2018年10月

【昭和天皇の87年】英国首相も脱帽 呼び覚まされた天性の君徳
産経ニュース2018年10月28日 7時6分
欧州へ(4)
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 1921(大正10)年5月12日、ロンドン市のシンボル的建物ギルド・ホールで、日出づる国の皇太子が朗々と演説した翌日、英紙「デーリー・テレグラフ」は書いた。

 「(裕仁皇太子)殿下は実に大なる魅力と謙譲な御態度とを備へられ、その御人格は此(こ)の古建造物、古雅な歓迎の式、及び歓迎設備の華麗と相俟(あいま)つて、実に美しい対照であつた」-

 英国への到着前、随行の供奉(ぐぶ)員らが最も心配したのは、裕仁皇太子の社交性だったことはすでに触れた。しかしそれは杞憂(きゆう)だったと、供奉員の沢田節蔵(のちの国際連盟日本代表)が記録に残している。

 端的な例は、到着5日目の5月13日に駐英日本大使館で行われた、日本側主催の晩餐(ばんさん)会だ。エドワード皇太子をはじめ英政府首脳や各界の名士らを招いた宴の席で、裕仁皇太子は「社交界の勇者たる態度」を示したという。

 裕仁皇太子はロイド・ジョージ首相に、当時英国で起きていた炭坑ストライキ問題を自ら話題にし、英国政府の難しい対応をねぎらった。裕仁皇太子が「多忙な首相の健康を心配しています。世界全体のために十分自重されることを希望します」と述べると、感激したジョージ首相は何度も頭を下げ、裕仁皇太子の手を固く握りしめる一幕もあった。

 このとき、周囲で見守る沢田らを驚かせたのは、裕仁皇太子の抜群の記憶力だ。日本側担当者は事前に、出席者の情報を集めて伝えていた。裕仁皇太子はその情報をもとに、各界の名士らと代わる代わるあいさつしながら「職業趣味の異なるに従ひ、適当な話題で、御会談」したという。

 続いて行われた夜会では600人の参加者の中に進んで分け入り、握手しながら数十人と言葉を交わした。そこで沢田らが見たのは、かつて元老の山県有朋が批判したような、寡黙で「石地蔵の如き」皇太子ではなかった。堂々たる「社交界の勇者」だった。

 日本を出港以来、供奉員らの諫言(かんげん)にも素直に耳を傾け、国際交流の現場で自らの立場を再認識したことが、裕仁皇太子に備わる天性の君徳を呼び覚ましたのだろう。

 沢田が記録に書く。

 「(裕仁皇太子の社交性は)欧州社交界の事情に深く通暁してゐる人々の態度と、何等変りなきのみか、少しも尊大ぶられる所がなく、極めて真摯で、且つ自然な御態度であらせられた…」

× × ×

 英国滞在中、見事な社交性をみせた裕仁皇太子だが、もう一つ、その後の思考や言動に大きな影響を与える出来事があった。

 5月21日~23日、スコットランド北部の山地ハイランドを、非公式に訪ねたときのことだ。

 裕仁皇太子はここで、英国貴族の名門、アソール公爵家のブレア城に滞在、アソール公とともに2億7000万坪に及ぶ緑豊かな敷地内を散策したり、渓流でサケ釣りをして1メートル近い大物を釣り上げたりと、久々に自然を楽しんだ。

 アソール家の接待は、飾り気のないアットホームなものだった。昭和天皇実録には、夕食後に公爵夫人がピアノで邦楽を演奏し、そのピアノ伴奏で夫人の妹が民謡を独唱する様子などが記されている。

 23日夜、惜別の晩餐会が開かれた。

 アソール公とその家臣、裕仁皇太子と供奉員らは、互いに打ち解けて歓談し、アソール公らがスコットランド古来の慣習で椅子に立ち、片足をテーブルに乗せて両国皇室のために乾杯すると、今度は裕仁皇太子らが立ち上がってテーブルに片足を乗せ、日本式に万歳三唱した。

