正面L
◆クルーグマン教授「我々は今、日本に謝るべきだ」
 クルーグマン教授は、日本の「失われた20年」は、「反面教師として、先進国経済が進むべきではない道を示してきた」とNYTに寄せたコラムで述べている。そして、自身も日本が取った政策を批判してきた一人だと記している。しかし、「我々は今、日本に謝らなければならない」と心情を告白。批判そのものは間違ってはいなかったが、認識が甘かったとしている。

 それは、欧米が日本の教訓を全く生かすことなく、「起きるはずではなかった」数々の失敗を積み重ね、日本よりもさらに深刻な状態に陥ったからだという。「特に2008年以降の失態は、日本の失敗が霞むほどに大きなものだった」と嘆く。その例として、ドイツをはじめとするヨーロッパの緊縮政策や、「2010年以降のアメリカのインフラ支出の崩壊」を挙げている。また、欧州中央銀行がインフレを予防するために行った2011年の利上げは、「積極的に成長を破壊した」致命的なミスだったと指摘する。

 欧米が日本の教訓を生かせなかった理由については、「我々の社会に巣食う根深い格差のためだと思う」と述べている。

◆ユーロ圏は日本のようにデフレに耐えられない
 現在のヨーロッパ経済について、エコノミスト誌は「6年間で3度目の不況に陥る瀬戸際にいる」としている。同誌によれば、既にユーロ圏の8ヶ国で物価が下がっており、地域全体のインフレ率は0.3%に落ち込み、来年にはマイナスに転じる恐れもあるという。「スタグネーションとデフレに向かっている」と記す。

 同誌は、日本のデフレが世界経済に与えた影響を「良くないものだが、終末的というほどではない」と表現する。一方、ユーロ圏がデフレに陥れば、日本経済のように「孤立したケースではない」ため、世経済界にずっと大きな悪影響を与えるとしている。

 また、「均質でストイックな日本社会とは違い、ヨーロッパ諸国は手をたずさえて経済の停滞と物価の下落に耐えることはできないだろう」とも論じている。具体的には、デフレによって需要が落ち込めば債務不履行が増え、1930年代の世界大恐慌と同様の危機が襲うとしている。

◆3段階を経て日本型デフレスパイラルに陥る?
 カナダの経済紙『フィナンシャル・ポスト』は、投資銀行のバークレイズ・キャピタルが発表したヨーロッパのデフレに関する報告書を取り上げている。
 
 それによれば、ヨーロッパのデフレは3つの段階を踏んで進むという。第1段階では、予想を下回る消費者物価指数に投資家たちが反応し、株価が10%下落。ここで各国政府や欧州中央銀行が適切な対応をすれば、「市場は素早く安定」し、デフレは免れるという。

 しかし、第1段階で対処に失敗すれば、消費者物価指数は下がり続け、株価がさらに10%下がる第2段階に至る。さらに「市場が日本型の長期的なデフレスパイラルに陥ることを恐れる」結果、第3段階では株価が40%以上下がるという。報告書は、日本は実際にそれを経験してきたと結んでいる。

そして日本経済が世界の希望になる (PHP新書) [amazon]
(記事引用)

バフェットの神通力も衰えか?ITがもたらす時代の大きな変わり目の象徴か?
記事 韋駄天太助いだ2017年08月28日 20:14
ウォーレン・バフェット氏も86歳です。当たり前ですが、4年後には90歳です。
どんな天才も加齢による思考力や判断力の低下には抗えないのかなあと氏に対して思うことも多くなりました。

今年に入ってからバフェット銘柄としても有名な小売り大手のウォルマート株をほとんど売却しました。
大きな理由の1つはネット通販に浸食されているからでアマゾンの影響が一番大きいことは明らか。

更には、今年IBM株の保有も大きく減らしました。IBMに立ちはだかったのもクラウド事業にも強いIT企業の顔も持つアマゾン。
IBM株への投資は比較的新しく2011年からの保有なので、バフェットが5〜6年で手放すのは長期投資の見通しを最初から誤ったと言えるかも知れません・・。

更には、業績低迷のGE株も見切り売りで全て売却したようです。
また、不祥事が続く金融ウェルズ・ファーゴの保有も少し減らしたようです。

一方、アップルは買い増しして今やバフェット(バークシャー)銘柄の第3位に位置していますが、最初の保有が明らかになったのは2016年初めなので凄いペースで買い入れています。
今年の株主総会では自分のポートフォリオに打撃を与えたアマゾンを賞賛し、投資機会を逃したことを失敗だったと悔やみました。
また、グーグルについても同様の考えのようです。

友人のビルゲイツが創業したマイクロソフトに投資しないことも「わからない」「ITは苦手」としていたバフェットが、老舗ITのIBMに投資したことも驚きでした。
バフェットがITの中で選ぶならビジネスモデルもわかりやすいIBMかなと思う反面、IBMの長期的成長には懐疑的で何故自分の禁を破ってITに手を出す必要があるのかと思ったのが反面。

アップルに手を出し始めるのが遅すぎるし(バフェット流ではシェアを確保して高価格で利益を稼いてビジネスが継続出来る礎が築かれたと判断できるまで美味しい時期はスルーするのが定石かも知れないが)、グーグルやアマゾンを買わなかった(バフェット流では買えなくて当然の)ことを悔やむのもバフェットらしくないと思う。

