2017年11月

バーニング社長・周防郁雄氏が初めて語る「芸能界と私」
あの「移籍騒動」からサザンのことまで
田崎 健太ノンフィクションライター
2016/11/30 メディア・マスコミエンタメ週刊現代
マスコミの前には決して姿を見せなかった重鎮が、週刊現代とノンフィクションライター・田崎健太氏の取材に口を開いた。彼の仕事と人生には、さまざまな噂話がつきまとう。2時間にわたって語った真相は、そのまま芸能界の「歴史」だった。
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「バーニング」の名の由来

芸能界に限らず、訳知り顔の「事情通」の話は疑ったほうがいい。

例えば、芸能界には「ドン」がおり、全てを仕切っていて、刃向かうことは出来ない――という類いだ。そういう人に限って、「ドン」には会ったことがなかったりする。

そうした噂話で常に名前が挙がるのが、バーニングプロダクション社長の周防郁雄(75歳)である。彼はどのような人物で、なぜ「ドン」と呼ばれるようになったのか。

そこで今回、バーニングプロダクションに質問状を送ると、会ってもいいと答えが返ってきた。週刊誌はもちろん、彼がメディアの取材に応じるのはほぼ初めてのことだ。

なぜぼくの取材を受けたのか。後述するが、それには理由があった。

彼は仕立てのいいグレーのスーツを着て、待ち合わせ場所の都内のホテルに現れた。その落ち着いた様は週末を利用して孫たちにご馳走するためホテルへやって来たという風情だった。彼は「こういうのは慣れていなくて緊張するね」と笑って呟くと席についた。

歴史を語る周防氏

周防がまず芸能界で働いたのは、新栄プロダクションという演歌専門のプロダクションだった。

新栄プロは、'58年に設立された、浪花節専門プロダクション「西川興行社」を前身としている。その後、浪曲師だった村田英雄が『無法松の一生』で演歌歌手としてデビューしたのに合わせて新栄プロと改名した。

「新栄の(西川幸男)社長の家に住み込んで、村田さん、バンドと一緒に年間100日ぐらいは地方をドサ回りしていました。マネージャーの下について仕事を覚えるわけです。給料も安かったですが、自分で車を運転して荷物を運んだり、サイン色紙を売ったり、とにかく何でもやった」

村田は、'61年11月発売の『王将』が100万枚を売り上げるヒットとなり、人気歌手の仲間入りをすることになった。さらに翌年には北島三郎がデビューし『なみだ船』で人気を博した。こうした歌手の面倒を見るのが周防の仕事だった。

その後、ホリプロダクションを経て、'71年10月にバーニングプロダクションを設立する。

「(当時、バーニングに所属していた歌手の)本郷直樹さんのデビュー曲『燃える恋人』からバーニングという名前を取ったという噂があるようですが、事実と違います。『燃える恋人』の発売のほうが後でした。藤圭子さんを担当していたあるディレクターの方が、バーニングという名前を考えてくださったんです」

TBSの音楽プロデューサー・渡辺正文を主人公とした、作家・なかにし礼の小説『世界は俺が回してる』に、当時の周防の姿が描かれている。

〈9月の初めには(※筆者注・ペドロ&カプリシャス『別れの朝』の)テスト盤ができあがった。「おい、周防、ちょっとこの曲聞いてみてくんないか」

音楽分室に来ていたバーニングプロダクション社長の周防をつかまえて正文は言った。バーニングプロの野路由紀子の『私が生まれて育ったところ』が(※筆者注・渡辺のプロデュースする音楽番組)『ロッテ歌のアルバム』の「今月の歌」になっているくらいだから、周防は正文を敬愛してやまない。

聞くなり、周防は、

「こんないい曲、めったにあるもんじゃないすよ。俺にも手伝わせてくださいよ。金なんかいらないから」〉

郷ひろみ「移籍」の真相

実際に、周防はバーニングプロダクション立ち上げ前後に『別れの朝』のプロモーションを無償で手伝っている。しかし、この時の経緯は、少し小説と違っている。

「渡辺さんがぼくに『別れの朝』を聞かせて、お前が(プロモーションを)やってくれ』と言った。

ぼくは、曲を聴いたときに『これは売れる』と直感しました。ただ、プロモーションには当然、少なからぬ経費が掛かる。すると渡辺さんは『お前はこの曲を売って、男になるんだ』と言う。