 珍事が起きたのは、その後である。

 食事が終わり、舞踏会が始まると、粗末な平服の男女が数十人、次々と広間に入ってきた。裕仁皇太子らは最初、アムール公の招きで近在の住民があいさつに来たものと思ったが、彼らはアムール公らに近づき、バグパイプの奏楽に合わせて、スコットランド風の舞踏を一緒に踊り始めたのだ。

 昭和天皇実録によれば《正装の公爵が平常服の老婆の手を取り、盛装の公爵夫人が粗衣の老爺と組むなど、いかにも平民的で、なんら主従の差、貴賤の別、上下の隔意なく、屈託のない様子で(舞踊を)繰り広げられる》(7巻164頁)

 実は、踊っている男女はアムール家の使用人らが普段着姿で登場したもので、アムール公の演出だった。あえて日常の生活をみせてこそ、裕仁皇太子の外遊の目的に資すると、アムール公は考えたのである。

 日本では考えられない光景に、裕仁皇太子は強い衝撃を受けたことだろう。同時に、近代国家における君主と国民のあるべき関係について、再認識するところがあったのではないか(※1)。

 2日後、マンチェスター市で行われた歓迎会。裕仁皇太子の演説に、明らかな変化が見られた。これまで「予は~せり」などと文語調が多かったのが、この日は「~であります」と、一般市民にわかりやすい口語調だったのだ(※2)。

 英国滞在も残りわずか。裕仁皇太子の中で、何かが芽生えようとしていた--。(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)


(※1) 外遊中、裕仁皇太子はこの夜のことを何度も供奉員らと話し、アムール公に「滞在中に見たことは、スコットランドの美しい自然とともに、帰国後も長く記憶に残るでしょう」などとする手紙を送った

(※2) 時事新報の特派員記者として外遊を取材した後藤武男によれば、このときの演説は原稿を持たずに行われ、裕仁皇太子は自身の率直な気持ちをよどみなくスピーチしたという


【参考・引用文献】

○二荒芳徳、沢田節蔵著「皇太子殿下御外遊記」(大阪毎日新聞社、東京日日新聞社)所収の「デーリー・テレグラフ」

○宮内庁編「昭和天皇実録」7巻

○後藤武男著「天皇外遊と三人男」(文芸春秋編「昭和天皇の時代」所収)

○後藤武男著「われらの摂政宮」(時友社)
シリーズ
.3 https://www.sankei.com/premium/news/181027/prm1810270013-n1.html
.2 https://www.sankei.com/premium/news/181021/prm1810210013-n1.html
.1 https://www.sankei.com/premium/news/181020/prm1810200015-n1.html

(記事引用)











五木寛之 雑文録
連載10513回 「心の相続」とはなにか <1>
公開日:2018/10/15 17:00 nikkan-gendai
 
 最近、ふしぎなところから、しきりと講演の依頼がくるようになった。
 これまでほとんど縁のなかった分野の業界である。経済団体とか、新聞社・雑誌社の経営セミナーとか、ときには信託銀行などの企業だ。
 私はふだんは文化ホールや学校、また地方の公民館やお寺さんなどで話をすることが多い。経済やビジネスの世界などには全く関係がないので、けげんな気がした。
 それでも頼まれれば出かけていく。私は講演というか、人に話をすることを大事な仕事だと思ってきたからだ。

 しかし、行ってみて改めてとまどうことが多い。いわゆる文化講演会ではなく、何時間もプログラムされたセミナーの一部だからである。一部と三部には、著名な評論家や経済学者などの名前が並んでいる。ときには竹中平蔵などというビッグなゲストもいた。