GEやウェルズファーゴも含めれば、バフェット銘柄の中で長期投資に値しない銘柄が増えてバフェットの神通力に陰りが見られて、天才も86歳になれば判断力や思考力が落ちて来るのは抗えないことでやむを得ない面もあるのかも知れません。
しかしながら、アマゾンに負けたIBMやウォルマート、急いで組み入れているアップルのIT関連に限れば、「わからないものには手を出さない」バフェット流では太刀打ち出来ない100年単位の大きな時代の変化を象徴しているのかも知れません。

オフィスの机にパソコンも置かないバフェットがアマゾンを高く評価できたとも思えません。
(能力を言っているのではなく、見て触れて感じないモノは「わからない」から投資出来なかった筈)

おそらく両方の影響があると思いますが、86歳のバフェットも自分の基本方針を変更してまで対応しないと、長期投資の前提となる安定的な社会インフラさえIT企業が握って大きく未来を変えてしまい兼ねない(スマホ、AI、自動運転、IoT等)時代の大きな転換点を象徴しているのかも知れませんね。
(記事引用) 

ビットコイン3000ドルまで止まらない上昇はチューリップバブルの再来か本物か?
経済的自由を実践ブログ韋駄天太助 年07月25日 11:35
ビットコインが1500ドルを越えて高値を更新と書いたのが5月初旬でしたが、それでバブルとか甘かったですね!?
まあ、バブルは弾けるまでわからないし天井を当てることも無理な訳ですが、ビットコインの価格上昇は右肩上がりで天井を考える方が無意味なのでしょうか?
6月12日に3000ドル台の高値を付けたので1500ドルで目を瞑って買っても約1カ月で2倍になった訳ですが、まあまともに正当化できる上昇ではないですよね。
その後は右肩下がりで7月16日には2000ドル割れまでビットコインらしく急落しましたが、今度は1約1カ月で33%減です。
そこから4日後の20日には2800ドル台まで戻し(たった4日で40%の上昇!)、今日現在も2700ドル台で推移していますね。
2000ドル割れの急落を見せた理由は、8月1日に複数の陣営に分裂するとの懸念があったからですが今も懸念が払しょくされた訳ではないようです。
正直、ビットコインに詳しい訳ではない自分も分裂とか何を言っているのかわからない部分もあるのですが、おい責任者出てきてちゃんと説明しろよと言いたくても責任者がいないビットコインの怖さと不安定さを象徴している出来事かも知れませんね。
総裁の黒田さん、一体どういうことやねん?ワシの大事な円やねん!ちゃんと説明せえや!
と、ビットコインでは文句言えません!?
草の根の仮想通貨で、誰が考えて誰が決めて誰が責任取るの?
こんな管理体制で今後も上手くやっていけてビットコインは進展し続け本当に価値も上がり続けるの?
と、疑問や不安が噴出して当然だと思います。
8月1日前後にまた大きなジェットコースターを乗っている方は楽しめるのでしょうか?
(いや、楽しめるのは高みの見物で懐の痛みと関係ない外野の方ですね[笑])
これから10倍・100倍になるのだから現状の2倍とか半減でビクビクする必要はない!
押したところは黙って買っておけばいいと考える人が多いから、暴落から4日で高値近辺まで戻してしまうんでしょうか?

ビットコインが17世紀オランダで起きたチューリップバブルの再来という可能性はないのでしょうか?
何れにせよ、くれぐれも失っても痛手にならない範囲の金額だけでビットコインに投資・投機・ベットすることをお勧めします。

(記事引用)








瀬島龍三
大本営作戦参謀・伊藤忠商事元会長 父が教える歴史話
大本営作戦参謀などを歴任し、最終階級は陸軍中佐。戦後は伊藤忠商事会長、中曽根康弘元首相の顧問など多くの要職に就任し、政治経済界に大きな影響力を持ち、「昭和の参謀」と呼ばれた。号は「立峰」。義父は岡田政権で内閣総理大臣筆頭秘書官を務めた松尾伝蔵(陸軍大佐)である。
更新日: 2015年09月30日https://matome.naver.jp/odai/2144359715529862701
1911年12月9日、富山県西砺波郡松沢村鷲島(現在の小矢部市鷲島)の農家で村長の瀬島龍太郎の三男として生まれた[2]。旧制富山県立砺波中学校、陸軍幼年学校を経て、1932年に陸軍士官学校(第44期)を次席(首席は原四郎)で卒業し、昭和天皇から恩賜の銀時計を受けた。その後、富山歩兵第35連隊附の歩兵将校として従軍。その後は師団長の推薦により陸軍大学校(第51期)に入学、1938年12月8日に首席で卒業し、昭和天皇から恩賜の軍刀を受けた。御前講演のテーマは「日本武将ノ統帥ニ就テ」。
20160107-00053194-roupeiro-001-2-view
その後、1939年1月15日に関東軍隷下の第4師団参謀として満州へ赴任し、同年5月15日には第5軍(司令官・土肥原賢二陸軍中将)参謀となり、同年11月22日に大本営陸軍部幕僚附関東軍参謀本部部員となる。翌1940年には、大本営陸軍部作戦課に配属される。なお、この関東軍参謀時代に瀬島は対ソ示威演習である関東軍特種演習(関特演)の作戦担当として作戦立案にあたった。 出典nozawa22.cocolog-nifty.com
1941年7月に大本営陸軍部第1部第2課作戦班班長補佐となる。同年12月8日の大東亜戦争(太平洋戦争)開戦以降、陸軍の主要な軍事作戦を作戦参謀として指導した。主任として担当したものを含めて、主なものは南方作戦におけるマレー作戦(E作戦)・フィリピン作戦(M作戦)や、ガダルカナル撤収作戦、ニューギニア作戦、インパール作戦、台湾沖航空戦、捷一号作戦、菊水作戦、決号作戦、対ソ防衛戦などであった。瀬島は特攻作戦である菊水作戦時、第6航空軍の作戦参謀として南九州の陸軍基地で勤務した。
1944年12月、単独でモスクワに2週間出張した。