なるほどな、と思って、必死でお金を集めました。結果的に、大変な借金を作ってこの曲を売ることになりました。うちは1円も貰っていません。『男になりたい』という思いだけだったんです」

「男」とは、芸能界で認められる一人前の人間を意味する。芸能界の実力者を借金を作ってまで助けることは、この世界で仕事をしていく上でのいわば「通過儀礼」だった。

今回、周防が取材を受けたのは、そうした生き方を貫いてきたにもかかわらず、あまりに曲解、誤解されていることが我慢ならなかったから――特に、ぼくが送った質問のうち、少なくとも2点を明確に正しておきたいと考えたからだという。

ひとつ目は、「郷ひろみ」について、である。

郷ひろみは'72年1月、NHK大河ドラマ『新・平家物語』で平清盛の弟、経盛役で俳優デビュー、8月に『男の子女の子』で歌手デビューした。翌'73年には紅白歌合戦に出場している。ジャニーズ事務所社長のジャニー喜多川が手塩にかけて育てたタレントだった。

ところが――。

郷は'75年3月の契約終了をもってジャニーズ事務所からバーニングプロダクションに移籍した。バーニングにはすでに南沙織なども所属していたが、絶大な人気を誇る郷ひろみの加入が、成長の大きな弾みとなった。そのため、郷ひろみをジャニーズ事務所から周防が「強奪した」というのが定説となっている。

周防はこう明かした。

「郷ひろみが人気が出たあと、ジャニーさんとトラブルになったらしい。彼がどんな経緯で辞めたのかはよく知りませんが、ぼくは当時、松竹芸能とある大手プロダクションが彼のマネージメントを引き受けることになった、と耳にしたんです。

しかし、いろいろと調べてみたところ、どうもその情報は間違っていて、移籍先はまだ決まっていなかったらしい。ぼくとしても、郷ひろみはぜひうちでやりたい、という思いがありました」

メリー喜多川と話したこと

そこで、渡辺プロダクションの渡辺晋社長と、田辺エージェンシーの田邊昭知社長が仲介役となって、周防はジャニーズ事務所のメリー喜多川副社長と話し合うことになった。場所は渡辺の自宅だった。

「(渡辺の妻の)美佐さんに、メリーさんを呼んでもらいました。そこで『メリーさん、私に(郷ひろみを)やらせてください』と頼んだら『いいわよ』と言ってくれた。ですから、ぼくはジャニーズ事務所とは全く揉めていないんです」

周防は「この話をするのは、これが初めてです」と付け加えた。

同じ年には、演歌歌手の細川たかしもバーニングからデビューした。

「知り合いが『北海道のナイトクラブにすごく歌の上手い子がいるから、どうですか』という話を持ってきた。それで東京に来てもらい、スタジオで歌ってもらったんです。同席したレコード会社の人も彼の歌を気に入って、すぐにデビューさせましょうという話になった」

その翌々年には、高田みづえがデビュー。彼女を見つけたのは、日曜日の朝のテレビだった。

「『目ン無い千鳥』という昔の歌を、彼女がフジテレビの『君こそスターだ!』で歌っていたんです。それを聞いてぼくは飛び起きた。すぐフジの人に電話すると、『もう所属事務所は決まっている』と言うので、『譲ってくれませんか』と頼みに行った。そして(彼女の住んでいた)鹿児島まで行き、スカウトしたんですよ」

NEXT ▶︎ サザンとの本当の関係

小泉今日子の奇跡

バーニングプロダクションの地位を確固たるものにしたのは、小泉今日子の登場だった。彼女は'81年のオーディション番組『スター誕生!』で合格、翌年『私の16才』でデビューしている。

小泉について、周防は「売れる」という確信があったという。

「彼女は最初から、自分をどのように売っていくかを考えていましたね。もちろん曲は作曲家の先生に頼みますが、彼女は自分で詞を書くこともあった。また、彼女は偉ぶることなく幅広く誰とでもつき合える。人間的に素晴らしい女性ですよ」