 そんな場ちがいな場所で、小説家にどういう話をさせようというのか。
 演題を見ると『心の相続』となっている。私はいつも即興でしゃべるので、タイトルはなんでもいいのだ。それにしても『心の相続』とは何か。
 どうやら集ってきている聴衆は、相続問題について勉強をしようという人びとであるらしい。
「どうしてぼくがこういう会に呼ばれたんでしょうね」
 と担当者にきくと、相手はうなずいて、
「五木さんが先ごろ経済雑誌のインターヴューでお話しになっていたことに、各方面から非常に関心が集っておりまして」
「ぼくがどんな話を――」
「魚の骨ですよ。あれは私もなるほどと、すこぶる共感いたしました」
「え? 魚の骨?」
「ほら、若い女性編集者が、秋刀魚の焼いたのを見事に綺麗に食べる話」
「ふーん」

 そう言われてみれば、そんな話をしたような気がする。
 先日、打合わせの後で、近くの食堂で編集者数人と食事をした。そのなかに20代と思われる新人の女性編集者がいて、控え目に皆の話を聞いていたのだ。なよなよした感じの全然ない、ボーイッシュな娘さんだったが、食事のあと彼女の前のお皿を見て、ひどく感心したのである。

 ―

 私は昔から魚の食べ方が下手だった。魚料理は好きなのだが、食べ終えた皿の上を見て気恥かしい思いをするのが常だった。
 魚の残骸というか、骨や皮や頭や尻っぽがグチャグチャになって、見るに耐えない惨状を呈している。

 ところが、そのとき焼魚定食を食べ終えたあとの、若い女性編集者の皿の上を見てびっくりしたのである。
 魚の骨がまるで標本みたいに、じつに綺麗に皿の上に横たわっていたのだ。最近、そんなふうに見事に魚を食べる若者を見たことがない。
 私がまじまじと皿を眺めているのを見て、同席した男性編集者が、けげんな顔で、
「どうかしましたか」
 と聞く。
「いや、彼女、すごいね。最近こんなに綺麗に焼き魚を食べる人は見たことがない」
「たしかに」
「きみの皿なんかひどいもんだ。遺跡を掘り返したみたいじゃないか」
「イツキさんだって爆弾が落ちたジャングルみたいな――」
 自分の皿が話題になって、照れくさそうにしている女性編集者が、笑いながら言った。
「家は母が魚の食べ方にうるさくって。母も祖母からいつも叱られていたそうです」
「なるほど」
 祖母、母親、娘と、3代続いた魚の食べ方とあれば見事なのも当然だろう。
 ふとかたわらの若い男の編集者を見れば、箸を棒のようにワシ掴みににぎって、飯をかきこんでいる。

 そのときふと思ったのは、親や家から相続するのは、財産ばかりじゃないな、ということだった。土地や、株や、貯金などを身内で相続するのは当り前だ。しかし、人が相続するのはモノだけではない。目に見えない沢山のものを私たちは相続するのである。
 魚の食べ方などはその一つにすぎないだろう。実際には驚くほど沢山のものを、私たちは相続しているのではあるまいか。

 自分は両親から何を相続したのだろうか、と、そのときふと考えた。
 引揚者で生活に苦労していたので、財産どころか借金を相続しかねない暮しだった。しかし、よく考えてみると、目に見えない沢山のものを私は相続している。あらためてそのことをふり返ってみた。私は両親から何を相続したのだろうか。
ーー
 コンビニで週刊誌を見ると、やたら相続の記事が目につく。
 どうやら「孤独」の後は「相続」がジャーナリズムの次の焦点であるらしい。
 ところで、私の両親は共に学校教師だった。母は福岡女子師範、父は同じ福岡県の小倉師範学校の出身である。当時、貧しい農村の青年子女が、官費で勉強できる場所は限られていたのだ。
 卒業後、2人とも地方の小学校の教師となり、どこかの職場で知り合って結婚したのだろう。残念なことに2人とも早世したので、くわしいことはわからない。

 私がいまになって残念に思うことの一つは、彼と彼女の若い頃の話をほとんど聞いていないことだ。どういう青年だったのか、当時はどんな本を愛読していたのか。何を望み、どんな夢を描いていたのか。