1945年1月、島村矩康陸軍大佐/連合艦隊常勤参謀が戦死、その後任に瀬島が選ばれた。2月25日、海軍の連合艦隊参謀兼務となり、最終階級は陸軍中佐となった。6月末まで、同僚の千早正隆海軍参謀と共に本土決戦準備のため日本各地を調査している。特に、高知県沿岸を決号作戦における米軍の上陸予想地点として、第55軍の作戦指導に熱心に取り組んだ。瀬島は迫水久常(鈴木貫太郎内閣内閣書記官長)と親戚であることを千早に打ち明け、迫水を通じて鈴木貫太郎首相に戦局の実情を訴えたという。
 
出典z-shibuya.cocolog-nifty.com

1945年7月1日、関東軍作戦参謀に任命され、満州へ赴任。同年8月15日の日本の降伏後の8月19日、ジャリコーウォでソ連軍と停戦交渉を行う。日本側の参加者は、関東軍参謀長秦彦三郎、瀬島作戦主任(中佐)、在ハルビン日本総領事宮川舩夫、ソ連側の参加者は、極東ソビエト赤軍総司令官アレクサンドル・ヴァシレフスキー元帥、第一極東方面軍司令官キリル・メレツコフ元帥、同軍司令部軍事会議委員シュチコフ大将であった。このとき瀬島は軍使として同地を訪れたため、内地に帰還することは可能であったが、同年9月5日、関東軍総司令官山田乙三陸軍大将や総参謀長秦彦三郎陸軍中将らとともに捕虜となった。この交渉の際、日本人労力提供について密約が交わされたという説が刊行されたが、瀬島は否定している。

シベリア抑留
その後、瀬島はソ連のシベリアへ11年間抑留されることとなる。このとき本来捕虜としての労働の義務のない将校であるにもかかわらず強制労働を強いられ、建築作業に従事させられた。後にこのときのことを諧謔として「佐官が左官になった」と述懐している。
 
出典www.amazon.co.jp
1956年、シベリア抑留から帰還した。アメリカは日本の警察などに依嘱して、舞鶴港で1週間にわたり拘禁尋問した[要出典]。設立直後の自衛隊に入るよう原四郎から再三の誘いを受けたが、瀬島の長女が反対したため断念した。
瀬島はシベリアからの復員兵の就職斡旋に奔走し、1958年に商社の伊藤忠商事に入社する。1960年、伊藤忠商事航空機部長。入社3年目の1961年には業務本部長に抜擢され、翌1962年に取締役業務本部長、半年後に常務となる。その後も、同社がかかわる様々な案件で重要な役割を果たし、1968年に専務、1972年副社長、1977年副会長と昇進し、1978年には会長に就任した。

この間、防衛庁防衛研究所の戦史叢書「大本営陸軍部 大東亜戦争開戦経緯」の執筆協力、1972年11月にはハーバード大学ジョン・F・ケネディー・スクール・オブ・ガバメントにて「一九三〇年代より大東亜戦争までの間、日本が歩んだ途の回顧」という講演を行った。
 
出典blog.goo.ne.jp
1981年に相談役、1987年に特別顧問に就く。この間、中曽根政権(1982年~1987年)のブレーンとして、第二次臨時行政調査会(土光臨調)委員などを務め、政治の世界でも活躍した。また、大韓民国の軍事政権の全斗煥や盧泰愚等とは、両名と士官学校で同期の権翊鉉(クォン・イクヒョン、권익현)を通じて彼等が若手将校時代から親しく、金大中事件、光州事件等内外の事情で日韓関係が悪化していた1980年代初頭の時期に、戦後初の公式訪問となった中曽根康弘首相の訪韓実現や全斗煥大統領の来日や昭和天皇との会見の実現の裏舞台で奔走し、日韓関係の改善に動いた。

ソウル五輪開催の際にも影響力を行使し、当時有力視されていた名古屋市の招致に本腰を入れないよう要請していたとする説が複数の書籍で唱えられている。
1984年に勲一等瑞宝章を受章。他にも亜細亜大学理事長、財団法人千鳥ケ淵戦没者墓苑奉仕会会長、財団法人太平洋戦争戦没者慰霊協会名誉会長などの公職を歴任した。2000年に伊藤忠商事特別顧問を退任。
 