ナベプロ、ホリプロなどの大手プロダクションと比べると、バーニングの所属タレントの数は少ない。にもかかわらず、芸能界で大きな力を持っているのは、バーニングが「音楽出版権」ビジネスに早くから目をつけたからだと言われている。

一例として挙げられるのが、サザンオールスターズの音楽出版権の一部をバーニング傘下のバーニングパブリッシャーズが保有していることだ。

音楽出版権とは、この連載でも度々触れてきたように、作詞作曲者から楽曲の権利を預かることを言う。

サザンオールスターズはご存じのように、'78年『勝手にシンドバッド』でデビューした国民的バンドである。サザンが所属しているプロダクションはアミューズ。同社は福山雅治をはじめ、100人を超える歌手・俳優が所属する大規模プロダクションだ。

アミューズと資本関係のないバーニングがサザンの音楽出版権を保有しているのは、周防が何らかの圧力を掛けたからではないか――と巷間囁かれてきた。

今回、周防が取材を受けたふたつ目の理由が、このサザンの音楽出版権についてだった。

「アミューズとぼくの関係をここではっきりとさせておきたい。ぼくはアミューズ設立、そしてサザンのデビューに深くかかわっているのです」

周防はこう切り出した。

「まず、(歌手の)吉田拓郎さんから人を通じて『広島に凄い子がいる』という話を聞いたんです。それで会いに行ったのが原田真二。彼はぼくにこう言いました。『周防さん、遠いところまで来ていただきありがとうございます。ひとつ、希望があります』。何かと訊ねると、『自分のための会社を作って欲しい』と。ぼくは彼を一目見て気に入った。そこで彼のためだけに、バーニングとは別の会社を作ることにしました」

課題は、新会社で原田を担当するマネージャーだった。周防は「いいマネージャーを育てるのは、タレント育成と同じくらい難しいのです」と言う。

「3~4ヵ月マネージャーを探したのですが、見つからない。そのとき、ナベプロの社員が1人、アメリカに勉強に行くという話を聞いたのです。その社員は、渡辺晋さんとぼくとのメッセンジャーボーイみたいな存在だったので面識がありました。彼と話し合って、50対50の出資で会社を作ることになった。それがアミューズだったんです」

サザンとぼくの関係

その社員の名前は大里洋吉といった。現在、アミューズの代表取締役会長を務めている。

「アミューズという名前は、彼が考えました。そしてぼくは資金は出すけれど、2人の連名だとこちらにも欲が出るかもしれないし、君もやりにくいだろう、ぼくの分も持っていてくれという約束をしたんです。文書はありません。口約束です」

周防はその後数年間、アミューズの運営資金を出していたという。

'77年10月、原田は『てぃーんず ぶるーす』でデビューし、ファーストアルバムはオリコン史上初の初登場1位を獲得した。作詞作曲も手がけ、ピアノを弾きながら歌う天才ミュージシャンとして、一躍人気となった。

しかし、原田はわずか2年ほどでアミューズから独立している。原田が去った後、アミューズの屋台骨を支えたのがサザンオールスターズだった。

周防はこう振り返る。

「うちの所属歌手だった石野真子の打ち合わせをビクターでやるというので、ぼくが同行しました。すると、ビクターのディレクターの東元晃さんが『いいグループの曲が出来たから、聴いてくれ』と言ってきたんです。東元さんは、日本コロムビアでちあきなおみさんの『喝采』などを担当した方です。

それで5曲聴いたら、全部良かった。中でも気に入ったのが『勝手にシンドバッド』でした。それで思わず東元さんに、『この曲で行きましょう!』と言った。

すると『お前にあげるとは言ってないぞ』と。こんないい曲を聴かせておいて、それはないでしょう――そんな感じで、1時間ほど粘って、東元さんが彼らを誰に預けることにしたか聞き出したのです」

サザンが所属する予定になっていたのは、「りぼん・なかよしグループ」というプロダクションだった。ホリプロ社員だった奥田義行が、歌手の井上陽水と立ち上げた会社だ。周防と奥田は、ホリプロ在籍期間は重なっていないが、面識はあった。