 その意味で、私は両親から何の記憶も相続していないにひとしい。父は剣道の有段者だったが、いつ稽古をし、どんな大会に出たのか。母はどんな歌をうたい、どんな服を着ていたのか。当時の世相はどうだったのか。

 今にして思えば、もっと親の話を聞いておくべきだった、とつくづく後悔する。両親の思い出を知ることも相続の一つなのだから。

 父親は勉強家で、本棚には本居宣長、賀茂真淵、平田篤胤などのあいだに、西田幾多郎やヘーゲルの本などが石原莞爾と一緒に並んでいた。丸山真男のいう当時の下層インテリの典型である。毎晩、夜中におきて何か書いているので、こっそり留守中にのぞいてみたら、『禊の弁証法』という題名がついた原稿だった。どこかの専門誌にでも、送るつもりだったのだろうか。

 私が父からしつけられたものの一つは、やたらと本を大切にする、というマナーだった。文庫本でも、それをまたいで歩いたりすると物差しでピシャリと足を叩かれたものだ。私はいまでも本をまたぐのは避ける習性がある。
 また、読みさしのページを折ったりすることも、ひどく嫌った。母がこぼしていたことがある。「父さんは、ページの隅を折ったりすると、すごく怒るんだから。それはドッグ・イヤーといっていけないことなんだって」

 父は武道会の役員で、詩吟の愛好家でもあった。毎朝、私を叩きおこして『古事記』の素読をやらせたあと、庭で一緒に詩吟をうたう。おかげで今でも私はいくつかの漢詩を暗記している。これも見えない相続の一つだろうか。
 ーー
 私が両親から相続したものをふり返ってみると、まだまだいくらでもある。
 たとえば、私の喋り方は形の上では共通語であるが、アクセントやイントネーションはまったくの九州弁だ。正確にいうと福岡の筑後弁である。柿と牡蠣の区別がつかない。橋も箸も一緒である。若いころは三バカ方言作家としてからかわれたものだ。

 寺山修司、立松和平、そして私の三人である。
 この喋り方は、まぎれもなく私が父母から受けついだものである。両親ともに福岡人だから、家庭内の会話は百パーセント九州弁だった。この年になってもまだ両親から相続した喋り方が消えていない。
 食べ物に関する嗜好もそうだ。味つけの好みもそうである。

 私の家では正月の雑煮に入れる餅は、丸餅だった。餅とはすべて円いものだと思い込んでいた。東京へ来てから四角い餅の存在を知ったのだ。 
 また正月の雑煮に鶏肉を入れ、味噌仕立てにするのも、私の家の流儀だった。
 ほかにも数えあげてみれば、いくらでもある。
 私は中年期に達するまで、私の家の宗旨に無関心だった。だが、ときたま子供の頃に両親が仏壇の前で、なにかとなえているのを思い出すことがあった。記憶の底をたどってみると、

<キーミョームーリョージューニョーラーイ>

 という呪文のような文句が浮かびあがってくる。これが『正信偈』という真宗門徒のとなえるお勤めの経文であることを知ったのも、かなり後になってからのことだった。蓮如が定めた真宗の作法である。
 人との挨拶の仕方、お礼の言い方、そのほか数えきれないほどのものを私は両親から相続しているのだ。残念ながら綺麗な魚の食べ方は相続してはいない。
 昔、韓国の地方の駅のキオスクで、買物をしたとき、売り子の娘さんが釣りを差し出すときに、右手の肘の下にそっと左手をそえて渡してくれたのが、すごく優雅に感じられたことがあった。昔、長袖の服を着ていた頃の名残りだろうか。家というより、社会から相続した身振りだったのかもしれない。
 家や親や先輩からだけではない。私たちは土地や資産だけでなく、見えないさまざまなものを相続しているのである。それを仮りに「心の相続」と呼んでおくことにする。 
(この項つづく)
 ――協力・文芸企画
(記事引用)