出典www.momocafe.oheya.jp
2007年(平成19年)春、入院中の瀬島は同台経済懇話会常任幹事野地二見に「安倍首相の『美しい国』づくりという提唱はとても良いことだと思っている。しかし具体的な政策を出さないと国民がついて行けない。ここで同台としての最後の御奉公として、骨太な柱となる具体的な提案をしたらどうだろう。皆の知識と経験を集結して、国民に判り易く、そして国際的にも日本の姿勢がアピール出来るようなテーマを考えてみたらどうか」といった。こうして平成19年5月30日、同台経済懇話会会長として瀬島龍三は安倍首相に提出した提案書のなかで美しい国づくりの大テーマとして近未来を見据えた地球温暖化対策、クリーンエネルギーの増加、豊かな良い水を護ることを提案した。クリーンエネルギー提案書では、10年間で風力と太陽光で電力の30%を達成するために、風力とソーラーの統合発電機構をつくり、関係産業各社と電力会社の協力を推進すること、太陽光ケーブルの大々的利用(重層利用、地下発電も可能となる)、ソーラー関係機器商品の開発奨励などを提案、森と水資源に関する提案書では、特に定年を迎えた元気なシルバー世代への啓発事業、保水と空気清浄の源となる里山の増加育成、湖沼・ダム・湾などの新しい装置・技術を活用した浄水事業を、山本卓眞(富士通名誉会長)、山口信夫(旭化成会長)、下山敏郎(オリンパス最高顧問)、小長啓一(前アラビア石油会長)、中條高徳(アサヒビール特別顧問)、野地二見(元産経新聞取締役)、秋山智英(元林野庁長官)、鈴木正次(元日本弁理士協会会長)、南崎邦夫(石川島播磨重工副社長)、小野寺俊一(元港湾協会会長)、小野重典(フジタ最高顧問)、植之原道行(元NEC副社長)、岸国平(農業研究センター所長)らと連名で提出した。

6月21日、妻の清子が老衰で90歳にて死去。それから3ヶ月足らず後の9月4日、妻を追うように老衰のため東京都調布市の私邸において95歳にて死去。死後、従三位が贈られた。同年10月17日には、築地本願寺において、伊藤忠商事と亜細亜学園主催による合同葬が執り行われた。
 
出典anshare.exblog.jp
日下公人が瀬島龍三に開戦前夜の大本営について質問した。1941年11月26日にハル・ノートが出た頃、ドイツ軍の進撃がモスクワの前面50kmで停止し、大本営は「冬が明けて来年春になれば、また攻撃再開でモスクワは落ちる。」と考えていた。「本当に大本営はそう思っていたんですか?」と瀬島龍三に尋ねると「思っていた。」と。続けて「もしもドイツがこれでストップだと判断したら、それでも日本は12月8日の開戦をやりましたか?」と尋ねると、「日下さん、絶対そんなことはありません。私はあのとき、大本営の参謀本部の作戦課にいたけれど、ドイツの勝利が前提でみんな浮き足立ったのであって、ドイツ・ストップと聞いたなら全員『やめ』です。それでも日本だけやるという人なんかいません。その空気は、私はよく知っています。」と。

晩年にフジテレビの番組『新・平成日本のよふけ』に出演し、自らの人生や日本のこれからについて滔々と語った。この中で太平洋戦争について、個々の局面においては判断ミスがあったことを認め、戦火の拡大、日本国民及び周辺諸国への被害の拡大、敗戦についての責任の一端は自分にあるとの発言をしたが、開戦については不可避であったとの認識を示した。
また、シベリア抑留について瀬島は「日本の軍人や民間人の帰国を規定したポツダム宣言(9条)違反であり、日ソ中立条約を破っての対日参戦とともに、スターリンの犯罪であった」と述べている。また、日独伊三国同盟の締結についても、「断じて実施すべきではなかった」と述懐している。

同台経済懇話会常任幹事野地二見には、「最期の最期まで国のために尽くせよ」と語った。
 
出典www.amazon.co.jp
阿南陸相の義弟で軍事課の竹下正彦中佐(42 期)によれば、瀬島の案文は手を入れる必要がないほど完璧で、無修正のまま班長、課長、部長、参謀総長の判子が押されたほどで、竹下は「瀬島君は作戦課の若手課員だったが、我々は陰で瀬島参謀総長と自嘲気味に呼んでいました」と語っている。瀬島は「私は起案する前に上司の意図がどこにあるかをじっくり考え、私情を入れずに起案していたので、結果的にフリーパスになっただけですよ」と答えている秦郁彦は、このような瀬島は同じ作戦課出身でも独断専行の横紙破りを重ねた辻政信(36 期)とは対照的としている。

終戦直前、瀬島と4ヶ月間行動を共にした千早正隆海軍中佐は「本当に心を打ち明けられた陸軍関係者は瀬島だけ」としているが、太平洋戦争における日本陸海軍の協力体勢についての瀬島の戦後証言には不満を述べている。お気に入り詳細を見る
 
出典blog.goo.ne.jp
(記事引用)












資産の半分以上を寄付する「ギビングプレッジ富豪」20人 
フォーブス ジャパン 2017年08月12日 16:58Forbes JAPAN 
ザッカーバーグ、イーロン・マスク、マーク・ベニオフ…… 資産の半分以上を寄付すると「宣誓」した、大富豪たちの寄付先は?
TX160929_2200_PR006
「ギビングプレッジ」は、2010年にビル・ゲイツとウォーレン・バフェットが立ち上げた寄付啓蒙活動。呼びかけに応えた世界の大富豪が、「総資産の半分以上を慈善事業に寄付する」ことを、公式ウェブサイト上で宣誓する。