「奥田君はぼくより1つ年下なんです。それで『東元さんから、グループ預かったって?』と連絡をとりました。『5000万円で譲ってくれないか』と持ちかけると、『周防さんがそう言うなら、わかりました』。

その後、ぼくは大里君に電話を入れて『いいグループを見つけたぞ』と言った。そうして、サザンはアミューズ所属になったんです」

周防にとって、アミューズはバーニングのグループ企業という意識だった。しかし――。

「サザンの曲の中で、バーニングパブリッシャーズが音楽出版権を持っているのは、デビュー曲から『いとしのエリー』までの5曲だけです。その後、サザンがあんまり売れたせいか、アミューズから『音楽出版権を返してほしい』と弁護士を通じて内容証明が届いたんですよ。

実は大里君は、ぼくが奥田君に5000万円払ったことを知らない。ただ、弁護士まで頼んで喧嘩してもしかたがないと思ったので、それ以降のサザンの曲は、音楽出版権を持っていません。

アミューズからは、ぼくが出した運営資金は返してもらっていません。アミューズが株式上場したときにも、何の挨拶もなかった。大里君が上場して豪邸を建てた、という話を聞いたから、当時のうちの役員に『アミューズに、10億円貸してくださいと言って来てくれ』と行かせました。見事に断られてしまいましたけれどもね(笑)」

ぼくは口下手なんですよ

周防が早くから音楽出版権に目を付けたのは、これが経営上の鉱脈になると考えたからではないか、と訊ねると「そんなことは、考えたこともない」という素っ気ない答えが返ってきた。

「自社のタレント(からのマネージメント収入)だけで食べていくというのは、あまり好きじゃないんですよ。それよりも、よそのプロダクションに所属するタレントのお手伝いをして、プロモーション費や音楽出版権を頂いたほうがいい。それだけだったんです」

前述したように、バーニングは、その影響力と比較すると驚くほど小規模である。周防の名刺の裏側には、郷ひろみや小泉今日子をはじめ10人のタレントの名前が書かれているだけだ。

「ぼくは自分の目の届く範囲しかやりたくないんですよ。マネージャーに対しては『将来、自分が社長になるつもりで頑張ってくれ』と教えている。だから、みんな独立していくんですが、それは仕方がないことです」

こうしたバーニング出身マネージャーのプロダクション、加えて周防との関係が深いプロダクションが、巷では「バーニング系」と呼ばれている。

「バーニング系を名乗って威張っているプロダクションがあるのだが、本当か、という問い合わせを受けたこともあります。しかし、全く知らない会社でした。直接電話して抗議しようとも思いましたが、さすがにそれは周囲から止められました」

マスコミでも、周防については様々な報道がある。そのほとんどが悪いものだ。反論しようと思わなかったのか。

ぼくの問いに周防は、どう答えたらいいのか分からない、という困った顔になった。

「ぼくは元々、口下手なんですよ。もう何でもいいや、という気持ちもありました」

周防が今もこだわっているのは、いい歌を世に出すことである。

「ぼくは、良い歌が売れないということが納得できないんです。自分がいいと思った歌が売れなければ、ぼくはこの業界を辞めなきゃいけないと考えている。それは、自分のところの歌手でなくてもいいんです。利益にならなくても、良いものは良い。全く関係なくても応援する」

想像とは異なり、芸能界の「ドン」は最後まで控えめな男だった。(文中敬称略)

「週刊現代」2016年11月26日号より
(記事引用)









新しい経済成長の経路を探る
ビットコイン消滅も、送金コスト高騰問題の行方
HOME 政治・経済  野口悠紀雄 2017.11.23
野口悠紀雄:早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問   
 ビットコインの価格が8000ドルに近づいた。分岐したビットコインキャッシュの価格上昇率はもっと激しく、わずか3日間で価格が4倍以上に暴騰する事態も生じた。
値上がり期待の購入者は満足しているだろう。

 しかし、価格上昇は問題をもたらした。送金手数料が自動的に上がってしまったのだ。これはビットコインを送金に用いる際に大きな問題となる。

 ビットコインは、手数料上昇問題をどう解決するのだろうか?