「夢の技術」量子コンピューター、実用化まであと一歩!
大手企業が開発を急ぐ背景には多分野での応用を見据えた戦略が
松ヶ枝 優佳/2018.9.26 jbpress.ismedia
 9月19日、理化学研究所がNTTやNEC、東芝などと共同で次世代の高速計算機である「量子コンピューター」の開発に乗り出すと報じられた。研究は文部科学省の事業として実施され、年間約8億円規模のプロジェクトとなる予定だ。
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 IBMやGoogleが積極的に投資を行ない、開発を進めていることでも知られる量子コンピューター。スーパーコンピューターにも答えが出せないような問題も一瞬で解いてしまうとされ、かつては実現性に乏しい「夢の技術」とされていたが、今や実用化直前と言われるまでに研究が進み、開発競争も激化する一方だ。

 様々な企業や研究機関が一丸となって実用化を急ぐ量子コンピューターとは一体どんな技術なのだろうか。

量子コンピューターとは
 量子コンピューターとは、簡単に言えば「スーパーコンピューターを大幅に上回る処理速度を持つ、次世代のコンピューター」のことだ。量子力学という、従来のコンピューターとは全く違う原理を採用することで、圧倒的な情報処理能力を持つ。

 私たちが知る通常のコンピューターは「ビット」という単位を用いて演算を行なうが、量子コンピューターは「量子ビット」という量子力学上の単位を使う。情報を扱う際、ビットでは「0と1のどちらの状態にあるのか」を基礎とするが、量子ビットでは量子力学特有の「重ね合わせ」という概念を用いる。これにより、複数の計算を同時に進めることができるのだ。

 「0であり、1でもある」という量子の性質を活用することで、従来のスーパーコンピューターでは何年もかかる計算を一瞬で終わらせることができる。

 スーパーコンピューターをはじめとする従来型コンピューターは、技術革新の限界が近付いている。1年半でコンピューターの性能が2倍になっていく「ムーアの法則」も近く通用しなくなると言われる今、根本から異なる原理、異なるハードウェアで動く量子コンピューターに期待が集まっているのだ。

 さらに、量子コンピューターは従来型コンピューターに比べて圧倒的に低コストで運用できると言われており、エネルギー問題の観点からも注目されている。事実、後述の「D-Wave Systems」が開発した量子コンピューターは、現在のスーパーコンピューターの100分の1の電力で稼働させられるという。並べると良いことづくめのようにも思えるが、現状は従来型のように何でもこなせるわけではない。

 量子コンピューターは、大別すると「量子ゲート」モデルと呼ばれる汎用タイプと「量子イジング」モデルと呼ばれるタイプの2種類がある。現在のスーパーコンピューターの上位互換と言える「万能選手」は量子ゲート型であり、古くから量子コンピューターとして研究されてきたのもこちらだ。実用化が切望されているが、技術的な問題をクリアして実用化されるにはもう少しかかるだろう。

 ちなみに量子コンピューターと言えば、クレジットカード等の情報保護等に使われている「暗号化技術の解除」を簡単にできるもの、というイメージを持っている読者もいるかもしれないが、それができるとされるのも量子ゲート型だ。

 一方、量子イジングモデルの中でも数種類あるうち「量子アニーリング型」と呼ばれる量子コンピューターは、用途は絞られるものの2011年にカナダのベンチャー企業、D-Wave Systemsによって既に商用化されている。こちらについて詳しく見てみよう。

実用化間近? 「量子アニーリング型」でできること
 量子アニーリング型の量子コンピューターは、1998年に東京工業大学の門脇正史氏と西森秀稔氏によって提案された理論を応用して作られた。量子ゲート型に比べればシンプルに実現できるため、いち早く商用化にこぎつけることができたのだ。