世界の寄付を牽引するとともに、死後でなく人生の早い段階から寄付を始めることで、寄付金の使い道や結果に関与できる仕組みでもある。現在の賛同者は、33歳から101歳の169人。うち、とくに影響力の大きい20人を選び、彼らの寄付金の行方を追った。

寄付先や額などは、「Chronicle of Philanthropy」および「Inside Philanthropy」のデータベースを用いた。匿名も多く、寄付先の網羅は難しいが、これらのデータは、主に寄付先への取材に基づく。以下、資産が多い順に20人を紹介する。

1. ビル&メリンダ・ゲイツ
マイクロソフト共同創業者&妻。資産885億ドル。ゲイツ財団は資産400億ドル超、世界最大の慈善基金財団。

寄付分野:医療、貧困、教育
寄付先:GAVI Alliance(ワクチン支援:15億ドル)、United Negro College Fund, Inc.(奨学金:15億ドル)、Alliance for a Green Revolution in Africa(アフリカ農業支援)

2. ウォーレン・バフェット(86)
投資会社バークシャー・ハサウェイCEO。資産742億ドル。2006年、300億ドルをゲイツ財団に寄付すると宣言。

寄付分野:教育、保健、経済発展、核、子ども
寄付先:Bill & Melinda Gates Foundation(300億ドル)、一族の財団[Susan Thompson(教育)、Howard G. Buffett(飢餓)、NoVo(女性)、Sherwood(子ども)

バフェットの寄付は“ハンズオフ”型。信頼できる人物に、富を一元信託する。バフェットは資産の99%を寄付すると宣言しており、83%はゲイツ財団へ、残りは一族のもつ4つの財団へ投じる。ゲイツ財団への寄付は、自社株1000万株のうち年5%ずつの譲渡を基本とするが、バフェットのいつもの投資スタイルと同じく、譲渡額はゲイツ財団の“前年度のパフォーマンス”に応じて変動する契約だ。

3. マーク・ザッカーバーグ(33)&プリシラ チャン
フェイスブック創業者とその妻。資産633億ドル。自身の財団にフェイスブック株の99%(450億ドル)を寄付すると宣言。

寄付分野:教育、医療、エネルギー
寄付先:Biohub(疾病予防・治療の基礎研究:6億ドル)、Breakthrough Energy Coalition(クリーンエネルギーファンド)、Andela(アフリカにおけるエンジニア育成)

2015年の女児誕生を契機に、自社株の99%を寄付すると宣言。ChanZuckerberg Initiativeを通し、教育、医療などに長期投資を行う。同団体はLLCであり、拠出先は非営利組織に限定されない。インパクト投資を含めた幅広い取り組みが行われている。

4. ラリー・エリソン(72)
オラクル共同創業者。資産558億ドル。母や共同創業者がガンで死去したため、老化・医療分野に最も力を注ぐ。
寄付分野:医療(老化)、野生動物、教育

寄付先:Ellison Medical Foundation(老化・がん研究)、The Lawrence Ellison Foundation(野生動物・環境)、University of Southern California

5. マイケル・ブルームバーグ(75)
通信会社ブルームバーグ創業者・現CEO、元ニューヨーク市長。資産498億ドル。最大の寄付先は母校ジョンズ・ホプキンズ。

寄付分野:教育、健康、環境 
寄付先:ジョンズ・ホプキンズ大学(10億ドル)、C40 Cities Climate Leadership Group(地球温暖化)、Bloomberg’s Arts Advancement Initiative(NY市アート)

6. ポール・アレン(64)
マイクロソフト社共同創業者。資産201億ドル。主に北米太平洋岸エリアへの寄付活動で知られる(寄付額の70%)。

寄付分野:北米西岸の医療、教育、文化
寄付先:Allen Institute for Brain Science(脳研究)、Washington State University(IT支援)、EMP(シアトルの音楽&SF博物館)

7. アジム・プレムジ(71)
インドのIT王者。ウィプロ創業者。資産167億ドル。「インドの初等教育の一般化」のため20億ドルの自社株を寄付に。

寄付分野:インドの初等教育
寄付先:Azim Premji University(インドに大学設立)The Aangan Trust(インドの女児保護)Railway Children(ストリートチルドレン支援)

8. イーロン・マスク(45)
ペイパル、テスラ、スペースXの創業者。資産159億ドル。

寄付分野:新/再生エネルギー、宇宙、小児医療、科学教育
寄付先:Give Power Foundation(再エネによる途上国支援)、X-Prize Foundation(新規分野のコンペ主催)、Future of Life Institute(AIの脅威研究)

イーロンの寄付理念は、その簡素すぎる財団ウェブサイトからも明確だ。対象は、より明確に未来を変革しうる“技術”。コンペによるインセンティブで世界の知を集結し、新規分野の開発や社会問題の解決に挑むXPRIZEへの寄付はまさにイーロン的。

9. ウラジーミル・ポターニン(56)
鉱業、金属などのコングロマリット「インターロス」創業者。資産131億ドル。ロシア1人目のGivingPredge宣誓者。

寄付分野:教育、芸術
寄付先:主にロシア国内にて、奨学金制度、オリンピック選手養成、科学技術研究支援、寄付文化教育など。

10. ハッソ・プラットナー(73)
企業向けソフト大手「SAP」共同創業者。資産126億ドル。スタンフォードのDスクール設立など高等教育に注力。

寄付分野:高等教育、AIDS、エネルギー
寄付先:Hasso Plattner Institute(ベルリンに工科大を設立)、Hasso Plattner Institute of Design at Stanford University Isombululo(アフリカのHIV啓発)
11. ゴードン(88)&ベティ・ムー
インテル創業者とその妻。資産73億ドル。Gordon and Betty Moore Foundationは資産64億ドルでUS最大級。