分裂後も価格高騰で
手数料も上昇

 ビットコイン(ビットコインキャッシュについても同様)の送金手数料は、ビットコイン建てで決められている。

 したがって、ビットコインの価格が上昇したために、手数料は上昇した。

 例えば、取引所の一つ、ビットフライヤーの場合は0.0004BTCなので、仮に1BTC=80万円で計算すれば、320円となる。

 ところで、銀行の口座振替の手数料は、図表1に示す通りだ。

銀行の手数料と比較すれば分かるように、送金額が3万円未満の場合には、すでにビットコインは銀行の手数料より高くなってしまった。

 今後、ビットコイン価格がさらに上がると、手数料はさらに上がる。

 ビットコインのメリットとして、今年の初め頃までは、「極めて低い送金手数料で送金ができる」と言われていた。
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 確かにそうだったのだが、そのメリットが急速に失われようとしている。

 手数料が数百円になっても、送金金額が数十万円以上であれば、あまり大きな負担とは考えられないだろう。しかし、数千円程度未満の送金を行なうためには、かなり大きな負担になる。

 そして、ビットコインが本来、活躍すべきは、この程度の範囲の金額の送金だ。

 数年前には、ビットコインによって、マイクロペイメントが 可能になると考えられていた。これは、1円未満といったごく少額の送金だ。しかし、ビットコインの価格が現在のように上昇してしまっては、とてもマイクロペイメントなどできない。

 ビットコインは、送金に使って初めて価値あるものとなるのであって、持っているだけでは価値を生まない。

 だから、この問題をどのように解決するかが、ビットコインの今後を決めると言えよう。

優れた送金手段だが……
マイクロペイメントができない恐れ

 もちろん、送金にあたって問題となるのは、手数料だけではない。

 これまでの送金手段に比べて、ビットコインが以下の諸点で優れた特性を持っていることは間違いない。
(記事引用)





 

米トランプ政権のパリ協定離脱は正しい…地球温暖化論は間違っている可能性
文=筈井利人/経済ジャーナリスト 2017.07.06biz-journal.jp
 米トランプ政権が6月、気候変動対策の国際的枠組みである「パリ協定」から離脱すると表明し、「人類の未来に対する背信行為」(毎日新聞社説)などと非難を浴びている。米国内でも一部の保守系メディアを除き、批判が多い。ニューヨーク・タイムズは「同盟国を動揺させ、ビジネス界に背き、競争力や雇用を脅かし、米国のリーダーシップを無駄にする」などと論じた。
 しかし、これらの批判は本当に正しいのだろうか。
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 多くのメディアでは「温暖化はでっち上げ」というトランプ大統領の発言を「非科学的」と切り捨て、「温暖化の進行は、科学的知見に基づく国際社会の共通認識」(前出・毎日新聞社説)と強調する。地球温暖化に関する主流派の主張によれば、温暖化は水資源の不足や穀物生産の減少などで人間の生存や地球の生態系に悪影響をもたらし、途上国での貧困拡大や地域紛争につながる危険もあるとされる。
 だが、この主張にはさまざまな懐疑論が唱えられている。「そもそも気温は上昇していない」「温暖化の原因は人為的な温室効果ガスの増加ではなく、自然の活動」「なぜ数十年以上も先の気候が正しく予測できるのか」――などだ。
 懐疑論のなかには誤りもあるかもしれないが、すべてを「非科学的」と決めつけるのは乱暴に思える。4月3日に配信された日本経済新聞の記事は「人為的な二酸化炭素の排出を気候変動の主因とする温暖化論はいまだ仮説の域を出ていない」と冷静に述べている。
 筆者は科学の専門家ではないので、地球温暖化に関する主流派の主張が正しいかどうかこれ以上議論するつもりはない。しかし間違いなくいえるのは、もしかりに主流派の主張が正しいとしても、パリ協定を支持しなければならない理由にはならないということだ。
 なぜなら、パリ協定は科学研究の結果だけを述べた論文ではなく、特定の政策を実行するよう求めた政治文書だからである。科学と政治は違う。別々の独立した問題だ。
 