 汎用性は高くないが、「組み合わせ最適化問題」を解くことに関してはスーパーコンピューターでも歯が立たないほどの処理能力を持つ。いわば一点特化型の能力だが、昨今様々な分野で重要視されるAIや機械学習、ビッグデータの処理においては非常に有用な能力と言える。

 例えば複数の組み合わせの中から最適なものを選び出すカーナビのルート検索。自動運転時代を目前に控えた自動車業界では最も必要とされる技術の1つだろう。他にも低コストで高いパフォーマンスを発揮する回路を設計したり、効果的な投資先や経営戦略を選択する際にも活用できる。また、従来のコンピューターでは長い時間を要した分子の構造解析も短時間に終えられるため、新薬の開発にも役立つと期待されている。上手く機械学習に応用すればAI(人工知能)の性能向上に役立てることも可能だ。

 膨大な情報の中から最適な組み合わせを導き出す。シンプルなようだが、情報社会においては非常に価値のある能力と言える。データを収集することはできても、その情報をどう解析し、価値を持たせるかということについては、多くの企業が腐心している部分だろう。こうした問題を一瞬で解決してしまう可能性を持つ、量子アニーリング型の量子コンピューターが私たちの生活を変える日は遠くなさそうだ。

オープンイノベーションで競争加速、各社の開発状況
 では実際のところ、量子コンピューターの開発はどの程度まで進んでいるのだろうか? 代表的な3社を紹介する。

IBM

量子ゲート型の「IBM Q System」を開発。これに関心を持つ企業や学術研究機関による「IBM Q Network」というコミュニティーも組成しており、研究・開発と並行して量子コンピューターの活用法を積極的に探求している。日本でも今年5月17日に慶應義塾大学と共に「IBM Q ネットワークハブ」の開設を発表し、実用化に向けてグローバルな知見を集めている。

Google

2013年にD-Wave Systemsによる量子アニーリング型の量子コンピュータをいち早く導入。NASAと共にこのコンピューターの研究を行った。一方、自社でも量子ゲート型の量子コンピューターを開発。IBM同様、実用化に向けて研究を進めている。

Microsoft

量子ゲート型の量子チップや量子コンピューターを稼働させるための冷却装置、そして量子コンピューター向けの最新プログラミング言語を開発・発表している。本来同社はソフトウェア企業だが、量子コンピューターへの投資を拡大している。

 各社、より汎用性が高い量子ゲート型の研究を急いでいることがうかがえる。ビジネスに実装されていくのは量子アニーリング型が先行するかもしれないが、冒頭で取り上げたニュースやIBMの例を見ると分かるように、量子コンピューターの研究・開発には様々な企業や団体がパートナーとして加わるオープンイノベーションの形で進むことも多い。

 全く新しい技術ということもあり、技術的な部分はもちろん、様々な分野からの知見を集めて実用化を加速させようとしているのだ。ハードウェア的な面で言えば、Microsoftは冷却装置の開発はフィンランドの装置メーカー、BlueForsと共同で行っている。そしてIBM Q ネットワークハブの初期メンバーに三菱UFJ銀行、みずほフィナンシャルグループなどが名を連ねていることなどを見ると、特に金融系企業における同技術への関心の高さを伺い知ることもできる。実装に向けて、開発速度は今後いっそう加速していくだろう。

 NASAとGoogleの研究により、得意分野を任せればスーパーコンピューターの1億倍の速さで計算できるという結果が明らかになっている量子コンピューター。途方もない技術が数年後の社会をどう変えてしまうのか。引き続き各社の動向を見守りたい。
(記事引用)









なぜ血みどろの「米中貿易戦争」は日本にとって良いことなのか?
MAG2 NEWS2018年09月26日 09:17
9月24日、米国は中国への関税UP第3弾として日用品など2000億ドルに10%の関税UPを実施しました。ますます激しさを増す「米中貿易戦争」ですが、この「血みどろ」の戦いに日本も巻き込まれてしまうのでしょうか? メルマガ『国際戦略コラム有料版』の著者・津田慶治さんは、この米中貿易戦争は日本にとって良い面もあるとして、その根拠や背景を詳しく解説しています。
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地経学で見る米中貿易戦争と中東情勢
今週も米中貿易戦争やシリア内戦で大きな動きがあり、その検討を継続する。