寄付分野:環境 、医療(患者ケア)、科学
寄付先:University of California, Davis(看護学部)Oceans and Seafood Markets Collaboration(海洋保護)

12. ジョージ・ルーカス(73)&メロディ・ホブソン
夫:映画監督。資産52億ドル。妻:投資顧問会社アリエル・インベストメンツ創業者。

寄付分野:教育、芸術、保健
寄付先:Michigan State University、Stanford University Lucas Cultural Arts Museum(博物館:建設中)

13. リン&マーク(52)・ベニオフ
セールスフォース・ドットコム創業者とその妻。資産44億ドル。カンパニー・フィランソロピーの旗手。

寄付分野:子どもの医療・教育・貧困支援
寄付先:UCSF Benioff Children’s Hospital(小児病院設立)、Children’s Hospital & Research Center Foundation(小児病院支援)

公益資本主義モデルの立役者の一人。1999年のセールスフォース創業当初から「1-1-1モデル(製品、株式、就業時間の1%を社会貢献に)」を定め、徹底。後に世界550社が追随した。地域の小児病院のほか、さまざまな非営利団体に寄付を行う。

14. マイケル・モリッツ(63)&ハリエット・ヘイマン
夫:米セコイア・キャピタルのチェアマンでグーグルの前取締役。元タイム誌の記者。妻:作家。資産36億ドル。

寄付分野:高等教育
寄付先:オックスフォード大学(母校:5億ドル)、シカゴ大学(5000万ドル)

15. デイヴィッド・ロックフェラー(101)
今年3月に101歳で死去。富豪一族の第3代当主、JPモルガン・チェースの元CEO。資産33億ドル。

寄付分野:教育、芸術、保健
寄付先:Rockefeller University(1.6億ドル)、MoMA(美術館:1億ドル)、Rockefeller Brothers Fund(保健・飢餓:2億ドル)

生涯寄付額は20億ドル超、ロックフェラー家の3代目当主。NY近代美術館(MoMA)、ロックフェラー大学やなどに多額の寄付を行った。死去に伴い、6億ドルがさまざまな組織に寄付される。半分ほどは世界開発の分野に分配される見込み。

16. テッド・ターナー(78)
CNN創業者。資産23億ドル。米国最大のフィランソロピストのひとり。国連など国際機関への多額の寄付でも有名。

寄付分野:環境、人道、女性の権利
寄付先:UN Foundation(国連基金:10億ドル)、League of Conservation Voters(自然保護:0.1億ドル)、Nuclear Threat Initiative(核脅威研究)

地球環境を守るために山を買う……突拍子もない? ターナーは全米に8000キロ平行メートル(東京都の4倍)をもつ米国屈指の大地主。多くは農地だが、曰く「個人所有でこそ恒久的に自然を残せる」。コロラドで、モンタナで、手付かずの山野が緑をなしている。

17. サニー(60)&シェリー・バーキー
インド生まれ、ドバイ拠点の教育事業ジェムズ創業者とその妻。資産21億ドル。“教育界のノーベル賞”主催など。

寄付分野:教育
寄付先:Pro.Svit(ウクライナの教員育成組織)、Teach For Ghana(ガーナの初等教育支援)、Jusoor Syria(シリアの初等教育支援)

18. ハムディ・ウルカヤ(44)
2007年創業のヨーグルトベンチャー「チョバーニ」CEO。資産17億ドル。難民支援に注力。

寄付分野:難民支援、医療、起業
寄付先:Tent Foundation(難民支援)、Global Enrichment Foundation(ソマリア教育支援)

チョバーニは2005年の設立から6年足らずでダノンを抜いた米国最大のヨーグルトブランド。同氏はクルド系トルコ人としてトルコに生まれ、米NYで起業。トルコに逃れたシリア難民の支援を皮切りに、各難民問題に同社利益の10%を投じている。

19. デイブ・ゴールドバーグ&シェリル・サンドバーグ(47)
夫:故人。妻:フェイスブックCOO。資産16億ドル。著書のタイトル名と同じ非営利組織Lean in、OptionBを創設。

寄付分野:女性、グローバルヘルス
寄付先:Lean in(女性支援)、OptionB(悲しみを乗り越えるための支援)、Second Harvest Food Bank(食料難支援)

20. 牛 根生(ニュ・ゲンシェン)(59)
中国最大の牛乳メーカー「蒙牛乳業」創業者。資産5億ドル。中国本土1人目のギビング・プレッジメンバー。自社株すべて(6億ドル)を自身の財団に寄付すると宣言。

寄付分野:主に中国国内の教育、医療、環境保護
寄付先:故郷・内モンゴル拠点の自身の財団を通じ、中国国内の教育、医療、環境保護、貧困撲滅などに注力。






私が菅官房長官に「大きな声」で質問する理由 
東京新聞・望月衣塑子記者インタビュー#1 - 大山 くまお
 文春オンライン 2017年08月11日 09:00
原則として平日の午前と午後、首相官邸で行われる菅官房長官の記者会見。今年6月以降、ここに突如として現れた一人の記者が注目されている。

「東京の望月です」と名乗ってから、矢継ぎ早に長官に質問をぶつける女性記者。東京新聞社会部、望月衣塑子記者(42)である。

 鉄壁の長官に果敢に攻め込むこの人は、一体どんな人なのか? 