 同協定には、「すべての国に削減目標の作成と提出、5年ごとに現状より向上させる見直しを義務づける」「先進国に途上国支援の資金拠出を義務づける」「先進国は現在の約束よりも多い額を途上国に拠出する」といった義務が盛り込まれている。
 地球温暖化は正しいと主張する科学者の多くは、当然のようにパリ協定を支持する。同協定が義務づける政策によって、人間や環境への悪影響が防げると信じているからだ。しかし科学者は科学の専門家ではあっても、経済や政治の専門家ではない。パリ協定の政策が正しいかどうかは、経済や法の原理に照らして考えなければならない。

 かりに主流派が主張するように、地球規模の気候変動が起こっており、海面が上昇しているとしよう。しかしパリ協定を支持するには、いくつかの条件をクリアする必要がある。たとえば、「パリ協定の政策は、気候変動が人々の生活に及ぼす悪影響を本当に和らげることができる」「政策のコストは気候変動がもたらすコストよりも小さい」「政策のコストは他の解決策にかかるコストよりも小さい」――などである。
 パリ協定の政策がこれらの条件をクリアできなければ、その実施はやめなければならない。政策実施の結果、人々がより貧しくなるのであれば、意味がないからだ。 
 しかし同協定では、気候変動がもたらすコストは強調するが、政策のコストがそれより小さいという証明はしていない。政策実施は増税というコストを伴い、化石燃料の使用を制限することでエネルギーのコストも高くするが、それらが家計に及ぼす悪影響については何も言わない。
 発展途上国のこれまでの経済発展を支えてきたのは、石油に代表される化石燃料エネルギーである。化石燃料によって機械化や大量輸送が可能になり、工場で農村の10倍以上の収入を得ることができるようになった。労働者は高齢の家族に仕送りできるようになった。工場での労働は確かにきついが、伝統的な農業よりも多くの食糧、よりよい医療、よりよい住宅を手に入れられるようになった。
 パリ協定を支持する人々は、化石燃料に対する規制が途上国の人々の生産性を低下させ、貧しくするというコストが、温暖化のコストよりも小さいことを証明しなければならない。
 主流派は、温暖化が進むと海面上昇による高潮や沿岸部の洪水のリスクが高まると警告する。しかしそうなる前に、パリ協定とは違う方法で対処することはできる。経済の自由化で国々を豊かにし、適応力をつけることだ。数十年のうちに、水位が上昇しても安全で健康に生活できる都市をつくるチャンスは十分ある。
 
 逆に、同協定が定める政策を実行すれば、一番打撃を受けるのは、工業化が遅れた貧しい国の人々だろう。
 パリ協定を支持する人々は、同協定による規制は主に裕福な国を対象とし、途上国には配慮していると反論することだろう。しかし、それこそ経済の原理を理解していない証拠である。先進国の富は、それが途上国に投資されることによって、途上国の生産力を高め、経済活動を活発にし、貧困を減らすのに役立っている。もし規制によって先進国の経済活動が衰えたら、途上国の経済成長を妨げ、貧しい人々をさらに貧しくするだけである。
大企業のご都合主義

 トランプ大統領のパリ協定離脱表明を米大企業のトップが相次いで批判したが、正義感にあふれた発言と無邪気に受け取らないほうがいい。協定に従って政府が規制や課税を強化するとき、それに十分耐えられるのは体力のある大企業である。もし補助金などのメリットが規制や課税のコストを上回るのであれば、中小企業や個人への悪影響など構わず、自社の利益のために協定参加を望むだろう。
 たとえば電気自動車(EV)で急成長を遂げたテスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)はパリ協定からの離脱に抗議するとして、大統領の助言組織を辞任し、トランプ政権に批判的なメディアはこれを好意的に取り上げた。しかし同社は太陽光発電や風力発電の事業で米政府から補助金をもらっている。トランプ政権は同協定離脱とともにこれら再生可能エネルギーへの補助金見直しも検討中とされ、マスク氏には都合が悪い。
 日本政府は米国のパリ協定離脱表明に対し「気候変動問題は国際社会全体が取り組むべきグローバルな課題である。(中略)協定を着実に実施していくことが重要である。(米国の表明は)残念である」などとする声明を発表した。しかし世界の貧しい人々の暮らしを本当に気にかけるのなら、こんなときこそ堂々と米国に追随し、同協定にノーを突きつけるべきだろう。
(文=筈井利人/経済ジャーナリスト)

(記事引用)






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