0. 「日本4.0」
エドワード・ルトワックの本『日本4.0』を読んだが、1.0の江戸幕府で平和の構造ができ、2.0の明治維新で西洋文化を取り込み、3.0の戦後体制で軍事から経済にシフトして発展してきた日本が、今変革の時を迎えている。米国が世界の覇権を放棄して、日本は自分で自分を守る必要があり、独自の戦略が必要になっている。『日本4.0』は、その変革をどのように考えたらよいかの提案である。

日本は、敵国に侵入して情報を取る情報機関や少人数で作戦ができる特殊部隊が必要であるが、米国のような大掛かりな特殊部隊ではなく、イスラエルのような少人数で犠牲を覚悟した作戦ができる部隊の育成が必要であるという。

もう1つが、政治軍事の地政学より地経学の時代になるという。大規模な軍事作戦ができない状況になり、経済的なツールによる外交が重要になってくるとしている。

この「地経学の戦い」が米中間で始まった。それが貿易戦争であるようだ。この本の内容は、このコラムで議論したことばかりであるが、ルトワックの良さは、そのネーミングの仕方でしょうね。

詳しく知りたい方は、エドワード・ルトワックの本『日本4.0』を読んでください。

1. 米中貿易戦争の第3弾
米国は、第1弾として7/6に半導体など340億ドルに25%の関税UP、第2弾として8/23に化学品など160億ドルに25%の関税UP、そして今回、第3弾として9/24に日用品など2000億ドルに10%の関税UPを実施する。中国が対抗処置を取ったら、2370億ドルの輸入品にも10%の関税UPを行うと警告した。

対して、中国も第1弾、第2弾までは同額の処置を取ったが、第3弾では600億ドルに10%関税UPと米国と同額にできなかった。輸入量が1300億ドルしかないので、追従できなくなってきたことによる。そして警告を無視し、かつ米国との通商交渉も拒否した。

今後を見ると、米国は、2370億ドル分の輸入品への関税UPや為替操作国指定や投資制限、留学生制限、国有企業への制裁などができる。特にドル決済を使わせないことで、国際決済を難しくできる。

対する中国は、米国債売却という大きな武器がある。その他に米国企業製品への不買運動、人民元通貨圏を拡大して、国際決済ができない制裁を掻い潜るために、米国の地経学上の武器であるドル基軸通貨制度を崩壊させる方向になる。

米国債の売却は不利益もあるが、新規米国債を買わないだけで、米国債の金利上昇が起きる。事実、最近10年国債の金利が3.4%になり、もし、本格的に米国債売却が始まれば、金利6%になるとアナリストは言う。米国債の暴落が起きる。

米中貿易戦争は、中国も大変なことになるが、米国の経済も弱めることが確実である。貿易戦争に勝者はいない。血みどろの戦いになるだけだ。

2. 工場再編
そして中国は経済会議で、米国と血みどろの戦いを覚悟した。それが、通商交渉の拒否である。李克強首相は、人民元を下げないで価値を維持し、人民元通貨圏を拡大するようだ。米国の為替操作国指定を恐れているわけではないと感じる。

米国企業は、中国産部品を使えなくなり、世界的なサプライチェーンの再構築が必要になる。今回の関税UPで日本企業の中国工場から米国への出荷も少なくなる。このため、日本企業も工場の再編が必要になる。そして、次に中国の輸入品全部に25%の関税UPになり、米国への輸出品は、どこで作るかという問題が起きる。

米国は、輸入品を撲滅するべく、同盟国からの輸入品に対しても関税UPをするというので、欧州も日本も、中国と米国の中間に立つしかない。そして、人民元・ユーロ・円通貨圏拡大という、ドル基軸通貨圏を侵食することを共同で行うことになりそうだ。地経学では、基軸通貨を取ることが勝つことになるので、米国の衰退を加速させる。