望月衣塑子さん
img_109

菅さんが「俺にも我慢の限界がある」とこぼしたらしい
――望月さんが菅義偉官房長官の定例会見に出席するようになって2カ月ほど経ちました。官房長官の印象は変わってきていますか?

望月 全然変わりませんね(笑)。最近は「主観と憶測に基づいて聞くな」とか「あなたの要望に答える場じゃない」とか、私に対して個人攻撃的なことを言いはじめているとも感じています。産経新聞さんが私への批判記事(「官房長官の記者会見が荒れている! 東京新聞社会部の記者が繰り出す野党議員のような質問で」)を書いていましたが、会見とは国民に成り代わって、記者が政府への疑問や疑念をぶつけ、より国民にとって開かれた政治を作っていくきっかけになる場でもあると思っています。

 また、私は取材や出ている報道に基づいて、質問をしているつもりです。取材に基づいた記者の「主観」を質問で聞けないのであれば、取材から湧き出てくる政府への疑問や疑念をどう国民に成り代わって伝えろと言うのでしょうか。菅長官の言葉は、ジャーナリズムに対する冒瀆(ぼうとく)のようにも聞こえました。

手を挙げる記者を指す、菅官房長官 ©時事通信社

――個人攻撃をされて、正直どう思いましたか?

望月 菅さんは「この質問をしている女は変なやつだ」という色をつけたい、「印象操作」をしたいのかもしれません。それでも、私が怯まずに聞きたいことをガンガン聞くので、つい先日は、オフレコ会見で「俺にも我慢の限界がある」と番記者にこぼしたとも聞きました。

――望月さんが最初に菅官房長官の定例会見を取材したのが6月6日です。社会部記者が長官会見でガンガン質問するのは珍しいことだと思いますが、どんな経緯があったのでしょうか?

望月 私の追いかけていたテーマと政治の動きが点と線でつながり始めたことが大きいですね。どうしても自分で手を挙げて、政権のスポークスマンに質問をぶつけ、答えを聞きたいと。

「官邸の一存」の強さが悪い方に加速している
――点と線とおっしゃいましたが、どういうことなんですか?

望月 もともと私は武器輸出の問題を取材し続けていました。2014年4月に「武器輸出三原則」が撤廃されて「防衛装備移転三原則」が決まり、武器を他国に売って海外と共同開発も行っていくという方向に転換したことがきっかけです。これまでの「戦後70年」とは明らかに違う動きが出てきているという恐怖と、未来の子どもたちの為に何とかしなくてはいけないという思いに駆られるようになりました。

 これに重なって取材をしていく中で、大きな動きだと思ったのが、教育基本法の改正です。2006年、第1次安倍政権のときのものですが、教育基本法の前文の精神がなくなり、愛国心とか道徳とかナショナリズムを全面出す形に法律が変わった。取材で知りましたが、森友学園問題の籠池(泰典)さんが安倍さんに心酔した大きな理由は、これなんですよね。一方で、前川喜平前文科事務次官にインタビューしたとき、彼はこう言っていました。政権に疑問を感じるようになったのは、民主主義を根付かせるために作られた教育基本法が改正され、その精神が変わり、改正した教育基本法が愛国心を強化する流れになったときからだと。

――国のありかたが明らかに変わってきたと……。

望月 そうですね、その後、第2次安倍政権になり「安倍一強」となりましたが、「官邸の一存」の強さが悪い方に加速していると思うんです。加計学園問題の資料を出すか出さないか、森友学園の8億円値引きの経緯についての行政文書を出すか出さないかも「官邸の一存」次第。権力の中枢部でいったい何が起きているのかという疑問がすごく湧いてきました。

――望月さんはTBSの山口敬之・元ワシントン支局長の女性への暴行事件の「もみ消し疑惑」を訴えた詩織さんにインタビュー取材もされていますが、これに前川前次官、籠池氏といった取材で得た「点」が連なり、官邸権力という「線」が見えるようになったと。

望月 おまけに私が取材していた武器輸出を巡って、経産省、財務省の役人を呼びつけていろいろ指示していたのが和泉(洋人)補佐官。加計学園問題でもキーパーソンとして名前が挙がって驚きました。ここもつながりますか、と。

「菅話法」はある種の決壊状態だと思います
――6月6日以降、定例会見で望月さんが矢継ぎ早に質問を浴びせていく姿がおなじみになりましたが、同時に菅官房長官が「問題ない」「あたらない」と言い続ける、いわゆる「菅話法」も多くの人の目に触れることになりました。これだけ何も答えてもらえないと、質問していても嫌になりませんか?

望月 「問題ない」以外言えないのかな? って思いますけどね(笑)。番記者の方たちは2年半以上取材している方も多いそうなので、「菅話法」に慣れと諦めがあるのかもしれません。私は「菅話法」のことをまったく知らずに飛び込んでいったので、その強みはあったのかな。そもそも部外者なので、怖さを知らない(笑)。ここは重要だったと思います。その後、だんだん怖さがわかってきて、杉田さん(和博・内閣官房副長官/内閣人事局長)もいろいろ聞くと怖いですね。

手を挙げる望月記者を指す菅官房長官 ©時事通信社

――毎日新聞が「鉄壁ガースー決壊」と報じましたが、望月さんから見て「菅話法」が決壊した瞬間はあったでしょうか?