それと、米中が血みどろの戦いになると、欧州と日本は中国市場の攻略という意味では、米国企業の抜ける分だけ有利になる。漁夫の利になる。13億人の市場を米国は放棄することになる。それにより、米国企業の衰退を加速させる。

そして、米企業のバーゲンセールが来る。内部留保を積み増している日本企業は、積極的に買うことだ。ダウ株価も大幅な下落になる。地経学の基本を無視したトランプ大統領により、米国は衰退を早めることになる。

3. 日米通商交渉の武器
米国の問題点が明確化してきた。税金を低くしたことによる米国の財政赤字が拡大して、より一層の米国債を発行する必要があるが、最大の購入者である中国が少なくとも買わないことになる。次の購入者は日本であり、本来は日本に通商交渉では強く当たれないはず。

それを強く当たるなら、日本も米国債を買わないし、売却も考えるというしかない。米国債金利上昇が起き、米国経済は逆回転して、11月までに景気が後退することになり、中間選挙も負けることになる。このため、トランプ大統領は11月までは交渉を継続して、景気後退を避けるはずで、交渉を引き延ばせるはずだ。

米国が、目標を中国に定めたなら、日本を米国の味方にするべきなのである。という意味では、米中貿易戦争が血みどろになったことは、日本にとっては良いことになる。

もう1つの問題点は米国産農産物、LNGなどの米輸出品の売却先確保である。この部分でも関税的には日本の工業製品の関税は0%であり、米国は2%で、畜産物の関税は、日本は平均約35%、米国は平均25%であり、TPPレベルの関税にすると米国と同等程度になる。

非関税障壁での安全性能などについては、安全性に問題がないなら、法律を変える必要がある。畜産品は消費者の選択の幅を確保するために完全自由化にするべきである。

4. イスラエル対ロシアの戦いか?
シリア内戦で、トルコとロシア、イランの間でイドリブ総攻撃を中止して非武装地域を作り地域を分離して、トルコとロシアが共同で非武装地域の監視を行い、両者でアルカイダ系武装勢力をせん滅するという合意ができた。

しかし、イスラエル空軍機がシリアのイラン軍を空爆、その戦闘機へのミサイルがロシア偵察機に命中して墜落した。ロシア兵14人が犠牲になった。シリア軍の防空システムは、北朝鮮製であり精度が悪く、イスラエル空軍機はロシア偵察機を盾にしたようである。

それと、イスラエルはシリア攻撃場所を事前にロシアに通報することになっていたが、攻撃1分前に通報したことで、ロシア偵察機が回避行動を取れなかった。

このため、ロシアのショイグ国防相は、イスラエルのリーベルマン国防相に対し、報復措置を検討すると伝えた。

これにより、この地域でトルコ、シリア、ロシア、イラン対イスラエル、米国の戦争が起きる可能性が出てきた。サウジなどはロシアを敵にしての戦いには参加しないので、実質、イスラエル対ロシアの戦いになる。そうすると、ロシア軍が使用するイスラエル製レーダー部品を、どう回避するか見物である。イスラエル製半導体の代わりに日本製半導体を使う可能性がある。

米海軍は、イスラエルの軍港を使わず、中国海軍が使用しているなど、トランプ大統領はイスラエルを支援するが、マティス国防長官などはイスラエルから離れている。しかし、トランプ大統領は、イスラエル支援のためにシリアに駐留する米軍を長期に滞在させるとしたが、特殊部隊2000名しかいないのでメインにはなれない。クルド人部隊もロシアを敵にしないので、参加しないと思われる。

イスラエルの孤立化という嫌な感じになってきた。そして、相手がロシアであり、今までの中東戦争とは様相が大きく違うことになる。

さあ、どうなりますか?
(記事引用)




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