望月 どなたかがツイッターで「壊れたラジオ」とおっしゃっていましたけど、同じ言葉を繰り返しているのも、ある種の決壊状態です。「問題ない」「私の担当ではない」と言い続けるしかないし、本当は答えられるようなことも「何か言ってはマズい」と防御反応が働くから同じ答弁を繰り返すしかないのかもしれません。この前、TBS『あさチャン!』で菅さんが「国会で総理が説明した通り」「国会でお答えした通り」と同じ内容の答えを同じ日の記者会見で計10回も繰り返していたと放送していました。

――「壊れたラジオ」を目の当たりにして、「おかしい」と思うようになった人は増えたと思います。それが望月さんの空気を読まない質問でわかりました。一方、今は首相に記者が直接取材する「ぶら下がり」がないんですよね。

望月 8月3日の内閣改造発表後の記者会見でも、決まった社しか指していないと思います。安倍さんが加計学園の疑惑に対して、記者の取材に直接答えるのが一番理想ですけど、官邸は、安倍総理を何が何でも護ろうと必死ですから、そうはならないでしょうね。だから、ある意味、菅さんが一番大変だと思います。総理の疑惑の矢面に立ち、答え続けなければいけないので。

――でも、政権と官邸にアクセスする方法が他にない以上、菅さんに質問し続けるしかない。

望月 ないですよね。私たちがノックできる扉はそこしかないんですから。菅さんは菅さんで、自分の役回りを充分理解されていると思います。私も周りから「いつまでやるんですか?」と聞かれますが、しんどい時もありますが、疑惑が尽きない限り、他の人が質問をぶつけないのならば、私が行かざるを得ない。行かなくなったら行かなくなったで、「何かあったのか?」「消されたのか?」と思われてしまうでしょうし(笑)。

質問するときに気をつけていることは、大きな声で聞くこと
――ちなみに記者会見のとき、望月さんはどのあたりに座っているんですか?

望月 いつもだいたいみんな定位置に座っていますが、私は菅さんの真ん前、前から4列目あたりの中央ちょっと左側です。お互い顔がきちんと見える距離ですね。最前列は番記者さんが並んで座っています。

――記者会見動画を観ると、番記者の人たちの声が聞こえにくいんですが……。

望月 一番前に沢山いるので、聞き取りにくいこともあります。

――だからその分、望月さんの質問がはっきり聞こえます。

望月 ハハハ。私はもともと、やたらと声が大きいということもあるんですけど、質問は国民のみなさんが聞いているかも知れない、だからはっきりと聞こう、という意識はあります。

――官房長官に質問するとき、質問のテクニックとして気をつけているようなことはありますか?

望月 やっぱり大きな声かな(笑)。みんなに伝わるように質問しようという意識はありますね。菅さんからコメントを引き出すだけじゃなく、なぜそういうことを聞いているのかを含めて文脈が伝わるように質問しています。質問の根拠や取材した部分も話すので、「質問は簡潔にお願いします」って広報官の人に注意されてしまいがちなので、そこは改めてもっと気をつけなければならないのですが……。

質問したからには答えを聞き切るべき
――記者会見には細かいルールもありそうですね。

望月 自分の質問が続くときでも、必ず発言の最初には「東京の望月です」って名乗らなければなりません。つい質問をどんどんしたくて、名乗るのを忘れてしまうこともあるのですが……。

――そういえば、望月さんは質問するときに「菅さん」って呼ぶときがありますよね。他の記者は長官とか、菅長官とか呼びかけている気がしますが。

望月 たまに気持ちが先に行ってしまって、そうなってるときがあるかもしれません。ルールがあるわけじゃないと思いますが、確かに官僚の方には驚かれましたね。あの世界は必ず役職で呼ぶから。辞めた人でも総理経験者だったら「総理」と呼ぶのが文化なんだそうです。

――例えば6月8日の午前中の会見では、37分中じつに25回近くの質問をぶつけていましたよね。一人何問まで、みたいなルールは特にないんですか。

望月 なるべく多くの社に機会を与えるのは原則だと思いますが、本来、質問したからには答えを聞き切らなければならないはずだと思うんです。あの時は「同趣旨の質問を繰り返すのはやめてください」と広報官に注意されましたが、「きちんとした回答をいただけていないと思うので、繰り返し聞いています」と申し上げました。「菅話法」のままでは何も答えが出てこない。だから、手を変え品を変え、いろいろな角度で聞くことを心がけています。

――その辺り、もっと詳しく聞かせてください。

(#2につづく)

もちづき・いそこ/1975年東京都生まれ。東京新聞社会部記者。慶應義塾大学法学部卒業後、東京・中日新聞に入社。千葉・横浜・埼玉の各県警、東京地検特捜部などで事件を中心に取材する。著書に防衛省取材をもとにした『武器輸出と日本企業』(角川新書)、『武器輸出大国ニッポンでいいのか』(共著・あけび書房)などがある。 

写真=橋本篤/文藝春秋
(記事引用)






↑このページのトップヘ